127 敵は?
2017. 4. 5
そこから緩やかな傾斜が始まっていた。
上を見上げれば、見た事もない紋様が入った石の柱のような物が所々に見える。
「ここが森の主がいる場所か?」
ランドクィールは斜面の始まる場所に、集めてきた矢や剣を置いた。さすがに重かったのか、腕を回して凝りを取る。
それに続いて、ノバとバルトロークも同じ場所に抱えていた物を置いた。結構な量があったと思う。
「そういえば、騎士は何人だったか」
これに、出がけに確認した書類を思い出し、ノバが答えた。
「二十三人です。フォルダート殿の隊だったかと」
「フォルダートか。また頭の固いのを派遣したものだな」
ランドクィールはすぐさまその人を思い浮かべる。騎士の中でも少々融通の利かないタイプの者だ。
国への忠誠は疑うべくもないが、命令をただ遂行する為にと無感情に動く所がある。
バルトロークも、付き合いづらいフォルダートの隊だったのかと思うと、顔を嫌そうに歪めた。
「あいつなら、主様がどうとか言っても聞かないだろうな。現実味がない話とか嫌いだから……」
当然のように、シィル達の忠告など無視しただろうと簡単にバルトロークには予想できてしまった。
「あの隊に弓使いは六人だったはず……殆ど使い切ったな」
ランドクィールは、集めてきた矢のおおよその数を見てそう判断する。
「何かと戦ったのですよね?」
ノバは不安げに後ろなどを警戒している。しかし、ランドクィールは冷静だった。
「矢の向きを見ると、あの辺りに何かがいたのだろうな。途中から矢の向きが変わっていた。半分はこの上から放ったのだろう」
「一体何がいたと……」
そこにいたと仮定するとすれば、主ではない可能性もある。
「遊ばれたか」
「遊っ……そんな言い方はないだろう。使い切るほど矢を放ってるんだ。結構必死だったんじゃないか?」
「だから、遊ばれたと言っているんだ。あの隊は真面目が取り柄の奴らが多かった。お前も知ってるだろう。そんな奴らが、必死に戦ったんだぞ? その上、剣も数本あった。丸腰になるような馬鹿ではないはずだろう」
「……確かに……」
フォルダートを始めとしたその隊は、訓練も真面目にやる。報告書も隙なく作る。愛想はないが、強くて頼りになる者達が揃っていた。
そんな騎士として真面目すぎる彼らが、武器の矢の量も考えず、闇雲に攻撃したりするだろうか。
騎士の命とも言うべき剣を手放すだろうか。そう考えると、とても妙だ。
「正気を失っていた……?」
ノバがぽつりと呟く。
「ほぉ。なるほど。それならば合点がいく」
正気でなくなってしまっていたのなら、そんな事もあり得なくはない。寧ろ、そうでなくては、この状況に納得できない。
「あいつらが正気を失うほどの相手がいたって事か? それならやっぱ、主様?」
バルトロークが山を見上げる。この上に主がいる。フォルダートの隊が必死になるほどのものがいる。
「登ってみるか」
「だ、ダメですっ。出られなくなってしまっては困ります」
「だが、おそらく奴らはこの上だぞ? 見てみろ」
「え?」
ランドクィールに言われて、ノバとバルトロークは、ランドクィールが指差した場所を見る。
「……足跡……」
ノバはそれを確認し、バルトロークが頷く。支給されている騎士の靴底の形で間違いないだろう。
「入ったのか……」
止むに止まれず入ってしまったのかもしれない。それでもかなりのリスクを伴う事だ。
「追い込まれたか、もしくは誘い込まれたかだな」
「ぬ、主様にでしょうか……」
ノバは不安そうに言う。ノバもバルトロークも、主がいると聞かされて育ってきたのだ。決して無闇に入ってはいけない場所だと。
「どういう奴なんだ?」
ランドクィールが尋ねる。
「え、あ、主様がですか? いえ、よく知りません……」
「知りませんね。そういえば、疑問に思った事もない」
どんな姿をしているのかという言い伝えもなく、ただ主がいるとだけ言い聞かせられてきたらしい。
「知らない? これほど傍にあって、気にならなかったのか? 呑気にも程があるぞ」
ランドクィールは、呆れた様子で二人を見る。
「ノバは森番の一族なのだろう? 全く聞いていないのか?」
「……申し訳ありません……」
「そうか……」
それはそれで珍しい。一瞬、それならば存在しないのではないかと思ったランドクィールだが、明らかに気配は感じるのだ。
ノバやバルトロークは気づいていないようだが、こちらの様子を窺う視線のようなものも、先ほどから感じている。
「「っ……」」
二人がはっと声もなくランドクィールを見た。
ランドクィールが足を緩やかな斜面に乗せたのだ。踏みしめ、二歩目を踏み出す。そして、登って行くべき斜面を見上げたその時だった。
「っ……」
息を呑む。森の中であったその場所は、突然、景色を変えていたのだ。
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主様の土地へ。
次回、月曜10日の0時です。
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