123 不思議な子ども
2017. 3. 22
やって来たランドクィールと共に屋敷へ入り、一同は早めの昼食を摂る事にした。
食事を作るのはランドクィールと眠ってしまったキィラ以外の者達だ。作り始めてすぐに、バルトロークがそういえばと手を止める。
「リナさんはまた地下か?」
「そういえば……」
ノバも今気付いたというように部屋を見回した。
「誰だ?」
ランドクィールがテーブルについて尋ねる。それにノバが申し訳なさそうに答えた。
「母です……昔から、父が居ない時はほとんど地下の研究室に篭って出てこない人なので忘れていました……」
「地下で何してる」
「薬学の研究です」
ノバは困ったように言った。すると、バルトロークがランドクィールにも分かるかもしれないと補足する。
「リナーティスって聞いた事ないか?」
「リナー……ああ、あの天才薬学師か。王宮に来て欲しいと頼んでも返事さえないという」
「……申し訳ありません……」
本気で申し訳なさそうにノバが頭を下げた。
百年近く前から、リナーティスは有名な薬学師だった。その名を知らしめたのは、西の町で疫病が流行った時だ。
多くの小さな村が消え、手立てがないまま王都近くまで広がり始めていた。それを解決したのがリナーティスという一人の薬学師だった。
この大陸で薬学師の数はそう多くはない。学ぼうと思う者が少ないのだ。長い人生、それにだけに打ち込もうとする者はそういない。
寿命が長いからこそ、必死さが足りないのだ。ただダラダラと学んで良いものではない。もちろん、職人になる者がいるように、真剣にそれだけを極めようとする者もいる。
しかし、決して多いとは言えない現状だった。
クスラに職人が多いのは、そんな根気のある者達がなぜか集まり、生まれるという所にある。
その中でも薬学に興味を持ち、異常なほど研究熱心だったのがリナーティスだ。
その祖母が薬学の知識を持っていた事もあり、更に不思議な主のいる森を見守る森番の家系。
森に行けば薬草は豊富で、薬学を学ぶ上の環境は整っていると言えた。
ただこの場で足りないのは患者だ。リナーティスは充分に知識を溜め込むと、病の噂を聞いてはそこに飛んで行き、治療する。
そうして、薬学師達が揃って匙を投げた疫病の只中に入り込み、治療したのだ。
「母のあれは、もう病気です。薬学以外に興味を示さない。唯一、そうでないのは、父だけでしょうね」
「父親はどこに?」
「父も、困ったもので、放浪癖があるのです。五年に一度くらいで帰ってくるのですが、ひと月もすれば、また出て行きます。ほんとうに困った夫婦です」
本気でノバは困ったと思っているようだ。幼い弟達の面倒も気まぐれで見るような人達だったのだという。
「私も、時間が取れれば様子を見に帰るようにしていたのですが……キィラが知らない内に生まれていた時は驚きました……シィルや町の人達が面倒を見ていてくれたので、大丈夫でしたが……」
「……放置してたのか?」
「はい……そのような母なので、王宮に仕えるなど出来るはずもなく……お恥ずかしい限り……」
王宮に行った所で、自分勝手に研究に没頭し、役に立たないのは目に見えているのだ。その為、気付いた時はノバが断りの返事を出していたらしい。
「いや、子どももいるのだ。母親を王宮にというのは酷な話だと思ったが……それよりも本人の方が問題だったようだな」
「はい……」
そんな話をしながら、出来上がった食事が並ぶ。
シィルは眠っていたキィラを起こした。
「キィラ、起きろ。ご飯だぞ」
「ん……うん……」
眠そうに起きたキィラは、寝ぼけたままテーブルにつく。
ランドクィールはここに降り立ってから、この少年に自分が居る事を認識されているのか気になっていた。
シィルは時折ちらりと視線を寄越す。兄やバルトロークの友だというのは察しているのだろう。
しかし、眠いからといって、未だに見ないのはどういうことなのか。
そんな風に考えながら、皆で食事を始める。だが、まだ目が覚めていない為か、キィラは手を動かさない。その代わりにボソボソと口を開いた。
「……黒焔の主……手を出すな……」
「ん?」
ランドクィールには、黒焔と言われて、黒霧が頭に浮かんだ。恐らく間違ってはいない。
それからなんと言ったのかと頭で整理していれば、キィラがシィルの頬をつねり上げた。
「起きろ〜。また主様に持ってかれてるぞ〜」
「い、痛い……あれ? 僕……? あ、お客様……こんにちは」
「あ、ああ。こんにちは」
今目が覚めたというように、キィラがぺこりとランドクィールに頭を下げた。いきなり過ぎてランドクィールも、いつもはしないような挨拶をしてしまった。
そして、その隣に腰掛けたバルトロークに目をやり、更に言う。
「バル兄さんもお帰りなさい」
「キィラ……今かよ……」
「うん?」
「いや、いい。お前は昔からそんなだった……」
キィラには、初めからノバしか見えていなかったらしい。ただ、これはそう珍しい事ではなかった。
「どういうことだ?」
さすがにランドクィールが不審に思ってノバに尋ねる。
「はぁ……キィラは主様と時折、意識が繋がるらしく……たまにそんな子どもが生まれるのです。家系的なもので、亡くなった母の祖母がそうだったと」
「ほぉ……なるほど神子か。血筋が残っているのは珍しいな。黒霧も、昔はそんな者が傍に居たらしいが、途絶えたと聞いた」
「聞いた……?」
一体誰から聞いたのかとノバは真っ直ぐにランドクィールを見る。どうも、キィラのような者が他にいれば、話を聞きたいと思っているらしい。
しかし、残念ながらランドクィールがその話を聞いたのは同じ神子からではない。
「黒霧だ。あれは結構、話し好きだからな。色々と昔の話も聞けて面白い」
「……それって……」
「……」
バルトロークもノバも、話を静かに聞いていたシィルも思ったようだ。
ランドクィールこそ、神子と同じ存在なのではないかと。
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次回、月曜27日の0時です。
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