122 可愛い弟達
2017. 3. 20
クスラは、東の小さな町だ。昔は技術の町として大きく栄えていたのだが、その手前に大きな商業の町がある為に人がそちらに流れ、縮小していった。
それでも完全に消えないのは、このクスラの持つ技術が他にはないからだ。
「おじさん、お久し振りです」
「おっ、ノバにバルじゃないかっ。どうしたんだ、二人揃って里帰りなんて。あ、昇進か?」
バルトロークが着いて来ていても、ノバ達の速度は速かった。
王都を出て二日目。予定通りの日数で辿り着く事ができた。
町には常に高い音が響き、鉄の焼ける匂いが漂う。そう、ここは鍛治職人達が大半を占める町なのだ。
余所者には厳しく、愛想のない町人達は、身内にはとても甘い。
町の子ども達は皆、鍛治師達を血縁など関係なく『おじさん』、『おやっさん』と呼んで慕うのだ。
だから、今挨拶した『おじさん』も血縁ではない。町のおじさん達は皆『おじさん』なのだから。
「違います。少し気になる事があって……」
苦笑するノバを見て、敏い『おじさん』は、町の北側にあるこんもりとした山のような森に顔を向ける。
「あれか。三日前くらいに、騎士様達がぞろぞろ入っていったな……」
痛々しげなその表情を見て、バルトロークが察する。
「まさか、戻って来てないのか?」
「ああ……騎士様達が来るちょい前から、山神様の声が聞こえるからな。そんな時に入りゃぁ、帰ってこられんだろ」
「……マジかよ……」
この土地の人々は知っている。大半が平坦な森だが、そこの中央辺りに小さな山がある。そこが主様の寝ぐらだ。
その山に入ると、なぜか大きく高い山に登っているように感じる。迷わされるのだ。何より、幻覚のように本当に山頂が見えない山に見えるという。
森を抜けた反対側は海。知らない者がこの場にいれば、騎士達は森の東側か西側から出て行ったのではないかと思うだろう。
この森が厄介な所は、主様がいるからだけではない。それが森の主の仕掛けたものだと言う者もあるだろう。実際、そうかもしれない。
町から森へ真っ直ぐ行く道以外は、特殊な棘がはびこり、脱出不可能となっている。上空も、森全体を棘の蔦が覆い、鳥の一羽も寄り付けないのだ。
それでも生き物は多い。それだけ広い森だからと言える。
ノバは森の方を見て、一番気になっていた事を尋ねた。
「この町で被害にあった人は?」
「大丈夫だ。余所者が何人か主様を退治するなどと罰当たりな事を言いながら入って行ったと森番が言っていたがな」
「その人達は……」
答えは分かっていた。
「戻って来てねぇなぁ……まぁ、主様が起きてなけりゃ、迷ってるだけだったろうがなぁ……」
広大な森は、容易に人を呑み込む。出入り口は実質、一つしかないのだ。闇雲に進んでも出られない。
だか、迷ったと気付いてしまえば焦る。そして、余計に分からなくなるのだ。
衰弱して弱り切った状態で森から出てくる者は珍しくない。
この村の北側には、森番が住んでいる。交代で常に森の出入り口を見張っていた。入ろうとする者達には、彼らが注意を促す。それでも入って行く者は止めはしない。
「一度森に捕まったなら、もう森のもんだ。自力で出てくるまで手を出すべきじゃねぇ。お前らも分かってんだろ?」
「ええ……」
「分かってはいるんだが……」
そんな事、二人は子どもの頃から何度も聞いてきた。だが、心情的にやり切れないのも事実だ。
きっと、この町の誰もが思っている。
「まぁ、気になるなら、森番に確認に行くんだな。あいつらも会いたがってるぜ」
そう言って、おじさんは仕事場に戻っていった。
「行くか」
バルトロークは、ここでうじうじ考えているよりは建設的だろうとノバに言った。
「それしかないな」
町の人達に被害はなかったのだ。それに、全て森番に聞けば分かるかもしれない。
二人は町の北側へ急いだ。
森番の家は、町の外壁を出た先にある。丁度、町と森の中間辺り。そこに、大きなお屋敷がポツンと建っていた。
門はないが、屋敷は立派だ。壁は町の外壁のように強固で、安心できる。
その扉を叩くと、少年二人がギィっと扉を開けて飛び出してきた。
「「お帰りなさいっ。兄さん」」
「ただいま。シィル、キィラ」
少年達の外見はよく似ている。だが、年齢は大きく違う。彼らの出生を知らない者が見れば、双子だと思うだろう。
名前も同じようなものを付けているし、ノバや周りも双子のように彼らを扱う。それがまた彼らも気に入っていた。
兄であるノバが大好きで、抱きついて離れない。そんな二人を見て、バルトロークは苦笑する。
「お前らはいつまで経っても甘えん坊だなぁ。特にシィル。お前、今年幾つだっけか?」
年上の方のシィルにバルトロークは身を屈めて嫌味っぽく言う。
「いいだろ、別に。同い年なのに兄さんにべったりだった人に言われたくないよ」
「な、なんだとっ。変な言い方すんなっ」
「ふん。そんなだから、近衛のくせに結婚できないんだよ。いっそ、お姉さんになったらいいんじゃない?」
「シィル……てメェ、喧嘩売ってんのか? 表へ出ろ!」
「もう出てんだろうが、バ〜カ。これだから筋肉で生きてる人は困る」
「この!」
こんな言い合いは挨拶みたいなものだ。若干熱くなり過ぎているのもいるが、あくまで親愛の行為の一つだった。
「シィル。一応、バルの方が年上なんだから、口の利き方は気を付けなさい」
「え〜、年下相手に喧嘩売るのは良いの?」
「ダメだよ。バル、ふざけるのはこの辺で」
「ったく、ほんと変わんねぇな」
見た目も性格も、何一つシィルは数年前から変わらない。否、ほんの少しずつは成長してはいる。
この大陸に生きる者達は、二十を過ぎる辺りから殆ど見た目の年を取らなくなるのだ。
しかし、シィルは違った。五つまでは普通だったのだが、それから一気に成長速度が落ちた。
今はようやく一番下の今年十二になる弟と同じになったのだ。実際は今年で二十三になる。
それをシィルが気にしている様子はない。ノバと違い、活発で明るい少年だ。寧ろ、大好きな兄に甘えても、見た目的にはまだまだ問題がないので、特をしたと考えている節があった。
「羨ましいだろう。俺はいつまでもピチピチで可愛いままだからな」
「クソガキ……」
ぎゅっとノバの腰に回した腕に力を込めて、子どもをアピールするシィルだ。
その隣で、キィラはいつの間にかウトウトしていた。キィラはおっとり、のんびりしているところがある。
ノバに会えて嬉しく、安心してしまったらしい。同じ高さにいるシィルがそれに気付き、慌ててキィラを支える。
「おいおい、キィラ。立って寝るとかどんだけ器用なの?」
「え、寝て……るね。温かいと思った」
ノバが母親のように微笑みながらキィラの頭を撫でる。すると、シィルが呆れて言った。
「いや、兄さん。もうキィラもそんな年じゃないから。眠いから温かいって公式、もう通用しないから」
一番の問題は、ノバの過保護な所なのかもしれない。
仕方ないなとシィルがキィラを抱き上げようとした時だった。それは突然、空から舞い降りてきた。
風圧と共に、声が届く。
「追い付いたな」
「なっ、ラク様!?」
ノバはひょいっと軽く片手を上げて、黒霧から飛び降りたランドクィールを見て、驚きの声を上げたのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
変わった弟達でした。
次回、水曜22日の0時です。
よろしくお願いします◎




