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012 絶望と希望

2016. 9. 5

それはバルドがファナと冒険者ギルドで別れた後の事だ。


薬師の一団を追ったバルドは、しばらくしてから追いついた先頭を歩く男に注意する。


「ノーク。苛ついているのは分かるが、あの子にあの言い方はないぞ」

「……」


この町の領主であるカルバール伯爵家お抱えの薬師の一人。それが、バルドの幼馴染であるノークという人物だった。


「片付ける時間がないほど焦っているのは分かるんだ。けど、あの子には関係ない。だいたい、こいつらに任せれば良かっただろう」

「できるわけがない。俺の弟子じゃないからな。それに、薬は皆で作っているんだ。先生の所へは揃って行く」

「そりゃぁ、薬の出来とか確認したいだろうけどな……」


分からなくはないんだがと、バルドは顔を顰めながら後ろを振り返る。


ノークは伯爵家に仕える筆頭薬師の一番弟子だ。その後ろに付き従っているのは、同じ師を持つ弟子達で、同志だった。


ノークは真面目な男だ。年齢も四十と、そろそろ独り立ちも出来る年であり、実力も師が認めている。


それでも、二十近く離れた若い弟子達と対等であろうとする。もちろん、兄弟子として指示もするが、一緒に学ぶ学友だと思っているのだ。


「何度も失敗した。だが、今回は自信があるんだ。皆の手際も良かった。だから、全員で先生の前に立って、評価を聞きたい」

「……まったく……」


わざわざギルドの製薬室まで借りなくてはならない状況。それがどれほど切迫した状況なのか分からないバルドではない。片付ける時間がないというのも本当で、兄弟子だからと後を任せて走って良いものでもないだろう。


「もう時間がないんだ……」

「ノーク……」


そう、時間はない。ホート病に罹ったのは伯爵の息子だった。たった一人の跡取り。そんな存在を難しい病だからと見捨てられるはずがない。


「師匠でさえ、ゴールドランクが限界だと言った。俺たちではシルバーに届きもしない。それでも、ある程度の量を摂取できれば、回復の見込みがあるんだ。諦められるかっ……」


ホート病の治療薬は作るのが難しい。それなのに、完全に治すにはプラチナランクの薬でなくてはならない。


しかし、そうそうどんな薬であってもプラチナと呼べるランクのものは出来上がらない。


傷薬であっても、五割に届かないと言われている。それも、長く経験を積んだ実力者の実状だ。


難易度の高いホート病の薬で、プラチナを作成できるのは奇跡でも起こらなければ無理だ。


何日も発熱が続き、湿疹が体だけでなく臓器にも出来る病。


難しいが、例えプロンズであっても、一日に何度か摂取すれば、多少の効果はある。


完治させられなくとも、薬を作り続けるしかないのだ。


発病の期間はだいたい十日。それまで患者の体力が持つかどうかが問題だった。ただし、長く熱に晒されるのだ。病が終息した後、後遺症としてしばらく苦しみが続く。


「乗り切れたとしても、どんな後遺症が出るか分からないんだろう? お前らが保つのか?」

「やれるさっ」


バルドが気がかりなのは、普段とは違う様子のノークの事だ。薬を作るのに走り回り、ほとんど休む事なくこの数日を過ごしている。もう気力だけで動いているのではないかと思えてならない。


それは後ろにいる彼の弟弟子達もそうだ。そして、もちろんその師である筆頭薬師もだ。


薬師達にとっては、まだまだこれからが本番。あと何日続くかも知れないのだ。正常な状態に患者が回復するまで終わらない。


ホート病の怖い所はそこだ。患者どころか、貴重な薬師達まで道連れにする悪魔の病。


親友を心配しながらも、冒険者であるバルド自身はそれほど力になってやる事はできないのだ。それが少々歯痒いと奥歯を噛み締める。


伯爵家に着くと、まっすぐに患者のいる子息の部屋へ向かった。


「師匠、ただいま戻りました」

「おぉ、どうだ」


筆頭薬師は憔悴していた。だが、表情に出さないように気を付けているのだろう。表面上はいつもと変わらない。しかし、その動きは緩慢だった。


「お願いします」

「確認していただこう」


薬の鑑定は、鑑定師としての経験が必要になる。これは経験を積まなくてはならない能力だ。


薬師ならば、自身の作った薬の出来を鑑定できなくてはならない。しかし、分かるのはコパーかブロンズまでだ。それ以上の判定は難しい。


ならば誰が鑑定するのか。鑑定師としての能力は、執事の最低条件とされており、この伯爵家の執事が持っていた。


ノーク達が作った薬を手に取り、器に注ぐ。そうして執事は結果を出した。


「シルバーです」

「っ、よし」

「そうですか。ではすぐにでも若君に」


ようやく、すぐに効果が出るシルバー以上の薬が出来た。完治は無理でも、一つでも多くの湿疹を抑え、熱を下げる事が出来る。


十日より前に熱が下がり、湿疹が消えれば、後遺症はほとんど出ない。それをまだ目指せる。


しかし、それは希望的観測でしかない。


子息に薬を飲ませた筆頭薬師は、椅子に座り直して、静かに言った。


「十日まではあと二日。このままシルバー以上の薬を用意出来れば、なんとか間に合うでしょう。ですが……また材料が足りません。何より……我々の状態では、後何度シルバー以上の物を作り出せるか分かりません……」

「師匠っ、そんな事はっ……」

「ノーク。あなたも分かっているでしょう。製薬には高い集中力が何よりも必要になります。ここへ来て、あなた達がシルバーの薬を作った。それはもう奇跡です。技術の問題ではない」

「……それは……っ」


そう、バルドが見つめる先には、今や気力で自身を動かしているような状態のノーク達がいる。


横顔を見れば一目瞭然だ。もう憔悴を隠せてはいない。


「伯爵様も数日前から、国中を当たってみえます。ですが、ホート病の薬自体、持っているものは少ない。作る事も難しいですが、その材料も高価です。プラチナなど夢のまた夢……」

「そ、それはっ……」


ここにいる誰もが分かっている。薬の効力は、半年が限界だと言われているのだ。その機会が巡ってこれば、莫大な金になるとはいえ、材料の採取も難しく、完成させる事も困難なこの薬をストックしている者など、まずいないだろう。


「先ほど、兵の方々が戻ってきました」

「っ!」


目を見開くノーク。その表情は、何かを期待しているように見える。


しかし、その表情を見上げた筆頭薬師は、静かに目を閉じ、ゆっくりと首を横へ振った。


すると、ノークの表情は一転、絶望に打ちひしがれたものとなったのだ。


バルドはその意味が知りたくて、側で肩を落とす薬師の一人へ尋ねた。


「どういうことだ?」

「あ、伯爵様が早くから兵をフレアラントへ向かわせたのですが……失敗したようです。先生も、たどり着ける確率は一割もないだろうと仰っていたので、覚悟はしていたのですが……」

「フレアラント山脈へ? それってまさかっ」


あの険しい山脈へ行かせる理由など、一つしかないではないか。


「はい。『渡りの魔女』様に薬を頼めれば、あるいはと……」

「そうだ……魔女様っ」


思わず叫ぶバルドに、部屋にいた者達の視線が集まっていた。


読んでくださりありがとうございます◎

では次回、また明日です。

よろしくお願いします◎


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