118 伝説の語部
2017. 3. 6
この大陸の中央に王都と呼ばれる場所がある。そこにはぽっかりと空いた大きな湾があり、その後に大地が隆起した事で中心部には大きな町が出来た。
町に続く橋が幾つも架かっており、美しい場所だ。
名前は『シャウル』といい、かつてこの地にあった最も美しく人々に多くの恩恵をもたらした特別な力を持つ石の名前から付けられた。
時に青く、時に黄色に、時に赤く輝く不思議な巨大な石。大陸を分断してしまえるほどの大きさ。石のように表面がツルツルとしていなければ、山だと思うだろ。それは世界の卵だと言われ、大切にされた。
そう、この地にかつてあったのだ。それは今や跡形もなく、石が消え去る時に大地を割った事で、湖のような巨大な湾が出来た。何千年と昔の出来事だと伝えられる。
その物語は、この大陸の町の広場など、人が集まる場所で語部達が語り継いでいた。
それが忘れてはならないこの大陸に住む者達の原点だからだ。
「『シャウル』に触れれば、病や怪我、老化して死にかけた命も蘇り若返ったという。そんな石だからこそ人々は欲しがった……」
どの町でも語部達が時に大仰に、時に静かに話して聞かせる物語。その光景は、珍しくもない。語部と呼ばれる者達は、この独特の話し方が常識となっている。
同じなのは、その服装もだ。語部の誰もが黒く大きなフード付きのローブを着ており、灰色の口当てをしている。
目深に被るフードが目を隠し、その顔を知る事はない。声や出ている手から考えれば、彼らは共通して老人だ。男女関係なく老いた者達だった。
「欲しいっ……欲しいっ……『シャウル』さえあれば、命は永遠だ。死のない我らに恐怖などないっ……更にこの大陸に住まう者達は『シャウル』の恩恵で、魔力が高まった。我らは万能!」
大きく両手を広げて空へ突き出す語部。そんな様子を見て、ランドクィールはいつ見ても滑稽だと思う。
「……」
「どうかされましたか?」
隣を歩いていたバルトロークは、不機嫌に顔を顰めるランドクィールに気付いて少し低い位置にあるその顔を覗き込むように尋ねた。
「あいつらを見るとな。嫌な気分になる」
「あいつら……と言うと、語部ですか?」
「そうだな。いや、そうとも言えると言うべきか……あの状況がな」
「状況……?」
バルトロークは、どういう事だろうと不思議に思いながら目を向ける。『シャウル』は最もポピュラーで多く話される物語だ。
語部達が持つ物語は、数十あると言われる。しかし、それでも日に一度はその話が聞こえてくるのだ。
「……しかし、やがて『シャウル』を我が物にしようとする者達が争うようになった。人々は戦火に呑まれ、多くの者が命を落とした。そこへ、勇敢な青年が立ち上がった……』
もう聞き飽きたであろう話であるというのに、なぜか多くの者が語部の前で足を止める。子ども達は彼らの前に座り込む。
「もう誰でも諳んじられると思わないか?」
「まぁ、そうですねぇ……私も話せと言われれば出来ます」
「そうだろう。それなのに、いつ見てもあの状況だ。なぜ飽きん」
「はぁ……言われてみればそうですねぇ……もう話の展開も結末も分かっているのに、何が面白いのか……」
知らない話ならば聞きたいと思うが、何度も聞いた話をどうして聞きにくるのか。それが妙でランドクィールは何とも言えないモヤモヤとした思いが湧いてくるのだ。
「昔、大叔父が生前話された事があった。『あいつらは危険だ』とな」
「大叔父様と言われますと、あの大戦の……」
今から百年と少し前。大きな争いがあった。東方の大陸との戦争だ。
ランドクィールが大叔父と呼ぶのは、その戦いに赴いた将だった。とても強く、ランドクィールが剣を教わったのも、この人物だ。
「あの時の戦いの始まりは正に『シャウル』の伝説だったと言われている。この大陸に富があるのだと東方の奴らは考え、攻めて来た」
大きな船団を組み、海を渡ってきた彼ら。そして、虐殺を始めた。もちろん、こちらもそんな事をされて大人しくしているわけがない。
力の差は歴然だった。高い魔力も、怪我に強い強靭な肉体もあちらにはなかったのだから。
「大叔父はその時、娘を殺された。それで、戦士団を引き連れ、当時の王であったお祖父様とあちらの大陸にまで赴き、多くの人々を粛清した」
一時は大陸を手中におさめる所まで行っていた。しかし、彼らを支配した所で、殺し尽くした所で、無情に殺された人々は戻ってはこない。同じだけ殺したのだから、無念は晴らしたものとしよう。
そうして、魔王と引き上げて来た。だが、そこで東方の大陸に居た語部達が『シャウル』の話を語っている事に気付いた。
遠く離れた大陸であった伝説。それをなぜこちらの大陸で語っているのだろう。そう思ったらしい。
「向こうにあったのは『シャウル』の恩恵を得た私達の話だったと言う。俯瞰して見た『シャウル』の話だったと……」
「それのどこが危険なんだ?」
危険なのは東方の大陸に住む者達であって、語部ではないと言いたいのだろう。バルトロークは首を傾げる。
するとランドクィールは、お得意の呆れた表情で言った。
「あいつらが話さなければ、東方の大陸に住む者達が『シャウル』の事、私達の事を知っていたか怪しい。大叔父は、奴らがけ仕掛けたのではないかと思ったらしい」
「語部達がっ?」
そんな事を考えた事はなかったのだろう。バルトロークが動揺しながら語部を見る。
「話へ惹きつける技術。巧みな話術。アレらはそれを利用する術を知っている。そう大叔父は思っておられたのだ」
「そんな……っ」
そんな事があるものかとバルトロークは不安気に語部を見つめる。そして、その周りに集まる人々へ視線を移行させた。
「可能だと思わないか? あいつらがあちらの大陸の者達に攻めるべき、奪うべきものがここにあるのだと教え込んだ。なにより奴らが怪しいのは、彼らの繋がりだ。『語り宿』と呼ばれる、奴らの組合は二つの大陸に渡って展開されていると聞く」
「あちらの大陸とも繋がっていると……確かに、新しい話はすぐに語部達の中で通達されている……どうやってるんだ?」
語部達の持つ物語は、全て共通だ。新しい話も、すぐに全員が話すようになる。それが東の大陸にいる者まで徹底されているのならば、恐ろしい繋がりだ。
「だから怪しいと大叔父は思ったのだろう。だが、まぁ警戒対象というまでだ。表立って動くような奴らではないからな」
「そ、そうですね。ですが、私も気を付けてみます」
「悟られるなよ?」
「はい」
ランドクィールとバルトロークは、そのまま真っ直ぐに王都中央にある城へ足を進めていく。
そんな彼らの背中を束の間、語部が見ていた事に気付く事はなかった。
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怪しい者達がいます。
次回、水曜8日の0時です。
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