011 積み上げます
2016. 9. 4
「な、なんなんだよ……っそいつは……」
冒険者達は今、脅威的な存在と対面していた。
《愚か者共よ。主を愚弄した事、後悔させてくれよう》
そう言って吠えたのは、本来の白銀の獅子に姿を変えたシルヴァだ。
《シャァァァァ!!》
ドランは小さいままだが、布から飛び出し、宙へ羽ばたくとシルヴァの頭へ着地し、そこから威嚇していた。
「ど、どうするんだっ? マスターはまだかっ」
驚愕し、パニックを起こす冒険者達。これをどうすべきなのかと、職員達は焦っていた。
そうして、シルヴァが一番手近にあったテーブルを邪魔だと前足一本で跳ね飛ばす。
「ヒィッ」
「ま、待ってくれっ」
「お、俺らはっ」
《問答無用だ。主が出るまでもない。一呼吸で葬ってくれる》
かなり怒っているようだ。
「こらこらシルヴァ。喧嘩売られたのは私じゃん?」
あまりにもシルヴァが起こるので、一気に熱が冷めたファナだ。シルヴァの背を撫でながらそう言って、一歩前へ出る。
「ねぇ、おじさん達。表に出ようよ。腕か足の一本ずつで許してあげるからさぁ」
「……なんだと……」
もちろん、完全に冷めてなどいなかった。
「相手の実力も分かんないような素人しかいないんじゃ、本気で楽しめないよ。半殺しにしてやりたい所だけど、弱い者イジメって嫌いなんだよ。一本ずつで許してやるって言ってんの」
「ふざけんな!!」
「なめやがってっ」
いきり立った冒険者達。それにニヤリと笑い、外を指差す。
「なら、おじさん達の実力を見せなよ。口だけの雑魚にしか見えないんだよね」
「っこのッ! クソガキがっ! 」
そうして半数ほどが外へ出ると、剣を抜く冒険者達を前に、ファナは面白いものでも見るように目を細め、腰に手を当てて立つ。
「おいっ、武器を持てよ」
何の用意もしないファナに、冒険者達はジリジリとにじり寄る。
「あんた達みたいな雑魚に、武器なんて向けないよ。うっかり殺しちゃうじゃん」
「なんだとっ。どこまでも俺らをコケにっ!!」
そう叫んだ先頭の男を、ファナは一瞬で蹴り飛ばした。
「……」
静寂が包む。本当に一瞬で距離を詰められ、物のように人が一人、空を飛んだのだ。子どものサイズほどに小さく見える距離で転がる男は、ピクリとも動かなかった。
「剣もロクに使えないのか? 本当に雑魚だな」
「っ……」
その時、冒険者達を等しく襲ったのは、恐怖だった。
そうしてその後、一分もしない間に、最初の男が転がる場所へ十数人の男達が積み上がった。
全員意識はない。
そこへ、ギルドマスターであるブランが真っ青な顔で飛び出してきた。
「あ……こっちもですか……」
「こっちも? ふ~ん、残ってたのはシルヴァがやったんだ? まぁ、いいや。ねぇ、マスターさん」
「へっ、あ、はいっ」
ブランは、仲裁に入れなかった事を後悔していた。仕事を放って駆けつけたのだが、間に合わなかったのだ。
冒険者達も、シルヴァがどういう存在で、ファナが誰に育てられたのかを知れば、こんな馬鹿な事はしなかっただろう。
身元を明かす事はご法度だが、それをしてでもこの事態は避けるべきだったのではないかと考えていた。
「私もちょい落ち着いたし、シルヴァも気が済んだと思うんだ。けど、やっぱ人がいっぱいいると鬱陶しいんだよね。だから、製薬室貸してくれる? バルドが戻るまででいいからさ」
「はっ、はい! お好きになさってくださいっ!」
ここは隔離だ。ファナから篭ると言ってくれたのは、ブランにとっては有難い。
「ついでにあのクソ薬師共の後片付けもしてやるわ。まったく、バルドの依頼が終わったら、絶対にあいつら殴り飛ばしてやる」
「っ、ファ、ファナさん……っ」
ファナの表情には、まだ怒りが燻っていた。ヒヤリとするほど、ともすれば突き刺さる激しい感情が見て取れる。
ブランは、正常な呼吸の仕方を忘れたように、浅い呼吸を繰り返した。
そんなブランなど、もう目には入っていないのだろう。当然、その前から無惨にも積み上がった冒険者達など眼中にない。
「さてと、今度は何作ろっかな~」
「……」
悪態をついた冒険者達は、ことごとくファナの視界から消えており、ギルドに入っても、同じように積み上がった冒険者達は、ただのオブジェでしかないように振る舞う。
「シルヴァ、ドラン。製薬室をまた借りたから、バルドが戻ってくるまで篭るよ。外にいる?」
《そうだな。ここにいよう。ドランは薬の臭いが苦手らしいしな》
《シャーっ》
今はもう、子猫の姿になったシルヴァ。その背中に、もう隠れる必要のないドランは乗っていた。
「わかった。バルドが来たら呼んで」
《うむ。熱中し過ぎぬようにな》
「オッケー」
呆然と佇むしか術がないギルド職員と、加わらなかったほんの数人の冒険者達、そして、扉のそばで青くなるブランを残し、ファナはギルドの奥へ消えていった。
《ドラン。あそこが昼寝には良さそうだ》
《シャっ、シャっ、シャっ》
呑気な様子のシルヴァとドランは、陽の当たる窓辺に向かうと、そこで丸まり、目を閉じた。
「……マスター……どうしましょう……」
「うん……もう少し待ってくれるかい……」
ブランは、今だかつてない事態に、思考が追いつかなかった。
この後、バルドが現れるまでの二時間ほど、冒険者ギルドでは一切の会話がなかったという。
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