101 異世界から渡ってきた男
2017. 1. 16
近付いた事で、その人が男だと分かる。そして、ファナは魔女の故郷の言葉を口にした。
「『あなたの名前は?』」
「っ、それ……っ」
その言葉がちゃんと伝わったらしく、動揺していた。
「『師匠の故郷の言葉だよ。あ〜、ちょっともっと話してくれる?』」
「なんで……」
そんな一言でファナは確認できた。
「やっぱりそうだっ。『あなた、元の世界から召喚されたんだね』」
「どうしてそれを……なぜ分かる」
男がそうして話す事で、ファナはそれが分かったのだ。
「『だって、この言葉が分かるんだよね?』そんで、この言葉も分かる。あなたは『こっちの言葉を喋ってるつもりでしょ?』」
「そうだ……」
男は、常に故郷の言葉で話している。しかし、そんな、この世界にはない言葉で喋っても、男の言葉はこの世界の住人に分かるのだ。
「稀に、召喚されてもそうならない世界もあるみたいだけど、召喚された人は、他の世界でも言葉が翻訳されるようになってるんだって師匠に聞いたんだ」
「……」
男は思い出しているようだ。考えた事はなかったのだろう。改めてファナが話す故郷の言葉を聞いて、聞こえ方が違うように感じたはずだ。
「この世界にいれば、ここの言葉は翻訳されるけど、他の世界の言葉をここで話しても翻訳されないはずなの。『こうやって喋って分かるなら、あなたは師匠と同郷の人って事になる』」
今いる世界の言語は翻訳されて聞こえるし、話している言葉も相手に分かるようになる。しかし、この世界にない言語で話した場合は、翻訳されないのだ。
「同じ世界から来た人がいる……っ、どこにいる!」
「師匠なら、別の世界に行っちゃったよ。なんて言ったって、世界を渡る魔女だもん」
「世界を……っ」
世界を渡ると聞いて、動揺しているらしい。
「あなたも渡ってきたんじゃないの? この世界には、召喚魔術はないって、師匠が言ってたよ?」
「……」
途端に喋らなくなった。すると、ラクトが睨め付けながら言った。
「おい。答えろ。その檻は私にしか解けないぞ。一生ここで過ごして果てるか?」
「……っ」
男は、ラクトが作った檻を壊そうと密かに試みていたようで、檻を掴む手に魔力が集まっているのを感じていた。
「話すつもりがないならば、そこの毒霧の中に放置してやろう」
そう言って、ラクトが指を一つ鳴らすと、地面が波打ち、檻を波で運ぶように毒霧の烟る方へと動き出す。
「……っ」
「その檻の中では魔術が発動し難い。身を守る術も発動しないだろうな」
「くっ……!」
少しずつ毒霧が近付いていく。そこで、男が口を開いた。
「なぜだっ! 魔王になるべきは俺だっ。それなのに、なぜ死んだ後も魔王と認められているっ」
「なに?」
「どういう事?」
ラクトは顔をしかめると、檻の移動を止める。ファナはまたゆっくりとその檻へと向かって行った。
男は話し出す。
「俺は……こことは別の世界で勇者として召喚された……」
魔女の生まれた世界と同じ場所から突然召喚され、勇者として魔王を倒すようにと言われたのだという。
「魔王を倒した。そうすれば、元の世界に帰してくれる約束だった。だが……あいつらは裏切った……」
元の世界に帰す術などないと知り、彼は怒り狂ってその世界を滅ぼした。しかし、召喚師達は最後の力で、男を別の世界へと飛ばしたのだ。
「違う世界に飛ばされて、考えた。俺が魔王になる事で、また勇者が召喚される。そうすれば、帰る方法が分かると思った」
そうして、魔王となり、目論見通りその世界でも勇者が召喚された。だが、やはり再び世界を渡る術はないと知った。その勇者は帰る方法がないと知ると、絶望の中で死んで行ったという。
「勇者は死ぬ前、俺に力を渡した。復讐してくれと言って……その力で、別の世界へと移動できる事が分かった。また違う世界へと飛んで……だが、行きたい場所を指定する事はできない……だから、ここでも魔王となろうと思ったのだ……」
魔王になって、また勇者を待つ。確率的には同じだろう。同郷の勇者が召喚され、帰還の術があるかどうか。自分で世界を渡り、故郷へたどり着くかどうか。それは奇跡のような確率だ。
「ふぅん……で、今の魔王になったの?」
魔王になったのなら、国中で攻めてこればいいだろう。共も付けず、一人で乗り込んで来たのはなぜなのか。
「……なれなかった……死んだ魔王が、いずれ帰ってくる。それを待つのだと言って、あの大陸の者達は、俺を受け入れなかったのだっ!」
「へぇ……」
ファナはラクトを振り返って、そうなんだと納得した顔を向けた。
「ファ、ファナっ、私は悪くないだろうっ?」
「ウン……ソウダネー」
「伝わらないっ!?」
焦るラクトをよそに、ファナは男に続きを促すのだった。
読んでくださりありがとうございます◎
事情はあるのでしょうね。
では次回、水曜18日の0時です。
よろしくお願いします◎