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010 喧嘩売ってるよね?

2016. 9. 2

薬師達が部屋から出て来たとの知らせに、バルドは色々と聞きたい衝動を必死で堪えて一歩を踏み出した。


そんな様子を見て、シルヴァが苦笑気味に提案する。


《また後で聞けばよかろう》

「あ、あぁ……ファナ、いつまでこの町にいる?」

「う〜ん。特に急いでないし、今日はどっか宿を取ってみるつもり。普通は宿屋に泊まるもんなんでしょ?」


ファナは、当然だが、未だかつて宿屋に泊まった経験がない。町に来た事で、少し楽しみにしていた。


「そうだが……いや、分かった。あいつらを送り届けたらここに戻って来るから、待っててくれるか? 宿屋の選び方も分からないだろ?」

「うん。全く分からない」

「……そうか……」


バルドが宿屋を選んでくれるというので、それまで適当にまた薬でも作って時間を潰そうと決めた。


そこで、作った薬について思い出す。


「あ、そうだ。バルド。これあげる」


部屋を出て、階段を下りながらファナは作ったホート病の薬をバルドに手渡した。


「なんだ? 薬?」

「うん。使えそうなら使って」


そんな会話をして一階に下りると、丁度、薬師達がギルドのホールへと出て来た所だった。


「何をしていた、バルド。直ぐに戻るぞ」

「分かりました……」


随分、高圧的な態度だ。バルドも渋い顔をしている。見ていた冒険者達も何も言わないが、眉を顰めているのが見えた。


「行くぞ。それから、おい」


リーダーらしき男が、後からついてくる男達に声をかける。そして、不意にギルド職員を呼んだ。


「はい……」

「あの部屋を使っていたのは誰だ」

「はぁ……あの、お名前を明かすのは規定でして……」


ギルドは個人の情報を守る。例え、王に尋ねられたとしても、本人の許可なく明かす事はない。そんな事は分かっているはずだが、男はこれに苛立ちを見せた。


そこで、彼に付き従っていた一人の男が耳打ちする。何事かを聞き、表情を変えた男は、バルドへ視線を向けた。


「バルド、お前は誰か知っているんだろう」

「あ、いや……」


男は、バルドがファナを連れ出したのを知ったようだ。このままでは面倒な事になると察したファナは、自分から名乗り出る事にした。


「はい。部屋を使ってたのは私ですけど?」

「お前が?」


蔑むような目で、背の高い男はファナを見下ろす。俄かに信じてはいないのだろうが、どうやら彼には今、その事実はどうでも良いようだった。


「まぁ、誰でも良い。あの部屋を片付けておけ」

「……はぁ?」


それだけ言うと、こちらの疑問など無視して、男は外へと向かう。


「はぁ⁉︎」


バルドも呆然としていたが、すまないと言い残して外へ出て行った男を追っていってしまった。


残されたファナは、言われた事を反芻し、それを理解すると叫んだ。


「はぁ⁉︎ ふざけんなっ!!」


そんな今にも追いかけて男を殴り倒そうとするファナを、慌ててギルド職員達が押さえにかかった。


「待ってくださいっ。あの方は、伯爵様が雇われているんですっ。問題を起こしてはいけません」

「落ち着いてくださいっ。いつもはあんな態度は取られませんからっ」


そう言って止められても、ファナの苛立ちが治まるわけがない。


「そんなん知らないよっ!伯爵だかなんだか知らないけど、飼い主なら責任取らせてやるっ! 屋敷はどこよっ、一言、言ってやらないと気が済まないっ。後片付けぐらいあんなにゾロゾロ腰巾着がいるんだから出来たでしょっ!!」


恐らく男の薬師見習い達だろう。十人程付き従っていたのだ。急いでいたとしても、その内の何人かに後を任せればいいはずだ。


「……確かにそうですね……」


思わずギルド職員達も同意してしまっていた。


しかし、この状況を見ていた冒険者達が口を挟む。


「別にいいじゃんか。どうせ嬢ちゃん暇なんだろ」

「あ゛ぁんっ?」

「っ、薬師さんは忙しいんだよ。おままごとしてるお嬢ちゃんとは違うのさ」

「おままごと……おっさん、それ、あたしに言ってんの?」


薬師になるには、経験が必要なのだ。十代そこそこでは、傷薬は愚か、調合など出来っこないというのが、この世界の常識だった。


ファナはどう見ても十代前半。そんなお子様が製薬室に入って何をするんだと、冒険者達は言っているのだ。


「決まってんだろ。ここはお嬢ちゃんが遊びに来るような場所じゃねぇんだよ!」

「はぁっ?」


冒険者達は全員これに賛同らしく、立ち上がり、ファナに出て行けと言わんばかりだ。しかし、ファナにもプライドがある。何より、相棒は我慢ならなかったようだ。


《ほぉ……我が主にその口の利きよう……貴様ら覚悟は出来ているのだろうな》

「なっ、なんだっ?」

「誰が喋りやがった?」


ファナには、混乱する冒険者達を気遣ってやる気がない。冷めた表情で鼻を鳴らした。


「ふん。冒険者がなんだ。大人がなんだよ……ウゼェんだんよ。いい機会だわ。あんたら、大人の男の冒険者がどれほどのものなのか教えてもらおうじゃん」


先ほどからお嬢ちゃんと呼ばれるのが、少々癪だったのだ。この辺で、はっきりさせよう。ただのお嬢ちゃんではないと分からせてやる。


《うむ。我が主を愚弄する者共など、蹴散らした後に門上へ吊るしてくれよう》

《シャァァっ》

「あ、あのっ、ファナさんっ」

「マズイぞ。マスターを呼んで来い!」

「あぁぁぁ……何てことを……」


冒険者同士の喧嘩など日常茶飯事。本来ならば見ものに回るはずのギルド職員達が慌てていた。


「おい、止めんじゃねぇよ」

「そうだぞ。こんな生意気な小娘。さっさと追い出して……待て、さっき喋ったのはあの猫か?」

「その後ろのちっこいの……何だ? ヘビか?」


ここで、ようやくファナの足下にやって来たシルヴァとドランに気付いたようだ。


「……なんで猫が喋べんだよ……」

「あのヘビ、頭が三つに分かれてやがる……」


次第に冷静さを取り戻したのか、冒険者達は顔を強張らせる。


《我が話すのが、それほど不思議か? これだから学のない馬鹿は困る》

《シャっ、シャっ、シャァァァァっ!!》

《うむ、そうだな。主を馬鹿にされて黙っていられるような我らではない。ゆくぞ、ドラン》

《シャァァァァっ!!》

「……あれ? ちょっとシルヴァ、ドラン?」


二匹は、ファナ以上にやる気十分だった。



読んでくださりありがとうございます◎

次回、一日空けて4日です。

よろしくお願いします◎

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