ヒュルムンデルの冬の女王と、桃ノ花村のこどもたち
花の王国の北に、ヒュルムンデルという名の、冬の王国がありました。
ヒュルムンデルに夏はなく、春も、秋もありませんでした。
そして、ヒュルムンデルには、ふつうの生き物はすんでいませんでした。
険しい山々を吹き荒れる風と雪は、生き物がすむには、あまりにも厳しすぎたのです。
そんなヒュルムンデル王国の、もっとも高い山の頂に、氷の城がそびえ、冬の女王は何百年ものあいだ、たったひとりでそこにすんでいました。
すがたはとても美しいのですが、こころは冷たいひとでした。
遠い昔には、そうではなかったのですが、今では、誰もそのことをおぼえていません。
女王自身も、忘れています。
何百年ものあいだ、ヒュルムンデルの山々を吹き渡る冷たい風を呼吸しているうちに、女王の体を流れる血はすっかり冷え切り、その心も、すっかり凍りついてしまったのでした。
女王は毎日、配下の雪嵐たちに城のまわりを駆けまわらせ、自分は広い広い氷の広間の、大きな大きな氷の玉座に座って、遠くを見ることのできる氷の鏡を眺めていました。
花の王国に暮らす人々の様子が、そこにうつしだされるたびに、女王の蒼白い顔は、いっそう蒼白くなるようでした。
花の王国の人々は、国の名の通りに花々を大切にし、それぞれの庭を丹精しては、隣近所で見物しあい、よろこびあいました。
秋が来て冬になり、庭に花がなくなってしまうと、こどもたちは家の中に紙でつくった花をたくさん飾りつけ、おとなたちはそれをよろこび、みんなであたたかい火の側に集まって歌を歌ったり、おはなしをしたりするのでした。
そのようすを、蒼白い顔をして氷の鏡で眺めていた女王は、ある日、とうとう立ち上がって、こう言いました。
「このわたくしは、ただひとり、いつも、ひとりなのに、花の国のものどもは、いつもだれかといっしょにおる。わたくしは、だれとも話さないのに、あのものどもは、いつもだれかと話しておる。わたくしは、ふしあわせなのに、あのものどもは、しあわせじゃ。
これは、不公平じゃ。不公平は、ただされなければならぬ。わたくしは、花の王国を攻め、あの国を、ここと同じようにしてやるのじゃ。もはや、だれも話してはならぬ。わらってもならぬ。みな、わたくしと同じ気持ちを味わうがよい。」
女王は、配下の雪嵐たちを呼び集めると、自分もその上にとびのり、花の王国をめざして、まっしぐらに飛んで行きました。
* * * *
北からの風が吹き始めると、ヒュルムンデルの冷気が流れ込み、花の王国に冬が来るのはいつものことです。
ところが、その年の冬は、いつもとはまったく様子がちがいました。
特に、花の王国のいっとう北にある桃ノ花村では、ことは深刻でした。
いつもの冬には、優しく静かに降り積もる雪が、まるでつぶてでも叩きつけるように激しく降り続き、その降り方は、小さな小屋なら一晩でうずめつくしてしまうほどでした。
風は毎日、腹をすかせたばけもののようにおそろしい声でほえ、家々の屋根をガタガタとゆすぶりました。
また、おそろしいうわさがありました。
真っ白なつむじ風が、まるで生き物のように動き、外を歩いている者を、どこまでも追いかけてくるというのです。
それだけではありません。
蒼白い顔をした、目の光るばけものが、木のかげからにらんでくるのを見たという話もありました。
こういううわさはみんな、家の窓からなんとか外にはい出し、長ぐつにかんじき履きで、勇猛果敢に雪の中を行ったり来たりする若者たちによってもたらされたものでした。
若者たちが、危険をおかして食糧や薪を運んでくれるおかげで、家々は、何とかやっていけたのです。
「今年の冬は、いったいどうなっているんだ。」
「こんなようすが、いつまで続くんだろう。」
「このままでは、食糧も薪も、じきに底をついてしまう。」
桃ノ花村の人々は家の中にとじこもり、不安そうにささやきあいました。
* * * *
おとなたちも困っていましたが、こどもたちもまた、たいへん困っていました。
外に出て、友達と遊ぶことができないからです。
雪合戦、かまくら作り、スケート、スキー、そり遊び、氷菓子づくり、かんじきをはいて真っ白な新雪の上を歩き回り、そこらじゅうに足跡や人がたをつけて回る――
雪のあるあいだしかできない、こういった楽しい遊びが、今年はみんなだめでした。
おとなたちが、あぶないからといって、こどもたちが出歩くことを、ぜったいに禁止していたからです。
それは無理もないし、よくわかります。
でも、それがわかるひとなら、小さなこどもたちをいつまでも外で遊ばせないでおくなんてことはとても無理だということも、同じくらいよくわかるでしょう。
こどもたちは、窓をあけて――雪のせいで窓があかない場合には、もう、窓わくを外してしまって、そこから、もぐらみたいに、雪にトンネルを掘りはじめました。
一気に降り積もった雪は、まだ軽く、押しつけて固めれば道があきました。
あちこちの家から這いだしたこどもたちは、小さなおもちゃのスコップや、大きなシャベルを使って、掘りに掘りました。
運のいい子は、向かいから掘ってきた友達のトンネルとうまい具合につきあたり、抱き合って再会をよろこんだ後、ふたりいっしょに掘りました。
運の悪い子は、えんえんと一人で掘り続けた末に、だれにも会わず、何にも突き当たらずに、自分の家にもどるはめになりました。
けれど、何日か経つうちには、こどもたちのトンネルは村のあちらこちらで突き当たり、りっぱな蟻の巣のようになり、一番運の悪い子のトンネルも、無事に仲間に加わりました。
こどもたちが勝手なことをしたといって、怒るひともいましたが、おとなたちも、やがてはこのトンネルを歓迎するようになりました。
村のお医者さんや、屋根つきの井戸や、雑貨屋さんの戸口とも、トンネルが通じたからです。
トンネルの中はとてもせまく、こどもしか通ることができませんでしたから、おとなたちはこどもたちに、買い物や、水や薬を取りにいく用事を頼みました。
大切な手紙の配達を頼むこともありました。
こどもたちは、よろこんで雪のトンネルを行ったり来たりし、熱心に仕事をこなしました。
そして、ひまができると、新しいトンネルの開通作業にはげみました。
新しいトンネルは、おまわりさんの家につながったり、馬小屋につながったり、あるいはどこにもつながらなかったりしましたが、そのうち、大発見がありました。
一本のトンネルが、村のはずれの森につながったのです。
そこは、冬でも葉を落とさない針葉樹の森でした。
森の木々ががんばって踏みこたえ、雪と風をよけてくれたために、そこだけは雪がうっすらとしか積もっておらず、地面の上を歩くことができたのです。
この大発見は、蟻の巣のようなトンネルを伝わって、たちまち、すべてのこどもたちに知らされました。
こどもたちは顔を見合わせ、ひとつの計画をたてました。
おとなたちには、ぜったいに秘密の計画です。
久しぶりに、外で、思い切り、みんなと遊ぶのです!
さらに何本ものトンネルが掘られ、森へとつながりました。
こどもたちは、とりきめた日時に、めいめいが必要な品物を持って、森の広場に集合しました。
乾いたマツやモミの葉、細い枝、薪、れんが、蓋つきの鉄鍋、ナイフ、砂糖、スパイス、りんご、マシュマロ、シャベル、スコップ、たくさんの木のおけ――
「さあ、やろうぜ!」
一番年上の男の子、ホルストが意気揚々とさけび、こどもたちは威勢よく歌いながら、それぞれの受け持ちの仕事に取りかかりました。
りんごの芯をくり抜くもの、砂糖とスパイスをまぜてりんごの穴に詰め込むもの、かまどをこしらえ、火をおこすもの。
たちまち踊りあがった焚火の炎に、歓声があがりました。
鉄鍋の中にりんごを並べて、焚火にかけたこどもたちは、次の仕事にとりかかりました。
あちこちの木々のすきまの下で山になっている雪を、木のおけにぼんぼん詰め込み、シャベルで上からばんばん叩いて固めます。
男の子も女の子も、本職のおとなにも負けないシャベルさばきで、ほっぺたをぴかぴか光らせながらはたらいています。
「ほい!」
「ほい!」
「ほい!」
次々と手渡されたおけは、ここぞという場所で逆さにし、ぱんと底をたたけば、中身がすっぽりと抜け出て、りっぱな雪のブロックになるという寸法です。
こどもたちは、焚火を囲むように雪のブロックをどんどん並べて、まるい壁をこしらえ、少しずつ内側にずらしながら上へ上へと重ねていって、とうとう、大きなボウルを伏せたような、みごとな雪の家を建てました。
「ほい!」
「ほい!」
「ほい!」
何軒も、雪の家が建ちました。
それぞれの雪の家の中で、小さな焚火がおこされ、こどもたちはそこに入り込んで火を囲み、ほっぺたが落ちるほどおいしい焼きりんごを分けあい、細い枝にさしたマシュマロを、とけて落っこちないように気をつけてこんがり焼いて、ふうふう吹きながら食べました。
「幸せだあ。」
いちばん小さい子が、鼻とほっぺたをぴかぴか光らせながら、言いました。
食べおわると、こどもたちは雪の家からはい出して、かくれんぼや、鬼ごっこや、雪合戦をしました。
それから、全員集まって輪になり、手をつなぎ、歌をうたいながら、ぐるぐる回りました。
エッサマヒーア
サラッサヒーア
ラッサマルッサ
フー!
意味のない、ことばの響きだけの歌を、こどもたちはおなかの底から力いっぱい歌って、ぐるぐる回りました。
そして、その踊りがもっとも激しくなった瞬間に、だれかが、そのことに気づいたのです。
「うわあ、お化けがいる!」
みんながいっせいに、そっちを見ました。
ほんとうです。
いつのまにか、すぐそばの木のかげに、激しいねたみに燃える目つきをして、蒼白い顔の女王が立っていたのです。
こどもたちの踊りの輪は、どっとくずれました。
女王は木のかげから飛び出して手を伸ばし、こどもたちをつかまえようとしましたが、こどもたちは子ねずみのようにすばしっこくすっとんで、その白い手をかいくぐり、いくつもあいたトンネルの穴に飛びこんでいきました。
「あっ!」
と声をあげて、ひとりの女の子が転びました。
ちょうど、ほかの子たちがみんな、穴に飛びこんでしまったときのことでした。
女王は、ひととびで、その子の前に立ちふさがりました。
長い衣のそでをはためかせた、蒼白い顔の女王を、ネーヤという名前の女の子は、目を見開いて見上げました。
「ほ、ほ、ほ、ほ。」
女王は、手を打ってよろこびました。
「つかまえたぞ、つかまえた。これから、おまえを、かちかちに凍らせてやる。」
女王が頬をすぼめて、ひゅうひゅうと息を吹きかけると、あまりの寒さにネーヤの体はがたがたと震えはじめ、その顔は、たちまち蒼白くなっていきました。
「あ、あ、あなたは、だれ。」
ネーヤはききました。
「ほ、ほ、ほ、ほ。わたくしこそは、ヒュルムンデルの冬の女王。雪と氷の王国を支配する、ただひとりのあるじよ。わたくしは、花の王国をせめ、なにもかも凍らせて、雪にうめてやるのじゃ。」
「どうして、そんなことするの。どうして、あたしを、凍らせるの。」
ガチガチと歯を鳴らしながら、ネーヤは言いました。
「だって、あたしたち、あなたに、なんにも悪いことしてない。」
これに、女王は、すっかり機嫌を悪くしてしまいました。
「えい、だまれ。おまえたちは、いつもいつも、自分たちばかり、楽しそうにしおって。わたくしは、いつもひとり、たったひとりなのに、おまえたちは、いつも――」
女王の目がらんらんと光り、ネーヤの顔色は、ますます蒼白くなっていきました。
「ほ、ほ、ほ、ほ。」
女王は、あざ笑いました。
「なさけないことじゃ。おまえたちは、いつも、群れておるくせに、いざとなったら、ひとりぼっち。だれも、おまえを助けに来るものはないぞ。」
「いいや、ここにいるぞ!」
ほんとうです!
その声が響いた瞬間、すぐそばの雪の家の中から、まるで大砲に撃ち出されたみたいに、ホルストが飛びだしてきたのです。
ホルストは、逃げませんでした。
ほかの子たちがトンネルに飛びこんだとき、かれは雪の家に飛びこみ、そこでチャンスをうかがっていたのです。
彼の手には、明るく燃えるたきぎが握られていました。
それを目にした女王の顔は、すさまじく引きつりました。
「火じゃ。」
女王はわなわなと震えだし、両手で顔をおおってあとずさりました。
「ひ、ひ、火じゃ!」
そうです。冬の女王は、火が怖かったのです。
火は、その熱で、雪も氷もとかしてしまいます。
女王は、雪と氷のないところでは、生きることができませんでした。
ネーヤの前に飛びだしたホルストは、敵がひるんだのですっかり元気づき、燃えるたきぎを突き出しました。
「かくごしろ、雪のばけものめ! この火で、おまえを、ジューッととかしてやる。」
「やめてくれ、やめてくれ。そのおそろしいものを、近づけないでくれ!」
女王は叫びました。
ホルストはかまわず、敵を叩きつぶそうと、燃えるたきぎを振りかざしました。
その腕を、そっと押さえた手がありました。
「ねえ、やめてあげましょうよ、ね。」
それは、ネーヤでした。
「このひと、少し、かわいそうだわ。」
ホルストは、信じられないという顔でネーヤを見ました。
ネーヤの顔色は、まだかなり蒼白いままでした。
「おい、こら! どうして、おれたちの村を雪で埋めたり、人をおそったりしたんだ。」
ホルストは、もちろん油断することなく、ネーヤを背中にかばい、燃えるたきぎをかまえたままで言いました。
女王は、両手で顔をおおったまま、ぺったりと雪の上に座りこんでしまいました。
「わたくしは、自分の国で、ずっと、ひとりきり。ずっと、ふしあわせだった。だから、他のものたちも、同じように、ふしあわせにしてやろうと思ったのじゃ。」
そして、女王は泣きました。
今まで一度も泣いたことのない冬の女王が、泣いたのです。
それは、ホルストのたきぎの炎が、女王の凍りついた心臓を、ほんの少しとかしたからでした。
「ばかだな。そんなことしたって、なんにもならないのに。」
ホルストは、できるだけ機嫌悪そうに言いましたが、その声にはもう、少しばかり、かんべんしてやるような響きがありました。
ネーヤは、ホルストの後ろで、何か考えていましたが、やがて、進み出て言いました。
「ねえ、女王さま。あなたは、スキーやスケートをなさるの?」
ホルストは、とつぜん何を言い出したのかまったくわからない、という顔で、ネーヤを見ました。
「ときどき。」
女王は、長いそでのはしで目と鼻をふき、つまったような声で言いました。
「場所は、いくらでもあるからな。でも、すぐにつまらなくなって、やめてしまうのじゃ。だれも拍手をしてくれるものがないのでは、どんなにすごい技をやっても、むなしいからのう。」
「どんな技があるんですか?」
ネーヤは、かさねてききました。
「そうじゃな、スキーでは『がけから飛びおり宙返り』というのがあるぞ。長い、急な斜面の上から下まで、一気にすべりおりてな、その先の崖から、ぽーんと飛び出すのじゃ。それで、くるっくるっと、回るのじゃ。一番調子がいいときには、まあ、十六回転はできるな。」
「十六回転だって!」
ホルストが、思わず叫びました。
かれは、スキーにかけては、村で一番熱心なのです。
「そりゃ、すげえ!」
それをきいたとき、女王のほおが、少しばかり、ぴかっと光ったのを、ネーヤとホルストははっきり見ました。
「ね。あたし、ちょっと考えたんですけど。」
ネーヤは、にこにこしながらいいました。
「よかったら、なんですけど。自分の国に、ひとりでいらっしゃるのがさびしいなら、女王さま、冬のあいだは、あたしたちの国に遊びに来ることになさったらどうかしら? それでね、あたしたちの、スキーやスケートの先生になってくださったらいいと思うの。」
「そりゃ、いいや!」
もう、だいぶ女王のことを見直しかかっていたホルストが叫びました。
「十六回転ができる先生なんて、世界中さがしてもいないぞ。」
女王は、長いこと、自分が今きいたことが本当だとはとても信じられないというようにだまっていました。
その目は、だんだん、大きくなり、そのほおは、ますます、ぴかぴか光り出すようでした。
「おお――もし、そんなことが――本当に――」
女王がつぶやくと、天を厚くおおっていた灰色の雲がはらわれ、すきとおった青空があらわれ、澄んだ光が、木々のこずえのあいだから降り注ぎました。
その光を受けて、女王の美しい顔は、あかるく輝きました。
「ありがとう。よろこんで、教えてとらそう。」
と、女王は言いました。
* * * *
ものすごいはやさでトンネルをはい進み、それぞれの家に逃げて帰ったこどもたちからの報告を受けて、おとなたちがおおよその事情をのみこむまでに、そう時間はかかりませんでした。
おとなたちは、みんな、たちまち家から飛び出してきました。
ふだんはまじめくさって温厚に見える、おとなというものが、ひとたび自分たちのこどもがおびやかされたとなると、とたんに奮起しておそるべき野生の力を発揮するということは、よく知られていますね。
おとなたちは、いちばん分厚い服を着こみ、長ぐつにかんじきをつけ、窓や、ことによっては屋根を叩きこわして雪の上にはい出し、手に手に火かき棒や、かなづちや、燃えるたいまつや、先祖代々壁にかざってあった古い剣や、フライパンを持って集合しました。
「うちの子が、まだ戻っていないんです!」
「うちのもだ。」
「ネーヤと、ホルストだ!」
みんなが叫びました。
「もはや、一刻のゆうよもならんわい。」
みんなのまんなかに立った村長さんは、銀色のにぎりのついた立派なステッキをにぎりしめ、力んでいいました。
「よし、今こそ――」
そのときです。
不意に、灰色の雲が切れて、青い空があらわれました。
明るい光が、人々の顔を照らし、みんなは思わず空を見上げました。
そこへ、きらきら光る雪の上を、女王が、ネーヤとホルストといっしょに歩いてきたのです。
大騒ぎになりました。
こどもたちは金切り声をあげ、おとなたちの中にも、思わず逃げ出したひとがいました。
ですが、ネーヤとホルストの家族は猛然と走り出し、大部分の村人はそれに続いて、こどもたちを襲ったおそろしい雪のばけものを叩きつぶそうと、どっと押し寄せました。
「待ってくれ!」
おとなたちの前に、ホルストが飛び出しました。
「ちょっと、待ってくれ! おれたちの話をきいてくれ!」
「そうよ、みんな、待って! このひとを叩いちゃだめ!」
ネーヤも、女王の体にしがみついて守りました。
おとなたちは、とにかく気がたっていましたから、本当にもうちょっとであぶないところでしたが、ふたりのこどもが、あまり必死に叫ぶので、ようやく、その場はしいんとしずまりました。
ホルストは、いかりくるったお父さんをなんとか止めようとして、どういうわけか自分がぼこぼこに殴られ、苦り切った顔をしていましたが、片手を振ってネーヤに話をゆずりました。
ネーヤは、まわりをとりかこんだおとなたちに、女王がどうしてこんなことをしたのか、いっしょうけんめい説明しました。
「それでね、女王さまは、もうぜったいにこんなことはしないって。それでね、これからは、あたしたちに、スキーやスケートを教えてくださるって。だから、ね、もう、大丈夫なの。」
ネーヤは、いそいそと言って、みんなに笑いかけ、女王の腕にさわり、「さ。」と言いました。
村の人たちはみんな、じろじろと女王の顔をにらんで、厳しい顔をしています。
女王は、すうっと息を吸い、傲然とあごを上げ、肩をそびやかしました。
「わたくしは――」
えらそうに、そう言いかけて、女王は、ネーヤを見ました。
ネーヤは、食い入るように女王を見つめていました。
その手が、ぎゅっと女王の腕をにぎりました。
女王は、ゆっくりと、村の人々に目を戻しました。
「わたくしは、ねたみのために、あなたがたの国を寒くしたりして、本当に、悪いことをした。すまなかった。このとおりじゃ。」
そして、深々と頭を下げたのです。
次に顔を上げたとき、女王は、この上なくすっきりした表情と、心配そうな表情を、同時に浮かべていました。
さあ、どんなことになったでしょうか?
じっさいは、なんにも心配することはなかったのです。
いさぎよく、自分のまちがいを認めて謝った女王を、村の人々は、気持ちよく許しました。
「本気で謝れるやつは、本物の人間だ、うん。」
おじさんたちは、そういってうなずきあい、
「人間じゃないでしょう、この方。まあ、そんなことはいいですよ、それよりあなた、これでもう、安心しておもてに出られるというんだから、今すぐに、雪かきをはじめなくちゃ。家が、ぺしゃんこになってしまう前に!」
おばさんたちは、だんなさんと、女王と、こどもたちの背中をぐいぐい押して、雪かきをしにいきました。
「こどもらは、ええのう。あんな美人の先生になら、わしらだって習いたいわい。」
と、村長さんは、ぶつぶつ言ってましたっけ。
* * * *
ああ、ほんとうに、その年の冬は、いつもとはまったくちがいました!
女王は、配下の雪嵐たちを呼び集め、むやみに降らせたぶんの雪をごうごうと巻き上げ、自分の王国に吹き戻させました。
そして、こどもたちに、雪嵐に飛び乗る方法を教えてやり、家々の屋根の上を、みんなでぐるんぐるんと飛び回りました。
あんまりおもしろそうなので、おとなたちもやってみましたが、だめでした。
身の軽いこどもたちしか、雪嵐に乗ることはできないのです。
もちろん、スキーのけいこもやりました。
桃ノ花村に女王が来てからというもの、こどもたちのスキーの腕前は、めきめきと上達し、今では、いちばん小さい子でも、小さながけで三回転くらいは、できるようになりました。
今、ネーヤがもっている記録は五回転、ホルストは、六回転です。
ゆくゆくは十回転も夢じゃないと、ホルストは言っています。
こどもたちのほうから、女王に教えてあげたこともあります。
女王は、おなじ雪遊びでも、大勢でする遊びは、一度もしたことがなかったので、はじめて雪合戦をしたときには、何をすればいいのかわからず、ぼうっと立っていて、たちまち雪まみれにされてしまいました。
今では、こどもたちがやり方を教えてあげたので、みんなと一緒に、きゃあきゃあ、走り回っています。
でも、楽しい季節は、もうすぐ過ぎていこうとしています。
今朝、今年はじめてのスノードロップスが咲きました。
ほんとうに春が来て、花の国から雪が消えたら、女王は、ヒュルムンデルに帰らなくてはならないのです。
でも、女王は、もう、さびしくありません。
花の王国に春が来て、夏が訪れ、秋がすぎてゆくあいだ、女王は毎日、ヒュルムンデルの山の斜面で、こどもたちに教えてあげる新しいスキーの技を研究してすごすでしょう。
そして、次の冬になれば、また、雪嵐に飛び乗ってやってきて、新しくあみだした技を、みんなに教えてくれるでしょう。
【おわり】