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第九十九話 勇者という名の特別

およそ二か月もの月日が流れましたが、ようやく更新です。

本当に今回の話は中々いい感じに書けなくて辛かった。

尚、まだ満足しきれてないので、今回の話は書き直す可能性があります。


結界の内容について一部追加した項目があります。

結界内部でのアイテムボックスの使用制限を追加しました。(2017/3/23)

 会議が終わり、後は開戦の時を待つだけになった。

 開戦は明日。夜が明ける少し前にこちらがアイゼルタリアへと侵攻する。

 だから、今日の残りの時間は開戦前の準備と休息に当てられる事となる。

 一部の人達はアイゼルタリアの監視や陣地の巡回の為に交代制で休みを取るらしいけど、俺はそのどちらの仕事も任されていない。

 この突然与えられた休みをどう過ごそうかと考えつつ本部のテントを後にしようとした。


「あ、ちょっとユートは残ってもらえるかな」


 しかし、その直前、駿に呼び止められた。

 振り返り、視線で何の用か問いかける。


「少し話しておきたいことがあってね。……ニーナ姫もご同席いただけませんでしょうか」


 どうやら駿は俺とニーナに話しておきたいことがあるらしい。


「まぁ、俺は大丈夫だけど」


「私も大丈夫です。お聞かせください」


「うん。それじゃあ、二人とも席に着いてくれないかな――それと、見張りの兵の方はここに誰も通さないようにお願いします」


『はっ! 了解いたしました』


 これから話す内容がよっぽど重要なのか、駿は表の兵に通行止めの指示を出し、すっかり空席だらけとなった円卓に腰かける。ちなみに、このテントには俺、みーちゃん、ニーナ、駿、雅、ツバサの六人が残っている。あとの人々は全てテントから出ていった後だ。

 俺とニーナはさっきまで座っていた場所に腰を落とした。

 この場にはツバサを除いて、アイゼルタリア城に潜入するメンバー全てが集まっている。

 そんな面子を見渡し、駿は口を開いた。


「さて、ユートは美弥から聞いてると思うけど、先の偵察部隊の報告でアイゼルタリア城に結界が張られている事が分かってね。その結界の効果も踏まえて改めて話し合いたいなと思っているんだけど」


「……えっと、駿」


「何かな、ユート」


「俺、そんな話聞いてないんだけど」


「…………」


「…………」


 俺達は揃ってみーちゃんを見た。


「……?」


 コテン、

 と首を傾げるミーちゃん。

 何やってんの、本当に……って、そういえば昔からみーちゃんはどこか抜けてた。

 六年たった今でもそれは変わらなかったらしい。


「はぁ……マジか」


「あはは、まぁ、今から改めて話すから別にいいんだけどね」


 苦笑し、問題は無いと言う駿。


「いつもの事だし」


「いつもの事なのかよ……」


「だから慣れっこかな」


「そっかぁ……とりあえず、みーちゃんは後でお説教な」


「……えー」


 不服そうな声を出したみーちゃんは助けを求めるかのように雅へと視線を送った。

 そんなみーちゃんに対し、雅がニコリとほほ笑む。

 みーちゃんの顔が少しパッと輝く。


「美弥、頑張ってね。影ながらに応援してるわ」


「……雅の薄情者ぉ」


 思わぬ友人の裏切りにグデンと体を弛緩させたみーちゃんは恨めしそうな声を上げた。

 すると、少し苦笑を浮かべつつ駿が手を叩いた。


「まぁ、ユートには後でしっかりと美弥を絞ってもらうとして……おふざけはここまでにして話を戻そうか」


「グフッ」


 駿の言葉にみーちゃんが大ダメージを受けた。机に顔を伏せた状態でビクンビクンしている。そして心なしか、駿の機嫌がいつもよりも良いような気がする。気のせいだと思うけど。


「えっと……俺とニーナに話しておかないといけないことがあるんだっけ」


「まぁ、正確に言えば僕たちも今初めて聞くことなんだけどね。ともかく、それを今からツバサに説明してもらおうと思う。頼むよ、ツバサ」


 そんな駿の呼びかけに応え、ツバサが立ち上がる。

 その背丈は俺とあまり変わらない。

 顔もあまり特徴は無く正に一般人と言った感じ。どちらかと言えば温和な印象さえ受ける。こんな人が戦闘時になるとイメージがガラッと変わるんだからやっぱりこの世界はおかしいと思う。いや、ツバサは俺と同じ転生者なんだけど。


「じゃ、俺からいくつか報告するな」


 俺がどうでもいい事を考えている間にツバサがそそくさと概要を説明し始める。

 俺もどうでもいい思考は打ち切り、ツバサの話に集中する。


「えっと、まずはーっと。……あぁ、そうそう。俺の部下が調査した結果なんだけど、お前らが侵入する城にはいつもの如く魔法や一部のスキルを封じる結界が張られてるから。特に美弥とユートは気をつけるように」


「魔法封じの結界……? ――え、それって、その中だと魔法が使えなくなるってやつ?」


 それだとしたら、俺の戦闘能力は激減しちゃうことになるんだけど。

 俺のそんな不安の籠った質問にツバサは頷く。俺の表情が緊張で固まる。

 そんな俺の様子を見たみーちゃんがなんともお気楽そうに口を開いた。


「……大丈夫。そう心配する事は無い。多分、いつもと同じ結界なら、その内部で封じられるのは『空間魔法』と『回復魔法』、そして『アイテムボックス』の使用ぐらいだから。全部が全部の魔法やスキルを封じられるわけじゃない」


「ま、そういうこと」


「それに、これは相手にも当てはまる事だよ。だから、この結界の中では敵も空間魔法や回復魔法、アイテムボックスは使えない。特にミジェラン――タクヤ君の戦闘力は激減するだろうね」


 みーちゃんの説明にツバサが頷き、駿が補足を入れる。

 だけど、俺の中から不安の種が完全に消えることは無い。

 まぁ、でもこれぐらいでちょうどいいと思う。

 この世界じゃ、何をするにも何も問題が無いという方が少ない。

 美味しい話には裏があるとよく言うけど、正にそれだ。

 日本と言う、法律と平和の名のもとに秩序が保たれている国とは違う。

 この世界はそこまで優しい世界じゃない。

 だから、少しぐらいは問題があって神経をとがらせないといけないってぐらいが丁度いい。俺みたいな間抜けは何も問題が無いとすぐに気を抜いてしまうんだから。それを防ぐって意味でも問題は適度に存在している方が良いと思う。


「つまるところ、空間魔法、回復魔法やアイテムボックスは使えない可能性大だから気を付けろって事?」


「簡単に言えばそうなるかな。だから、僕らは少し多めにポーションを割り当ててもらう事になっているし、それを入れるための専用ポーチを用意しているから、城の中にはいる時はそれを装備していってね。……まぁ、といっても、そのポーションの殆どを調合したのはユート自身だから、僕が言うような事じゃないんだけど」


 駿が苦笑しながら言った。

 確かに、今回ストレア軍に配布されているポーションの半分ほどは俺が調合して納品した物。かといってそれは納品した以上俺の物じゃない。だから俺が大きな顔をすることも無いし、出来ない。

 まぁ、自前である程度の薬は用意しているとはいえ、ポーションを貰えるのは有難いから貰うんだけど。ポーションは後で受け取りに行けるらしいから行こうかな。


「で、ツバサ。報告はそれだけなのかな?」


「いや、まだ二つある。その一つが……これだ」


 駿の言葉を否定し、ツバサはとある一枚の封筒を駿に差し出した。


「これは……?」


「いつの間にか、諜報を行っていた俺の部下の背中に張り付けられてたらしい。で、肝心の差出人は……多分、巫女だ」


 ツバサの口から出た『巫女』という言葉……それを聞いた俺とツバサ以外の場の全員が――息を止めた。それは決して比喩などでは無く、誰もが呼吸を忘れたかのように息継ぎの音一つさえ聞こえなくなる。


 ――場に満ちる静寂。


 僅かに覗く皆の表情はどこか暗く、悲壮感がにじみ出ている。

 その空気に耐えられず、気が付けば俺はおずおずと駿たちに声をかけていた。


「皆していきなり黙りこくって……一体どうしたんだよ」


「あぁ、そういえばユートは巫女の事、よく知らないんだっけか」


 俺の質問に封筒を駿に手渡したツバサが反応する。


「まぁ、うん。少し耳に挟んだ程度だったと思う」


「そうか。まぁ、簡単に言えば、巫女ってのはミコイルの宗教における教皇と対を成す最高責任者の称号だ。で、その巫女と俺達……特に駿は色々とあってな」


「色々って何があったんだ?」


「それは今から説明すれば長い時間かかりそうだからな……まぁ、話す機会があればその時に話すと思う。忘れて無ければ、だけどな」


 つまるところ、ツバサたちに今ここで巫女の事を詳しく話すつもりは無いらしい。

 それ以上質問しても答える気は無さそうだったので、今回はおとなしく引き下がることにする。


「で、どうするよ、駿。俺の部下に張り付けられてたって事は多分、向こう側にはこっちがほど近い所に来てるってバレテると思うぞ」


 少ししんみりとした空気を変えるようにツバサが務めて明るくそう言った。とは言っても、言ってる内容は決して明るくない。

 敵にこっちの情報が把握されているのは確かに面倒だ。早急に対策でも考えとかなくてはいけないと思う。でも、それって当たり前なんじゃないか。だって、外から丸見えなんだよ、この陣地。バレて当たり前だ――普通はそう思うけど、実際にはこの近辺一帯には外部からの認識を阻害する結界が張られているらしい。

 そう。一応は……っていう言い方はおかしいかもしれないけど、敵に見つからないようにする対策はきちんと取っているのだ。

 しかしそれをあっさりと見破られたにも拘らず、駿はツバサの質問に全く気にした様子も無く答えた。


「まぁ……きっとそれは大丈夫だと思うよ。……これはあくまでも僕の予想でしかないけど、巫女(サーシャ)はここを襲撃するつもりも、予定も無いはずだ」


「色々とツッコミどころはある……でもまぁ、駿がそういうんだったらそうなんだろうな。巫女の考えを読むことはお前の専売特許な訳だし」


「ははは。……冗談はよして欲しいな」


 表面上はツバサの冗談に苦笑いをした駿。でも、なんでだろう。その表情はどこか陰りがあって、何かを『引き摺っている』ようにも見えた。さっきツバサが言っていた『色々』と関係があるのだろうか。


「まぁどんな事であれ……俺がうじうじ考えても仕方ない、か」


 呟き、俺は思考を切り替える。何も知らない俺。何もわからない俺。だったら、仕方がない。考えてもどうしようもない。なら、時と場合と運にもよるけど、こういうのは無駄に考え過ぎない方が良い。――そう思い直す事にして、考えるのを止めた。


「とりあえず、中を読んでみるよ」


 駿が封筒を開け、中身を読み上げる。



『親愛なる勇者様。……って、これじゃボクらしくないね。


ともかく久しぶりだね、駿。約半年ぶりかな。


今すぐ君に会いたいところだけど、残念ながら今回ボクは出番がないからね、こうして手紙をしたためてみたんだ。


それにしても最近は、『あぁ、君に会いたい』という想いで毎晩眠れない日が続いているよ。そっちはどうかな。君もボクに会いたい気持ちで一杯になっててくれたら嬉しいな。


まぁ、例え君がボクに会いたがっているのだとしても、その根底にある感情はボクとは違うんだろうね。そう思うと、胸が張り裂けそうだよ。


愛しの君。


ボクと似ているようで正反対な君。


常に微笑を浮かべていて、それでいていつも寂しそうな君。


臆病なのに背を伸ばすかのように強がる君。


駿。改めて伝えるけどボクは君が好きだ。


何度拒絶されてもそれは変わらない。


ボクは君を舐めつくしたい。食べつくしたい。犯しつくしたい。


駿の体の隅から隅までをボクの物にして、バラバラにして、腐らないようにして胸に掻き抱きたい。


ボクは君の肌が恋しいんだよ。


ボクは君と言う概念そのものに恋している。そして君という存在に愛情を抱いている。


その感情は初めて会った時から変わっていない。君を愛しているという感情が、焼けた鉄板を押し付けられたかのようにこびりついて離れないんだ。


――あぁ、こんなことを書いていたからか、陰部が濡れてきてしまったよ。


もうすでにかなり書いてしまったし、最後に一つ伝えたい事だけ伝えて締めくくるとしようかな。


さっきも触れたけど、ボクは今回の争いには関知しない。


だけど、それじゃあボクのアイデンティティ的にも面白くない。


だから少しばかり置き土産を用意しておいたよ。


何かは秘密だけど近いうちにわかると思う。


楽しみだな。君がどんな反応をするのか。


願わくば――絶望にあえぐ君の声が遠く離れたボクの耳まで届くことを祈っているよ。


君を殺しつくしたいと願う愚か者・サーシャ』



 駿の手紙を読み上げる声が途切れると、その場には凍り付いたような固く重苦しい沈黙が広がった。誰も言葉を発せない。発しようとしない。


 手紙はまるで呪いの呪詛のようだった。

 甘美で、凶悪で、桃色で、真っ黒な、表裏一体の言の葉。

 そこには確かに、恋慕の情があるのが理解できた。しかし同時に強大な憎悪も感じてしまう。つまるところ手紙に書かれていたのは、まるで二つの人格を持っているかのような、不安定な感情の波だった。それこそ、この手紙は二人で書かれた物だと言われた方が納得できるかのような、激しい感情の波が記されている。


「何だよ……これ」


 俺はその手紙に羅列された言葉を聞いて、背中がゾクッと震えた。寒気がする。鳥肌が立った。今までで一番『不可思議な』気分だ。

 寒気を追い出すようにして二の腕をさする。肌に張った薄氷をそぎ落とすようにして念入りに。少しだけ寒さが和らいだ気がした。


「何だか……」


 重い沈黙がしばらく続いた後、雅が口を開いた。


「少しばかり、今回のは過激過ぎなかった?」


「うん。それは僕も感じた」


 雅の問いかけに駿が肯定を返す。読み終えた手紙を封筒にしまい直し、それをテーブルの上に置いた。


「いつもサーシャはどこか情緒不安定な所はあったけど……今のはそれが顕著過ぎた。何か、彼女がそうなった理由があるのかもしれない。そして、彼女が残したっていう置き土産も気になるね」


「……ん。きっとロクでもない事」


 駿の懸念にみーちゃんが賛同する。


「あー、もう一つ報告があるんだけど」


 そこでツバサが手を挙げた。


「あぁ、すまない。続けてくれ」


 駿が頷き、ツバサに報告を続けるよう促す。

 するとツバサはこれまでの飄々とした雰囲気が鳴りを潜め、少し苦々しい表情になる。

 どこか胸糞が悪そうな、そんな感じを漂わせつつツバサは言った。


「町の――アイゼルタリアの町があまりにも静かすぎるんだよな……何故か住人もほとんど見かけないし」


「それは……皆さん、ミコイルの騎士に出宅制限されているからなのでは?」


「いや、どうもそうじゃないっぽいんだよ」


 ニーナの言葉にツバサは頭を横に振る。


「城下町には殆どミコイルの騎士は残っちゃいない。見張りなのかは分からないが、ローブを纏った奴らが所々に点在しているぐらいだ。それに時々、街の住人っぽい奴らが街中を歩いてるのも確認している。もしかすると、住人達が自分から積極的に街中へ出て行こうとしていないって線もあるとは思うが……」


「ま、まさか……」


 ツバサの話を聞いているニーナの表情が段々と絶望に染まっていく。

 俺にもツバサが何を考えているのかが分かってしまった。

 それを聞きたくなくて、思わず耳を塞いでしまいたくなる。

 残酷で、無残で、無慈悲なその宣告を――ツバサは下した。


「――あぁ。恐らく、住民の大部分は殺されている。ミコイルやサーシャの行動理念からして、人族以外の奴らほぼ全てな」


「そんな……そんな事って……」


 腰が抜けたのか、ニーナが力なく崩れ落ちる。

 顔が真っ青になり、体中が震えていた。

 そしてそれは、ニーナ以外の俺達も同じ。


「マジかよ……ッ」


「……ん」


「今回のは流石に酷いわね……」


 俺は怒りのあまり手を思いっきり握り込んだ。そうしないと冷静さを保っていられそうに無かったし、実際に怒りのあまりテーブルなんかに手を叩きつけていたと思う。

 みーちゃんや雅も表情は硬く、個々に怒りを覚えているのが分かる。


「……ツバサ」


 ――しかし、そんな俺達の怒りも『彼』には敵わないんじゃないか。


 そう思わせるほどに、駿から発せられる怒りはすさまじかった。

 表情や態度に変化は一切ない。ツバサに掛けた声も、何もおかしなところは無かった。

 ……しかし駿はまるで親の敵にでも出会ったかのように――静かに怒っていた。俺の中の『感覚』がそう言っている。実際にはそうではないと分かっていても、まるで自分にその怒気が向けられているのではないかと錯覚するほどに、駿の怒りは沸々と煮えたぎっていた。


 そんな駿がツバサに問う。


「アイゼルタリアの住民がどこかに幽閉されているっていう可能性は?」


「それは駿が一番よく分かってるだろ。奴らが……あのサーシャがそんな事をする訳がないだろ」


「そうだ……ね」


 ツバサの返答を聞いた駿は何かを堪えるように目を伏せた。少し、駿が放っていた『怒気』が薄れたような気がする。

 次の瞬間には駿は目を開けた。


「ゴメン。少し取り乱してしまったみたいだ」


「全く、いつもの事だけど、いきなり殺気や怒気を飛ばすのは止めなさい……それよりも、ニーナ様は大丈夫?」


 反省した様子を見せる駿を雅が嗜める。

 そして、雅はニーナを心配する様子を見せた。


 彼女の指摘通り、ニーナは腰を抜かした状態でガクガクと震えていた。

 何かを堪えるように。体の内で燻る『ナニカ』を無理矢理押さえつけるかのように、震え続けている。


 きっと、ニーナは……自分の国の民が殺されたかもしれない――その事実に埋めがたい程の喪失感を感じたんじゃないだろうか。

 まるで心の支えを突然失ったかのような、言い難い虚無感と無力感。

 そして、その突然空いた心の隙間に滑り込んでくる激怒の奔流。

 更には今すぐ泣き叫びたい衝動。

 それこそ、心の内がプラスとマイナスに同時に振り切れるかのような――引っ張られるような強い心の痛み。


 ――それは俺も感じたことがあった。


 かつて、みーちゃんがいなくなったあの日。俺が感じたのは正にそんな心の痛みだった。

 だから、分かる。ニーナの心の動きが彼女の反応だけで何となく分かる。

 そんなニーナをこのままにする訳にもいかないので、湧き上がる怒りを沈め、俺はニーナに声をかけた。


「ニーナ、大丈夫か?」


「ひっ…あ、は、はい。だ、大丈夫です」


 ニーナに手を差し出し、その場に立たせた。

 その時握った彼女の手は震えていたから、まだ完全に立ち直ったわけでは無いのだろうと思う。でも、表面上はニーナはそんな印象を与えないくらいにシャンとしていて、強い意思の光がその深紅の双眸に宿っていた。だから、俺は彼女の手の震えに気が付いていないことにした。そもそも自分の中の恐怖を完全に打破できる人間などそうそういないし、彼女が今さっき味わった感情はそうそう隠し通せるものじゃないはずだ。


 しかし、それを飲み込み、ニーナは立ち上がった。

 そして、そんな彼女の()()()を俺は踏みにじりたくなかった。


「申し訳ありません、ニーナ姫。僕が感情を制御しきれず、不快な思いをさせてしまいました」


「いえ、私なら全然大丈夫ですから」


 駿の謝罪を落ち着いた声色で返すニーナはもう手が震えていた事が嘘だったようにいつも通りだった。ニーナの様子を見て、駿も『それなら良かったです』と胸を撫で下ろした。

 その一連の流れを見て、ツバサが口を入れた。


「ともかく色々とあったが俺からの報告はこれで終わりだ。また何か新しい情報が入ったら知らせる」


「分かった。ありがとうツバサ」


 駿がそう言い、ツバサを労う。そして一同の表情を見渡す。やがて彼は何か自分の中で納得できるものがあったのか、深く頷くと厳かな声で言い放った。


「これでこちらから伝えたかった事項は終わりだ。後は集合時間まで自分の時間を過ごして欲しい」


 駿の言葉に皆が首肯した。

 でも、駿の言葉はそこで終わりじゃ無かった。


 駿の表情が、何かを胸に秘めたようなものに移り変わった。


「――僕たちは希望だ。外で戦ってくれる皆の頑張りに応えるためにも、僕たちだけは負けちゃいけない」


 その時、駿を見ていた俺は感じた事がある。


 あぁ。これが……こいつこそが、英雄なんだなって。


「――だから今はしっかり休んでほしい」


 そう感じたのに理屈なんて、ない。

 本能で、直感で、駿が特別なんだと――そう理解した。


「――そして、勝とう」


 そこには、いつもの微笑を浮かべた腹黒い奴なんていなかった。


「――希望が野望を打破する瞬間をこの地に刻もう」


 そこには、確かに、誰もが憧れる『勇者』が存在していた。











最近、イースⅧというゲームをやってました。

このゲームはシナリオがとてもいいのでオススメです。


……とまぁ、雑談はここまでにして。


流石に毎回毎回一か月更新が無いってのはダメかと思いまして、自分なりに考えた結果、これからはマクラフは週一投稿でやっていくことにします。

曜日などは後に決めようかと思いますが、とりあえず週一を基本に、余裕があれば週二に増やすって感じでやっていきます。

という訳で、これからもマクラフをよろしくお願いします!

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