第九十八話 闇より覗く影は怨念に沈め
またまた遅れてしまいました……今回もかなり難産気味で結構苦労しました(汗)
最近は主人公の内面を描くことが多く、それが思ったよりも難しい。
まぁ、その分、書いてて楽しくもあります。
ともかく、今年中に本編完結目指して書いて書いて書きまくるぞ!
―――――――出来る……よね?(困惑)
誤字を修正しました(12/25)
その、そびえ立つような防壁は遥か彼方――それでも、確実に視界に入っている。
「いよいよ……か」
魔王国エスラドの首都『アイゼルタリア』を囲むそれを遠くに見据え、草原を吹き抜ける風に身を任せながら、俺は一人で今までの事を思いだしていた。
この世界に来た時の事。
初めて魔物と戦った時の事。
みーちゃんと再会した時の事。
ダンジョンマスターとなり、アルバス達に瀕死にされた事。
師匠との特訓の日々。
初めて人を殺めた事。
そんな日々の中で自分の心の弱さを嘆いて、ギスギスもした。
でも、その後に俺はみーちゃんに想いを伝えることも出来た。
最後に、二日前のアレックスさんとの模擬戦――その濃密とも言える日々の全てが走馬灯のように頭の中を過ぎっていく。
そしてその時間の流れが、戦争が始まろうとしていることを強く俺に意識させる。
そのせいか、無性に焦燥感を覚えてしまう。
この戦争が終わった時、俺は無事でいられるのだろうか……とか。
全て上手くいくのだろうか……とか。
俺はみーちゃんを守る事ができるのだろうか……とか。
でも、今更とやかく言ってもしょうがないから口には出さないようにしている。
まぁ、言葉には魂があるってよく言うし。
それに、後ろ向きな事を言っていたら心がとてもじゃないけど持ちそうにない。
けど、やっぱり嫌な感覚は胸の中に残り続ける。
燻って、忙しなく俺を焚き付ける。
「……あぁ止めだ。止め」
際限なく湧き上がってくる自問自答の言葉を頭の中から振り落とした。
すると、背後から誰かが下草を踏みしめ近づいてくる足音が聞こえた。
振り返ると、みーちゃんがすぐ傍に佇んでいる。少女は俺の方を見つめ、尚も歩き寄ってくる。
「……ユウ君、おっは」
「いや、今はもう午後だからね」
「……何となくそう言いたい気分だった」
そんなどうでもいい会話を交わしつつ、みーちゃんは俺のすぐ横までやってきて立ち止まる。
「……何してたの?」
「まぁ、特に何かしてたわけじゃないけど、強いて言うなら……色々と考えことをしてた、かな?」
「……ふぅん、何考えてたの?」
「それは内緒」
「……むぅ。いじわる」
「あはは、ごめんごめん」
「……まぁ、誰にも言えない事はあるから、許す」
そう言い、みーちゃんは仰々しく頷く。
うん、分かってくれたようで何よりです。
流石に戦争を前にして尻込みしかけてたなんてかっこ悪い事は知られたくないしね。特別じゃない俺は、せめてこういう所はかっこつけないといけないと思う。
まぁ、ちょっとした精神安定法だ。
それは、俺は大丈夫、俺は大丈夫――そんな根拠のない自己暗示を自分にかけるその前段階みたいなもの。彼女をそれに利用しようとしているのは気が咎めなくも無いけど、正直、そこまでの余裕が今の俺にはない。
とりあえず、心の中で謝るくらいしかできない。全部自分の心の中で完結してるから、謝っても意味は無いけど。一種のけじめだ。
そんな感じで自虐を挟みつつ、アイゼルタリアの防壁を眺めていると、何やらみーちゃんの雰囲気が焦ったような物に変わった。
「……はっ、忘れてた。私、駿にユウ君を連れてきてって頼まれてた」
「おい」
いくらなんでもそれは、うっかりし過ぎじゃないだろうか。気が抜けてるというか、それとも俺が気を張りすぎなのかな。
「……とりあえず、ユウ君付いて来て」
「お、おい、分かったからいきなり手を引っ張らないで?!」
「……問答無用。署にまで来てもらおう」
「えっ、ちょっと待て。俺、連行されてんの? 全く身に覚えないんですけど」
「……詳しい話は署で聞こうか」
「何?! 俺って何されちゃうの?!」
――そんな冗談を挟みつつ、俺は駿たちが待っている本部のテントへと連行された。
……確実に、戦火の刻は近づいていきている。
「――ほう、ようやくやってきおったか」
ユートが美弥に『連行』されたのと丁度同時刻、とある部屋で一人の老人が中性的な顔を持つ『巫女』から報告を受けていた。
「えぇ、既に連合軍はアイゼルタリア周辺に陣を構築しつつあります」
『巫女』の少女から報告を聞いた老人は如何にも愉快そうに笑うと、
「そうかそうか……で、こちらの準備は――」
「勿論、完了済みです。アイゼルタリアの住民は人族の者を除き、ほぼ全て殺処分も済ませてあります」
「フッ、相変わらずお前は他種族に厳しいな」
「厳しいのではありません。心底嫌悪しているだけです」
「どっちでもよい。……で、『ほぼ全て』ということはまだ処分していない個体がいると?」
「えぇ」
巫女は心底残念だというように耐め息をつく。
「一部の雑草共はどうも身を寄せ合い、こちらに抵抗しているようです」
「ほぅ……まぁ、その辺りはお前に任せたことだ。好きにするが良い」
「はい。ありがとうございます」
「ただ、分かってはいるとは思うが、計画が達成した暁には全ての異種族は死に絶える。今粛正する必要は無いのだぞ?」
「勿論、心得ています。ですが、どうも私は奴らが死に絶える時の絶望の表情を見るのが好きな様でして」
「ふん。悪趣味だな……ともかく、連合軍を迎え撃つ最低限の備えだけはしておくよう、信徒達には告げておけ。それがお前の仕事なのだからな」
老人の言葉に対し、巫女はその場に跪き、頭を擡げた。
巫女が纏っている『巫女装束』の裾が広がり、彼女の瞳が青く輝きだす。
「はい。承りました。巫女として、清純なる信徒たちへと現人神たる『教皇聖下』のお告げをお伝えして参ります」
立ち上がり、しっかりとした足取りで巫女は部屋を出て行く。
――彼女は、『巫女』だ。
巫女の仕事であるお告げの広報を怠ることは出来ない。
それが例え、彼女自身の意に沿わないものであるとしても。
彼女はそれを行わざる負えなかった。
「……全く、扱いにくい子娘よ」
巫女を見送った老人はぽつりとつぶやいた。
しばらく――とは言っても、五分くらいみーちゃんに引っ張られていると、周りの物と比べて一際デカい本部のテントに辿りつく。
「やぁ、待ってたよ」
テントに入ると、円卓に座っていた駿が俺達を出迎える。
その表情は相も変わらず微笑を浮かべるのみで、顔の裏に隠された感情を読み取ることは出来ない。まぁ、読み取る必要は無いんだけど。それでも少し気持ち悪く感じる。あまりにも駿の微笑は無機質すぎるのだ。てか、真顔が微笑であるぐらいだ。
――なんて駿に失礼な事を考えつつ、それを顔に出さないようにしながら俺はみーちゃんと共に円卓の空いている席に座る。
「これで全員そろったかな。じゃあ、早速始めようか」
俺とみーちゃんが着席するのを確認した駿は先ほどまでの微笑とは一転、引き締まった表情でそう言った。
会議は基本的に粛々とした雰囲気で進められた。というか、騒いだりふざけたりする空気じゃなかった。とてつもない程に面子が濃い。
まず、俺、みーちゃん、駿、雅、ツバサ、コウタの六人。それに加えて、エレーナさん、サスケ、ハリエル将軍のストレア王国の三人。
そして、ニーナの姿もある。その姿は流石にいつもの様な寝起きという訳では無く、髪の刎ねも一つも無かった。
他にアレックスさん、アマラ姫を始めとした各国の首脳陣もいる。
一応、前日に全員と顔合わせは済んでいるから初めましてという人はいないけど、それでもこの内臓が圧迫されるような独特な雰囲気には慣れそうにも無い。
なんで皆この中で平然としてられるんだろう。
俺みたいな一般人とは精神の構造が違うんだろうか。
そうだ。そうに違いない。だから、俺がここで無闇に劣等感を抱く必要は無いよね。
俺がお偉い人特有の高圧的なオーラの前に腹を摩りつつ自分を無意味に正当化していると、会議の進行役を務めていた駿の顔がこっちを向いた。
「――で、昨日、皆さんにも紹介したと思いますが、彼が空白だった六人目の英雄として我が連合軍に参加してもらうユートです。彼には、僕と雅、美弥と共にニーナ姫を護衛しつつアイゼルタリア城へと潜入してもらいます」
その駿の言葉に、前日の顔合わせの時が初対面だった人々は――以外にも、皆すんなりと頷いた。以外と言えば以外だ。少しは難色を示されてもおかしくなかった。示される事も覚悟してたし、そうだった場合はなんとしても信用される為に『何か』を行う事も視野に入れていた。
でも、そう言えば、個々の人達は俺とアレックスさんの模擬戦を見ているのか。アレックスさんと模擬戦を行ったのは全軍が集まってからだし、各国の首脳陣である彼らが俺たちの模擬戦を見ていてもおかしくはない。
というか、あの模擬戦の趣旨を考えれば駿が皆に見てもらえるように手配していても不思議じゃないだろう。駿は常に微笑を浮かべてヘラヘラしているようで、その実態は腹黒だ。よく言えば策略家、だけど。やっぱり腹黒だと思う。
その駿が今度は珍しく小奇麗にして見違えたようなニーナの紹介に移った。
――それにしても、ニーナは俺が一緒にダンジョン経営をし始めた頃から――もっと正確に言えば『タクヤ』達にダンジョンマスターの部屋に襲撃をかけられたあの日から随分と変わったように思う。それまではある程度身体は小奇麗にしていたけど、あの日以降、そんな余裕はないとばかりに部屋に籠り、モニターを凝視するようになった。酷い時なんかは、ちょこちょこ部屋に顔を出す俺やみーちゃんが止めなければ、時間の流れさえも自覚しない程に。まるで何かに憑りつかれたかのように――っていうのは少し言い過ぎかもしれないけど。
でも、その心境は何となく分かる。
つまるところ、彼女は焦っているのだ。かつて心を交わし合った相手を求めて、これ以上に無いくらいに自分を追いつめて、必死に『彼』の手を掴もうとしているのだ。
そうじゃなかったらあそこまで出来ない。俺にあんな頼みごともしなかっただろう。
きっと、この戦いの意義はニーナにとってはアイゼルタリアを奪還する為だけじゃない。
たった一人の少年を取り戻すための戦いでもあるんだと思う。
勿論、俺もその手助けはするつもりだ。同じ転生者としてタクヤをほっとけない気がするし、何よりも彼はアルバスと違って、俺達を襲ってきたときにこちらへの害意を感じられなかった――と思う。
ともかく、それはタクヤに会えば白黒はっきりする。その時に俺は彼を助けられるように最善を尽くせばいい。俺が出来る精一杯の事をするだけだ。彼女からの頼みごとを引き受けた以上、俺にはそうする義務がある。
「皆さま、始めまして」
駿の視線の先でニーナが立ち上がり、深々と礼をした。
いつもと違う、お姫様らしいニーナの姿。
……違う、きっとこれが本来の彼女なんだろう。
最近は色々と大胆な所が多すぎたから忘れつつあったけど、彼女は一国の姫だ。
彼女はそんな一面を今この場で表に出している。
それはつまり、逆に言えば、今は彼女本来をさらけ出す余裕があるとも言えるんじゃないのだろうか。それとも、実際は無理して落ち着こうと努力しているだけかもしれない。そうしないと、目の前に『タクヤ』がいるかもしれない――その可能性になりふり構わずに身を投げ出そうとしてしまうから……そう考えるのは俺の早とちりなんだろうか。
「私はエスラド魔王国第一王女ニーナ・アストラル・エル・エスラドと申します。以後、お見知りおきを。この度は――」
俺の中の自問自答に関係なく、会議は進んでいく。
結局。
この後も特に問題は起きなかった。
俺や勇者三人、ニーナが本体から分かれて城へ侵入するという作戦も、特に誰かが不満を漏らすでもなく、満場一致で採用される運びとなった。
そう。
何も起きなかった。
一切、問題も異変も起きなかったし、俺も違和感は感じなかった。
だからこそ、気が付くべきだった。
それはおかしいと。
今、この時この場所において、俺が『何も』感じないというのは少しばかりおかしいのだと。少しでも違和感を抱くべきだった。
この場に『あいつ』がいるという意味を。
それによって感じなくてはいけない違和感を。
俺はその時、完全に失念していた。
死にたいほどの恥をかかされた――そう彼は思っている。
誰に――と問われれば、『奴に』だ。
奴がいなければ。
奴が来なければ。
奴が現れなければ。
奴が――そもそも存在しなければ。
奴が。奴が。奴が。
奴が憎い。
全て、奴が悪い。
彼の頭の中は『奴』で一杯だった。
何度、奴を殺そうかと思ったかもわからない。
何度、奴のその生意気な面をズタズタにしてやろうかと画策したのか覚えていない。
だが、結局それを現実のものとすることは出来なかった――いや、出来ない、と言うべきか。
奴をここで殺れば、それは『約束』を反故にする事になる。
そうなれば、『奴ら』は彼を容赦なく闇に葬り去るだろう。
それはいけない。確実に詰みだ。
だから、彼は己に言い聞かせる。
我慢だ。我慢をしろ。
ここは我慢の時だ。
獲物が針付きの餌にかかるまでの――それまでの辛抱だ。
かかった後ならどうでも出来る。煮ても良いし、焼いても良い。なんなら、奴のプライドやら何やらをズタズタにした後、その目の前で奴の大切なものを奪っても良い。
待つだけ。それだけで勝ちはこの手の中に独りでに転がってくのだ。
だから、それまでは待とう。待ち続けよう。
――彼は舌なめずりをした。
狂気に駆られたその瞳で――ウザったらしい彼を見つめながら。
今回も読んでいただいてありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!




