第九十七話 百分の一の選択肢
ちょっとしたスランプに陥ってしまい、前回の更新から一か月以上開いてしまいました……。
本当に申し訳ないです。
迫りくる、半透明の結界。
それを目前にして俺は叫んだ。
「ロックシールドッ!」
吹っ飛ぶ先の結界手前に、地属性中級魔法による岩でできた壁を配置する。
地面からせり上がったその岩壁を見据え、懸命に体の体勢を整えた。結構ギリギリ……でも、何とかそれは成功して、俺は足の裏からその岩壁に着地することができた。足裏が岩壁に付くと同時、膝を曲げて衝撃を出来るだけ吸収しようと試みる。
しかし、衝撃を完全には相殺しきれていなかったのかもしれない。
刹那、一瞬だけ膝から猛烈な違和感がせり上がって来る。
「くう……っ!」
違和感は極力無視し、足の裏で踏みしめている岩壁を蹴って頭上へと向かって跳躍した。
さっきまでの行動を逆再生するかのように、体は一直線にアレックスさんの元へと迫っていく。そして、視線の先。アレックスさんはこちらを油断なく見据え、槍を構えていた。
その様は圧倒的な威圧感で俺を包んでくるみたいで、思わず委縮してしまいそうになる。
でも、もう……止まれない。止まらない。
空中を地面と平行に跳びながら。腰を捻り、両手を広げる。視界がグルンと回転し、尚も腰を捻る。更に視界が回転する。
体が一転二転。
空中で自身の体を回転させ、遠心力を刃に乗せ――
(斬りつけるっ!)
右腕を、赤く光るナイフを力いっぱい振りぬく。
しかし、それだけじゃアレックスさんには到底届かない。
「ぬうんっ!」
そんな掛け声とともに、俺のナイフの一撃は掲げられた槍の表面を滑らされることによって受け流された。
交差する、彼我の体。
槍とナイフの接触面からは無数の火花達が乱舞する。
今のは渾身の一撃だった。それでも、呆気なく躱された。
だけど……それぐらいは分かってた。何となく。それでも、ほぼ確信をもって理解できていた。だから、その事を想定で来ていた俺は、すぐに自身の体を次の攻撃へと繋げることに成功する。
視界いっぱいに飛び込んできていた地面。そこへと勢いを殺す様に前転受け身を取りつつ着陸して、やっぱり回り続ける視線と足に奔る違和感に懸命に抵抗しつつ俺は振り返った。
後ろを向いて、アレックスさんの体を視界に入れつつ、右手を前に掲げる。
そして。
「『ショックボルト』ッ!」
右手から放たれた魔法が、アレックスさんを食らい尽くさんとばかりに迫っていく。
雷が容赦なくアレックスさんを襲い――直撃。
特に発動と推進速度の速い雷魔法は流石のアレックスさんでも初見で躱すことは出来なかったらしい。胸の皮鎧に被弾したのだ。とは言え、ショックボルト自体にはあまり威力は備わっていない。せいぜいが相手に僅かばかりの違和感を抱かせるぐらいだ。
――それでも、そのショックボルトが直撃したアレックスさんはその表情を僅かながらに強張らせていた。
「これが……シュンの言っていたユート独自の魔法……か」
拾った呟きから想像するに、どうやら初めて目にした『雷魔法』に驚いていたらしい。
まぁ、俺にしか使えない訳じゃないんだけどね。みーちゃんとか、エレーナさんみたいに『魔法才能全』を持っているほかの人も覚えようと思えば覚えられるっぽいし。実際にみーちゃんも雷魔法や地盤魔法、蒸気魔法等々といった、魔法複合で創造した魔法が使えるようになっているわけで。
それに、既に使った『風精霊の加護』も新しい魔法といっちゃ新しい魔法ではある。あれは一目では魔剣の類と見間違えられても可笑しくないし、目新しさには欠けるけど――って。
(こんな事、考えてる場合じゃないっ!)
そんな悠長な事を考えている暇なんて、今の俺にはない。ギリギリだ。とてもギリギリの戦いをしているんだ。別の事に脳のキャパシティーを使っている余裕なんてこれっぽっちも存在していないんだ。
攻めろ。相手は確実に俺よりも強い。それは身体的スペックでも、技でもだ。なら、守勢に回っていてもそう遠くない内に崩されるだけ。
だから、そうなる前にこっちから仕掛けなきゃいけない。こっちから――攻めて。少し強引にでも『流れ』を自分の方に引っ張ってこなきゃいけないんだ。そうしなくちゃ、話にならない。それが必要最低限の勝ち筋へ至るための条件なんだから。
自分を鼓舞し、手を。右手を再び前に突きだす。
「『ストーンガトリング』ッ!」
咆哮。
「『フレイムアロー』ッ!」
咆哮。
「『ウィンドカッター』ッ!」
咆哮。
間髪入れず、三度魔法を繰り出す。
無数の石の礫が。炎の矢が。目に見えない風の刃が。容赦なくアレックスさんを襲う。
――しかし既に、アレックスさんの表情からは強張りが抜け落ちていた。
しかもそれだけじゃない。体の痺れが解け、自由になった腕でアレックスさんは槍を握りしめていた。
圧倒的な存在感。計り知れない程のそれをばら撒きつつ。
「なるほど、これは厄介だ――」
そう、ぽつりと呟き。次の瞬間には不敵に笑うように口角を上げ、笑う。
「――おもしろいッ!」
槍が、薙ぎ払らわれた。
こちらまで届いてくる風圧が前髪を揺らし、剛直な馬上槍が、岩の弾丸を。炎の矢を。風の刃をも木っ端みじんにして一撃のもとに粉砕する。破壊する。跡形も無く虚空に消し去った。
それは呆気ない一瞬の出来事――
――しかし、アレックスさんの腕が振りきられ、僅かながらに隙が出来た。
確かに、たった一瞬の出来事かもしれない。それでも、そうである事に変わりは無い。
明確に隙が晒された。
その隙に強引に体をねじ込みに行く。
大きく一歩を踏み出し、再び、俺はアレックスさんに正面切っての接近戦を挑んだ。
相手の懐へと潜り込む。
そうやって自分の間合いに身を置きつつ、両手に秘めた刃を一閃、二閃。
それらは全て馬上槍を用いたアレックスさんの堅い守備に弾かれていく。
弾かれて。受け流されて。弾かれて弾かれて弾かれて。
だけど、攻撃の手は止めない。そんな我武者羅な覚悟だけは崩さず、何度弾かれようが、防がれようが、構わずに両手を縦横無尽に駆動し続ける。
(――まだだ)
足りない。
(――まだ……)
遅い。
(――もっとだ)
――もっと攻撃の速度を上げろ。
「はあああ――――――ァッ!!」
「くッ!?」
深紅と深緑に染まったナイフの軌道が上下左右からアレックスさんを追い立てていく。
そして、時々織り交ぜる回し蹴りが攻撃の合間に出来る隙をカバーする。
無詠唱で発動する魔法が、アレックスさんの集中力を少しずつ、少しずつ削いでいく。
……………でも――それでも、尚。
「……くそっ――!?」
――両手に返ってくるのは空を切った虚しい手ごたえばかり。
アレックスさんの鉄壁を誇る防御を打ち破ることは出来ない。
どれだけ上手いんだ、この人。
俺、連撃をどれくらい重ねた?
多分、もう軽く三桁ぐらいは両手を振るったんじゃないか。それで、こっちが与えた有効打はほぼゼロに等しい。というか、一発も直撃させられてない。その事実が僅かばかりに心の余裕を蝕んでいく。徐々に、嫌らしく、俺を追い詰めていく。
でも、やっぱりそんな自分に焦るなと語り掛けることしか出来なくて……まぁ、これくらいが俺らしいと言えば俺らしいのかな、なんて心の奥底で考えてみたりする。
そう考えると、少しだけ気持ちが晴れやかになった。
諦めた訳じゃない。ただ、開き直っただけだ。分相応なラインを見極めただけ。今の自分のありったけを――その限界を悟っただけ。
その上で、だ。――考えろ。
今の俺にはアレックスさんをまともな方法で打破する術は無い。だから、考えろ。
手足を駆動させ、変わらぬ連撃を継続させながら頭をフル回転させる。
こちらの攻撃は相変わらずアレックスさんに防御され続ける。躱され、受け流され、バックステップで距離を取られそうになる。しかし、ここで距離を取られて流れを断ち切られて不利になってしまうのはきっと俺だ。断言できる。だからこそ、離されて溜まるものかと、間合いを喰い続ける。
その途中、俺は自分に起きつつある変化に気が付いた。
……心が、頭が、意識が切り変わっていく。
より攻勢的なものへ。よりクリアなものへと。
これは……師匠の時と同じ感覚だ。何もかもが見えるっていうか。相手がやろうとしている事がなんとなく分かる。体の調子が絶好調なのかと言うと――そうでもない。どちらかと言えば『見るべきところに自然に目が行く』とかそういう表現がより近いと思う。そして、相手の動きに合わせて自分の動きを決めることが自然に出来ている。そんな感じ。
ここだ。ここが正念場だ。ここで決めなきゃ、ダメだ。ここで決めきれなければ、流れを持って行かれるかもしれない。そうなれば、俺の勝ち目はとことんまで薄くなってしまうだろう。てか、百パーなくなる。絶対に――そう、何となく悟った。
そしてそれはアレックスさんも感じているんだろう。百戦の猛者である彼がこの『流れ』を読み切れないはずが無い。だからこそ、アレックスさんは負けない為に……何よりも、最終的に勝つために、今は防御に重点を置いているんだと思う。真意は分からないけど、何となくそんな気がする。
ともかく、この流れを相手に持って行かれるのは良くない。
だから。それを分かっているから――乱舞する。
冴えわたる思考と、一切のラグなしに思い通りに動く体で目の前の敵を打破する為に。
相手の攻撃を害意を感じ取りつつ先読みし、ナイフをねじ込み受け流し、その勢いをも利用して反撃を叩き込む。
そうやって、相手が自分から攻め込みにくい状況を構築していく。
攻めるのはアレックスさんじゃない。あくまでも俺なのだと。
そういう意思を込めて。
攻撃の密度が増していく。ナイフを振るう両手の速度が段々と上昇していく。
それと比例するように、体に疲労が溜まっていく。
目がチカチカしてくる。息が上がって、体に十全に酸素を取り入れられなくなっていく。
キツイ。しんどい。でも、それは相手も同じはずだ――そう自分に言い聞かせ、止まりそうな足を動かし続ける。
心は折れない。いや、折らせない。折っちゃいけない。折れちゃダメだ。
これが模擬戦だとか、そういう事はもうどうでも良くなっていた。
渇望するのは、ただ、勝つことだけ。
例え、惨めでもいい。
仮に、少しぐらい勝ち方が卑怯でも別にいい。
いや、この模擬戦はみーちゃんも見てるんだっけ……だったら、少しは格好良く勝ちたいかな。……そんな事を頭の片隅で考えつつ。
――これは意地だ。俺の意地。ちっぽけな、男としての見栄。そこには、具体的な価値は存在しない。
でも、それが今の俺の体を突き動かす何よりの燃料となっている。カロリーとか体力とか、そういうのはとっくに燃え尽きちゃった気がするからさ。何て言うの? もう、精神力勝負に移行しているって感じがする。
閃光が迸る。幾重にも絡み合った赤と緑の光線が複雑怪奇な波紋を広げていく。
体中の自分の感覚を研ぎ澄まし、どこが比較的手薄か、どこが警戒されているのか、そういうのを試行錯誤して試しつつ、連撃をぶち込んでいく。手も足も休めず。どんなに相手がこっちの攻撃を防ごうとも、どんなに相手が上手かろうとも、気持ちだけは負けちゃいけないんだ。そう、自分を叱咤して。
でも……前言撤回するようなことになってしまうけど、このままじゃジリ貧だ。こっちは連撃に次ぐ連撃で体力を大幅に消耗しているし、逆にアレックスさんはまだ余裕が残っていそうだ。いや、他人の事なんてよく分からないんだけど。ともかく、俺がギリギリである事は確かな訳で。
(このままじゃ……押される!)
今はこっちが攻めているかもしれない。でも、いつかは逆転する。絶対に。
――そう、何となく分かる。
でも、どうする? どうすればいい、俺は?
ぶっちゃけてしまえば、もう、俺はほぼ全力を出していた。
余力なんて殆ど残っていない。余力なんて残している暇は無かったから。
まぁ、『殆ど』というくらいだから、少しだけ、本当にちょっとだけなら『余力』は残っている。というか、残さざる負えなかったというか、そんな感じだけど。
出来れば、『アレ』は使いたくない。使いたくないんだけど……
それでも、手がない訳じゃ無いのなら――
(やるしか、ないだろッ!)
もう、なりふり構ってられる状態じゃないんだから。
やれることは全部やらなきゃ後悔する――なんて、そんな大層な事を言うつもりは無い。
でも、そこに可能性が少しでも残ってるのなら、それに縋りたい。
ともかく『アレ』をやるなら、隙が欲しい。ほんの少しで良いから、気兼ねなく相手の懐に侵入できる隙が必要だ。そして、その隙をどう作るか……その計画はすでに頭の中で組み上がっている。
それは、多少……という言葉では物足りない位には分の悪い賭けだ。成功する確率はかなり低い。本当はもっといい方法があるんじゃないのか……そんな考えが、甘えが頭の中を何度も往復している。
けど、もう、決めたんだ。
やるって。やりきるって。――誇れる自分でいようって。
(あぁ……そうさ。やってやる……!)
決意を固め、心の中に巣食おうとする躊躇や自己不信感を排除する。
ここまでくれば、後はタイミングだ。俺はアレックスさんにこっちが何か画策していると悟られないようにする為、両手のナイフを振るう速度は維持したまま、変わり続ける状況の一つ一つに意識を割き、観察し、仕掛けるべきタイミングを計り始める。
今まで行ったことが無いくらいの負担のかかる並列思考と、極限にまで高められた緊張感。もう、周りの兵士達が発しているだろう絶叫も、歓声も、視線も、何もかもが聞こえない。風の音も、太陽の熱さも、頭の中に入ってこない。アドレナリンか何かが分泌でもされているのか、体中を慢性的に襲っているはずの痛覚でさえ、今は知覚できないでいた。
まるで、無数に流れ、際限なく続いているときの流れの中で、今、この刻この場所だけが切り取られて全く別の世界に来てしまったかのような――そんな感じさえしていた。
その時、視えた。
アレックスさんの背後。こちらを見つめる幾人もの人々の最前列で、両手を胸の前で組んで祈りを捧げるみーちゃんの姿が。そのみーちゃんの視線は一直線にこちらを見つめていて、自然、俺と彼女の視線が絡み合う。
『頑張って』
そう、彼女の唇が動いたように見える。
聖女のような、女神さまのような彼女を見ていて、胸の内に去来する『何か』がある。
それはまるで焦げるような――それこそ、湧き上がる、ような。
これはきっと、俺自身の感情だ。抑えきれない激情が溢れ出そうとしている。
その想いが――熱い想いが湧き上がって、心の奥底を激しく燃やす燃料としてくべられた。急速に意識が引き戻され、激しく燃え上がった心は冷静さを保ったまま――その上で俺の背中を強く押した。
強く。一歩を、踏み出す。
「おおぉぉぉぉおおおッ!」
ありったけの雄たけびを腹から絞り出す。
「ユート……来い」
俺の叫びに呼応するかのように、アレックスさんはそう呟いた。
強敵を打倒する為、右のナイフを大きく振りかぶり、一閃する。
「――甘いっ!!」
そして――『ガキンッ!』。
大振りとなったその一撃は、叱咤の言葉と共にアレックスさんに大きく弾かれた。右半身が弾かれた衝撃によって後退する。バランスを失い、一瞬の隙が出来てしまう。
その隙を逃すアレックスさんでは無かった。
「破アッ!!」
流れるような槍捌きで空間を切り裂くかの如き真横の薙ぎが放たれる。
「ぐ―――――――っ! 付与『DEF』!」
「―――もう遅いっ!」
俺の体を赤と緑に加え、青い光が包み込む。しかし、アレックスさんはそんな事は無関係だとばかりに叫ぶ。
実際、アレックスさんの言う通りだ。このままじゃ、俺は負ける。
例え防御を固めようとも、あの威力の乗った槍を受け止めきれる自信は無い。
意識を刈り取られるか、吹き飛ばされて結界に触れてしまうのがおちだ。
しかも、今、俺は体制を崩した状態だ。まともな方法じゃ、この一撃を躱す事は不可能だ。確かに、俺は負ける――でも、それは普通ならの話だ。
事前に、こうなると予測出来ていたのなら、対処はいくらでも出来る。
――俺は迫りくる一撃を背中から地面に倒れることによって回避する。
「な―――っ?!」
そんな俺を目にし、アレックスさんは意表を突かれたように唖然とした表情を見せた。
まぁ、しょうがないかなって思う。互いの実力がある程度拮抗している戦闘の中で自分から決定的な隙を晒すなんてことは普通はしないしね。
それでも流石といった所か、アレックスさんは次の瞬間には表情を真剣なものへと切り替えていた。ついでに、その双眸は厳しい、こちらを責めるような光りを湛えている。
あぁ、分かってる。分かってますよ。
俺のこの回避の仕方は、悪手中の悪手だ。最悪と言っても良い。咄嗟に次の行動に繋げることは出来ないし、そのせいで次の攻撃を躱す事はほぼ不可能に近くなる。
だから、それを理解しているからこそ、アレックスさんは『怒っている』んだと思う。
あるいは、俺が既にそこまで追い詰められている事に絶望を覚えているのか。
……どっちでもいい。
確かに、この方法はダメだ。それは、俺自身でも分かっている。こんな戦闘素人に近い俺でさえ、その危険性を承知している。
――そして、だからこそ、俺がこの選択肢を取るという事はアレックスさんは想定していなかったはずだ。
勿論、アレックスさんがこの事を予め想定していた可能性は大いにある。
これは賭けだ。一世一代の大博打。ベットするのは、勝負の勝敗と、小さな俺の意地。
俺は、祈る様に受け身を取りつつ背中から地面に倒れ込んだ。
間髪入れず、自分の右足を振り上げる。
視線はアレックスさんへと向けたまま。彼の目を貫くつもりで睨みつける。
そんな俺の視線を受けたアレックスさんは――表情を僅かながらに強張らせた。
アレックスさんの体が動き出す。
俺から距離を取ろうと、バックステップのモーションを取り始めたのだ。
そのアレックスさんの反応を見て――俺は自分が賭けに勝った事を確信した。
俺は……この時を待っていたのだから。
「『エクスプロージョン』っ!」
そう唱えた次の瞬間、振り上げられ、アレックスさんの胸元に密着していた右の足裏が盛大に爆ぜた。
『爆裂魔法』――『火属性魔法』『風属性魔法』『地属性魔法』の三つを元に魔法複合で作り上げた、破壊に特化した魔法。それの初級魔法を足裏を起点に発動させたのだ。
比較的高範囲を巻き込める優秀な魔法なんだけど……この魔法、俺の体のどこかを起点にしないと発動できない。勿論、そんな事をすれば俺の方にもダメージを食らってしまう。扱いが極端に難しいのだ。
―――――――――――ダガ――――――ンッッッッ!!!
爆破の副産物である眩いばかりの閃光が決闘場を囲んでいた兵士たちの網膜に焼き付き、発生した爆音が鼓膜を盛大に揺らす。指向性を持たされた爆風と衝撃が足裏から射出され、アレックスさんを強襲する。
密着した状態からの零距離爆破。
それは流石のアレックスさんも躱せなかったらしく、彼はその破壊の波を鳩尾付近にモロに食らっていたみたいだった。
「―――――ぐうぅっ?!?!」
アレックスさんの巨体が何かの冗談のように吹っ飛んでいく。バックステップの途中だったためか、踏ん張りが効かず、勢いを止めることが出来ていない。
一方で俺自身はと言うと、爆発に対する反作用によって吹き飛ばされはしたけど、元々地面に倒れ込んでいたり、吹き飛ばされないように踏ん張っていた事もあって、数メートル後退するだけで止まった。足の裏に少し痛みを感じない訳じゃないけど、『そのために』発動しておいた付与魔法のお蔭でそこまで酷くはない。せいぜいが軽い筋肉痛に蝕まれた時ぐらいの痛みだ。
「ぐっ……痛ってぇ……」
俺は継続的に感じる足の痛みに少し顔を顰めつつ、立ち上がった。
――――アレックスさんの体は結界を挟んで向こう側にあった。
鎧は少し煤汚れているが、アレックスさん自身はどこか痛めたとかそう言った様子は見られない。
それでも、彼の体は明確に結界を超えている。
それは、この模擬戦の結果を如実に現していた。
そして、勝者のコールが成される。
――――喧騒が辺りを包み込んだ。
やった――とか、よっしゃ――とか、そういう言葉は浮かび上がってこない。現実味が何となく欠けているような気がした。選択した方法が殆ど悪あがきに近い物だったからかもしれない。
今、振り返れば酷い作戦だった。
まず、こっちからあえて隙を晒して敵の止めの攻撃を誘い、その攻撃を躱すために最も最悪に近い行動を取る。それによって相手の思考に僅かばかりの乱れを作る。
あとは、その乱れを無理矢理こじ開けていくスタイルだ。
今まで無詠唱で魔法を撃っていたり、その他様々な戦法を見せた上で、追い詰められている時も強気な姿勢を崩さないようにする。すると、敵はまだこっちが知らない一発逆転の方法を持っているんじゃないか――そう思ってくれればいいなぁ……そんな、不確かで敵の心理状態に依存する博打のような作戦だった。今回は上手く行ったけど、もう一回やれと言われれば、少なくともアレックスさんには通用しないだろうな。……うん。全然ダメダメだな。
自分が取った作戦を振り返りつつ反省していると、術者に結界を解除するよう命令しつつ、アレックスさんがこっちに近づいてきた。俺の目の前で立ち止まり、右手をスッと差し出してくる。
「こちらの負けだな」
アレックスさんの言葉に、俺はうつむくことしか出来なった。
「いえ……結局、俺はアレックスさんの防御を打ち破ることが出来ませんでした。多分、俺は百回戦ってもあなたには一回しか勝てない……もしかしたら、一回さえ勝てないかもしれません」
「……ユート、顔を上げろ」
彼の言葉に促され、俺は顔を上げる。
そんな俺にアレックスさんは初めて見せる柔らかい表情を見せた。
「百回やっても一回しか勝てない……なら、その一回をこの勝負で拾えたのは間違いなくユートの実力だ。そこは胸を張っても良いのではないかと思う。それにな、シュンから聞いたが、ユートはまともに訓練し始めて一か月しか経ってないと言うではないか。それであそこまで戦えるのなら十分以上だ。いつかそう遠くない内に俺を超えることも出来るだろう」
「――――っ! ありがとうございます!」
胸の内に広がる、この感情。誰かに認めて貰えた、そんなちっぽけな成果が今はとても気持ちがいい。
「だからな、ユート」
アレックスさんの右手が俺の方を叩いた。
「今はお前はまだ弱い。でも、今回は引けない理由がある……そうだろう?」
「……はい」
「なら、死ぬ気で生き残れ。若い者達が死ぬところを見るのは……もううんざりしているからな。それに、ここで可能性を摘むことは世界的に見ても大きな損失だ」
「はい、分かりました。俺は絶対に死にません」
「分かったなら、それで良い。では、互いに全力を尽くそう」
そう言い、アレックスさんは自分の部下たちの元へと戻っていく。
俺がその背中を見送っていると、みーちゃんがこちらに寄って来ていた。
「……ユウ君、お疲れ様」
「ありがと」
彼女から手渡されたタオルを受け取り、汗をふき取る。
「……ユウ君、強くなったね」
「どうしたのさ、いきなり」
「……ううん、なんでもない」
「なんだよそれ。気になっちゃうじゃん……――――?」
その時、俺は何か奇妙な視線を首筋に感じた。
咄嗟に振り返るも、その視線の主は人が多すぎて分からなかった。
「……どうかした?」
「うん……誰かに視られてた気がしたんだけど」
「……どこ?」
「いや、多分気のせいだと思う」
だって、あの視線には――
――感情と言う感情が含まれていない……そんな感覚があったのだから。
それこそ、いっそアンデットのように。
そんな事……あり得ない。
自分にそう言い聞かせ、視線を感じた首筋を撫でた。
嫌な予感を振り払うようにして。
模擬戦から二日が経った日の午後。
俺達はエスラドの王都へとたどり着いた。
新作の方は結構順調です。
ともかく、五万字くらい書けたら随時更新という事で。
今回は読んでいただき、ありがとうございました!
これからもよろしくお願いします(*´ω`*)




