第九十六話 自分に出来る事は限られているけど
遅くなりましたアア……申し訳ない(;´・ω・)
いつもワードで執筆してるんですけど、今回の分、ほぼ全部書き終わった――ってところでPCの電源がオフになり、保存していなかった為に執筆した文章が全てロスト。
他作品のものも合わせると、実に8万字分のデーターがお釈迦になってしまったのです……ほんと、保存って大事。
ダンジョンマスターの部屋から転移してきた俺とみーちゃんは、全軍が集まっているという場所に移動した。
そこには人だかりが出来ている。
そして、その中心には丸く結界で区切られた空間があった。
「……あれが模擬戦の会場。もう筋肉は待ってるから」
「えっと……『筋肉』って、アレックスさんの事?」
「……ん。色々とあった。そう、あれは途轍もなく腹立たしい出来事だった。へそでお茶を沸かせられるレベル」
「そう、そうなんだ」
何か、みーちゃんとアレックスさんは過去に色々とあったみたいだ。みーちゃんの様子からして、これ以上詮索すると、どんな目に遭うのか……考えただけで恐ろしくなってくる。背中はゾクッとなんてしないけど。というか、しちゃいけない気がする。なんとなく。
冷や汗を垂らしつつ、いけない方向に流れそうになった思考を断ち切った。
「……緊張、まだしてる?」
「ううん。多分、もう大丈夫。みーちゃんのお蔭で今は落ち着いてるよ」
「……そう、良かった」
みーちゃんの口角が少しだけ上がった。
そんな健気な様子を横目で見つつ、
「まぁ……とりあえず、行ってくる」
そう言い残し、振り返り、俺は人だかりの方へと足を進める。
「……うん。行ってらっしゃい」
みーちゃんの応援に右手を上げて答えた。
男は背で語るものなのだから――とは言ってみるものの、実際はどこか照れくさくて、振り返るのが恥ずかしかっただけだ。
まぁ、そこは死んでも言わない。
何でかって聞かれても自分でもよく分からないんだけど……きっと、ちょっとした、男子としてのつまらないプライドみたいなものだと思う。
人だかり近づくと、こちらの存在に気が付いたのか、人だかりを形成していた兵士の人達が左右に割れ、道が出来上がった。
その道を通り、模擬戦の会場である結界の中に侵入する。
その結界の中心――『そこ』に、この模擬戦の相手は立っていた。
ジュレード帝国飛竜騎士団団長、アレックス・マッカ―レイさん。
その身は先日見たような黒い鎧では無く、比較的軽そうな革の鎧を纏っていて、盛り上がった膨大な筋肉が余すことなく周囲の目に晒されている。
そして、特徴的なフルフェイスも今は被ってない。強面なその顔立ちと、鋭い視線がこちらの体の隅から隅までを見通しているのが――感覚的に分かる。分かってしまう。
心の臓や血流の一本一本――はたまた、あり得ないはずなのに、俺の考えている事までも読み取られているんじゃないのか……そう思えて、怖い。
でも、気圧されないように。気圧されても、それを悟られないようにして。精一杯の意地を張って、俺も結界の中心部に足を進める。
そして――相対する。
少しばかりの緊張感を抱えて。
込み上げてくる色々な気持ちを抑え込み、目の前に立つ強大な騎士を見上げる。
「今日はよろしく頼む」
そう言ってこちらに手を差し出してくるのは、黒い槍を抱えたアレックスさん。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
差し出された武骨な手を握り返す。がっしりと捕まれた手には初めて会った時よりも力が込められているように感じられる。というか、絶対にそうだ。気のせいじゃない。
真剣な表情をしたアレックスさんの眼光がこちらを射貫いている。
「今日はお互いに全力でぶつかれる事を期待している。結界のお蔭で周りへの影響は心配しなくてもいい……ユートの実力をここにいる者達に見せつけてやってくれ」
「ご期待に添えるかは分かりませんが……ベストを尽くしたいと思います」
「過度な謙遜はかえって……いや、これは今言うべきことでは無いな」
握手は早々に切り上げ、互いに距離を取った。
アレックスさんが右手で握っていた槍を構える。
脇を絞め、腰を落とし、右半身を前に出した、突撃重視の構え。
その様はまるで隙が無い……ように見えた。まぁ、実際はよく分かっていない。だから、アレックスさんにも隙はあるのかもしれないし、やっぱり無いのかもしれない。
ともかく、今の俺に一目見ただけで隙を見つめだせるような戦術眼は備わっていない。
その人の動きを何度か見れば、辛うじて分かる……かも、という程度でしかない。
まだまだ……なんだよな。俺って。まぁ、分かり切っている事ではあるんだけれど。
少し自虐を挟みつつ、構えから目を離し、今度はアレックスさんが持つ槍に意識を向ける。
その形状は少し独特だ。
持ち手が少し短く、先っぽは円錐状になっていて、刃の類が付いていない――あれは、俺の知識が正しければ、より『突く』ことに特化した、『馬上槍』という武具だったはず。
というか、あの槍途轍もなくでかいな。俺よりも二十センチは高く、軽く百九十センチを超えているだろうアレックスさんの身長と槍の全長がほぼ変わらない。
翻って俺の武器は……腰の鞘に差した二本のナイフ。
「すぅ……はぁ……」
深く息をして、その二本のナイフを引き抜く。
両手にかかる、最近は慣れてしまった軽めの重み。
それを確かめるように、両手に一本ずつ握りしめた。
鈍色に光る刀身は俺の事を鼓舞してくれているかのようだった。
――これで、互いに戦闘準備は完了した。
それを悟ったのだろう、審判役である一人の兵士が俺たちの間に進み出て来る。
「勝敗はどちらかの意識が失われる、どちらかが降参を宣言する、体の一部が結界に触れるのいずれかの場合に決するものとします。尚、人死を避けるため、上級以上の魔法の使用は不可とします――それでは、これより模擬戦を開始いたします」
審判役の兵士からそう宣言が行われたのと同時に、
『―――――――――――――――ッッ!!』
場が、沸き立つ。沸騰したかのように、化学変化でも起きたかのように。
叫び声が上げられ、熱狂の渦に巻き込まれて、辺りの気温が上昇したかのような錯覚さえ覚える。
青い空と、緑の絨毯。その中でこの場所だけは『赤』に染まっている。
それは、これから流れるだろう血の赤だ。
人々の興奮を表す、色彩心理学としての赤だ。
目に見えない、赤。
そんな、一つの色に支配されたこの空間の中で、
「では、始め!」
という兵士の一声で、
「「―――――――っ!」」
俺とアレックスさんは同時に動き出す。
間合いは一瞬で消滅し……槍とナイフが激突した。
躍動する。
両手両足が忙しなく動き回り――俺は、必死にアレックスさんの攻撃を防戦一方となって躱していた。
(――――――この人……っ!)
――速い。
目に追えない速度じゃない。でも、目に追えても――その動きに無駄が無い。
無駄のない動きは最も効率よく敵を攻めたて、例え、速さで圧倒できなくとも、手数の多さという『速さ』で相手を圧倒することが出来る。
俺も、技はそれなりに磨いてきたつもりだった。事実、コウタとの模擬戦の時は技の熟練度の差でステータス的に勝るコウタを圧倒できていた。でも、この人は……ちょっと、次元が違いすぎる。
だって、おかしいでしょ。
アレックスさんの得物は重量級の武器で、本来は馬を駆りつつ、その勢いを利用して相手を貫く――そう、元々は歩兵戦での使用を想定していないはずの馬上槍。ステータスにより軽々扱えるとは言え、その武器としての扱いづらさは折り紙付きのはず。
でも、そんな馬上槍をまるで自分の体の一部のように扱っているアレックスさんは――俺を圧倒していた。
笑っちゃうよ。笑わないとやってられねぇよ、これ。
手数の多さが最大の利点である軽量武器相手に、一撃一撃の重さが強みの重量系武器がその手数の多さで圧倒してしまうって……ふざけんなよ。しかも、その一撃一撃が重量計武器としての『重さ』も兼ねているとか、ヤバすぎんだろ。
どんな化け物なんだよ、この人。いや、この人だけじゃない。そもそも、最近の俺の身近にいる人はアホみたいに強い奴が多すぎるんだよ。いい加減、俺、自信無くすよ?
元からなけなしの自信だったけどさ。薄っぺらい、吹けば飛ぶような紙みたいな付け焼刃の自信だったけど……それが、今すぐにでも燃え尽きそうだ。
「どうした、そんな程度かッ!」
こちらを罵倒するようなアレックスさんの言葉と共に、円錐型の馬上槍の先端部分が遠心力を味方に付け――薙ぎ払われる。
それを、二本のナイフで何とか受け止め、
「ぐぅッ……!」
それでも尚、莫大な圧力に押しつぶされそうになる。腕の筋肉の繊維から『ブチブチッ』という嫌な音が聞こえた。嫌な音だ。てか、手が痛い。ムッチャ痛い。筋繊維が断たれたかもしれないから当たり前の反応なんだけど。
――まぁ、我慢できない程の痛みじゃない……訳ない。
でも、上げてしまいそうになる呻き声を喉奥で抑え込む。
歯を食い縛って、我慢する。我慢できなくても、無理をして我慢するんだ。
声を出す余裕があるなら、力を出せ、俺の体っ!
「付与『STR・AGI・DEF』!」
付与魔法で自分の能力を底上げする。
それでも、アレックスさんの槍はまだ重い。相変わらず押しつぶされそうだ。
だけど、まだ手段はある。
「『風精霊の加護』、『火精霊の加護』!」
腹から振り絞った声。
俺だけの魔法。簡易型の武器付与魔法。それを無詠唱で唱え、魔法が実行されて、両手のナイフがそれぞれ赤と緑色の光に包まれた。
と同時、武器付与魔法の附随効果で俺の身体能力も僅かに向上した。
ほんの少しだけ、こちらを押し込もうとしている槍が軽く感じられるようになった……気がする。
「ら―――――あぁぁぁああっ!!」
右側面から襲って来ていた槍の軌道を、両手を踏ん張らせ、ナイフで上にかち上げた。
そして、すぐさま傷ついた両手に回復魔法をかけて治療を施す。
かけられたのは一瞬だけだけど……無いよりはましだ。十分に痛みは和らいでいる。これならまだ我慢できる範囲内だし、それに、多少の痛みは気合でどうとでも出来る――そう、師匠に体に教え込まれた。
……だから、今は目の前の戦いに集中しろ――!
――俺がかち上げ、少しだけ浮いた槍が、今度は振り下ろされようとしている。
まだ、振り下ろされてはいない。でも、その予備動作が何となく分かった。
それを理解したのとほぼ同時、既に俺はアレックスさんの懐に潜り込んでいる。
そして、赤く光る右のナイフを一閃。それは引き戻された槍に弾かれるが、息つく暇も与えないように緑色の左のナイフもう一閃。緑の刀身から衝撃波が発生するが、相手に対しての有効打にはなりえなかった。更に、ナイフの斬撃自体も槍の柄で受け止められ、どれだけ力を入れようともビクともしない。
やっぱり、やっぱりだ。付与魔法と簡易型の武器付与魔法で強化しても、アレックスさんの腕力には到底及んでいない。
「ぐっ!?」
押し込まれる。こちらの攻撃を受け止めていた槍が真横に薙がれ、踏ん張ることが出来なかった俺は――吹っ飛ばされた。
視界が回る。一転、二転、三転。
強烈な浮遊感。マイナスGにも似た、その独特な感覚に体を蝕まれ、そして、
(――不味いっ!?)
目の前に、結界の壁が迫っていた。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします!




