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第九十二話 束の間の休息3

のんびりパートラストです。

 ――夕日を。真っ赤な夕日を見ていた。

 辺りは何もない、何の変哲もない草原。寝泊まりしているテントが張られているキャンプ地から徒歩二十分ぐらいの距離だ。そんな静かな場所で、俺はみーちゃんと隣り合わせで座って、地平線に沈んでいっている夕日を見ていた。


 王都からは三十分ぐらい前に戻ってきている。正直、もう少し王都で散策していたかったような気もするけど、夕方までには戻るという約束だった。しょうがない。


 それにしても、今日は色々あった。しかも、珍しい事にそれが全部楽しい記憶だ。ここ最近の出来事は色々と大変なものが多かったから。その楽しい記憶がとても懐かしいように思える。

 そう……だよな。ここまで気を抜いて街を散策したのって――あっちの世界以来、だよなぁ。こっちの世界に来てからは何かと気を抜けなかったし。気を抜いてしまったらしまったで、その都度痛い目に遭ってきた。良い事があった後には必ず悪いことがあったし――って、この後、何か悪い事が起きそうじゃんか。フラグ立ててどうするよ。


 頭を横に振って、不吉な考えを追い出す。


「……ユウ君、どうかした?」


 そんな俺の様子が気になったのか、みーちゃんが小首を傾げた。耳に付けられた真新しいピアスが小さく揺れる。今日、俺が購入して彼女に送った代物だ。大体、銀貨十五枚くらいだったかな。ポーション屋で稼いでるからそこまで大きな出費じゃない。寧ろ、もう少し高いものでも大丈夫だと言ったけどそれはみーちゃんに遠慮された。


「いや。少し、考え事をしてただけだから」


「……そう」


 俺の返答を聞いて、みーちゃんは黙り込む。

 その視線は再び夕日へと向けられる。今、この時、みーちゃんは何を思ってあの赤色を眺めているのだろうか。あの、元いた世界と何ら変わらない空の赤をどんな気持ちで見つめているんだろう。


 ――俺はあれを見る度に、あっちの世界を思い出してしまう時がある。

 自分の家を。毎日通い続けていた学校を。家族を。少なかった友人を。いや、別に友人は特別少なかったわけじゃない――ほんとだぞ?


 ……ともかく、俺は戻れない。戻りたくとも、戻れない。戻る必要なんてないのかもしれない。戻らない方が良いのかもしれない。こっちの世界にはみーちゃんがいる。レティアがいて、ノエルがいて、ヨミがいて、ユリがいて、アリセルがいて――皆がいる。仲間がいる。かけがえのない存在が、こっちの世界で出来た。

 でも、あの世界には『戻れない』。その事実は胸を押しつぶそうとしてくる。もう、あの景色を……あの街並みを見れないと思うと、やっぱり悲しい。


 だからかな。空を見ると無性に恋しくなってくるのは。空はどんな空でもあっちの世界と変わらない。雨の日も、雪の日も曇りの日も、晴れの日だって。はたまた、朝焼けや夕焼けも同じ。まぁ、夜空は星の位置とかは微妙に違う。オリオン座やいて座や、夏の大三角もこっちにはない。そもそも、星座という概念が無いらしい。


 でも、パッと見、夜空もあっちの世界と一緒だ。何も変わらない。空はずっと、あっちの世界と変わらない。変わっていない。そんな空をこうして眺めていると――思い出してしまう。瞼の裏にあの世界が見える。すると、しばらくは自分の意識があっちの世界に引っ張っていかれてしまう。

 家族は今どうしてるんだろうとか。あのスイーツもっかい食べたいなぁとか。新しいゲームはどんな物が出たんだろうとか。考えるのはそんな事ばかりだ。何気ない日常の事ばかり考えて、思いをはせている。


 ――そこの所、みーちゃんはどうなんだろう。


 やっぱり、みーちゃんも考えてしまうのだろうか。だとすれば。もし、元の世界が恋しく感じることがあるんだったら……そんな思いを六年間抱き続けてきたのかな。


 そんな事を考え続けていると肩に暖かい重みが加わった。


「……すぅ――」


 次いで、小さな寝息。隣を見てみると、みーちゃんが俺の肩に頭を乗せて眠っていた。

 その寝顔は……穏やかだ。安心しきった表情で俺の肩に頭を預けてくれている。少なくとも、今の彼女の表情に寂しさや悲しさは見られない。着ている服も相まって、まるで眠り姫のような印象を受ける。


 俺はそんなみーちゃんのほっぺを起こさないように注意しつつ、ツンツン。そうしたら、みーちゃんは俺の手にほっぺをスリスリと摺り寄せてきた。手が少しだけくすぐったい。

 でも、そのくすぐったさが……何か、良い。純粋に、守りたいって。この心地よさを、温もりを守りたいって思う。今日、沢山笑いかけてくれたこの女の子を守りたいって。


「……ユウ君は――私が……」


 寝言かな。みーちゃんが小さな声で言葉を発した。何て言ったんだろう。正確には分からない。けど、俺にはこう聞こえた。『ユウ君は――私が守る』って。


「……そう、だよな」


 そうだ。今の俺は守られる存在。普通の人間よりも強いけど、みーちゃん達には到底敵わない。でも、いつまでもこの地位に甘んじているつもりは無い。


「もっと……強く――」


 ――強く……なろう。そう、心に刻みつける。絶対に忘れないように。


 でも、今日は休もう。疲れたよ。隣にある温もりを感じながら、休もう。

 頑張るのは明日からでもいい。そう思うのは呑気かな。怠け症でも発症したんだろうか。……まぁ、いいや。少しぐらいのんびりしても罰は当たらないだろう。間違えて神様が落とした天罰に当たる事は……あるかもだけど。その時はその時だ。割り切るしかない。いや、絶対割り切ることなんて出来ないだろうけど。










 ――夕日を見ていた。普通の夕日だ。あの世界と同じ、真っ赤な夕日だ。


 夕日は段々と沈んでいっている。同時に涼しさも感じられるようになってきた。赤が段々と地平線に沈んでいって、丸かった形が下の方から欠けていく。

 そんな光景を特に何をすることも無く、のんびりと眺めていた。


 そろそろ帰った方がいいかな。でも、もう少し、ほんのちょっとだけ、ここで二人っきりで座っていたい。この温もりを自分だけの物にしていたい。そう思ってしまう。


 穏やかな時間が流れていく。その一方で、想いは急激に強くなっていく。


 手を、強く握った。みーちゃんの細くて繊細で小さな手を。強く。強く。

 自分がいる場所は『ここ』だと。自分に言い聞かせるように。絶対に忘れないように。彼女の手を握り続けた。










 ――やがて、空は黒く染まり、夜がやってくる。黒くなった空には、数えきれないほどの星が瞬きだす。視界を覆い尽くす程の無数の星々。


 その中で、俺は一つの星を見続けていた。赤くて、他の星よりも一段と大きく見える星だ。何故か、その星から目を離すことが出来なかった。

 さっきまで真っ赤な夕日を見ていたからかな。そうかもしれない。でも……そうじゃないような気がする。ともかく、正確な理由は分からない。特に知りたいとも思わないけど。


「……ふぁあ……」


 隣で寝ぼけた声が上がった。どうやら、眠り姫がお目覚めになったらしい。


「おはよ」


「……ん。ユウ君おはよ」


 目をゴシゴシしているみーちゃんと何気ない挨拶を交わす。


「……私、どれくらい寝てた?」


「多分、一時間ぐらいじゃないか? もう結構暗くなってきてるし」


「……ほんとだ。そろそろキャンプに戻らないと」


 そう言いつつ、みーちゃんが立ち上がる。しかし、すぐによろけて尻餅をついた。


「……足、痺れた」


「まぁ、あれだけ座った状態で寝てたら……そりゃあ、痺れるよ」


 かくいう俺も現在進行形で痺れていたりする。


 それにしても……参ったな。これじゃあ、しばらく移動できそうにもない。

 回復魔法でしびれを回復させようにも、この症状は血液の循環が滞ることによって末梢神経の機能が低下し、異常電流が流れることによって発生するものだ。回復魔法で治療できる範囲外である。


「……とりあえず、もう少しここにいようか」


「……そうだね」


 結局、俺達がキャンプ地へ戻ったのは、それから三十分後の事だった。

 こうして、休日はゆっくりと過ぎていく。
















主人公の胸の内を書くのって結構難しい……僕自身体験したことのない心情であればより顕著に……(;´・ω・)

むぅ。まだまだ修行が足りないという事か。よし、修行を積むために異世界に転生しよう!(マテ


――ともかく、次回から魔王国エスラドでの戦争へと突入していきます。

ようやくここまで来れました……これもいつも読んでくださっている皆様のおかげです。

今回も読んでいただき、ありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!

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