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第九十一話 束の間の休息2

今回は惚気成分80%(当社調査)でお送りします。

前回同様、頭を空っぽにして読んでいただければと思います。

「はぁ……まだかなぁ」


 俺は、待っていた。


 王都の商業地区にある噴水広場。そこに設置されているベンチに腰を掛けて。人を待っていた。多分、もう十五分は待っている。まだかな。まだなのか。

 この噴水広場はどうも待ち合わせスポットというやつらしく、周りでは若い男女が互いのパートナーと笑顔で言葉を交わし、手を取り合ってどこかへと去って行く。その様をぼんやりと見つめる。あれだな。こういう所はあっちの世界と変わらないな。


 東京のハチ公前とか、あそこら辺は丁度こんな感じで人がたくさん集まってた。

 仮に。あくまでも仮に。俺も、『何事も』無ければハチ公前とかで待ち合わせとかをしていたんだろうか。……無いな。うん。無い無い。そんな事、想像もつかない。というかそもそも、俺自身東京に住んでたわけじゃないし。


 でも、そう考えると不思議だよな。自分が良く知らない異世界に来て、今、こうして、自分でも想像がつかなかったハズなのに――俺は人を待っている。


 しかも、だ。その待っている相手が――


「ユウ君!」


「――――!」


 緩やかな人の流れを目で追っていると、聞き慣れた少女の声がした。周りはそれなりに人の声がするはずなのにその声は鮮明に、はっきりと鼓膜を振動させる。声が聞こえてきた方を向けば、そこには……紛れも無い美少女がいた。


 他の誰でもない、みーちゃんがこちらへと向かって駆けてくる。


 着ているのは、裾の長いロングワンピース。色は清楚な薄い水色。胸元にはワンポイントで小さなリボンをあしらっていて、頭には鍔の広いストローハットと呼ばれる帽子を被っている。逆に足元はと言えば、少しヒールの高い、ポーンサンダルで涼しげに見える。


 その全体像を一言で表すなら……そう。お嬢様。

 何処からどう見ても上品なお嬢様がそこに存在していた。


「やばい……な。これは」


「……ん。ありがと」


 どうやら、俺の呟きはみーちゃんに聞かれたらしい。いじらしいくらいに頬を赤く染めたみーちゃんがこちらに近づいてくる。


 ぶっちゃけ、反則だと思った。というか、卑怯だ。卑怯すぎる。いつもと全然違う。まるで別人みたいに見えてしまう。


 人って――というか、女の子って、こんなにもあっさりと変わるのか。


「……ユウ君、待った?」


「あ、うん。少しだけね」


 隣までやって来たみーちゃんの質問に咄嗟に答える俺。しかし、みーちゃんはその答えがお気に召さなかったのか、両頬をプゥと膨らませ、


「……もう。そこは、『今来たところだよ』って言うとこ」


「そうかな……」


 そうなの……かもしれない。いや、本当の所よく分かんないんだけどさ。


「何かゴメン」


「……ん。許してあげる」


 おかしいな。とてもおかしい。何で、俺が待っていた側なのに謝罪をしているんだろうか。いや、深く考えちゃいけない。みーちゃんのこんなかわいい姿を見れた。今はその事実だけで十分なのだから。そうやって自分を納得させ、


「ありがとう……それじゃあ、無限に時間がある訳でもないし、行こうか」


「……分かった」


 俺たち二人は言葉を交わし、賑わう王都へと繰り出した。












 当たり前だけど、王都は国のあらゆる意味での中心ということもあり、とても人が多い。

 そして人が多いって事は、それだけ需要があるって事で、街中の店や屋台もかなりの数になっている。そこかしこで色々な取引が成されていて、商業区や観光区ではお金のジャラジャラとした音が絶えずに聞こえてくる。


「で、どこ行こうか?」


 王都の中でも出ている店の種類や数の多い、『商業区』と呼ばれる地区のど真ん中で俺はみーちゃんの希望を聞き出す。ちなみにだが、俺とみーちゃんはこっちの世界では目立ちやすい黒髪な為、外見は闇属性魔法の『幻影』である程度変えてある。傍から見れば、普通のカップルに見えていると思う。見えてるのかな。見えてると……いいな。


「……どうしよっか?」


 何処へ行くか、みーちゃんも決めあぐねているらしい。小首をコクンと傾げて唸っている。


「……ユウ君は? どこか行きたい場所とかある?」


「俺が行きたい場所か――」


 あるかな? ないような気がする。

 というのも俺自身、王都はあまり詳しくない。王城には結構な頻度で行ってたんだけど、王都に行く用事は殆どなかったし。だから、行きたい場所云々以前に、王都にどんな場所があるのかということも知らない。


「とりあえず、街の人に聞いてみる?」


「……ん」


 ここでのんびりと過ごすのも悪くはない。はたまた、行き当たりばったりの巡り合い旅に出るのもいいかもしれない。けど、それでみーちゃんを楽しませることが出来る自身は俺にはない。とりあえず、地元の人のおすすめスポットへと行ってみることにした。基本的に俺は小心者なのだ。


「すいません」


 多数の道行く人。その中の一組のカップルに声をかける。


「――っ! す、すいません。今、急いでるので!」


 しかし、そのカップルはこちらを振り向くことなくそう言い残すと、歩く速度を速めてその場を立ち去っていった。ポニーテールの少女が自身よりも僅かばかり背の低い青年を引っ張っていく。やがて、その背中は人ごみに紛れて見えなくなっていった。


「……行っちゃったね」


「そうだな……」


 彼らが一体誰だったのか。そんな事はともかく、俺はまた別の人に声をかける。今度は、優しそうな顔をしたおばあちゃんだ。

 俺がこの辺りでどこか有名なお店とかが無いかと聞いてみると、


「おぉ、それならね。この道の先に、ケーキが美味しい喫茶店があるよ。お店の雰囲気もいいから、行ってみると良いかもしれないねぇ」


 との事。


 喫茶店か……うん。朝ごはんも食べてなかったし、軽く何かを腹に入れてもいいかもしれない。


「どうする?」


「……丁度お腹も減ってたし、いいと思う。甘いものも食べたいし」


 どこか目をキラキラさせ、こちらを見上げながらみーちゃんは頭を縦に振る。やっぱり――あれだな。今日のみーちゃん、感情表現がいつもより豊かな気がする。


「じゃあ、そこにしようか」


「……うん!」


「ふふ、楽しんでくるんだよ」


「教えていただいて、ありがとうございました」


「……ありがとうございました」


 良い情報を教えてくれたおばあちゃんに礼を言い、俺達二人はその場を後にする。その時、背中越しにおばあちゃんの声が聞こえてきた。


「デートなんだから、男はしっかり女をエスコートするんだよ」


「わ、分かってますっ!」


 いや、分かってるんですよ。うん。本当に。こういう時に男が女の子をグイグイと引っ張っていった方が良いって事ぐらい、女性経験皆無の俺でも分かってる。まぁ、そこら辺はここから勉強するって事で許してもらえたらな……なんてのは、都合のいい話なんだろうか。


「……ユウ君」


「何?」


 みーちゃんに声をかけられ、彼女の方に顔を向ける。

 すると、みーちゃんは人差指で俺の鼻をツンツンと突き、微笑んだ。


「顔、真っ赤だよ?」


「――――っ」


 そんなみーちゃんの笑顔が魅力的過ぎて、見続けていたら自分の理性がはじけ飛んでしまいそうだった。早々に彼女の顔から視線を離して、俺はそっぽを向く。

 不愛想な反応かもしれない。実際、みーちゃんは頬を膨らませて不服を行動で表している。でも、しょうがないじゃん。しょうがないでしょ。こんな街中で、みーちゃんをムギュッてする訳にはいかないし。けど、今のみーちゃんの顔見てると、衝動が湧き上がってきてしまう。


「は、早く喫茶店に行こう!」


 さっきのお返しとして、みーちゃんの手を掴みつつ、歩き出す。けど、みーちゃんはこれ位じゃ驚きはしなかった。それどころか、みーちゃんは俺の腕を抱え込み、


「……しっかり、私をエスコートしてね」


 と、耳元で囁いてきた。

 艶めかしいその声に背中がビクッと震える。恥ずかしくないのか。みーちゃんは。チラリとみーちゃんの顔を覗き込む。彼女は俺が自分の顔を覗き込んだのに気が付いたのか、俺の顔を見上げて――小悪魔っぽい笑みを浮かべた。


 視線を前に戻す。


 ――あぁ。


 俺、一生みーちゃんには勝てないような気がする。













 おばあちゃんから教えてもらった喫茶店は、歩いて五分ほどの位置にあった。御飯時では無いということで、人はあまりいない。でも、雰囲気は何か好きだ。落ち着くっていうか、昔ながらの雰囲気で、おばあちゃんが『お店の雰囲気がいい』と言ったのも頷ける。

 そんな心地いい雰囲気のお店で、俺達は窓際の席に座ってケーキを頬張っている。


「……おいしい」


 もぐもぐ。そんな音が聞こえてきそうなぐらいに頬を膨らませてショートケーキを味わっているみーちゃんを眺めつつ、俺も自分のモンブランケーキを崩していく。甘い。とても、甘い。甘党の俺としては結構嬉しい甘さだ。


「確かにうまいな」


 興味津々にみーちゃんがこちらの皿をのぞき込んでいる。


「……ごっくん。ユウ君のも食べたい」


「これ? いいよ」


 自分のモンブランの皿をみーちゃんの方に押し出す。

 しかし、みーちゃんはむっとした顔つきになって、「むぅ」と唸った。


「……ユウ君が食べさせて」


「えっ、いや。それは――」


 それは、所謂アーンというやつじゃないだろうか。あの、リア充の代名詞筆頭の。


「……ダメ?」


「いや、ダメじゃない。全然だめじゃないんだけど」


「じゃあ、食べさせて」


 いいのかな。本人が言うんだからいいんだろう。役得感が凄いけど。決して嫌らしいことをするわけでも無いし。


「あ、あーん……」


 モンブランの一部をすくい、みーちゃんの口もとへ運ぶ。少しどころじゃない。とても気恥ずかしい。それなのにみーちゃんは比較的へ行きそうな顔でモンブランを乗せたフォークを口に咥えた。


「……はむ」


 モグモグごっくん。みーちゃんは俺が差し出したモンブランケーキを味わい、楽しみ、そして飲み込む。

 なんだろう。俺だけが恥ずかしがってて、何か悔しい。いや、別に悔しがるような事じゃないんだけど。それでも、負けたっていう気持ちになってしまう。


「どう?」


「……ん。おいしい」


 満足そうに微笑むみーちゃん。その頬に少しだけクリームが付いているのが見えた。


「みーちゃん、クリームついてる」


「……えっ。どこ?」


「ここだよ」


 そうみーちゃんに声をかけつつ、右手の人差指でみーちゃんの頬を軽く拭った。指についたクリームを舐める。


「ほら、取れた――って、みーちゃん?」


「………………はぅ」


 みーちゃんの顔が真っ赤に染まっている。

 頭から湯気が立ち上りそうなぐらいに真っ赤だ。それはそれは、気の毒なぐらいに真っ赤だ。真っ赤っ赤だ。まさか、急激に体調を崩したのだろうか。


「どうかした? どこか調子でも――」


「……ち、違う。ただ、ユウ君が……」


 俺の言葉を否定し、みーちゃんは自分の頬を恐る恐る撫でた。そこは俺がクリームを取った場所……あ。


 マジか。マジかマジかマジか―――!


 何が体調を崩したんだろうだよ! 思いっきり俺のせいじゃねぇか?!

 いや、これは納得だわ。うん。みーちゃん、顔真っ赤にするわこれは。俺も恥ずかしいもん。後々に自覚した俺でさえ恥ずかしいよこれ。いや、ほんとに。


 というか、今、みーちゃんがこちらをチラチラと見てきている。それが無性に……ね。うん。何て言うか。恥ずかしいんだけどそれが嫌じゃないっていうか。でも、この空気は少し居心地が悪いっていうか。とりあえず、やばい。


 ともかく、この空気は何とかしなくちゃいけない。誰が? 勿論、俺がだ。まぁ、一応俺も男だし。それにこんな空気にした張本人、俺だし。


「あ、あの……みーちゃん――さ、さっきのは何て言うか……不可抗力っていうか……無意識の内の出来事だったというか……まぁ、とりあえず、ゴメン」


「……ユウ君」


「……何?」


「……ユウ君って、以外と大胆なんだね」


「それは言わないでぇえええええええ!?」


 もうヤダ……穴に入りたい。穴が欲しい。いや、嫌らしい意味では無いけど。とにかく、隠れる場所が欲しいって意味で。


 誰か。誰でもいい。知らない人でもいい。


(誰か……助けてください)


 多分、今までで一番誠実な願いだった。



 ――尚、その後、大声を出したとして店のマスターに怒られてしまった。


 おかげで変な空気はどこかに行ったけど、俺が求めてたのはこういう救いじゃない。














今回も読んでいただき、ありがとうございました!

次回もよろしくお願いします!

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