第九十話 束の間の休息1
所謂いちゃラブ回。大体三話前後で終わらせる予定です。
今までの話とは違い、頭の中を真っ白にして読んでいただければと思います。
視界に僅かばかりの光が差し込んできた。少し眩しい。
「――んぅ?」
その光に触発されるようにして呻き声を上げつつ、意識が覚醒していくのを実感する。
開けた視界に容赦なく橙色が入り込む。日光だ。日の光だ。日の光がテントの中を照らしている。
という事は、朝か。まだ少し眠気が残ってるけど……
「起きなくちゃ………な――――あああああぁっ?!」
違和感を覚え、毛布をめくり上げる。すると、そこには……一人の少女が眠っていた。というか、みーちゃんがいた。昨日、俺が告白した相手。そして俺に告白してくれた少女。最も愛おしい俺の恋人。
そんな少女は肌が透けて見えそうなネグリジェだけを纏い、あどけない寝顔を浮かべて俺の隣で寝ている。その表情は無防備でちょっとドキッとして――
(――って、そんなこと言ってる場合じゃない?!)
「みーちゃん?!」
「……おぉ、ユウ君おはよう」
俺の叫びで意識が覚醒したらしい、みーちゃんがムクリと体を起こした。そのまま「ふあぁ……」と伸びを一つ。その身に纏っている衣類がやたらと薄いためか、彼女の六年前と比べると大きくたわわに育った胸元が強調されて……ゴクリ。
(――って、何処見てんだ俺?!)
幼馴染の胸で興奮するとか……いや、おかしいとは思わないけど。全然おかしい事は無いんだけど。それでも少しは節度を持たないといけないんじゃないんだろうか。まぁ、年頃の男女が同じ場所で寝ている時点で節度がどうこうという次元は通り過ぎている気がする。というか、とっくに手遅れだ。
――とはいえ、それを黙認するのはそれはそれでいけない事なわけで。
「おはようじゃないよ?! 何でここで寝てんの!」
勿論だけど、寝床であるテントは男女別。みーちゃんが俺と同じテントで寝ているわけがない。あるはずが無い。そうであればおかしいのだ。そして、このテントは俺が使っているもの。つまるところ、みーちゃんがここで寝ているのは間違っている。色んな意味で間違いすぎている。
「……眠たかったから」
「誰もみーちゃんの欲求の話を聞いてないよっ! どうしてここで寝る必要があったのかっていうのを聞いてるんだけど?!」
そう、みーちゃんに突っ込む。
すると、ネグリジェ姿のみーちゃんは何故か頬を真っ赤にし――
「……ユウ君、覚えてないの? 昨日、ユウ君と一緒に帰ってきた後……あんなに求めてきたのに?」
まさかの俺の童貞卒業宣言をぶっこんできやがった。
「んな訳あるか!」
「……むぅ、あっさりとバレた」
あっさりと引き下がるみーちゃん。頬の赤みも一瞬で引いていく。顔を真っ赤にするのも演技の一環だったらしい。どこでそんな高等技術を身に付けたんだろう。
「そりゃバレるでしょうよ!」
逆に何故バレないと思ったのか理由が知りたい。
別に酒を飲んで酔っ払ったわけでも無いんだし、昨晩の事は鮮明に覚えている。だから、昨晩は『そういう事』が無かったと自信を持って言える。俺の貞操はまだ守られている。
それにしても、みーちゃんは俺が知らない間に天然属性でも獲得したんだろうか。
まぁ元々そういう資質はあったような気がするけど。
「はぁ……とにかく、外に出よう。もう他の人達も起きてるだろうし」
時計を見れば、七時半を指している。少しだけ寝坊したかもしれない。本来なら、いつもは六時には目が覚める.ちなみに、これだけ寝過ごしたのは……昨晩、寝る直前に改めてみーちゃんと恋人関係になったんだなぁとか、そういう事を考えてしまい、上手く寝付けなかったからだ。決して夜のゴニョゴニョがあった訳じゃない。一応、宣言しておく。
「そういえば、今日、明日はずっとここに留まるんだっけ?」
昨晩、食事中に小耳に挟んだ話だ。確か、雅とツバサが隣同士に座って、仲良く明日はどうしようかとかそういう事を話していたような気がする。どちらかと言えば雅が一方的に喋っていて、ツバサがそれを相槌を挟みつつ聞きに回っていたという感じだったけど。
どうでもいいかな、そんな事は。どうでもいいな。
「……ん。ここまで殆ど休みなしで来ている。そして、もうすぐ進めばエスラド魔王国との国境。国境を超えてしまえば、そう易々と休むことも難しくなる。だから、ここで全軍の疲れを出来るだけ取り除いておきたい――って駿やハリエルッチが言ってた」
ハリエルッチって何だよ。そう突っ込みたいのは山々だ。でも突っ込まない。何か泥沼にはまり込みそうな気がする。それに、あの小さなハリエル将軍に対して、あだ名で呼びたくなるという気持ちは分からないでもない。
「だから、今日、明日はここに留まって皆を休ませるって事か」
「……そういう事。とは言っても、キャンプ地の守りをある程度は固めとかなくちゃいけないから、一般兵の人は二班に分けられて、一日は休みでもう一日は近辺を哨戒するという事になってるらしいけど」
「そっか……」
休みか。休みなのか。どうしよう。
いきなり休みだって言われても……やる事ないよなぁ。
ここ最近はずっと師匠やみーちゃんと模擬戦をしてばっかだったし。馬車で移動している間も、ダンジョンマスターとしての仕事をする為にダンジョンマスターの部屋に籠っていた。改めて考えると、本当にやることが無い――いや、無いわけじゃない。いつも通りに過せばいい。いつもみたいに、午前中はダンジョンマスターの部屋でダンジョン内をモニタリングして、午後はダンジョンの深い層で魔物を屠る。
でも……さ。何だかそれだと悲しくないか。寂しくないか。そう思ってしまう。
せっかく、昨晩、俺は目の前の少女と――みーちゃんと恋仲になったんだ。だったら、どこかに遊びに誘っても罰は当たらないんじゃないんだろうか。丁度、昨晩の雅とツバサみたいにさ。あそこまで自然にとはいかなくても。
それとも、昨日の今日で遊びに誘うのは気が早いのか。早いのかもしれない。そうであっても可笑しくない。
(どうすりゃいいんんだよ……本当に)
ここまで――難しい事だっただろうか。幼馴染一人を町に連れ出す事が、こんなにも緊張する事だっただろうか。
――いや、違う。違わないけど、違う。
確かに、俺とみーちゃんは幼馴染だ。でも、今はそれだけじゃない。俺と彼女は『恋人』なんだ。ちょっとした事で緊張してしまうほどに、『特別』な人間関係になったんだ。
……そう考えると、少し嬉しいような気がする。単純だな。俺って。ちょっとの事で舞い上がって、小さなことでそわそわして。まぁ、初めて彼女(こう言うと何か恥ずかしい)をデートに誘う事が小さなことなのかは分からないけど……とても単純だよな。やっぱ。
うん。俺は単純だ。なら、単純なりに難しく考えるのは止めよう。面倒だし。どうせ、『彼女いない歴=産まれてからこれまで-数時間』の俺に、彼女を初デートに誘うべきタイミングとか分かる訳ないし。もう、当たって砕けろどころか、玉砕しろ精神でやるのが一番いいんじゃないだろうか。そんな気がしてきた。やけくそになってるような気がしないでもないけど……いいか。そんな事。
「み、みーちゃん……あのさ、す、少し聞きたいんだけど」
「……? どうかした?」
「きょ、今日明日って、さっきも言った通り、や、休みなわけじゃん?」
「……うん。そうだね」
「その間ってさ、何か用事入ってる?」
「……ううん。特にこれと言った用事は入ってないけど。それがどうかした?」
「まぁ、そんな大したことじゃないんだけど……せっかく休みなわけだし、二人でどっかに――」
「行こう。今すぐに行こう」
俺の言葉を遮り、みーちゃんがやけにやる気の姿勢で自己主張をし始めた。その瞳はそうそうみられないぐらいにキリッとしていて、体中からオーラみたいなのが湧きだしているように錯覚してしまう。
そして、俺の目の前でみーちゃんはピョンピョンピョンピョン飛び跳ねる。
何なんだろうね。このみーちゃんの気迫は。いや、別に嬉しくないわけじゃないんだけど。寧ろ、それだけ乗り気になってくれてるのかと思うと、とてもうれしいんだけど。
――まぁ、別に良い……のかな?
みーちゃんも今までにない位にやる気を出してるし。そのやる気をもっと別の場所で発揮してほしいと思わないでもないけど、今はどうでもいい事と割り切ることにしておけば問題ない。きっと、問題ない。多分……問題ないと思う。多分。
とにかく、俺はみーちゃんの両肩を掴み、
「わ、分かったから! ちょっと落ち着こう」
と、声をかけて落ち着かせる。
すると、みーちゃんは目に見えてしょんぼりとし始めた。
「……ん。ごめんなさい。久々にユウ君とお出かけできると思ったら、テンションが上がってしまった」
「―――――っ! そ、そうか……」
何なんだろうか。この可愛い生き物は。いや、俺の彼女なんだけど。それにしても可愛すぎやしないだろうか。
「と、とにかく、今日は二人で出かけるって事でいいよな?」
「……ん。でも、出かける前に駿に許可を貰っておいた方が良い。キャンプ地を離れる時は一言声をかけておいてほしいって言ってたから」
「そうか。そ、それじゃあ、駿のいる天幕に行こうか」
「……了解!」
その後、数分も経たない間に身支度を済ませた俺は、みーちゃんと共にテントを後にした。テントを出て、少し伸びをすると、みーちゃんと共に歩き始める。
朝日が燦々と輝いて、辺りを明るく照らしている。昨日の雨が嘘みたいだ。
そして、そんな陽気な光に触発されたのか、はたまた短いながらも貴重な休暇に気分が上がっているのか、テントの外に出て談笑している兵士がちらほら。
「ミヤ様、おはようございます!」
「勇者さま!」
「その足で、ぜひ自分を踏みつけていただきたく――」
そんな中を歩く俺達――というか、主にみーちゃんには色々な言葉が投げかけられる。流石、六年間勇者をやって来ただけの事はある。皆一様にみーちゃんを心の底から慕っているという事が伝わってきた。
でもさ、最後にチラリと聞こえてきた言葉……稀に、本当にごく稀にだけどさ。手が滑っちゃって、ナイフを投げちゃうことってあるよね。だから、やってもいいよね。
そう思い、思わず腰に刺しているナイフの柄に手が伸びそうになった。何とか直前で踏みとどまったけど。というか、その兵士は周りの兵士に取り押さえられて、袋叩きにあっている。……うん。何かその兵士に対する周りの目が性犯罪者に対するそれだ。
あれ以上追い打ちをかける必要は無いな。てか、ここで追い打ちをかけたら外道だ。鬼畜だ。そこまで落ちるつもりは無い。
そんな光景に内心冷や汗を垂らしつつ、
「凄い人気だね、みーちゃん」
こっそりと、隣を歩くみーちゃんに話しかける。
「……ん! 皆よくしてくれる」
よっぽど機嫌がいいのか、彼女の足取りは軽い。今にもスキップをしだしそうだ。そんなご機嫌なみーちゃんもやっぱ可愛い。
「――む? 何かユート殿とミヤ様の仲が睦まじく見えるような……」
「なぬ?!」
「これは、ミヤ様親衛隊を招集せねばいけないんじゃないか!」
「うおぉぉおお! 今なら、俺は何度でもミヤ様に踏んづけて貰える気が――」
……たまーに不穏な会話が聞こえるけど、無視しても大丈夫だよな。多分、大丈夫だと思うけど。不穏な会話をしていた人達の意識は変態発言をしていた兵士の人を黙らせるのに割かれているみたいだし。
とにかく、そんな色んな意味で賑やかなキャンプ地をしばらく歩いていくと駿がいるはずのテントまでやってきた。入り口には見張りなのか二人の兵士が立っているけど、俺達は顔パスで中に入る。
「やぁ」
「……お邪魔する」
「おはよう」
中には駿一人だけだ。その駿はアイテムボックスか何かで持ち込んだのか、応接セットのソファーに座っていた。三者三様の挨拶を交わし、俺とみーちゃんは駿に席を勧められて駿の対面に腰かける。
「で、何か用かな?」
と、駿。
「……外出の許可を貰いたい」
と、みーちゃん。
「へぇ、何処に行くつもり?」
「……王都に行くつもり。ユウ君と二人で」
「ふぅん……いいよ。ユートと美弥の外出を認めるよ」
あっさりと外出許可が出された。
その想像していたよりも早過ぎる判断に、俺は驚きを隠せない。
「いや、いいのか? そんなに軽く外出許可出して」
「まぁ、せっかく結ばれた新しいカップルの初デートなんだからね。こんな何もない場所で過させるのは忍びないさ」
「え……い、いや、誰もデートなんて―――っ?!」
何だろう。どうしてだろうか。改めて他人にデートだろうと指摘されると……恥ずかしいな。恥ずかしすぎる。布団に顔を埋めたくなる。その上で、駿がニヤニヤ顔をしているのが余計に羞恥心を煽ってくる。駿はその事を狙ってやっているのだろうか。
「またまたぁ。ほら、昨晩もお楽しみだったじゃないか」
「……む。何でその事を――」
「みーちゃんまで何を言ってるのかなぁ?!」
いや、ダメだろ。そのセリフは。遠まわしに駿の言葉を肯定してるようなものだ。みーちゃんの口を慌てて塞ぐ。みーちゃんが恨めしそうな目でこちらを見上げてくるけど、ここで引き下がるわけにはいかない。俺はやってないのだから。時には自分の主義主張を押し通す事も重要だと思います。
「と、とにかく!」
相変わらずの駿の羞恥を煽るニヤニヤ顔を務めて無視しつつ、声を上げる。
「い、行ってくるっ!」
もう、言葉が噛み噛みとか、そういう事を気にする余裕があるはずが無い。
みーちゃんを引き連れてテントを後にしようとして――
「い、一応言っとくけど、昨晩は何もなかったからな!」
一応。このままじゃ誤解が残るかと思って、そう駿に弁解しておく。すると、駿はとてもあっさりとした様子で返事を返してきた。
「うん。勿論わかってるよ。……でも、そうやって自分で言うのって虚しくない?」
「う、うるさい!」
止めろよ。んなこと言うの。本気で悲しくなってきちゃったじゃねぇか。そして、そこでより一層ニヤニヤ笑いを強くするのもやめろ。この腹黒。
昨晩の件は感謝してるけど、それでも言わせてもらう。この腹黒。
というか、分かってた癖に――俺をからかってたのかよ。あの腹黒。
そんな風に心の中で文句を言いつつ、半分みーちゃんを引き摺るような形で駿のテントを後にした。
その後、ずっと口を塞いでいたみーちゃんが機嫌を悪くしてしまい、その機嫌を直すのに十五分くらいかかってしまった。機嫌が悪くなったみーちゃんも……可愛く思えた。これが煩悩か。
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします!




