表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/107

第八十八話 灰色から薄い灰色へ

*第一部を大幅修正しました。


*マジックライフ、『カクヨム』でも掲載始めました。内容に変更点はありません

カクヨム作品ページ:https://kakuyomu.jp/works/1177354054880355301


週末に投稿とか言いながら、週明けに投稿となってしまいました……申し訳ありません。

 森の中にいた時から降り出した雨は徐々に強くなった。


 ザー―――ザー―――


 まるでノイズが奔ったような音が頭の中を流れていく。この音が外から聞こえるのか、それとも自分の内側から聞こえるのか、そんな事さえ分からない。

 既に時刻は夜の八時を回っている。

 時折落ちる黄色い稲光がテントの中に影を落としていって……


「はぁ……」


 何かもう、色んな意味で疲れた。

 体中に溜まった疲労やら何やらを吐き出す様に溜め息をつく。それでもやっぱり体の重さは消えてくれない。頭に反芻される少女の言葉が無性に心をかき乱している。


『――私は六年前の私じゃないの。この世界で生きて()()が知っている私じゃなくなっちゃったんだよ』


「――ったく、あぁ、もう!」


 その言葉を振り払わんと、湿気を含んで少しだけ重くなった髪をガシガシ掻き毟った。

 苛立たし気な自分の声が静かに夜闇の中に消えていくのがどこか虚しく感じられる。


 確かに、俺はみーちゃんの事を理解していなかった。人殺しの重圧や体に伸し掛かる責任もこれっぽちも分かっていなかった。

 よく考えれば分かったはずなのに……そう思うのは俺の自惚れか。


「……くそっ」


 あぁ、無性にムシャクシャする。

 頭の中に靄が掛かっていて、それが気になってしまう。そのせいか、どうしても頭の中がさっぱりとしなくて、どうしても思考が暗い方へと引きずられている。

 これ以上悪く考えちゃダメだ。そう思っても止まる事は無い。

 まるで、感情と思考が別々の人間に分かれてしまったかのようだ。正直言って、この感覚も結構気持ち悪い。まぁ、自分の中に二人の人格を潜ませる様なもんだ。正常にいられる方がおかしいのかもしんないけど――


「……って何考えてんだろうな。俺」


 気を紛らわせるにしても、雑すぎんだろ。これじゃ唯の現実逃避だ。酷すぎる。


「ほんと、笑えない」


 そう呟いた時、テントの出入り口の布が開かれた。

 人が一人、入ってくる。一瞬、迎撃態勢を取ろうかと思ったけど、止めた。

 何故ならテントに入ってきた人物が俺の見知った顔だったから。

 正直言えば、少し意外な人物だったけど。


「やぁ、お邪魔するよ」


 ともかく、その人物――勇者・駿はにこやかな笑顔を浮かべた顔でそう言い、テントの中に俺と向かい合って座った。


「ふぅ、凄い雨だったよ」


 苦笑しつつ、駿が手で頭を払う。


「そっか」


 そう言えば、駿の頭はかなり濡れている。この大雨の中で傘もささずにこのテントまでやって来たんだろうか。そうだとしたら、多分、駿はアホか変人だ。勇者に向かって失礼かもしんないけど十中八九断言できる。


「じゃあ、傘ぐらい差せよ」


「傘を差してこれだけ濡れたんだよ。横風が強すぎて、傘が傘の意味を成してなかっただけさ」


「――で、用件は?」


「まぁまぁ、そう慌てないでよ」


 俺の催促にも、駿は飄々とした態度を崩さない。常に笑顔で、その笑顔は――何を考えているのか、何を思っているのかを相手に悟らせない。

 少なくとも害意は感じないけど、こちらの心の中を見通されているみたいで居心地が悪いのは確かだ。むずむずする。


「まぁ、僕としてもさっさと話を終わらせたいから話すんだけどね」


「おい」


「あはは」


 ダメだ。相変わらず駿はどこか『掴ませない』。いや、俺自身別に人の本質を見極める能力とか覚醒能力とか特殊能力とか秘伝能力とかがある訳じゃないけど。それでも、駿ほど人に自分の事を『掴ませない』のが上手い人間はそうそういないんじゃないかなって思う。

 掴めるのは、唯、人を――っていうか俺を観察するような目……みたいなものだけ。まるで、俺がどんな人物なのかそんなのを見極めている感じだ。


 今まではあまり気にしていなかったけど、師匠に稽古を付けて貰って人の視線や何やかんやに敏感になってからは、駿のこの視線が気になってしょうがない。落ち着かないしさ。まぁ、俺に直接的な害はないから意識的にシャットアウトしようとしてるけど。


「――はは……………」


 唐突に駿は笑いを止めた。……いや、笑いの表情を凍らせたと言った方が正しい。


 駿の顔だけが時間が凍結したかのように微動だにしなくなった。そのくせして、瞳の奥のこちらを探るような視線は死んでないから質が悪い。てかちょっと怖い。俺が攻められているような気さえしてしまう。きっと気のせいだと思うけど。気のせいだと思いたい。


「あれだよね」


 と駿は言う。


「ユートは周りの事が見えていても、理解はしてないんだ。自分の事で一杯一杯だから」


「は?」


 思わず、間抜けな声が漏れた。勇者に失礼じゃないかなとか、そんな今更な事を考えつつ。多分、今の俺は少し弱気だ。元々そうである可能性の方が高いけど。


 ともかく、今の駿の言葉は意味がよく理解できなかった。


「どういう意味だよ」


 なので、正直に聞き返す。あまりにも唐突な言葉だったから、その口調はどこか投げやりになってたかもしれない。本音を言えば、少し一人にしてほしい。誰もいない暗い場所で気持ちを落ち着けていたい。


 でも、この駿の話は聞かなくちゃいけない。何故かそう思えた。


「言葉通りの意味だよ」


 その一言と共に駿が凍り付いていた表情を変えた。

 眼光が明らかに鋭くなり、こちらを観察するんじゃなくて、何かを訴えかけてくるような表情に変化する。彼は言葉を続けた。


「ユートは自分で一杯一杯。周りが見えていても『見えていない』。だから、唐突に真実を突きつけられたら、その表面上だけを真正面から受け取ってしまう」


 駿の言葉はやっぱり意味がよく分からない。

 けど――なんでかな。心がここまでズキズキ痛むのは。駿の言葉が核心を突いてるって事なんだろうか。ともかく、胸の痛みに頭がグチャグチャになりそうで結構しんどい。


 正直に言えば、耳を塞いで何もかもを投げ出してしまいたい。

 だから、逃げて、楽になって、あの光景を――俺が知らない間に『変わって』しまっていたみーちゃんを忘れる。きっと、そういう道もあるんだと思う。

 けど、それを分かっていて、尚も俺はそれを選べなかった。

 駿の言葉に耳を傾け、胸を痛め続けてでも駿の言葉の続きを聞きたかったのかもしれない。あるいは、それが罪滅ぼしになるとでも思っていたのか。それとも、唯の意地か……本当の所、自分でもよく分からない。


 とにかく、俺が話を続けることを選んだのだけは確かだ。

 本意なんて、今は二の次でもいい。


「実はさ、今日見ちゃったんだ」


「何……を?」


「ユートが盗賊の男を殺すとこ」


「え……?」


「取り乱して、ずっとナイフを突き刺してたよね。正直、見ていた僕も怖くなるほど鬼気迫る表情だったよ」


 駿の言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。駿の言った意味が理解できなかった。


 だって、あの時、駿は別の盗賊団のアジトを襲撃していたはずで、俺の行動を見ることなんて出来なかったはず。だったら、何故。駿は俺の行動を知っている?

 みーちゃんに聞いたのか? 今の俺の様子から予測を立てたのか? 何か特別な魔法でも使ったのか? 疑問が心を埋め尽くしていく。


 何故? どうして? そんな言葉だけが思い浮かんで、消えて。それでも何とか頭だけは止めないようにして考え続けた。――そして、一つの事を思いだす。

 それは、事前に知らされた情報と盗賊の男が話していた情報の差異だ。


 駿は事前の作戦会議で、参加者を合計五つの班に分けている。それは近辺に五つの盗賊団が密集して存在しているからだと言っていたが、盗賊の男は『ここら辺じゃ同業者とも被ってねぇからやりやすいしよ』と言っている。どっちが誤った……いや、嘘の情報を言っているのか――予想するのは簡単だ。

 つまり、近辺に俺とみーちゃんが担当した所以外、盗賊団なんて存在していなかった。


 おかしい所はまだある。

 例えば、何で一か月も盗賊団を討伐するための部隊や冒険者が派遣されなかったのか……とか。後は、何故、みーちゃんは一人だけ盗賊の男を外に取り逃がしてしまったのか……とか。この作戦は不自然なことが多い。何で今まで気が付かなかったんだろうって不思議になるくらいだ。


 ともかく、そうやって色々思い出して、頭捻って、考えて、そんな事をしている内に……分かった。いや、分かってしまった。


「――そっか……そういう事だったのか」


「分かったみたいだね。今回の討伐作戦がどういう目的で行われたのかを」


「……あぁ」


 駿の問いかけに力なく頷く。実際、力なんて入るはずもなかった。全て、分かってしまったから。今回の盗賊の討伐が何故どういう目的で行われたのか――それを理解してしまった今、色んなものが心や頭を占領していて、体への信号が上手く行き届いていない感じさえ生まれている。


「マジかよ……ははは」


 今度は笑いがこみあげてきた。

 ほんとは笑えない。笑える状況じゃない。でも、笑うしかない。

 だって、そうだろ。そうするしかないだろ。こんなの……さ。


 ――今回の討伐作戦全てが『仕組まれた』出来事だったなんて。


 全てが誰かの手のひらの上だったなんて……腹が立つとかそういう前に笑える。

 しばらくテントの中には、外で降り注ぐ雨と俺の掠れた笑声だけが響いた。


 ひとしきり笑った後、少しだけど気が晴れた。

 おかげで現実を直視する余裕が出てきた気がする。出てきた……かな。余裕。うん。多分、余裕出てきたと思う。


「……今回のは全部俺の為――って言ったらあれだけど」


「ユートは良くも悪くも人を殺す重さを知らないから。それは向こうに着くまでに知っておいてほしいと思っていた」


「そっか」


 駿が言った事は、きっと本音なんだろう。そしてそれは俺にとってもプラスになったはずだ。

 だって向こうに行ってから誰かを手に掛けないといけなくなった時、この辛さを経験していなかったら――多分、俺の心はもっとずたずたに引き裂かれていたはずだから。


 まぁ、これはあくまでも『たら・れば』の話。けど、容易に想像がつく。

 数時間前までの俺は、いざとなったら簡単に人なんて殺せると本気で思っていた。今となっては『アホか』って言いたいぐらいにバカな考えだった。盗賊の男を殺した時、あんだけ動揺してたくせにさ。無知ってのかそれだけ愚かなのかって……正直怖く思える。


「ユート。人を殺すのは怖い?」


「……まぁ、ちょっとは――いや、正直、かなり怖い」


 体にはまだ、あの時の感覚が残っている。何なら、今すぐにでも思い出せるぐらいに。

 それは今までの記憶の中では確実に異質なもので、氷の様に冷たい。思い出すそばから周りを凍らせていって……それがやがて全身に回る。まるで毒のような感じ。それがとても怖い。途轍もなく怖い。


 筋肉の繊維をナイフで切り裂く感覚や、真っ赤な血が自分の身に付着していく度に段々と濃くなっていく鼻を突く鉄の臭いが怖くてしょうがなくて。


 さっき、余裕が出てきたかもとか思ってたけど、なんか無理っぽい。体が冷たい。心が冷たい。視界がぼやけそうで、ぼやけない。


 今、自分が『狂乱』と『静寂』の間を綱渡りしているのが何となく『見える』。どっちに落ちるか、どっちに落ちないか、その間を彷徨っている。どっちに落ちたほうがいいのかとか、そういう判断は付かない。ただ、流れに身を任せるしかないのだと、そう思った。


 ――だから、落ちた。


「じゃあ、美弥の事も怖い?」


「―――っ! ……それだけは、絶対に、ない」


 考える前に答えは勝手に口から出て行った。それは自分でも驚くほどにスムーズで、そのセリフが言えたことに何故かホッとする自分がいる。少し心があったかくて、まるで、自分の胸の内を再確認できたことに安心しているみたいな。自分の信念が曲がっていない事を再認識して、それが胸に火を点けたような……分かりそうで分かりにくい気分。

 ただ、体を重くしていたどんよりとした気持ちが僅かながらに晴れたことは分かる。もっと言えば、胸が少し軽くなった。体も一緒に軽くなった気がする。


 だからきっと、こっち側は『静寂』なんだと理解した。


 そんな俺の様子が表に出ていたのだろうか。


「うん。少し顔色が良くなった」


 と、駿が笑う。


「それに、ユートの本音も聞けた」


 駿の言葉は俺の体に――そして心にスッと入ってきた。


 本音……そっか。今のが俺の本音だったのか。駿に言わされて指摘されるまで気が付かなかった。本音……うん。これが俺の本音。多分、間違いない。


 勿論、断言できるものなんてない。間違ってるかもしれないし、間違ってないかもしれない。そもそも、深く考えてない。でもさ、本音ってそういう物じゃないのか。


 考えるんじゃなくて感じるっていうか。


 計算された言葉じゃなくて、本心むき出しの言葉っていうか。


 心からの言葉っていうか。


 大切なものだけは見失わない信念っていうか。


 色々と思いつくことはあるけど、ともかく、これだけは断言できる。


 今、俺はとにかくみーちゃんに会いたい。

 俺の本音をぶつけて、謝って、仲直りするんじゃなくて、また一から彼女との記憶を作っていきたい。今の彼女を、六年前から変わってしまった彼女を……いつかみたいに抱きしめたい。


 変態みたいな願望だけど……抑えきれそうになかった。

 胸が張り裂けそうな痛みに支配されている。でも、その痛みはさっきまでのそれとは違って、どこか気持ちいい。いつまでも大切にしたいって思える。


「駿」


「何だい?」


「みーちゃんは今、何処にいるか知ってるか?」


 俺のその質問に駿は「ようやくか」と呟くと、


「テント群の外れの大きな木の下にいるはずだよ。丁度、雅と話している最中じゃないかな。ついさっきまで、美弥は落ち込んでたから、雅が慰めてると思うよ」


「なんでみーちゃんが落ち込んでたんだ?」


「ユートに嫌われたんだと思ったんじゃないかな。ずっとそんなことをブツブツ呪詛みたいに呟いてたし」


「そっか……ちょっと行ってくる」


「行ってらっしゃい」


 ――『何処に』とは駿は聞いてこない。地味にそれがありがたかった。


それにしても、周りが見えているようで見えてない……か。確かにそうだ。俺は自分しか見えてなかった。寧ろ、自分さえ本質的には見てなかったのかもしれない。


「明かりは僕が消しておくよ。だから、ぶつけてきなよ。ユートの本音を」


「あぁ。――ありがとう」


 駿に一言お礼を言い、俺はテントを出た。雨はまだ止んでいない。たちまち、全身びしょぬれになる。

 傘でも持ってくればよかったかなとは思ったけど、今は一刻も早く辿りつきたかった。雨はいつか乾く。それに、寒さには強い方だ。


 辺りには誰もいない。皆、夕食後ということで、テントに引っ込んでいるんだろう。そんな雨の音だけが響く夜闇の中――俺は走る。


 一秒でも早く、彼女の元へ。みーちゃんのいる場所へ。















次回で当面のシリアスパートは終わりとなります。

その後はちょっと息抜きパートを挟んだ後、二章のクライマックス。

できるだけ早く投稿できるよう、頑張りたいと思います。


気のせいか、最近、全体的な書き方が結構変化してきているような気がする……。


今回も読んでいただき、ありがとうございましたm(__)m

誤字等あれば教えていただけると幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ