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第八十四話 正解はまだ導き出せなくて

 結局、その後は特に特筆すべきことは起こらなかった。


 元々、俺の模擬戦が終わった後は直ぐに王都を占領されたエスラドへと派遣される者達が出発する予定だったのだ。

 戦争へと赴く面々を見送る為、国王様が集まった人々に対して激励の言葉をかけ、新たな『英雄』として俺自身が壇上に立たされた以外、あまり記憶に残っていない。


 ……いや、違うな。


 俺自身の頭が他の事に容量を割く余裕がない程に、ある一つの事を気にしていた。


『……ユウ君は誰を見てるの? 何を見てるの?』


 みーちゃんが俺に向かって言った一言が頭にこびり付いて離れない。

 気が付けば、いつの間にか頭がその言葉の意味を考えてしまっている。


 ――俺は『誰』を見ている?


 ――俺は『何』を見ている?


 そうやって自分自身に問いかけるが、答えは見えてこない。


 ……いや。正確に言えば、答えは見えているんだけど、それが『正解』なのか確信が持てないのだ。


 あの時の。

 質問をぶつけてきたみーちゃんの視線が俺に問い続けてくる。


 ――俺は『誰』を見ている?


 ――俺は『何』を見ている?


 無意味に思えるような――それでいて、どんな感情よりも一番大事だと思えるような困惑が続く中で、時間は正常に流れ続ける。


 準備が整い、ストレア王国軍は他国の軍と合流する為、エスラド魔王国へと出発した。

 俺もその一員として、用意された馬車に乗り込む。

 用意されたのは、四人乗りの国の重要人物が乗るための高級馬車。


 その中で、俺は考え続ける。


 ――俺は『誰』を見ている?


 ――俺は『何』を見ている?


 その問いに対する正解は、まだ出ていない。











 馬車が揺れる。


 俺も揺れる。


 ――そして。


「で、解体しても良い?」


「良いわけ無いでしょう!?」


 俺の目の前に座っている、魔法師大隊長であるエレーナ・アルシュタインの大きな胸も揺れる。揺れる。揺れまくる。

 思わず吸い寄せられてしまいそうな視線を引き剥がし、視線を馬車の窓の外に追いやりつつ、俺はエレーナさんの質問に突っ込んだ。


「そ、そうですよエレーナさん……」


 そう言ってエレーナさんを宥めているのは、少し大きめのローブ状の服で身を包んだハリエル将軍。相変わらず幼女にしか見えない風貌だが、これで二十五になる男性なのだというのだから、詐欺臭ささえ感じてしまう。


「うむ。相変わらずの外道っぷりだな。流石は『無限の誘惑(ビッグバン)』の二つ名を持っているだけの事はある」


 極め付けがこの人。馬車の中でも相変わらず覆面を取ろうとしない謎の人物こと、ストレア王国諜報部隊隊長のサスケだ。またの名を、中二病ニンジャとも言う(命名:ユート)。

 そんな個性的なストレア王国上層部の幹部三人に俺を加えた四人が、現在この馬車に同乗している面子である。


 何故だろうか。窓の外から見えるのは何てことない草原が続く風景のはずなのに、それがやたらと眩しく見えてしまう……いや、多分気のせいだろう。


「いや、それはサスケが勝手に私に押し付けた名前でしょう」


 俺の心の中の葛藤など知る由も無く、エレーナさんは扇情的な衣装からはみ出した胸の谷間を強調するかのように肩を竦め、そうサスケに言い返す。


 その隣ではエレーナさんの谷間を見て顔を真っ赤に染めたハリエル将軍が『プシューッ』と頭から湯気を上らせていた。初心すぎる。

 しかし、そんな事は日常茶飯事らしく、サスケやエレーナさんはハリエル将軍を心配する様子は無い。俺もこういう光景は既に何度か見ているので、放置しておくことにする。


「ふんっ。我はただ、人の奥底に留まっている心の声を明確に表したに過ぎん。つまり、お主の二つ名は大衆によって形作られた物と同義なのだっ!」


「でもサスケが表したんだったら、サスケ自身の主観が多分に含まれているという事も考えられるんじゃない?」


「―――むっ! そ、それは……」


 一言でエレーナさんに論破され、いきなり挙動不審になり始めるサスケ。覆面を被っているという事もあって、その様子は怪しい人物そのものだった。日本なら一発で通報されてただろうな。

 俺が物騒な事を考えている目の前で、さらにエレーナさんはサスケを追求する。


「それに最近、王都の民衆の間にもその名前が広まっているらしくてね……」


「ギクッ!?」


 サスケの背筋に悪寒が奔ったのが分かった。一方でエレーナさんは口もとに笑みを浮かべている――ただし、浮かべているのは『黒い笑み』であるが。


「この前なんか、王都の行きつけのケーキ屋に行った時に店員の女の子に『無限の誘惑(ビッグバン)様!』って言われたんだけど……ユートはどう思う?」


有罪(ギルティ)で」


「ぬおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおお?!」


 エレーナさんの質問には即答で返しておいた。

 当たり前だ。サスケに付き合って、俺まで解体室に直行する理由も無い。


『一時、休憩に入る! 十分後には再び出発だ!』


 丁度、馬車の外から駿の声が聞こえて馬車が停止する。

 馬車の旅というのは意外と疲れるもので、一日に数回はこうして休憩を取ることが多い。


 俺はこれ幸いと、馬車の扉を開けて外へと避難した。すぐ後ろには身の危険を感じたらしいハリエル将軍が少し青い顔になって付いて来ている。


『待ってくれ! いや、待ってくださいっ?! ―――――――ぎゃあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああぁあぁあぁああああああああああああ?!』


 そして、俺達が降りた馬車から奇声が上がる。それは諜報部隊隊長の者ではないと思えるほどに哀れで……。


 ……中二病ニンジャよ。俺は君を忘れない。――多分。


 心の中で(男性の(さが)的な意味での)尊い犠牲となったサスケに黙とうを捧げた。


「あの……サスケさんは大丈夫でしょうか?」


「多分、大丈夫だと思いますよ。流石にエレーナさんも自分の味方を使いものにしようとするような無計画で衝動的な人じゃないでしょうし」


 不安そうな表情を覗かせるハリエル将軍の質問に答えつつ、すぐ近くに止まっていた特殊な形状の馬車に近づく。それは、周りに数十もの馬車が密集して止まっている中、唯一俺が乗っていた物とほぼ同じ、絢爛さが強調されたデザインの馬車だ。


 一歩。二歩。三歩。――そこで俺の足は前に進まなくなる。


 周りを歩く兵士たちが俺が降りた馬車から発せられる奇声にびっくりして視線を向けていたり、突然立ち止まった俺自身の事を怪訝そうな目で見たりしていたが、そういう周りの反応は全く気にならなかった。


 俺の意識と視線は――その馬車から降りて来た、一人の少女に独占されたからだ。

 それは――黒い髪、そして、その綺麗な肩口で切り揃えられた髪と対比するような純白のローブに身を包んだみーちゃんに。


「…………………」


 あれから――三日前、みーちゃんに『あの質問』をされて以来、俺は彼女と一言も言葉を交わしていない。俺と彼女の間に、険悪な空気が漂っているわけでは無い。


 ただ……どこかみーちゃんに近寄りづらいのだ。

 まるで、彼女を中心としたある一定の距離に結界でも張り巡らされているかのように、俺はみーちゃんに近づいていく度に動悸が激しくなっていく。意味も無く息が上がり、そして――最後には足が地面に張り付いたかのように動かなくなってしまう。

 一定の距離までみーちゃんに近づいて、その距離からボーッとみーちゃんを見続ける。この三日間、そのサイクルだけを繰り返していた。


「本当……何やってんだよ俺は……」


 届きそうで――届かない。言葉にして言うのは途轍もなく簡単だが、実際にそれを物理的に体感するとなると――それは、途轍もなく辛い。


 七夕の織姫と彦星はこんな気持ちだったのだろうか……と、柄にもない事を考えてしまうほどには精神に来るものがある。


 そして何より、この三日間、みーちゃんと視線が合っても彼女の方から視線を逸らされることが多いという事態が、俺の心をより蝕んでいた。

 彼女から視線を逸らされていく度に、視界から色が消えていく――そんな錯覚さえ覚えてしまう。


 この三日間、俺はみーちゃんと喋る事はおろか、視線をまともに合わせてもいない。


 そして――今も、馬車から降りたみーちゃんはチラッとこちらを一瞥すると、すぐに視線を外した。


「あ…………」


 女々しいって事ぐらい、自覚している。

 けど。こんなにつらいとは思わなかった。


 ――いや、自覚していなかったんだ。


 俺が如何に、彼女に依存していたか。彼女に助けられていたか。

 表面上だけじゃない。

 みーちゃんは文字通り、俺の心の支えだったのだと。

 彼女との何気ない会話が。日常が。どれだけ俺に影響を与えていたのかって。


 ――けど。


 それを今、自覚しても遅い。

 俺は今、彼女と心の奥底から分かりあう事が出来ていない。


 ――何より、


『……ユウ君は誰を見てるの? 何を見てるの?』


 というみーちゃんの問いに対する『正解』を導き出せていない。……それが分かるまでは、俺と彼女は分かりあうことは出来ない。そんな気がする。


 ――俺は『誰』を見ている?


 ――俺は『何』を見ている?


「……そんなの、簡単に分かるわけない」


 『自分』は自分で思っているよりも複雑なものなのかもしれない。


 だから、人は悩むし、困りもする。そしてそうやって人は成長していく――そうだと自分に言い聞かせても、心にかかった靄は晴れる気がしない。


 自問自答は相変わらず平行線のまま、そんな俺を乗せた馬車は地平線へと向かって進んでいく。


 ――結局、今日も『正解』は導き出す事はできなかった。













今回も読んでいただき、ありがとうございました!



更新もしたことだし……今日はもうねるぞっ!

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