第八十二話 模擬戦
*この話は二日前に更新した「第八十二話 砕け散る」の改稿版です。
ラストの流れが百八十度変更となったので、再投稿という形を取らせていただきました。改めて読んでいただけると幸いです。
飛び出す。
地面を力の限り蹴り、加速。周りの景色が一気に後ろへと流れ、間合いが急速に縮まっていく。
瞬きをする暇さえない。
両端から食い荒らされていく間合いは一瞬の内に無くなり、コウタと接近。
「――――――――――っ!!!!!」
無言の気合いと共にナイフを一閃。
次の瞬間、『ガキンッ!』という甲高い金属音が場に木霊した。目前のコウタが俺が突きだしたナイフを拳に装着したガントレットで迎撃していた。
ニヤリと。嫌らしい端整な表情が目の前で歪む。
コウタは笑っていた。いや、嗤っていた。俺を……嘲っていた。
相手を見下すような視線。抉る様に俺に突き刺さる。
――心が。俺という人間の価値が削られていく音がする。思わず耳を塞ぎたくなる、俺という存在の奥底から鳴り響く不快な音。
その音を聞いていると、あの時の事を思いだした。丁度一か月前、徹底的にボロボロにされ、殺されかけた。俺という人間が『一回死んだ』あの時の事を。
アルバスに感情の赴くままに蹂躙され、嬲られ、汚されたあの過去。今も鮮明に頭の中に焼きついている。人間、嫌な記憶はすぐに忘れるというが、嫌すぎる記憶は逆に忘れられないらしい。
あの時のアルバスが浮かべていた恍惚とした表情と、今のコウタのニヤリとした表情は――どこか重なって見えた。
首が竦みそうになる。いきり立ちそうになる。逃げ出したくなる。感情のままに相手を殴りつけたくなる。
逃げたいという気持ちと、雪辱を晴らしたいという二つの相反する感情が俺の胸の内を支配する。
けど。そんな中で頭は至って平静だった。
『自分をよく理解し、ハートは熱く、頭は冷静に。あと、諦めない事。最後に気合い』
師匠の教えを思い出して、頭の中を落ち着けた。
腕に力を込め、ナイフを薙ぎ払う。続いて、バックステップで距離を取ろうとしたコウタへの畳みかけるような連撃へと繋げる。急造ながらも、体に染みついた動きに従って左右の腕が自由自在に駆動する。
弾かれても防がれても、手を止めるようなことはしない。
息もつかせぬマシンガンの如き剣舞で斬りかかる。
強いて言えばそれが戦術だ。もう、必勝法と言っても良い。
相手に考える暇を与えなければ、相手のペースに持ち込ませなければ、早々負けることは無い。それが、師匠の教え。
やっている事は、ただそれだけだ。
単純かつ明快。
だけど、今はこれで良い。手ごたえが、敵の表情が――そう教えてくれる。
AGI特化のステータスを最大限に活かし、時折三次元的な動きも取り入れて、斬撃の跡を空中に描いていく。
少しずつ、されど確実に――俺という存在がコウタを追い詰めていく。
「何で……っ! 弱者のてめぇがぁ……!」
コウタが、吠えている。思い通りにならない現状に苛立ちを高めている。
――何故なんだ?
――何故、弱者であるお前が――俺を追い詰めている?
繰り返される問いかけ。目を赤く充血させ、俺を睨みつけている。
それに対する俺の返答は――ナイフの一閃。
「ぐおぉっ?!」
俺のナイフを腕のガントレットで迎撃しつつ、苦しみが滲み出たような声を漏らすコウタ。既に、その体には幾つかの切り傷を付けていた。
確かに、コウタは強い。多分、単純な身体的スペックなら、俺を上回っているだろう。
「だけど……それだけだっ!」
その強さの中には技の駆け引きが無い。ただ、身体的スペックに頼っているだけの、無秩序な攻撃。非効率的で、体を動かしているだけの乱打。コウタの攻撃は外面だけで『中身』が無いのと同義だ。
その欠点はこの場では致命的となる。
何故なら俺は、コウタ自身よりも何倍もの身体的能力を有していて、その上で数多くの駆け引きを会得している師匠に師事を受けていたのだから。
コウタの攻撃を『甘い』と感じてしまう。
無論、その一撃は、直撃すれば一瞬で意識を刈り取られるであろうことは想像に難くない。『ブンッ!』と風切り音を立てて、耳のすぐ横を通過する拳は十分過ぎる凶器だ。
殺意は感じる。緊張感も感じられる。だが、その攻撃からは『脅威』は感じられない。
頬を抉ろうとする左拳も、胸を捉えんとする右拳も、何もかもが――師匠のそれとは比べ物にならない程になっちゃいない。
「付与『AGI・STR』!」
「なんっ……?!」
きっと、コウタは強い。でも、あの人の方がもっと強い。
ならば、そんな師匠をいずれボコボコにすると宣言した俺が――こんな所で負けるわけにはいかない。
だから、勝負を決めに行こう。
もう、あの子の前でみっともない姿を晒さないためにも、勝ちに行こう。
自身を奮い立たせるように付与魔法をかけた。
コウタの交差された腕と俺の両手のナイフ、互いの武器が鍔迫り合いを勃発させる中、俺は付与魔法の発現を意味する緑と赤の輝きに身を包んで――
「はああああああああああああ!!」
気合一閃。
両腕にあらん限りの力を込め、コウタの拳を、その体を押し返す。
盛大に火花が散り、
「ぬおっ!」
コウタは後ろへ体を反らした。
対して、俺は一歩踏み込む。
大きく見開かれた、驚愕を隠しきれないコウタの視線が俺を突き刺す。
「何で……何でテメェがぁっ!」
「これで――終わりだッッッ!!」
俺は――腕を振るう。
一時的に上昇した筋力による渾身の握り拳をコウタの頬に叩き込んだ。
盛大に吹っ飛ぶコウタの体。それはついには模擬戦会場の端までに及び、場を包むように張られている結界にぶち当たって静止した。
コウタの体は――ピクリとも動かない。
『そこまで! この勝負、ユート殿の勝ちじゃ!』
場に国王様の声が響いた。
七十部の後書きで、『あと二十話くらいで二章は終わるかな』なんてほざいてましたが、多分無理です(苦笑)。
あと三十話かかっても何らおかしくありませんね。……いや、本当に長くなりすぎだよ。(;´・ω・)
まぁそれはともかくとして、一章の改稿についてですが、第五部の初クエストと第十七部付近の討伐隊での話を一新しようと思ってます。
書き終わるのがいつかは分かりませんが、その時はきちんと報告しようと思ってますので、よろしくお願いします!
今回も読んでいただき、ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします(*´ω`*)




