第八十話 異常なのは一緒
『転移』を用いて王城へとやって来た俺を出迎えたのは、『勇者』としての正装である純白のローブに身を包んだ少女――みーちゃんだった。
彼女が身に纏っている純白のローブはみーちゃん独特の清楚感をこれでもかというほど増強しており、その中にあって、少し広めに開いた胸元のソリッドがなんとも言えない背徳感を醸し出している。健全な思春期男子である俺は、無意識の内に、みーちゃん――さらに言えば、その大きめの胸元――へと釘付けだ。
(――ちょ、ちょっとチラチラと視線を送るくらいなら……ばれないよな。多分)
チラッ。チラッ。
「……ユウ君、エッチ」
「本当にすいませんでしたぁ!?」
あっさりとその視線がばれていたようで、俺はジャンピング土下座を行使して謝り倒す。直前の、みーちゃんの自分の体を抱きしめるような動作で彼女の胸がより強調され、思わず視線が再びそっちに行ってしまった事もついでに懺悔。
すると、みーちゃんはクスクスと笑い出し、
「……ん。許す。だけど、今度からは他の子にはそんな視線を送ったら……許さないから。色んな意味で」
最後の方だけ、何故か声色が怖かったのはここだけの話。
「あ、ありがとう……?」
色んな意味で――ってどんな意味なんだろうか。少し不安である。とりあえず、今回の件は許してくれるそうだから、こちらとしても異論はない。
それに、女の子に如何わしい視線を向けるのは、誰に対してでも失礼である事には変わりないのである。なので、みーちゃんの『許さない』宣言は真っ当な物だ。こちらが異論を挟めるわけがない。
「……あ、そうだ」
「ん?」
「……ユウ君、おはよう」
「おう、おはよう」
タイミング的に少し遅かったが、短い挨拶を済ませ、俺はみーちゃんに案内されて国王様の元へと向かう。
何でも、正式な模擬戦を行う時は、直前に国王様が本人達の前で『宣言』を行う必要があるらしい。
ちなみに、他の勇者二人――駿と雅はそれぞれの恋人の元を訪れているらしく――っておい、ちょっと待て!
「雅って恋人いたのかよっ!」
「……ん。ツバサっていう、義賊集団の長と付き合ってる。ちなみに、そのツバサはユウ君と同じ転生者で、英雄の一人として数えられてる」
「ま、まじっすか……」
いや、勇者の恋人っていうぐらいだから、それぐらい『特殊』な奴でもおかしくないんだろうけど……義賊で転生者で英雄って、キャラ濃すぎやしませんかね?
「……大丈夫。ユウ君も十分にキャラ濃いから」
「褒められてるのか貶されているのか、よく分からないフォローをありがとう!」
あと、ちょくちょく心の声を読まれるのは何故なんだろうか。謎である。
「……それは、私がユウ君の幼馴染だからだよ」
「そ、そうか……」
『幼馴染』ってそんな事も出来るのか。何か絶対的におかしい気もするけど、ここはファンタジーの世界。そんな不条理も道理となってしまうのかもしれない。
――まぁ、それも今はどうでもいいか。重要なのは全く別の事だ。気になるのには変わりないけど。
「そのツバサってのが英雄の一人って事は、そいつも今回の件に加わるのか?」
「……その通り。とは言っても、ツバサは多分、王都を占領してるっていうドラゴンの方に特攻しかけると思うけど」
「それは……何故に?」
「……さぁ? 私、バトルジャンキーの事はあまりよく分からないから」
「あ、そういうこと……」
つまるところ、そのツバサって奴はアルバスや師匠と同じ人種って事ね。更にキャラが濃くなったなおい。
「……多分、後で顔合わせすると思うけど、普段は気弱だから安心して。異常なのは戦う時だけだし」
俺の少し不安な感情が面に出ていたか、そう言って俺を励ますみーちゃん。
……まぁ、ここでくよくよしててもしょうがないな。
これから一時間もしない内に勇者の一人と模擬戦をしなくちゃいけないんだ。気を引き締めなくちゃな。
――それに
「――異常なのは俺も一緒だしな」
「……ん? 何か言った?」
「いんや、何にも」
みーちゃんの質問をはぐらかしながら考える。
そう、異常なのは俺も同じ。
何故なら、これからどんな形であれ、俺は戦争に向かう。そこでは少なからず命の危機に見舞われるだろう。そこで俺は死ぬかもしれない。
勿論、死ぬのはいつだって嫌だ。師匠やレティア、ユリには死ぬなと言われているし、俺自身もそうするつもりは無い。『死なない』というのは俺の中では決定事項。
だが、今となりにいる少女。俺の中であらゆる部分を占めているこの少女が再び――六年前の時のように俺の目の前からいなくなりそうになった時は――喜んで俺は命をかけよう。そしてその過程で俺が命を落としても、その結果、彼女が大丈夫だったのなら、俺の本望だ。
――という、決定的に相反する二つの想いを抱いているのだから。
これは多分、相当な異常だろう。だけど、そのどちらともが俺の本心であり、願いなのだ。この気持ちを捨て去ることは、今も未来も俺には恐らく出来ない。
――それこそ、『俺』という人格が無くなってしまうという事にならないのであるならば、だが。
「……ユウ君?」
「さぁ、さっさと国王様のとこに行こう。あまり待たせるのもあれだし」
俺はみーちゃんを急かし、国王様が待つ謁見の間へと向かった。
――謁見の間で行われた事はいたってシンプルだった。
集まった貴族たちの前で、模擬戦を行う俺とコウタの二人に祝辞みたいなのを述べ、国王様自らの挨拶。行われた事と言えばそれぐらい。まぁ、これから行う模擬戦については知っている者の方が多いし、特に説明する事はないって事なんだろう。そっちの方が分かりやすくていい。
そして、そんな短い儀式を終えた俺とその他大勢は現在、王城の中庭に集まっている。
無論、俺の実力を図るための模擬戦――その準備の為。
とは言っても、そんな大した下準備をするわけじゃない。
魔法が飛び出していかないように王国の宮廷魔法士たちが結界を張ったり、貴族達も観戦をする為、彼らの座る席を並べたりといった簡単な物である。
そんな中であって、俺は中庭に設けられた待機スペースで精神統一中。邪魔者が入らない自分だけの場所で、集中力を高めていく。肌を撫でる風はどこか心地よく、戦闘直前の独特の高揚感を丁度いい塩梅で保たせてくれている。適度な高揚は絶大な集中力をもたらし、過度な緊張を解していく。
どこまでもどこまでも駆け抜けられそうなほどに体が軽く、その場でジャンプしてみれば、明らかにフットワークが軽くなっているのが感じられた。
(流石に本番直前ともなれば、緊張して動きが悪くなったりするかと思ったけど……)
結果としては、むしろその逆。
――自分で自分の調子が上向きなのが分かる。
適度な高揚。適度な緊張感。それらに付随する集中力。それらが俺の調子を上げてくれているのは間違いない。
この感覚には覚えがある。師匠との卒業試験の時、最後の最後で俺が到達した『あの感覚』と瓜二つ――というかその物だ。思考が鮮明となり、周りの時間の流れが遅く感じる、あの時の感覚。
周りを見回せば、興味深げにこちらを見つめている人々、その一人一人の表情の移り変わりが手に取る様に把握できる。
(――ん? あれは……)
と、そこで俺に近づいてくる一つの人影。
金髪で。背はすらりと俺よりも高く。イケメンで。その端整な顔の中の二つの瞳にはこちらを見通すような強い視線を浮かべている。
その整った造形を持つ俺と同い年くらいの青年が、一歩一歩こちらへと向かって歩いてきていた。
――気のせい、だろうか。
(何かこの視線、感じた覚えが……)
人の心の中まで探ってくるような――だが、決して不快ではない。そんな視線。
これは一体どこで……もう少しで思い出せそう――
「ユート殿……ですね?」
声をかけられた。
目の前には、例の青年。イケメン面がこちらを見据えていた。
「え、えぇ……」
突然の呼びかけに、少し呆気にとられながら答える。
「ずっと、お会いしたいと思ってましたよ」
「えっと……あなたは?」
「おっと、いきなり失礼しました――自分は、ストレア王国侯爵家、マーコイン家の子息。シリウス・マーコインです」
どうやら、このイケメンはこの国の貴族らしい。
そして、気が付いた。
――この青年は、謁見の間で俺の方に強い視線を向けていた人物だ。って事に。




