第七十九話 ツンデレ師匠と鉄仮面少女
今回は閑話的な内容。
ユートが王都に転移した後のほかの人物たちの話です。
丁度ユートが王都へと転移した頃。グリモアの街のギルドマスターの部屋では一組の『親子』がティータイムと洒落込んでいた。
言わずもがな、この部屋の主であるアリセル・クレイヤと、彼女の育ての親であるゴドバルトの二人である。
二人は受付嬢であるアリッサの淹れた紅茶を嗜みながら、部屋の真ん中を占領しているテーブルに置かれたお菓子――前日ユートが手土産として持ってきたクッキー――を摘まんでおり、特に食べ物には目が無いゴドバルトは一心不乱にクッキーを口に運んでいる。
ちなみに、その紅茶を淹れたアリッサは受付嬢としての業務があるという事で既にこの場にはいない。ただ、テーブルの上には紅茶を淹れたポッドが置かれており、そのポッドの魔法道具としての効果で常に温度は高めに保たれている。
そんな優雅(?)な時間が流れる中、用意されたお菓子が無くなったのを確認したアリセルが口を開く。
「――で、あなたはユートに何か言っておかなくても良かったのか?」
「あー、大丈夫だ。言うべきことは昨日の内に既に言ってある。今更同じことを諭す必要はねぇよ。つーか、二度手間になんだろうが」
空になった自分のカップに紅茶を注ぎつつ、ぶっきらぼうに答えるゴドバルト。
「はぁ……そういう所があなたの悪い所だと何度も言っているだろう」
「っるせぇ。男同士のうんちゃらかんちゃら見ても誰も得なんてしないだろうが。こういうのは程々でいいんだよ。程々で」
そのままズズッと音を立てて紅茶で喉を潤し、カップをテーブルに置いた。
カチャリとカップの接触音が鳴り、部屋の中に響き渡る。
アリセルは頑ななゴドバルトの様子を見て、『ダメだこりゃ』と肩を竦めた。
「まぁ……ただ」
「ただ?」
「あいつの飯をしばらく食えないってのは……物足りないっつーか。あれが食え無くなると俺としても困るっつーか」
「ほう……それはそれは――」
少し居心地が悪そうな表情をしつつ、ポリポリと頭を掻くゴドバルト。それは不器用な彼なりの照れ隠しなのかもしれない。もしくは、唯のツンデレか。
どちらにせよ、彼がユートを心配しているという事は頬の赤らみを隠しきれていない事から、誰が見ても一目瞭然である。
「――ったく。ニヤニヤと笑うんじゃねぇよ。てめぇは子供かっつーの」
「まぁ、私はあなたの娘だからな?」
苦し紛れに吐かれたゴドバルトの愚痴にも至って冷静に対応するアリセル。
普段の彼女にとって、『子供』とか『幼女』とか『チビ』という言葉は禁句であるはずなのだが、今は精神的余裕がある為か笑顔で受け流している。
「……あぁ、そうだったな。本っ当に生意気な娘だよ。お前は」
「まぁあなたに育てられたのだから、そういう方向に成長するのが筋ってものだろうな」
「自業自得って事かよ……ったく」
アリセルの余裕の態度を見て、膨れっ面で紅茶を飲みながらゴドバルトはそう呟くのだった。
「『転移』」
黒髪の少年――ユートがそう呟くと、その体は光と共に消え失せ、その光が消えるころにはそこに誰も存在していなかった。
「――行っちゃった」
それを見送った赤髪のエルフの少女――レティアがボソリと独り言のように言葉を口にする。彼女の顔には見送った者の安否を心配する慈しみの表情が浮かんでいた。
「そうだね」
レティアに返事を返したのは、レティア同様にユートを見送った茶髪のヒューマンの少女――ユリ。やはりその顔には憂いの表情が浮かんでいる。とは言っても、こちらのそれはレティアの物よりも悲壮感という感じには程遠かったが。
「ユリちゃん」
「ん?」
薄暗い店内の少しだけ重苦しい空気の中、
「ユート君、本当に帰ってくるよね?」
と、不安を隠しきれないレティア。
対してユリはどこか悟ったような目つきで少し遠くを見つめつつ、
「さっき本人が『帰ってくる』って言ってたでしょ。なら私たちに出来るのは、その言葉を信じて待つことだけよ」
「そっか――そう……だよね」
一つため息。
そうだ。彼は言ってたじゃないか。『短剣は自分の手で返しに来る』って。その言葉を信じないでどうするのだ――と。
高まった焦燥感を治めるかのように息を大きく吐き出す。
――だが、やはり、溜まった不安は消え去らずに彼女の心にはびこり続け――結果、その視線は消えた黒髪の少年がいた場所に固定されたままだった。
その様は、戦地に行ってしまった自分の思い人の無事を願う少女のような物で――
「――レティアちゃん」
レティアの様子を見かねたユリが、レティアの体を強引に自分の方へと向けさせる。続けざま、こちらへと向けられたレティアのおでこにデコピンを一発。
バチンっ! という軽い音が鳴って。
「痛っ……」
思わぬ不意打ちに、レティアは小さな悲鳴を上げる。
そして、突然の暴挙に出た友人を恨めしそうな――おでこの痛みに少しだけ涙ぐんだ目で視線をぶつける。
しかし、その視線をぶつけられたユリはそれを気にするそぶりも無く、逆に強い視線でレティアを見返した。
「いつまでもクヨクヨしてるんじゃないわよ。そんな風にあなたが必要以上に不安がってても、ユート君には何も影響がないのよ?」
「うっ……」
レティアは意気消沈して肩を落とす。
ユリの言葉は疑いようもなく真っ当な物だ。
自分がどうしようと、彼には何ら意味はない。その現実を突きつけられ、恋する乙女として何とも言えない無力感を感じさせられたのだ。
自分には決して届かない領域。届きそうで絶対に届かない場所。もどかしい想いがレティアの思考を一瞬だけ埋め尽くした。
さらにユリの追い打ちは続く。
「それに、レティアちゃんが元気な姿を見せなかったら、孤児院の子供達が心配するでしょ! 自分よりも小さい子達を不安にさせてどうするの」
「うっ……」
ぐうの音も出ない。そんな様子で声を漏らすレティア。そしてそのレティアの目の前で両手を腰に当てて説教しているユリ。まるで親が子を叱っているようにも見える。
ちなみに年齢的に言えば、レティアの方がユリよりも一回り上だ。
だが、そんな事はお構いなしである。
何故なら、少なくとも、レティアよりはユリの方がドライな考え方が出来ていたから。
それはユリ自身、レティア程ユートの事を『大切』に思っていなかったという事もあるし、彼女の実家が冒険者向けの宿屋を営んでいる以上、人の生き死ににそれなりに慣れていたという事も理由にあげられる。
自分が密かに思いを寄せていた『誰か』が出て行ったきり戻ってこなかった――なんてのは幾度か経験していること。
勿論、ユリにも人を心配する気持ちはある。だが、それを正直に面に出す程彼女は直情的ではないのだった。
「ごめん……私、どうにかしてた」
そんなユリの説得に、ついにレティアが折れた。
(――ユリちゃんの言う通りだ。私はただ、ユート君の言葉を信じて待つ事しか出来ない。――なら、せめて、ユート君の言葉を最後まで信じてみよう。……それしか、私のできることは無いんだから……!)
己の目を覚まさせるかのように両頬を挟み込むようにして叩き、力強い意思の籠った視線をユリへと向ける。
そんなレティアを見たユリはもう大丈夫だと判断したのだろう、
「これぐらい、悩める友人の為ならお安い御用よ」
と、無二の友人へ笑いかけて見せる。
その笑顔は一点の曇りも無く――
(――ユート君、無事で帰って来て――)
自分の心境を相手に悟らせない、『彼女らしい』笑みだった。
知っている方もいるかと思われますが、OVLの二次は落選してしまいました……。
――というわけで、タグは「ネット小説大賞」のものへと移行。諦めが悪い作者ですが、これからも頑張っていきたいと思いますのでよろしくお願いしますm(__)m
今回も読んでいただき、ありがとうございました(*´ω`*)
次回もよろしくお願いします!




