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第七十六話 超えて見せろ

 口火を切ったのは、師匠からだった。

 魔法による浮遊状態を保ちつつ、神速の速さで間合いを殺してくる。


(『魔法複合』発動)


『どの魔法を複合させますか』


(『風魔法』『付与魔法』)


『魔法の複合を開始します』


 俺はそれを、『魔法複合』を発動させつつ迎え撃つ。


「――ふっ!」


 師匠の鋭く、無駄が無い一撃。しかも、師匠の握っている片手剣は勇者の聖剣にも匹敵するという業物。一方で俺の両手のナイフは紅蓮聖女(アぺフチ・カムイ)のダンに作ってもらった一種のオーダーメイド品で、武具としてのランクはそれなりに高い。だが、流石に伝説級の武器とそう何度も打ちあえる品物では無いことも確かだ。そして、こっちのナイフは既に師匠の片手剣と一、二度ほど鍔迫り合いをさせている。今は何ともないようだが、いつ刃こぼれしてもおかしくなかった。


「いいぜ! 俺の弟子なら、師匠(おれ)くらい超えてみやがれっ!」


 凶悪な一撃が肩口に迫ってくる。……どこか嬉々とした掛け声とともに。


(くそっ! 相変わらず師匠容赦がねぇ!)


 師匠のどこか嬉々とした様子に、脳裏で一瞬アルバス(狂乱モード)を思い浮かべつつ、迎撃の体勢を整える。


(真正面から師匠の斬撃を弾くのは無しだ。武具に負担が掛かりすぎる……やっぱ一番無難なのは受け流しか)


 瞬時に判断。ナイフを構える。

 相変わらずの腕力によって放たれる鋭い斬撃を、ナイフに負担が掛からないようにしつつ、後ろへと受け流す。

 ガガガガッ! という金属同士が擦れ合う甲高い音が耳元で響く。その上、僅かながらに摩擦面で火花が散った。


 そこからは、息もつかせぬ斬り合い(ラッシュ)


 俺は少しでも師匠の防御を破ろうと。師匠はそんな俺を叩きのめそうと。

 互いが相手の隙を伺い、攻めたて、受け流し、回避し、師匠は獰猛に笑い、俺は苦い表情を浮かべる。

 視界の内外関係なく、まるで将棋のベテラン棋士のようにこちらの取れる選択肢を少しずつ狭めていく師匠の戦い方は厄介極まりない。しかも、その攻撃一つ一つが一撃必殺の威力を秘めているのだからより質が悪かった。


 師匠の攻撃を受け流し弾く度に、金属を殴ったような衝撃が腕へと伝わる。


 戦況は俺が圧倒的に不利。

 それでも俺は諦めず、集中力を切らさずに師匠の攻撃を一つ一ついなしていく。


 唯々、師匠の動きだけを視界に収め、僅かでも師匠が攻撃の予兆を見せればそれに対応できるように油断なく観察する。


 勿論、その間も頭の中の魔法のイメージを崩さないよう、細心の注意を払う。残り時間はほとんど残っていない。これで『魔法複合』に失敗すれば、俺の勝ち目はほぼ無いと思ってもいいだろう。正に、正念場だった。


 だからこそ。


 ――さぁ、思い出せ。


 この一か月間、目に焼き付けた師匠の動きを。


 殴られ、蹴られ、斬撃で負わされた痛みの数々を。


 そして何より、師匠やみーちゃんが語った戦闘の極意を。


 頭が急激にクリアになっていく感覚。

 かと言って、何も考えていないわけじゃない。寧ろ、その逆。

 頭の中で膨大な処理をしているのに、それらを全て制御できているのだ。


 調子がいい……のとは少し違う。どちらかと言えば、頭の中で使いきれていなかった「ナニカ」に手をかけた。そんな感じ。

 そのおかげか、いつものように何も見えないまま害意に反応するだけでなく、完全ではないにしろ俺自身の目で師匠の動きを捉えることが出来ている。


 師匠の右手が駆動。空中に浮いていて上手く力が込められない代わりか、腰や肩を最大限に活用しての鋭い一撃。今まで見えていなかった体全体の動きが容易に目で捉えられる。

 予備動作の時点から師匠の次の行動を把握でいていた俺は、今までにはない程余裕を持って師匠の斬撃へと対応する。具体的には、わざと斬撃をギリギリで躱し、ほぼタイムロス無しでこちらの攻勢へと移ったのだ。


 体が異様に軽く、無駄な力を入れることなく放たれたその一閃は、間違いなく過去最高の一発。


 だからこそ、それを感じ取ったのだろう師匠は少し表情を引き締め、


「この場面で『そこ』に踏み入んのかよ」


 と呆れ気味に――それでいてどこか嬉しそうな声色で呟き、真後ろへの小さなステップ。


 その首筋ギリギリのラインを俺のナイフが通過する。しかし師匠はそんな状況にもかかわらず一切顔色を変えない。

 こちらからの攻撃を弾かれるでもなく、受け流されるでもなく、『バックステップ』で回避されたのだ。


 師匠の言葉を借りれば、『バックステップ』での回避とは、他の選択肢を取れない「本当にヤバい」時か、相手の攻勢が続き、その流れを止めたい時のみに使う。そんな迎撃方法なのだという。

 そして戦闘における上級者である程そういう傾向は強い。相手から距離を取る、間合いを取るという事は、即ち今までの流れを切るという事と同義だからだ。


 だからこそ、自分が流れを掴んでいると感じているときは多少相手から反撃を食らったとしてもいい流れを切らさない為にバックステップではなく、その場で弾くか、バックステップ以外の方法で回避するかという方法を取る事が多い。

 ただし、逆に相手に流れを持っていかれている時に安易にバックステップで流れを途切れさせようとするのは下策だ。攻めている方からすれば、相手から距離を取らされるという事は自分の流れを切られるという事なのだ。そんな事を許すわけもない。


 ――まぁ、つまり何が言いたいのかというと。


 師匠がバックステップを選択したという事は、少なからず俺は師匠に対して優勢を取れているという事。そして、師匠はその流れを変えようとしている。

 無論、いつも意地悪い師匠の事だ。この行動が一種の『ブラフ』である可能性は十分にある。


(だけど……多分今回のは違う)


 そう直感で感じ取る。

 それならば、もう遠慮はいらない。次の瞬間には俺の足は地面を蹴って更に師匠に切り込みをかけていた。


 同時に、俺の頭の中に待ちわびていたあの声が響く。


『―――加護魔法〈風〉を取得しました』


 そして、声と被せるようにして、俺の頭の中に新しい魔法が浮かび上がる。

 それは師匠を打破しうるもの。俺にとっての唯一の希望だ。

 故にこの魔法を使う時は考えなくてはいけない。一回この魔法を見せれば、次には師匠がそれに対応してくるという事は今までの模擬戦で経験済みだからだ。


 ――だが、それと同時にこの魔法を使う事をそう悠長に先延ばしに出来ないのも事実。


 チラリと、一瞬だけ時計の方に視線をやる。その針が差しているのは十一時五十九分。残り時間は一分を切っていた。


(もう、迷ってる暇は無い!)


 そう判断した俺は師匠を攻めたてつつ、新たに得た魔法の詠唱を開始する。


「世の理は破壊するもの、世の定めは破るもの――」


 斬り払い、薙ぎ払い、突き。その全てがすでに体勢を立て直していた師匠に迎撃されていく。だが、打ち払われる剣先の勢いをもを利用して、俺はナイフを振り続ける。


「世を縛る鎖は我の前では無と化す――」


「また新しい魔法かよ……ったく、お前は本っ当にメンドクセェ奴だなっ!」


 俺が口にしている魔法詠唱が全く新しい物だと気づいた師匠が、強めに俺の斬撃を弾き(パリィ)。二度目のバックステップ回避を選択。大きく俺から距離を取る。その時、僅かに体勢を崩しかけた俺は一歩踏み出すのが遅れ、師匠との間に明確な十メートルの間合いが生まれる。

 流れを完全に断ち切られたのだ。


「深き森より来たる、風精霊シルフの名のもとに――」


 相対する。


 そんな中で師匠は笑っている。恐らく、それは俺も同じだろう。詠唱を行いながら、口角が上がるのを抑えきれなかった。

 心臓が暴れ狂い、バクバクと忙しなく脈を刻んでいる。それが緊張ゆえか、それとも激しい戦闘ゆえかは分からない。ただ、そのような些細な事にまで気を回せるぐらいに落ち着いていることは確かだった。


 余計な雑音、景色が気にならなくなる。意識が戦闘という一点に集約し、戦闘という一点に特化していく。情報が無意識の内に精査され、選別され、不要な情報は自然と抜け落ちて――ここに来て、俺は自分が最高の状態にあることを確信する。


「我の武に風の加護を――」


 ――そして、二人同時に地面を駆った。


 両端から食い殺されていく間合い。あっという間に二人の距離はゼロになる。

 そんな中で、俺は――右手を突きだして咆哮を上げる。


「『ウォーター』!」


 それは、唯、水を出すだけの基本水魔法。

 しかし、それだけの効果だとしても、意表を突つくことさえできれば目つぶしぐらいには使える。


 俺の突きだされた右手のひらから勢いよく水が飛び出し、師匠の顔にかかる。


二重詠唱デュアルコマンド』。


 今まで詠唱していた魔法のイメージを頭の中で固定したまま保留(ストック)し、そこから別の魔法の詠唱を行う高等魔法技術。みーちゃんからこっそりと教わり、今まで実現できなかったその技能をこの土壇場で成功させる。


「―――――――――――っ!?」


 師匠の表情が、初めて驚愕で歪められる。

 僅かだが、その剣先が鈍った。


(ここだ――――――っ!)


 その隙を逃さず、低空飛行で跳躍。そしてナイフを翻らせる。

 無論、師匠とてSランクの化け物だ。次の瞬間には迎撃の体勢を整えている。師匠を動揺させられたのはたった一瞬のみの出来事だろう。

 だが。たった一瞬。されど一瞬。


 普通なら、俺と師匠が同時に振りかぶれば、その剣を振る速度の違いでどうしても師匠の剣が俺を斬りつける方が早い。だが、こと今回に限って言えば、その一瞬の違いによって俺の斬撃の方が僅かに早く相手を斬りつけることができる。

 それを師匠も理解したのだろう。だからこその迎撃の構え。


 そんな師匠に対し、俺はナイフを持った右手を大きく駆動させながら――再びの咆哮。


「『風妖精(ウェポンエンチ)の加護(ャント・シルフ)』!」


 『二重詠唱』によって保留としていた新魔法を発動。

 風を切り裂く右手のナイフに風の加護が与えられる。


 ナイフの刀身が緑色に輝き、空中に深緑の軌跡を残す。


 風の加護の効果は三つ。

 加護を与えられた物を一時的に軽量化。

 加護を与えられた物の所持者のAGIを一時的に増強。


 その二つによってナイフを振り切る速度が上昇(ブースト)し。


「―――っ!」


 目先十数センチでの急激な速度変化に対応しきれなかった師匠の胴体目がけて、緑の閃光が叩きこまれる――


 しかし、その直前。


 自分に斬撃が到達すると判断した師匠が動いた。

 咄嗟に身を引き、俺渾身の一撃を躱したのだ。


 俺と師匠の体が何の抵抗もなく交錯する。緑の軌跡が糸を引き、虚しく消える。


 だが、それだけでは終わらない。


 俺が振り返ると、師匠もまたその体をこちらへと向けていた。


 そして。


 ポタリポタリ――と、俺の目の前で師匠のわき腹から鮮血が地面に垂れ始める。


 その脇腹には薄い斬撃痕が刻まれている。


 風の加護の三つめの効果――一時的にナイフの刀身から衝撃波かまいたちを所持者の任意で発生させられるようになる――によって、浅い浅い一撃を加えていたのだった。


 そして次の瞬間、『ゴォーン!』庭の時計が十二時を――試験終了を告げる。


 それと同時に師匠が


「合格だ」


 と、言い放ち口角を上げて笑う。


 ――最後の最後に、俺の攻撃が師匠に届いたのだ。












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