第七十三話 自分に問いかけて
「よぉ、よく逃げないでやって来たな」
アリセルの家にやって来た俺を迎えたのは、そんな師匠の一言だった。
「逃げるも何も……前日にあれだけ脅しがかった念押しされれば、誰でも来ますって」
ニヤリと思わず殴りたくなるような笑みを浮かべる師匠に、呆れながらツッコミを返す。
もし、ここ一か月の訓練で師匠の煽りに対する耐性ができていなければ、思わず手が出てやられ返されてたかもしれない。
っていうか、試験に来なかった時のペナルティが『俺の家の隣に世にも奇妙な呪詛ばかり売っている店をオープンさせる事』って、地味すぎるが、かなり嫌な嫌がらせだ。師匠らしいと言えば師匠らしい。
「ま、そんな事よりもさっさと試験始めるぞ」
師匠がそう宣言し、俺が頷く。
「まずは、試験の内容だが……単純になんでもありのルールで俺と一対一の模擬戦をしてもらう。範囲はこのアリセルの庭全体。まぁ、いつもやってる事と全く一緒だな」
「分かりました」
「そして、試験の合格基準も簡単に俺に一撃加えるってのが条件だ」
「いやいや……俺自身、この一か月で未だに師匠に一撃を入れられてないんですけど?!」
それどころか、一方的にボコられてるまである。
日を追うごとにレベルが上がってステータスも上昇していることは確かだ。だが、それ以上に師匠が強すぎる。初日と比べればそれなりに張り合う事は出来るようになった気もするが、それでも俺と師匠の戦闘経験に差がありすぎるため、あんな手やこんな手で常に師匠のペースに巻き込まれてしまうのだった。
正直、俺が師匠に攻撃を当てるというビジョンが全く見えてこないのである。
なので、簡単にと評された難問につい突っ込んでしまう。
すると、師匠は何故かキリッとした表情をこちらに向け、
「んなもん、俺の弟子なら根性と気合いで何とかしろ」
と、突き放したように精神論を口にする。やはり、その言い分はネトゲのレベリングの根性論に似ている。
「……了解です」
多少不満がないでもないが、どんなに訴えかけた所で師匠が意見を変えることが無い事を理解している。それに、師匠に『お前ならやれるだろ?』というような挑戦的な表情を向けられ、俺としてもしっぽを巻いて逃げ出したくなかった。その為、不承不承ながらも師匠に同意する。
そんな俺を見て、師匠は珍しく引き締まった表情を作り、
「んじゃあ、始めるか」
そう呟き、
「はい!」
俺も師匠に返事を返した。
お互い十メートルほどの間合いを開け、庭に向かい合わせにスタンバイ。
ちなみに、今日は出発前日という事で、みーちゃんはこちらにいない。ここには俺と師匠の二人だけ。勿論、家の中にはアリセルの家で雇われているメイドさんがいるが、そちらを気にする必要は無い。庭だけを独立させるように強力な結界が張られているためだ。師匠が全力を出せば流石に結界は破れるだろうが、俺程度の攻撃では、この結界に傷をつけることもないだろう。
「いいか、ユート。俺は今までよりも全力に近い力で相手する」
「?!」
「それでも、お前なら一発ぐらいなら俺に攻撃を当てられるハズだ」
「気楽に言ってますけど、俺としちゃ絶望しか感じないんですけど!」
「大丈夫だ。自分を――そして、お前を鍛えた俺やミヤを信じろ。……それとも、ここで諦めて、コウタに『やっぱり役立たずだったんだな』って言われる方がいいか?」
「! ……分かりました。やってやりますよ!」
そこまで言われてしまえば、俺としてもそう答えるしかない。
俺は無理やりにでもテンションを上げ、腰に吊るしていた鞘から刀身の短いナイフを抜く。
師匠は俺が覚悟を決めたことを悟ったか、
「少しはいい面構えになったじゃねぇか」
と口角を少し上げる。
同時に、背中に差していた片手剣を抜き放つ。一目で業物であると分かるその剣は、勇者である駿が使っている『聖剣』と同等レベルの武具であるらしい。
師匠はそんな剣を構え、こちらに聞こえない小さな声量での高速詠唱によって魔法を行使。空中にその身を浮かべた。
そして、その鋭い剣先をこちらに向け、
「ユート。俺は師匠として未熟な弟子を戦場に送ることは出来ない。よって、弟子だからって余計な手加減をかけることは無いって事だけは先に言っておく」
「はい」
師匠の宣言に返事を返しつつ、俺は思う。
師匠は言っては何だが、『不器用』だと。
傍から見れば、理不尽で無理難題を押し付けられているようにしか見えないかもしれない。……まぁ実際にそうである事は否定しない。
だけど、これはきっと、師匠なりの気遣いなのだろう。
昔、自分の大切な人を失ったからこその行動なのだ。
「んじゃあ、始めるか」
師匠のその一言で、俺達二人の間に流れる気配が一変する。
即ち、師匠と弟子の会話という穏やかな物から、敵同士あるいは対戦相手という緊迫した物へと。
ヒリヒリとした戦闘時特有の緊張感が肌を刺し、意識しない所で段々と戦闘本能が高揚していくのが感じ取れる。
(――だけど、それだけじゃダメだ!)
高揚していくだけでは、師匠に――それも、いつもよりも実力を発揮するという化け物に一撃を当てるなど、夢のまた夢だ。
今の俺に必要なのは、『自分の実力を限界以上にまで引き出すこと』。その一点に尽きる。
搦め手を使うのも一つの手だろうが、そもそも『搦め手』は相手よりも戦闘技術の引き出しが多い時に有効な方法だ。師匠にその戦闘技術を仕込まれた俺のそれが師匠を上回っているはずもない。
では、『自分の実力を限界以上に引き出す』為にはどうすればいいか。
この事に関しては何度か師匠からヒントを貰っている。
曰く、
『自分をよく理解し、ハートは熱く、頭は冷静に。あと、諦めない事。最後に気合い』
という事らしい。前半はどこかで聞いたようなフレーズ。後半はネトゲのレベリング理論と、名言のパクリのオンパレードみたいになっているのはスルーだ。
これを言われた当初、ぶっちゃけると俺は言われた事の意味がよく分からなかった。
しかし、今は何となくだがこの事が理解できている。
(――まず、自分の内面に集中する)
今日の調子はどうか。緊張はしていないか。感情はどうだ?
そのようにして、一つ一つ自分に問いかけていく。
まるで、深い海の奥底に沈んでいくように。『自分』という存在で体を隅々まで満たしていく感覚。勿論、この間も師匠の事は警戒したまま。
自分を制御する内面に目を向ける『自分』と、周りを警戒する外部に目を向ける『自分』。その二つに自分の意識を分ける――というのが一番近い表現だろうか。
唯、俺がこの感覚を理解できるようになったのはここ一週間ほど前から。完璧にその行程を実行できているわけでは無い。
だが――今の俺に出来る精一杯でやるしかない。
「そんじゃあ、いくぜっ!」
そう一声を上げ、急激な加速によって発生した砂煙をその場に残し、超高速で動いて俺の視界から消える師匠。
一か月前の俺なら、絶望的な状況であることは間違いなかっただろう。
「――――っ!」
しかし、一か月の訓練によって俺の感覚は大きく研ぎ澄まされている。更に、元から俺自身に備わっていた、『自分への害意を感じ取る』という第六感もその精度を増していた。
そして、大きく伸びたステータスやスキルレベルにも助けられ、俺は何とか師匠の動きを察知することが出来ていた。
限界まで抑えられている師匠の『害意』を辿る。どうやら、師匠は俺の周りを囲むように高速で移動しているようだった。師匠は空中に浮いていて足音などは響かない為に分かりにくいが、よく目を凝らせば視界を何やら黒い影が一秒に一回というハイペースで横切っているのが分かる。
そして、こういう所でも自分の成長を感じる。訓練前の俺なら、今の師匠を知覚することは不可能だったはずだ。
「――そこ! 『ショックボルト』!」
ついに、俺の感覚が完全に師匠を捉える。
丁度、俺の真後ろから師匠が飛び出し、こちらへと間合いを詰めているのを感じ取った。
即座に俺は、後ろを振り向き、『風属性魔法+接続魔法+地属性魔法+空間魔法』で取得した『雷魔法』で迎撃。
『詠唱』という工程をすっ飛ばし、一流魔術師にも引けを取らない発動速度を実現させた対個人最速の魔法が師匠へと襲い掛かる。
しかし、
「お前の覚悟はそんな物か?」
その師匠の声は、俺の後ろから降りかかってきた。
今回も読んでいただき、ありがとうございました(*´ω`*)
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