第七十二話 守るよ
今回も短め。
まるで、時が止まったかのような感覚。頭が真っ白になる。
そんな中で、みーちゃんの周りだけが正常な時間を刻んでいるかのように。
「……友達はユウ君と同じ転生者だった」
そう語るみーちゃんの頬には、僅かながらも涙の跡が。その跡は、みーちゃんが服の袖で拭った事によって消し去られる。
「……友達は――彼女はとても優しい子だった。知り合って間もない、人見知りの私を同郷の人間だと言って、温かく接してくれた」
それでも、みーちゃんの頬には感情が溢れた跡が刻まれ続ける。
一言一言、言葉を吐き出すたびに増える跡。いつしか、袖で拭うだけでは跡が誤魔化せなくなる。
「……でも、彼女は――ユナはミコイルに連れ去られて奴隷にされた」
止めろ。
そうみーちゃんに言いたかった。
ここまで聞けば、もう、話の結末は理解できる。
これ以上、この事を喋るのは、彼女にとっても辛いことだと理解できる。
何より、彼女の表情が悲しそうに歪むのが見ていられなかった。
「もう、分かった。もう分かったから……だから、もう話さなくても――」
「……ううん。最後までしゃべらせて」
しかし、この幼馴染の少女はそれを拒否した。
「……私がこれまで何をして来たのか。私がこの六年間、どうやって生きてきたのか。それをユウ君には知っていて欲しい」
「――分かった」
結局、みーちゃんの言葉に俺の方が折れる。
本人が喋りたい、知ってほしいと言ってきているのだ。彼女の為にも、何よりも自分の為にも最後まで聞く決心を固める。
俺が頷くのを確認したみーちゃんが話を続ける。
「……ユナは連れ去られるとき、『私が美弥に私の力を向けたときは、美弥が私を殺して』と言っていた。だから、ユナは私が自分の手で――」
「……そっか」
務めて、何気ないような返事を心掛ける。
それは、ここで必要以上に彼女を慰めるのも、そして同情するのも、その決断を下したみーちゃんに『失礼』だと思ったからだ。
当事者でも何でもない俺に出来ることと言えば、こうして彼女の要望に従う事ぐらい。
改めて、何も出来ない自分に歯がゆい思いが湧き出るが、それも今は押さえつける。
そして、そんな俺の横で、涙で顔を僅かに赤くしたみーちゃんが懐を漁り、一つのペンダントを取り出す。
「それは?」
「……死ぬ間際、ユナが私に渡した忘れ形見」
そう俺の質問に答えつつ、みーちゃんはそのペンダントを大事そうに右手で握りしめる。
「……あの時、ユナは泣いてた。私と一緒にいる時は絶対に泣かなかったユナが始めて私の目の前で泣いてた」
その光景を思い出しているのか、目を静かに瞑るみーちゃん。僅かに目元から溢れ出した雫が、彼女の頬に一筋の跡を作る。
「……『やっぱり死にたくないなぁ』って呟いて、泣いてた」
みーちゃんが目を開け、こちらを見る。
「……もう、私はユナみたいに自分の大切な物を失いたくない」
それは紛れもなく、彼女自身の心の声。彼女自身の望みだ。
絶対に貫き通すと訴えかけてくる、普段の彼女からは連想できないその強い視線に、俺はハッと息を呑む。
「……私は私から大切な物を奪って、今も私から大切な物を奪おうとするミコイルを許さない」
そんな彼女の声色は儚くも、力強い。
そしてみーちゃんが儚げに笑う。
「……だから、ユウ君がこっちに付いて来るって言った時、とても心配だった」
「みーちゃん……」
「……でも、同時にホッとしたかも」
「それは、何で?」
「……ユウ君が近くにいてくれれば、私がいつでもユウ君を守れるから」
目元をゴシゴシと擦りつつ、みーちゃんは言う。
「……ユウ君は私が守るよ。絶対に」
放たれたその言葉に、俺は息を詰まらせる。
いや、言葉だけじゃない。
いつの間にか、みーちゃんは前傾姿勢になっていて、俺の方にグイッとその幻想的なまでに整った顔を近づけていた。
僅かに服の隙間からそれなりに豊かな胸の谷間が覗き、その谷間は俺の胸板に押し付けられることによって柔らかく潰れている。
みーちゃんから発生しているのか、良い香りが鼻を突き、脳裏に甘い刺激が奔った。
何よりも、彼女の強い視線が俺の心臓の鼓動を際限なく加速させていく。
結果、俺はみーちゃんに頷くのみという反応を返した。
それで話が終わったのか、みーちゃんは立ち上がる。
風が吹き、彼女の肩で切り揃えられた髪がさらわれた。
「……さ、今日の訓練を始めよ?」
時計を確認すれば、もうみーちゃんとの訓練を開始している時間を十分ばかり過ぎていた。本来であれば、みーちゃんとの模擬戦をしたり、『魔法複合』で新しい魔法を開発している頃である。
「あぁ」
俺はみーちゃんに短く返事を返し、ベンチを立った。みーちゃんは庭の方へと移動する為、俺に背中を向ける。
そして、
「みーちゃん!」
そんな背中に俺は声をかけた。
「……何?」
俺の声に反応して、みーちゃんはこちらを振り返る。彼女の黒髪がサラサラと揺れた。
「俺、守られるだけじゃないから!」
伝えたい気持ちがある。守りたいものがある。
伝えるなら、言うなら今だ。そう思った。
俺の言葉に、みーちゃんは目を大きく見開く。
「俺も、みーちゃんを守るよ。絶対」
「……ん」
みーちゃんはさっきまでとは違い、本当に嬉しそうに笑ってくれた。
その時の彼女はまるで一つの絵画のように美しく、可愛く。
――少し赤らんだ頬も。
――恥ずかしいのか、手をモジモジさせる仕草も。
この世の物とは思えない程に愛おしい。
「……ユウ君、突然の不意打ちは卑怯」
「みーちゃんだってさっき言ったじゃないか。その時は俺だって少し恥ずかしかったんだぞ?」
「……むぅ」
みーちゃんが少し頬を膨らませるが、そこに怖さはない。寧ろ、少し照れているからか、小動物的な可愛さが際立っている。
そんなみーちゃんに、思わず俺はニヤニヤしてしまう。
「……もう、早く訓練始めないと、今日の訓練無しにするよ?」
「ゴメンゴメン」
不機嫌気なみーちゃんの脅しに、俺は即座に白旗を上げる。
今の俺にとって、戦闘力の向上は、朝起きて直後の王城でのポーション作成、午後のダンジョンマスターとしての仕事の二つに並ぶ最優先事項だ。
僅かな時間、僅かな効率でも無駄にするわけにはいかない。
(……それに、みーちゃんを守るってのも、師匠やコウタとの試験を突破しないといけないしな)
油断は禁物だと自分に言い聞かせ、頬を叩き、みーちゃんの後を追って、俺も庭へと向かう。
――そうして時間は流れ。
――訓練最終日。師匠の試験の日がやって来た。
今更ですが、今回と前回のを分ける必要はあったのだろうか……
今回も読んでいただき、ありがとうございました(*´ω`*)
次回もよろしくお願いします




