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第七十話 弟子六号

 次の日から、師匠の訓練は今まで以上に厳しくなった。


 どのように訓練が厳しくなったのかというのを具体的に言えば、訓練を始めた当初のような「近接戦闘のみ」の模擬戦から、「互いに魔法使用ありのフリースタイル」に変更したという所だろう。

 ちなみに、師匠は魔法を使えるようになった事によって、今までの「鬼強い」から「べらぼうに強い」に難易度が上がっている。何故なら、片足のみしかない師匠は戦闘時の高速移動手段として、魔法を使って僅かに空中に浮くからである。

 軸足もくそも無いハチャメチャな攻撃コンボには滅多打ちにされる事待ったなしだ。


 そして、それは今も。





「おらおらぁ! その程度じゃ、あの勇者にやられちまうぞ!」


「くっ……ああああああぁぁぁぁぁああ!!」


 何とか師匠の攻撃を受け流し、そのままこちら側の攻撃につなげる。

 相手の片手剣での攻撃をナイフの側面を滑らせることによって後ろに受け流し、そのまま体を反転。その勢いを利用して鋭い一撃を浴びせた。

 師匠の体は剣を振ったことによって完全に――とまではいかないが、前に乗り出すように伸びている。本来なら、この攻撃は師匠の体を横に切り裂くはずであった。


 しかし、その攻撃は完全に師匠に読まれていたようで。


「甘い」


 その素っ気ない一言と共にいつの間にか体勢を戻していた師匠が、俺渾身の攻撃を先ほど俺がしたように片手剣で後ろに流し、そのまま俺の目前で一回転。その間は瞬きの時間も無い。

 いつの間にか、残像さえ残らない程の速度で俺の首筋に師匠の放つ一閃が迫ってくる。

 その鋭い剣先が俺の喉を切り裂こうとした時、ギリギリのところで攻撃したほうとは逆の腕に握ったナイフの刃先をすべり込ませることに成功。だが、それでも勢いは殺せずに、真横に吹っ飛ぶ。


「ぐおぉ?!」という、傍から聞けば哀れこの上ないであろう悲鳴を上げ、地面に激突し――だが、そこは今までの俺じゃない。


「―――ふっ!」


 地面に激突しそうになった瞬間、手を地面に突き、勢いを殺すと同時に手首や肘、肩を曲げて受けるダメージや負担を極力少なくする。更に、今度は勢いに逆らう事なく地面を派手に転がった。その影響でアリセルの庭の地面に敷き詰められている砂が派手に舞い上がる。が、俺自身にはそこまでダメージは及んでいない。

 地面を派手に転がりながら、逐一受け身を取ることによって衝撃を地面に分散させているからだ。


 そして、ある程度転がる勢いが弱まった所で再び腕を地面に突き、曲げた腕間接全てを連動させるようにして伸ばす。それによって発生した運動エネルギーは腕一本で俺を持ち上げ――擬似的な跳躍。地面には足から着地し、すかさず右手を師匠に突きだした。


「『バーニングブレス』!」


 みーちゃんとの訓練中に新たに「魔法複合」で取得した「熱風魔法」――「風属性魔法」と「火属性魔法」を複合して得た魔法――の初級魔法を放つ。

 前に掲げた手のひらに俺の魔力が集中し、放出。それは一瞬の内に真っ赤に熱の籠った風となり――――師匠に向かって射出される。

 ゴォォォオオオオ!! と赤い魔風が吹き荒れ、髪を激しく揺らした。


 初級魔法と銘打ってはいるが、その威力は軽く中級魔法にも届く。

 ただ、破壊する事。敵を排除することだけに特化した魔法。


 ――だが、それでも師匠には届かない。


 師匠は自分に向かってきたその熱風を受けてなお、平然とした表情でその場に留まっていた。


「くそっ!? 師匠って、やっぱ化け物だろ!」


 よく見れば、師匠は何か薄い膜の様な物を自分の体の周りに張り巡らせ、それで熱風から身を守っている。

 相手の魔法が発射されてから自分に到達する一瞬の間にそれが出来るというのは驚愕の一言。やはり、師匠は正真正銘の化け物だ。


 それを理解した俺は、この攻撃では師匠に有効打を与えることは不可能と判断。

 実行中の魔法を終了し――その瞬間。


「だからユート」


 後ろから聞き慣れた声。既に、師匠の姿はさっきまでの位置には無かった。


 ――まずい! 裏を取られた!?


 そう冷や汗を流したのも束の間。


「てめぇは気を抜きすぎだ」


 師匠の呆れ声と共に、後頭部に衝撃を食らう。師匠にげんこつで頭を殴られたのだと、最近の経験から予測できた。


「痛えぇぇぇぇええ?!」


 殴られた衝撃が余すことなく脳に伝わり、何とも言えない激痛が奔る。

 そのまま、頭を抱えて地面をゴロゴロゴロゴロ。

 師匠がそんな俺を見てゲラゲラと笑っているのが横目に見えたが、今は心の深い奥底から湧いてきた屈辱感をグッと堪える。


(後で絶対泣かすっ)


 そんな事を心の中で誓いつつ、本当にそんな事が出来るのか少し不安にも感じる。

 師匠との訓練を始めて早二週間以上が経ったが、俺の攻撃はまだ一度も師匠に届いていない。それどころか、師匠は「俺が死なない程度」に手加減する余裕まで見せている。

 本当に底が見えないと思い知らされる。


 でも、だからこそ「俺はこうありたい」と、素直に師匠を尊敬できる。


 ……まぁ、性格は意地悪いし、結構適当な所もある。ってか、そういう一面を見せる場面の方が多い。


 けど、この人の実力は本物だ。それに、いざという時には本当に頼りになる。


 ――本当に性格は意地悪いんだけど。


「おいユート。何か今、失礼な事を考えてなかっただろうな?」


「エ、ナンノコトデショウカァ……?」


「何でそこで片言になる」


 しらばっくれる俺に、師匠は怪訝な視線を向ける。そんな師匠に対し、俺はニッコリと笑って無害ですよアピール。

 それをしばらく維持していると、師匠がため息をつき、


「ま、その話は横に置いておくとしてだ」


 と話題を変えた。師匠はそのまま言葉を続ける。


「今日初めて、訓練で魔法も交えて格闘戦をやってみたわけだが、どう思った?」


「師匠は固すぎると思います。俺の貧しいINT値で師匠の防御を抜ける気がしませんでした」


 さっき、俺の『バーニングブレス』を受ける時、師匠は魔法で自分の周りに膜のようなモノを張って身を守っていたわけだが、正直に言えばそれが必要なのかも怪しい。

 例え、俺の魔法が奇跡的に師匠に直撃したとしても、かすり傷程度の怪我ぐらいしか与えれらない。そんな想像が容易に出来てしまうのだ。


「ま、それは誰でも百五十年も生きてレベルを上げまくってればいつかは到達する領域だからな。悲観するほどの事でもねぇよ」


「俺みたいな人族はそう百五十年も生きてられませんよ。その三分の二も生きればぽっくりと死にます」


「そこは気合でなんとかしろ」


 と、俺に対して無茶ぶりを言い出す師匠。どこか、その師匠の言い分はネトゲでレベルを上げるための極意に似てる気がする。


「取りあえずそんな事よりもだ」


 相変わらずの師匠のぶっきらぼうさに俺が苦笑していると、流石にばつが悪くなったか、師匠は頭をガリガリと掻き毟りながら話を変えた。


 あ、逃げたな。まぁでも、そこを追求しないのが俺の優しさである。


 そんな事を考えつつ、俺は師匠の話に耳を傾ける。


「お前――本っ当にバッカだよな」


 ブチッ。


 俺の中で鳴っちゃいけない音が鳴った気がした。

 思わず、頬がピクピクと痙攣を始める。


 だが、俺はそれでも怒りが爆発することは抑える。師匠は何やかんやで人は小ばかにしたりはするが、それでも、人を無意味に罵倒するような悪い人物ではない……ハズだ。多分。


 そう。そうに決まってるのだ。だから耐えろ俺! 徳川家康もそうやって天下を取ったんだぞ!


 俺が心の中でそのような葛藤をしているとは知る由も無い師匠は、


「まず、近接戦においての魔法の使い方がなっちゃいない」


 と、俺の弱点を指摘する。


「お前は相手と切り結ぶ合間に魔法を放って一種の牽制として使ってるが、その牽制に使う魔法のチョイスがナンセンスすぎる」


 その後も続いた師匠の話を要約すれば以下の通りになる。


 近接戦闘のように、相手との距離が近い時に、先ほど俺が使った『バーニングブレス』のような面攻撃を前提とした広範囲魔法を使うのは危険なのだという。


 その理由としては範囲攻撃の常として、敵単体に対する与えられるダメージが少なく、防御にある一定以上の自信があるものならば、その少ないダメージを物ともせずに突っ込んでくる場合があるという事。そして、範囲攻撃の派手なエフェクトによって、こちらの視界が限定されてしまう事が多いという二点が挙げられる。


 前者では、牽制として放っているはずの魔法が牽制としての役割を果たしていないし、後者の方はこちら側へのデメリットが大きすぎる。


 これでは、百害あって一利なし……とまではいかないかもしれないが、少なくとも危険であることは確かだ。『牽制」とは、相手をこちらのペースに誘い込むための土台作りのような物。その段階から博打を打ってしまえば、命が何個あっても足りない。


「って訳だから、次の模擬戦からは、出来るだけ自分の視界を確保できる、規模が小さくて一発の威力が高い魔法を使ってみろ」


「はい」


 師匠の適切な指示に、一も二も無く頷いた。


 で、実際にそれを実行してみた所、師匠に対する迎撃は格段にやりやすくなっていた。


 確かに、範囲魔法から規模の小さい高威力魔法に変えたことにより、師匠への魔法攻撃は当たらなくなっていた。だが、その分視界は見やすくなり、例えばさっきの模擬戦のように戦闘中に師匠を見失うという事は大幅に少なくなっている。


 勿論、それだけで師匠に勝てるわけじゃない。


 相変わらず攻撃は師匠の肌に掠りもしないし、反対に師匠の攻撃は直撃は許さないまでも確実にこちらの血肉を削いでいっている。


 しばらく模擬戦を続けてボコボコにされ続けていると、あっという間に師匠との訓練終了の時間が迫って来ていた。

 時計を確認した師匠が片手剣を鞘にしまう。それに習い、俺も戦闘態勢を解いた。


「よし、まぁこれで、近接戦闘における魔法行使のド基礎部分は習得できたわけだな。おっと、だからって浮かれんじゃねぇぞ。これくらい、説明すれば赤ん坊だってゴブリンにだって出来ることなんだぜ?」


「わ、分かってますよ!」


「本当か? 本当に本当か? 後で泣きついて『ここをもう一度教えてください師匠~』なんて言っても聞いてやらねぇからな?」


「俺は子供ですか!」


 ここ最近はお馴染となっている師匠のおちょくりに、俺がムッとしながら言葉を返した。


「あぁ、子供だ――そう、俺の大事な……弟子だ」


 ――その時の師匠は一瞬……ほんの一瞬だけ、どこか儚げな表情を作ったように思えた。


「……師匠?」


 どうかしましたか?


 俺がそう問いかけるも、その時には師匠はいつものようなニマッ、とかニヤッという表現が似合っている笑いを浮かべており、


「ん? どうかしたか? 早くも、俺の愛の籠った指導が恋しくなったか?」


「んな訳ないですよ……もう」


 結局、師匠の真意は聞くことができなかった。


 俺がため息を吐くと、時計を再び確認した師匠が「これで今日の鞭は終わりだな。後は、幼馴染同士の飴の時間って訳だ」と場を茶化しながら庭を去って行く。

 そして、アリセルの家の敷地を完全に出る直前、何かを思い出した様に師匠が肩越しに振り向いた。


「あ、そうそう。お前とコウタの決闘の前日の訓練の時間に、『卒業試験』すっからな」


「卒業試験ですか?!」


 試験という、聞いただけで(頭脳的な意味で)嫌な感じになる言葉に一瞬で不安に陥れられる俺。そんな俺を見て師匠は、人をおちょくる時特有の笑いを浮かべ、


「当たり前だろ? 俺が直接鍛えた弟子六号なんだ。人様の前で無様な負け方をしないよう、最低限の実力が備わったかぐらいの確認はするに決まってんだろうが」


「う……分かりました」


「そう嫌そうな顔すんな。大丈夫だ。その時は割れ物を扱う時みたいに丁重に扱ってやるっつうの」


 と師匠は言うが、それなら、そのこちらを不安にさせるような「怖い笑顔」は止めて欲しい。思わずちびりそうになってしまう。


「まぁ、そんな訳で、これからはその卒業試験に受かれるよう、ビシバシ鍛えていくからそのつもりで」


 そう言い残し、今度こそ師匠は去って行く。


 俺はその師匠の背中を見つめながら、別のとある事を考えていた。


 それは、さっき師匠が言っていた「弟子六号」という言葉について。


 師匠が今まで鍛えた人物は、俺が知っている中では五人。

 駿、雅、みーちゃん。そして、最近知った事なのだが、師匠とグリモアの街のギルドマスター・アリセルは義理の親子関係にあるらしい。なので、アリセルもある意味師匠の「弟子」なのだろう。そして、最後に俺自身。


 これで五人だ。


 俺が「弟子六号」の言葉通りに六番目の弟子ならば、後一人、俺以前に師匠に師事を受けていた人物がいるということになる。


 さて。それが一体誰なのか。


 今の俺の中に、その何てことないはずの疑問が引っかかる様にして残っていた。










今回も読んでいただき、ありがとうございました(*´ω`*)


引き続き、IFストーリーの案を募集中。

IFストーリーは別枠で短編として、年明けに公開する予定です。


それでは、次回もよろしくお願いします!

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