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第六十九話 英雄になってくれ

 かつて、この世界には「ステータス」という物は存在していなかった。


 では、この「ステータス」はどのようにして生み出されたのか。

 それは、とある一人の少年が作り上げた、「この世界」を包み込む結界が原因だと考えられている。


 この「世界」というのは、勿論、この星が、とか、この宇宙が、という意味では無い。

 「世界」が存在している次元その物を指している。

 次元を繭のように結界が包んでいるのだという。

 そのようにしてこの世界自体を包み込んでいる結界が、ステータスを生み出し、維持し、俺たちはそんなステータスの恩恵に与っている。少なくとも、そう言い伝えられている。


 では、そんな偉大なステータスを生み出した「とある少年」とは一体何なのか。


 元々無かったステータスを生み出したその少年は――そもそも人間なのか?


 この問題は、ずっと世界中で議論され続けている。


 ある者は、その少年とは異世界からやってきた「転生者」だと言った。

 またある者は、その少年は神界より光臨した一柱の神だと言った。

 またまたある者は、その少年は実は人の言葉を理解出来る、考えられない程の――それこそ、ドラゴンよりも遥かに格上の魔物であると言った。

 出てくる意見は様々であるが、どれもがこの世界の常識外にある存在だという一点においては一致している。


 例の「少年」に関して残っている記述が、十五歳程の外見をしていたという事だけしか無いという事がそのような事態を招いているのかもしれない。


 それはさて置き。


 この謎の多い「少年」であるが、ステータスという存在を生み出したこと以外にも、彼が行った事が二つある。


 一つが、魔法の詠唱文の原型となる物を考案した事。


 元々、ステータスが無かったため、人々は自分の所持しているスキルを把握することが出来なかった。そのため、スキル「無詠唱」を所持している者達以外は、自分が魔法を使える才能がある事にさえ気が付くことは無かった。


 しかし、その状況はステータスの存在により一変する。


 例え、「無詠唱」が無くとも、人々は自分たちに魔法を扱う才能がある事を知ることが出来た。そして、そんな中で「少年」がスキル「無詠唱」が無くとも魔法を使えるようにと生み出したのが「詠唱文」という訳である。


 まぁ、当時考案されたそれは、現在では一節だけで済む基本魔法(ただ水を出す、火を灯すだけの最も簡単な魔法)でさえ、二十節は唱えなくてはいけないような、かなり無駄が多い物だったらしい。


 そして、少年が行ったもう一つの出来事。それが「英雄」についての予言である。


 ストレア王家に代々伝わっている、古き時代を伝える家宝の書物には、その少年の予言が記されている。


『人々が争う混沌の時代が訪れる時、異世界より来たりし六人の黒髪の英雄が、世界に秩序を齎す』


 本来の予言はもっと仰々しいらしい。それを要約するとこのようになる。

 つまり、この予言によれば、世界を巻き込むぐらいの大きな規模の戦争が起きた時、異世界人――召喚者や転生者六人が戦争を終わらせる要になる。そういう事らしい。






「――つまり、俺に戦地で『英雄』として旗手の一人になってくれと。そういう事ですか?」


 国王様の話を聞き終えた俺は、そう質問した。


「端的に言えば、そういう事になる」


 そんな俺に対して、国王様は真剣な表情で頷いた。

 確かに、その役目ならば、俺はあくまで連合軍の「象徴」としていればいい。

 自分たちに正義はある。そう人々に思わせるだけで、兵士たちの指揮は否応にも無く上がるんだろう。


 で、極めつけに「英雄」である俺自身が回復役としてみんなの傷を治すことで、「聖女様のご加護」というセナジーも生まれるんだとと思う。俺は女じゃないから、「聖女」じゃなくて「聖者」の方が合ってる気がするけど。


「ユート殿、いきなりの頼みで戸惑うのも分かる。勿論、今ここで答えを聞けるとは思っておらん。じゃが、世界の秩序の為にも一考してはくれないだろうか。勇者達と共に世界を救ってはくれないだろうか」


 国王のその言葉に、周りに集まっていた人々の視線が俺に突き刺さる。

 その視線に圧倒されそうになる。

 それは、色んな人の感情や興味が込められているから。その事をヒシヒシと感じる。


 そして同時に、この国王様は途轍もない食わせ者だと思い知らされる。

 俺がみーちゃんと同じところに辿りつきたいと望んでいる事を知っていて、国王様は「勇者と共に」という言葉を使った。


 つまり、先ほど国王はこう言ったのだ。


『お主が参加してくれれば、曲がりなりにも幼馴染達と同じ舞台に立てるのだ』と。実際、それを証明するかのように、国王様の双眸はこちらの内心を伺うかのように俺を見つめてきている。


 ここまで言われれば、男として降りるわけにもいかない。ここで降りてしまえば、その望みを断念したと思われてもしょうがないからだ。


 表面上はあくまでも「頼み」という形に留める。だが、その裏では相手の思慮深さを推し量りつつ、相手が断りにくい状況を作る。しかも、相手にも自分にも大きなメリットを用意。

 これらをたった数分の内に済ませてしまうとは、食わせ者以外、どのように表現できるというのだろうか。流石、大国を――多くの民をその背に背負うリーダーという事なのだろうか。


「――分かりました。俺もエスラド王都奪還作戦に同行させてください」


「それは誠であるか!」


 とりあえず、一つ言えることと言えば、俺はこの誘いを断ることはないという事。


「……ですが」


「――?」


 しかし、それだけじゃない。

 国王様の頼みを100%聞く訳じゃない。


「俺は回復役としてではなく、王城に侵入する部隊の方に組み込んでもらえないでしょうか?」


「なんと!」


 その時の俺は、もしかすると悪戯が成功した子供のような表情をしていたのかもしれない。


 俺の言葉に、国王様だけじゃなく、謁見の間に集まっていた人々までもが騒然とした。あちこちでこそこそとした囁き声が聞こえる。どうやら、俺の思惑を図り切れていないらしい。


「皆の者、静まれ!」


 そこで、いち早く立ち直った国王様が部屋の人々に声をかける。途端、騒めき立っていた声がぴたりと止む。

 会場内を落ち着かせた国王様は再び俺に視線を向けると、こう俺に問うた。


「それは、ユート殿一人が望んで申しておるのか? それとも、誰かから依頼されている? どちらだ?」


「この提案が、俺自身の本心からの願いであることは確かです。ですが、これは同時にエスラド魔王国第一王女、ニーナ・エストラル・エル・エスラド殿下より承った望みでもあります」


 そう、昨日、俺はニーナから二つの頼みを受けた。


 その一つが、俺がニーナと一緒にエスラドの王城に侵入する事。


 これは、今回の作戦の要にもなっている「ダンジョンコア」が大きく関係している。


 そもそも、ダンジョンコアはそのダンジョンコアを核としているダンジョンを管理している「ダンジョンマスター」と、魔王族の血を引く者にしか、その真価を引き出すことは出来ない。

 その真価とは、「ダンジョンコア」という形状を維持したまま、中の魔力を取り出すための「起動」という作業。これが出来なければ、ダンジョンコアを『ダンジョンコアから魔力を抽出する装置』にかけたとしても、膨大な魔力をダンジョンコアから得ることができ無いのである。


 更に、ダンジョンマスターは誰でもなれるわけでは無い。

 ダンジョンを自分で作るか、あるいは魔王族の血を引く者に一つのダンジョンの一代につき、一人だけ任命されるかの二通りしか、ダンジョンマスターになる方法はない。

 また、任命の方でダンジョンマスターになった場合、その者が死ぬまで同じダンジョンのマスターを指名することは出来なくなる。なので、俺があっさりとダンジョンマスターに指名されたのは、本当の意味で緊急事態だったからというだけでしかないのだ。よっぽど事態が緊迫していたとも言える。


「そのニーナ姫の依頼というのを詳しく聞いても?」


「……いえ、ここでは秘密主義に引っかかると言いますか」


 しかし、この事はおいそれと大人数の前で話すわけにはいかない。


 ダンジョンという存在の本当の姿を広めてしまえば、必ずそれを悪用しようとする人物が現れるだろう。ダンジョンコアという莫大な再利用可能な魔力エネルギー。それは人の欲望を掻き立てるには十分過ぎる魅力があるのだから。

 そして、その事実を知っているのは、この場では俺と国王様だけ。他の貴族たちの耳に入れることは出来なかった。


「ふむ……そう言えば、コアの起動自体はユート殿でも出来る……か」


 俺の曖昧な返しに、その事を思い出したか、国王様は呟いた。

 勿論、そんな国王様の言葉を完全に理解できる者は俺以外にはいない。皆、一様に首を傾げて見せていた。

 やがて、自分の中での結論が出たらしい国王様がこちらを見返す。


「分かった。ユート殿の望みを条件付きで受け入れようと思う」


「……その条件というのは?」


 条件付きではあるが、同行が認められそうなことに内心安堵しつつ、それでも表情だけは緩めないようにして国王様に問いかけた。


「うむ。ユート殿、勿論のことだが敵の懐に入るという事は、それ相応の強さを求められる事でもある」


「はぁ、それもそうですね」


「そこでだ。ユート殿、お主には当日誰かと模擬戦をしてもらい、そこでユート殿が王城に潜入する部隊に成り得るかどうか判断したいのじゃ」


「―――!」


 つまり、自分の力は自分で証明しろって事なのだろうか。

 その強気とも取れる国王様の条件に、俺は勿論、謁見の間に集まっていた人々がどよめきを発生させる。

 そんな中、国王様は何かを探すように部屋を見回した。


「――して、その際、ユート殿の相手を務める者が必要になるわけじゃが」


「それは、俺がやる」


 俺の対戦相手を募った国王様の言葉に、真っ先に返したのは――奴だ。


「ほう、お主はこのような事には興味が無いと思っておったがな?」


「唯、自分の力を勘違いしている役立たずに現実を教えてやるだけだ」


 そう傲慢な言葉を吐きながら、一人の男が進み出る。


 それは、凶悪そうな面に嗜虐的な笑みを張りつけた勇者・コウタだった。


「自分の力を勘違いしてる……だって?」


 いきなり罵倒されたからか、普段とは比べるまでも無い程に冷え切った声が口を突いて出た。


 実際、俺は何故かこの目の前の男に今まで感じたことも無い程の嫌悪感を感じていた。それは、師匠達との訓練の時に感じる「害意」を察知した時とは比べ物にならない程の「違和感」。まるで、この勇者が発している俺に対しての「害意」の大きさに俺自身の体が反応しているかのようだ。


「当たりめぇだ! お前みたいな負け犬が俺でさえ組み込まれてない侵入部隊に配属されるに足る実力があるわけがねぇだろうが!」


 コウタはそう主張する。


 故に、俺は――この転生者は勇者である自分よりも弱いのだと。そんなことがあるはずが無いのだと。


 それを聞いて、思わず俺の頭に血が上る。


 何より、『負け犬』と言われたのが思ったよりも俺の心を抉った。

 踏みつけられ、蹂躙されたあの時の記憶が、嫌でも思い出されるからだ。


「転生者だ? 当代最高の調合師だ? ふざけんじゃねぇ、俺は、俺はてめぇみたいな腰抜けとは絶対に違う! 違うぞ!」


 尚も、コウタは主張し続ける。


 その様は、まるで主張し続けることで自己暗示をかけているようにも見えるだろう。


 だが、俺はこの時、久々に言われた罵倒に自分でも驚くほど怒っていた。


 ここまでストレートに罵倒され、貶されたのは六年前、みーちゃんがいなくなった直後からだろうか。あの時は、みーちゃんに密かに思いを寄せていた同級生の男子たちに口々にみーちゃん失踪の責任を押し付けられたものだ。


 俺とコウタの間に一触即発の空気が横たわる。

 王城の衛兵達がそれを見かねて、緊張した面持ちで俺たちに介入しようとした。


 その時。


「おい、このバカ坊主が」


 そんな気の抜けた言葉と共に、俺は後ろから伸びてきた手に頭をしばかれる。


「あ痛っ! って、し、師匠! いきなり何するんですか!」


 俺が後ろを振り向くと、そこには師匠が立っていた。周りの人々は、いきなり姿を現した師匠に驚きの反応を見せる。が、当の本人である師匠は俺を見るなり、ため息をついた。


「――ったく。お前の精神年齢は幼児以下かっつうの。少しおちょくられた程度で心を取り乱してんじゃねぇよ」


「――ぐっ」


 師匠の尤もな指摘に、一言も言い返せない俺。

 更に師匠のお小言は続く。


「それに、何度も言ってんだろ。敵に直接害意をぶつけんじゃねぇ。お前ほどのレベルで害意を感知できる奴は中々いないにしても、そんなバレバレだったら、あっさりとお前の鈍い攻撃なんてかわされんぞ」


「……はい、分かりました」


 手を挙げ、降参の意を表す。この人には、武力でも口でも勝てる気がしなかった。

 そんな俺の様子に一通りは満足したのか、師匠はその双眸をコウタにも向ける。


「てめぇも、色々と言ってくれたみたいだが、俺からすりゃ、てめぇもこいつ(ユート)も脅威としちゃ大差がねぇ。同様に雑魚だ。好き勝手言ってると――恥かくぞ?」


 いつの間にかコウタの傍まで一瞬で距離を詰めた師匠が、そうコウタに言い聞かせる。師匠の手は手刀の形でコウタの首もとに添えられていた。微妙に――それこそ限界まで細くなるぐらいにまで隠された殺気が、逆に俺の背筋をゾワリと震えさせる。


 そんな師匠の動きは最近はずっと彼の下で戦闘訓練を行っている俺でも辛うじて目に映ってくれるかといったぐらいに速く、


「――――っ! ……チッ」


 そんな師匠に、流石のじゃじゃ馬(コウタ)も手を挙げざる負えない。


 コウタが大人しくなったことを確認した師匠は、殺気を消し、自然体に戻り、国王様の方を見た。


「……さて、いきなり入ってきちまって悪かったな」


「何、気にするでない」


「そっか。で、さっき少し小耳に挟んだんだが、内のユートとこの野郎が決闘するらしいじゃねぇか」


「小耳に挟んだも何も、師匠はずっと部屋にいたんでしょ?」


 師匠の無理がありすぎる言葉に、思わずツッコミを入れる。

 現在進行形で考案された件をこの部屋以外の者が知っているはずが無い。嘘をついていることがバレバレだった。


「んなもんどうでもいいだろうが。それより、王様よ。決闘はこの二人にやらすのか?」


 俺と接するときと変わらない口調で師匠はそう国王様に確認を入れる。


 本来非常識なはずの態度だが、それを見ている周りの貴族を含めた人達は苦笑することしか出来ない。


 権力や、時代の流れさえも受け付けない。それがSランク冒険者である師匠の真骨頂でもあるのだから、今更口調を直せと言ってみた所で無駄だと理解しているんだろう。


「あくまでも『決闘』では無く『試験』なんじゃがの」


「呼び方なんてどうでもいい。どっちだろうが、このユートは俺が鍛えるんだぜ?」


 相変わらず、自信満々な様子で師匠が言う。


 いや、戦うのは師匠じゃなくて、俺なんですけどね?

 まぁ、毎日師匠と戦っていれば並大抵の敵に負けることは無くなるかもしれないけどさ。


 一方で、国王様は師匠が自信満々にそう言ったのが余程おかしかったのか、


「ククク……なるほどな。確かに、それならば心配はいらないだろうな」


 笑いながらも呟き、そして椅子から立ち上がり、


「皆の者! 作戦決行日当日、ユート殿の『試験』を行う事をここに宣言する!」


 そう、謁見の間にいたすべての者に宣言するのだった。


 その間、コウタは俺を睨みつけ、俺はそれを極力無視していた。









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