第六十六話 闇の胎動
今回は結構大量に伏線を張る回。少し無理やり感がありますが、そこはご容赦いただけると有難いです。
一方その頃。
ストエア王国の隣に位置し、エスラド魔王国の隣国でもある聖国ミコイルで、一人の老人と一人の青年が顔を合わせていた。
「――では、エスラドの王都は連合軍の侵入と同時に手放すと?」
青年が老人に問い掛ける。
その言葉遣いは丁寧だが、老人に対しての敬意はさほど見て取れない。
しかし老人はそんな青年の様子に気にすることもなく、問いに頷いた。
「そもそも、あそこを占領したのは奴らがエネルギー源として使っておるダンジョンコアを入手する為。そして、最後の素材を手に入れる為。本来は侵攻と同時に両方とも手に入れる予定だったが……」
「実際に入手できたのはダンジョンコアのみ」
「そういう事だ。だが、慌てることはない。直に最後の素材は向こうからやって来てくれる」
そう、自分のはやる気持ちを押さえつけるかのように呟きながら、老人は懐から魔法的処理がなされて、中身が劣化しないように加工された二本の瓶を取り出す。
それの中にはドロッとした真っ赤な液体が入っている。
老人はそれを恍惚とした目で見ながら、
「亜人族である、エルフの姫。そして、獣人の姫の血は既にわが手に」
「残るは、魔王族の姫の血のみですか」
「そうだ! 悲願はすぐそこなのだ! そして、こういう時こそ欲張ることは禁物である!」
老人は青年に「各部隊に命令だ」と告げる。
「ストレアの王都は敵の侵入を確認し次第、退却準備。エスラドの姫を確保。または姫の血液を入手できた時点で王都は放棄と各部隊に伝達しておけ」
青年は老人に恭しく一礼し、
「はい。……では、こちら側に取り込んだあやつはどのように?」
「おぉ、そういえばそのような者もおったな」
青年の言葉に、今思い出したというような様子を見せる老人。
「そうだな……では、まず、カトレア、ミジェラン、アルバス、マグチュール、ムーンの五人を向こうへ送れ。そして例の奴にはこれをくれてやる」
そう言って、老人が何かを青年に手渡す。
それは、拳大ほどの大きな結晶だった。
「これは……」
「魔力を吸収する結晶を少し改良した物だ。作動させれば対象者を自身の中に取り込み、そ奴の魔力を吸い上げて拘束し続ける……常に魔力を回復させ続ける、奴の目標を確保するには丁度いい玩具だろう」
「分かりました……ですが、このような物を奴に渡してもよろしいので?」
青年の伺うような質問に老人は、ふん、と鼻を鳴らし、
「あんな奴など、もう既に使い物にならんだろう。奴は一年前、お前によって恐怖という恐怖を叩きこまれている。こちらを裏切ればどのようになるか……嫌というほど理解しているだろう」
「なるほど。それもそうでしたね」
「何を言っている。それはお前が一番理解していただろう」
「さぁ、それはどうでしょう」
「相変わらず、食えん奴だ。忌々しい」
そう呟く老人だが、その表情に変わりはない。目の前の青年に対して何も思っていない……いや、何も思う必要が無い。そんな顔をしていた。
「まぁいい。伝達は明日までに済ませておけ」
「了解しました」
「それが終わり次第、お前はここで待機だ。今回の戦いにはお前の出番は無い」
老人のその言葉に、初めて青年が怪訝な表情を見せる。
「しかし――」
「これは命令だ。今、お前をここで失うわけにはいかない」
「……では、お言葉ですが、私は決してあなたの部下ではありません。あなたに私に対しての命令権は無いはずですが?」
そこで、初めて感情を表に出す青年。少し睨みつけるように老人に視線を向けた。
しかし、老人はその視線を意に介した様子も無く。
「無論、忘れてはいない。だが、巫女よ。お前に今、ここで消えてもらうのは少々都合が悪すぎる。だからこそ、お前を向こうへと行かせることは出来ない。……お前はわしを利用して己の願いをかなえる。わしはお前を使って願望を実現する。それが成り立っているからこそ、この計画も、この関係も成り立っている事を理解しておけ」
「……分かりました。そのように」
少し悔しそうな表情を作ったが、次の瞬間には無表情に戻った青年。
しかし、老人の言葉からも分かるように、その実態は美少年に見えてしまう中性的な顔のつくりを持った少女だ。
「シュン、ぼく達の再会はもう少し後になりそうだ」
自分にだけ聞こえるような小さな声量で、少女が呟く。
そして、そのまま老人に一礼し、少女はその部屋を後にする。
――と、少女が部屋の扉に手をかけたその直後。
「もう一つ。手を打っておくことにしよう」
老人が少女を呼び止めた。
「どのような手を?」
「今度の一戦を終えた後、連合軍はこちらへと攻めてくることは確実だろう。その時に、ストレア王国のグリモアの街にシュミ―ゲルを送れ。但し、これはあくまでも、例の者が手こずった場合で良い」
「あくまでも保険だと?」
「そういう事だ」
「承知しました。では、私はこれで」
そう返事を返し、少女は今度こそ部屋から出ていく。
「もう少しだ……」
少女が出ていき、老人一人になった部屋の中。老人が独り言を零す。
「もう少しでわしは――」
まるで、何かに憑りつかれたかのようにその声色はドロッとしており、
「――神になれる」
そう語る老人はまるで怪物のようだ。
瞳がどこまでも混沌と鈍く光っていた。




