第六十三話 路線変更
まず、一つ深呼吸。
意識を目の前の師匠に集中させる。
「よし、まずは魔法でも何でも有りで良い。俺は体術と剣術だけで相手すっから、一発俺に入れてみろ」
「はい!」
師匠の指示に頷き、頭の中でイメージを強く意識しながら――
「『フレイムアロー』!」
魔法を放つ。
酸素を送り込み温度を高めた青い炎の矢が三本、師匠へと飛んでいく。
並みの魔物なら、軽く殺せるだけの熱量を秘めた魔法。
「――――フンッ!」
だが、それを師匠は軽く剣を一閃させただけで打ち払って見せた。
勿論、俺だってこの程度の攻撃でこの人に攻撃を加えられるなんて思っていない。その心構えができていたからか、結果に驚くことなく、次の手に移ることができた。
「『プラントバインド』!」
まずは、中級土属性魔法である『プラントバインド』で師匠の行動を制限させる。この魔法は対象の足元から延びた伸縮自在な蔦で相手の行動を制限させるというもの。『ダンシングプラント』の様に、その場に蔦などの植物が無くても発動可能な為、少しMP消費が大きい魔法であるが、その拘束力はかなりの物だ。
「『ミスト』!」
そして、ドラゴンとの戦いでも使用した目くらまし用の魔法を使い、師匠の視界の自由を奪う。
「『狭範囲高性能探知』! 『ストーンガトリング』!」
最後に、探査魔法で師匠の位置を割り出し、そこへ向けて全方位からの拳大の石の礫をお見舞いした。
次々と『ミスト』によって発生した霧の中に突貫していく石の礫達。その数は大体百に届くかという所。
一つ一つの大きさは『ストームバレット』による物よりは小さく、威力も低めではあるが、その手数と弾速は『ストームガトリング』の方に軍配が上がる。
圧倒的な面制圧力。それがこの中級土属性魔法『ストームガトリング』の神髄。
視界が効かず、行動が制限されている上に、元々は面制圧用の大火力を一点に集中させて攻撃しているのだ。普通なら、これで大抵の敵は沈む。
あのゴブリンキングでさえも、完全に息の根を止めることは叶わなくともボロ雑巾のようにする事はできるだろう。
――そう。それは相手が「普通」なら、の話ではあるが。
「―――――――――――――――っ!!!」
俺が今、相手にしている存在は――師匠は「普通」じゃない。言うならば「化け物」――駿やアルバスと言ったような奴らと同じ存在なのだ。
『ストーンガトリング』による弾幕が終わりを迎えた次の瞬間、突如、空気を切り裂いたかのような烈風が巻き起こり、霧が晴れた。
その中から現れたのは、無傷な体のままで剣を振りぬいた体勢の師匠。
『プラントバインド』による拘束は既に解け、師匠の足元には引きちぎられたように小間切れになった蔦が散乱していた。
それだけでは無い。
師匠の足元には緑色の蔦だけでなく、無数の灰色の石が転がりまくっていた。そのどれもが、やすりをかけられた直後のように滑らかな断面をさらけ出している。
そう、師匠は己に向かって飛ばされてきた百にも及ぶ石の礫を斬ったのだ。
蔦による枷を瞬時にぶち破り、視界が最悪で満足にステップも踏めないような最悪な状況な中、恐らくは視界以外の別の感覚――それこそ、第六感等も動員させて自分に向かってくる石の礫を感知し、それら全てを一本の剣のみで一刀両断。
――およそ、人間技ではなかった。最早、別の「何か」の境地だ。
そして、何よりも凄いのが、その境地の片鱗を見せながら、至って自然体のままでいる師匠そのもの。
――底が見えない。
――まるで、永遠と続く深淵を覗き込んでいる様だった。
「よぉし、大体ユートの力量は理解した」
師匠が剣の構えを解いた。それに習って俺も自然体に戻る。
「ユートよ、お前の力量についての俺の所感だが……悪い所と良い所の二つがある。どっちから聞きたい?」
「――じゃあ、悪い所からで」
「分かった。悪い所ってのは……ハッキリ言って、お前は絶対的に後衛職――つまり、純粋な魔法職には向いてないって事だな。ステータス的にもそうだが、お前の魔法の使い方的に、ユートは後衛よりは中衛。もっと言うなら遊撃に近い位置の方がより伸びる」
「魔法職に向いてない……」
「まぁ、お前が保有しているスキル的に言えば今のままでもいいんだが、もし、より高みを目指すのなら、俺は近接戦闘の割合をもっと増やすことを勧める。そうなるとお前の戦い方そのものを変えることになる上に、俺の訓練は更に厳しくなるだろう。どうする?」
「やります! それでより強くなれるのなら」
「即答か……分かった。本来なら、遠近込みでコウタと張り合えるぐらいに鍛えるつもりだったが、近接戦闘だけでコウタと張り合えるぐらいにはしねぇとな?」
「お、お手柔らかに……」
師匠に指摘された事は俺も薄々実感していたことではあった。
俺の魔法は「INT値」が高いわけでは無い為か、そこまで威力が出ない。これは、魔法を中心に戦術を組み立て、魔法によって敵を滅する魔法職としては重大な欠点だ。それは、本来主戦場であるはずの魔法で敵を排除できない可能性が大きいのであれば当然のこと。
しかし、そんな魔法をあくまでもサポートとして使うのなら話は変わってくる。つまりはそういう事なのだった。
「そ、そういえば師匠。良い方の話っていうのは……?」
「良い方の話か、それはな……お前はまだ、強くなれるって事だ。んじゃあ、次はお互い魔法無しで近接戦闘だけでやるか」
「え、えっ、ちょっと待って。心の準備が――」
「問答無用だ。戦場では敵は待ってくれねぇぞ?」
戦場で敵は待ってくれない。なるほど。確かにその通りですね。
ですが、師匠。戦場にいる敵ってのは今の師匠のように物凄く凶悪な笑みを浮かべて、戦うのが待ち遠しいといった様子を見せるんでしょうか。絶対違うわ。
「それじゃあ、死ぬ気で抵抗しろよ? 勿論、即死しないようにこっちも手加減はするし、即死さえしなければそこにいるミヤが治療してくれるだろうが、仮に何かの手違いで即死しちまえば元も子もないからな?」
そのように言い残し、師匠は剣を握った右手を前に突き出して構える。
ダメだ。あれは本気だ。止められまい。
もう、覚悟するしかないと悟り、俺も短剣を構える。
今回は魔法は無しとのことだが、それならば師匠はどのように戦うつもりなのだろうか。師匠は片足が無いのであるからして、もし近接戦闘をするのであれば、魔法による移動速度の底上げ等が必要不可欠なはずなんだけど。……まぁ、霧の中で百もの石の礫を魔法無しに叩ききる師匠だ。それぐらいのハンデ、俺が相手じゃ意味がないのかもしれないけど。
「よし、お前から来い! ユート!」
「はいっ!」
その返事を合図に、師匠へと突っ込む。
俺は特に誰から剣術指導を受けたという訳では無い。ならば、唐突に何かしら小細工を入れよとした所で特に意味を成さないだろう。なら、今まで通りにやってやる。
どうせ、今の俺じゃあ師匠に届かないんだ。だったら、せめて最短距離を突っ走ってやるさ。
「はぁぁぁぁあああああ!」
渾身の突き。俺のステータスの中で飛び抜けて高い「AGI」を最大限にまで活かした、電光石火の一閃を放つ。
技も駆け引きもあったもんじゃない。唯、速さだけを追求し、それを以て師匠へと突き進む。
しかし、師匠の腕が動き、防がれる。
松葉杖を突いているということで、師匠は片手で剣を持っている。足音は不安定なはずだし、何よりも力を込めにくいはず――その上で俺の突きを剣で受け流して軌道を僅かに変更させることによって防いで見せた。
圧倒的な戦闘技術。だが、俺は負けじと今度は左から右への薙ぎ払い。弾かれる。圧倒的な力で体制を崩されるが、無理やりそれを立て直す。
そして短剣を逆手に持ち直し、師匠に斬りかかる――ステップで躱された。
そのまま、師匠の背後に着地。瞬時に体を反転させ――その時には、既に師匠が剣を振りかぶっていた。
「―――――――っ!?」
咄嗟に、俺へと銀色の牙をむいた一閃を短剣を盾にして防ぐ。だが、師匠の圧倒的なステータスによる勢いまでは相殺できなかったようで、かなりの勢いで吹っ飛ばされた。
(今の、防御が間に合ってなかったら、結構ヤバかったかも)
「ダメだダメだ。剣でまともに受けようとするな。そんなことしてりゃ、お前以前に武器の方が持たねぇぞ」
「ぐっ……はい!」
勢いよく地面を転がるが、瞬時に立ち上がる。
師匠の言葉に返事を返しながら、再び短剣を構えた。
さっき防御した時の衝撃で腕が痺れているが、ここは気合で我慢だ。一分一秒が惜しい。
再度、師匠に攻撃を仕掛ける。
だが、どんなに足掻こうとも。どんなに剣を振り回そうとも。
その剣先が師匠に到達することは無かった。
ただ淡々と弾かれ、躱され、結局はカウンターで一発貰って吹っ飛ばされる。
唯一幸運なことと言えば、師匠の剣を用いた攻撃には何とか反応し、未だに切り傷は付けられていないということぐらいか。擦り傷は体中のいたる所に残ってはいるのだが。
そんな時間がおよそ一時間は続いただろうか。
「――よし、とりあえず、今日は肩慣らしって事でこれぐらいにしとくぞ」
そう師匠が宣言し、初日の戦闘訓練は終わりを告げた。
片足のエルフの師匠は伊達ではないのです。
ちなみに、師匠は今回では3割ほどの力しか発揮していません。
今回も読んでいただき、ありがとうございました(*´ω`*)




