第六十一話 どこにも行かない
ギルドマスターの部屋で俺たちが話していた内容を聞き、飛び出していったレティアを追って、俺もまたギルドを飛び出した。
周りの人々は慌てて飛び出てきた俺を見て不思議そうな表情を作っているが、そんな事に今は構っていられない。
目視できる範囲にレティアの特徴的な赤髪は無い。
とりあえず、中級風属性魔法である「サーチ」でレティアの事を探そうかと思ったが、よく考えれば、あれは周りの気配を探るという効果の魔法だ。この人がたくさんいる状況で使っても役に立つとは思えない。寧ろ、脳に大きな負担になってしまう。
――で、あれば。
俺はそのまま人目の付かない裏路地へと駆け込み、スキルを発動させる。
「『魔法複合』!」
――合成させる魔法スキルは、「接続魔法」「風属性魔法」「空間魔法」「地属性魔法」の四つ。
――用途は探知・索敵・識別。
――魔法複合開始。
………。
………………。
『――探査魔法を取得しました』
そのアナウンスのような無機質な声が俺の頭の中に響いた瞬間、新たに取得した魔法の情報が頭の中に流れ込んできた。
ちなみに、この魔法についての情報――この中に魔法の名前や詠唱文が含まれている――、不思議な事に一度頭の中に流れ込んで来たら忘れることは無い。それが外部から得られた物であれ、自分の中で得られた物であれ、魔法についての情報なら例外は無い。
ある昔の人物は、人に例外なく備わっているこの機能を「人体魔法辞典」と呼んだらしい。言いえて妙だ。
そんな俺の中の人体魔法辞典に新しく加わった魔法を行使する。
「全てを司る空間に祈りを捧げる、我の望む物、それらのもとへと導き、それを我への祝福とせんことを――『狭範囲高性能探知』」
「探査魔法」唯一の初期から行使可能な魔法「狭範囲高性能探知」。
その効果は、中級風魔法である「サーチ」とは比べ物にならない程に正確だった。
魔法を発動させたその瞬間、俺の脳裏に現在位置から半径百メートル程の詳細な地図が映し出されたのだ。そして、その中を駆け抜けている一つの赤い光点。それは、ギルドから見て北側の裏通りを進んでいた。
恐らく、これがレティアの現在地なのだろう。という事は予測がついた。
その軌道はしっちゃかめっちゃかで、どこか鬱憤を吐き出そうとしているようにも見えた。地球にいた頃よくやっていたから何となく分かる。
だからこそ、そんな状態のレティアを放っておくわけにはいかない。
俺は脳裏にその地図を映し出しながら、レティアの追跡を始めた。
――グリモアの街の裏路地を一人のエルフの少女が走っていた。
唯、自分の心の奥底から膨れ上がってくる「何か」を発散させるように。
その「何か」に自分が飲み込まれないように。
その「何か」を誰にも気が付かれないようにするために。
彼女はとある少年に恋慕を抱いている。
隣の薬屋を営んでいるその少年は、どこか、彼女が大好きだった父親と似ている雰囲気があった。
優しくて、料理が得意で、お互いが幸せになれるそんな関係を構築しようとするその心意気までもが何もかも「彼」は父親に似ていた。
――八年前、彼女の家族は文字通りこの世から「消えた」。
あの時、彼女は家業の取引の為、単身別の国へと出かけた帰りの途中だった。
隣国で二国間を繋ぐ街道は子供だった彼女でも安心して通れる治安が保たれているとはいえその移動距離は相当な物だ。
早く家族に会って、疲れを癒したい。
そんな思いを胸に、故郷へと帰った彼女を待っていたのは――一匹の竜が故郷を現在進行形で燃やしている光景だった。
――それは正に地獄だった。
人々の阿鼻叫喚の声が響き、ドラゴンの咆哮が鼓膜をビリビリと揺らした。
ドラゴンがその大きな咢を開けば、巨大な火の波が美しいエルフの街の光景を赤く染め上げる。
時々、思い出したかのように誰かが放った魔法がドラゴンに着弾するものの、絶対的な防御力を誇る鱗に阻まれ、傷一つ負わせられない。そして、その魔法を放った誰かも、次の瞬間にはその命の火を呆気なく散らしていく。
そこには一切の慈悲は無い。
あえて言うのであれば、唯々淡々と誰かに命令された「作業」を事務的にこなしてるようだった。
そんな光景を見た彼女は、一目散に近くの森へと駆け込み、震えて身を隠すことしか出来なかった。
――もし、下手に動いて遠くからあの災厄に見つかってしまえば自分も殺されるのではないか。
そんな予言にも似た予測が彼女を太い木の陰に縛り付ける。
ドラゴンの迫力の為か、馬車を引いている馬が緊張しているのを横目に見ながら。
彼女は唯々災厄が過ぎ去るのを待つことしか出来なかった。
そして、翌朝。
ドラゴンがいなくなったことを確認した彼女は、未だに恐怖で震えている足に鞭打ち、街へと入った。
カラカラガラガラと、彼女の乗る馬車が奏でる音だけが響いていく。
――美しかったその町は死んでいた。
家は全て燃え。
道端に座り込んでいる人は昨日の事を思い出しているのか、膝を抱えて震えている。
男女の区別がつかない程に炭化した死体がそこら中に散乱していた。焦げ臭い香りが常に鼻につく。
そして。
「――……あっ……!」
少女の家族もまた。
比較的裕福であった彼女の家を象徴するその家丸ごと――焼け死んでいた。
息を引き取った灰色の街に少女の叫び声が響き渡る――
そして、彼女の意識は現実に引き戻された。
『―――――っ!』
「?!」
幻聴、だろうか。
誰かが――あの少年が自分の事を読んでいる声が……
「レティアッッッ!」
その声は後ろから。
速いテンポで地を駆ける足音が近づき、止まった。
チラッと、彼女――レティアは後ろを振り返る。
「――――っ! ……ユート君?」
レティアの目の前に、彼――ユートが現れた。
「はぁはぁ……やっと追いついた」
そして、ユートは息を僅かに切らせながらも、微笑みを浮かべてそうレティアに声をかける。
「ユ、ユート君……?」
彼が今、この場にいる。
それはつまり、レティアがギルドマスターの部屋で彼らがしていた話を聞いていた人物が自分である事がばれていたという事である。
何より、今の自分の事を誰よりも見られたくない人物に見られてしまった。
その羞恥で――顔が――
「ん? どうした、レティア?」
「―――っ!? な、何でもない何でもない」
「本当か? 顔が赤いぞ」
「ほ、本当に何もないんだってばっ!」
「そ、そうか……?」
過剰な反応を見せたレティアに気圧されるユート。
ユートにはレティアの背後に修羅が見えた気がした。
「ユート君、そういえばさ――」
そんなやり取りを交わす内に少し冷静さが戻ったのか、顔の赤みが引いたレティア。
「さっき、ギルドで話してたあれって……本当の事なの?」
レティアの質問に、思わずユートは苦い顔を作った。
予想通り、レティアはあの時の会話を聞いていたのだ。
(どうする? どう答える? 誤魔化すか? ……いや、ここで有耶無耶にするのは良くないよな……)
そんな事をすればレティアに失礼だ、と、ユートは考え直す。
レティアのその真っ直ぐな視線をヒシヒシと感じた。こんな視線を受けている中でも平気で誤魔化しを効かせようとする卑怯な奴にはなりたくなかった。
「そうだ。俺は元々はこの世界の人間じゃない。別の世界で生まれて、向こうの世界で死んで、神様によってこの世界に生まれ変わった転生者だよ」
「そう……そうなんだ……」
ユートの誤魔化しを一切混ぜ込まないで返した答えに、レティアは――
「ねぇ、ユート君……ユート君は転生者だからって、突然いなくなったりはしないよね?」
そうユートに再び質問をぶつけた。
ユートにとってこの質問は意外な内容ではあったが、返事に特に迷う必要があるものでは無い。
確かに、彼は幼馴染の支えになることを望んでいる。そして、それと同じくらい今までこの世界で繋いできた人々との関係を――ひいては自分の大切な人たちを守りたいと思っているのだ。今更、自分の住居とも言える場所を手に入れたグリモアの街を離れるつもりは無かったし、もし、用事があっても王城までは「転移」で一瞬にして移動可能だ。
ユート自身にこの町を離れるメリットがそれほど無い。
「あぁ。約束する。俺はこの町からいなくなったりしない。この町の人達は、突然ふらりとやって来た俺を暖かく迎えてくれたし、紅蓮聖女の皆や孤児院の子達ももう俺にとっては大切な存在だから……な」
少し後半部分を照れつつユートが言い切った。
そんなユートの言葉を聞いて、レティアは安堵したように破顔する。
「そっかぁ……良かった。ギルマスとの会話を聞いて、ユート君が元の世界に戻っちゃたりするのかな、なんて少し心配になっちゃってさ」
「それは無いって。そもそも、俺が死んでからこっちの世界に来た時に、俺が元の世界に戻れないって神様に言われたし」
「なぁんだ。じゃあ、私の早とちりだったんだね」
「まぁ、俺がレティアに隠してたのが大元なんだろうけどな……今まで黙っててゴメン」
「ううん。いいのいいの。そんな事、普通にホイホイと人に教えても良い情報じゃないと思うしさ」
「そう言ってくれると助かる」
「あ、でもさ……ユート君が転生者なんだったら、そのユート君と古い付き合いっぽいミリアっていったい何者? もしかして、ミリアも転生者……とか?」
「あ、あぁ……うん。な、なんていうかなぁ……」
ユートは内心で頭を抱えていた。
ここは……どうすべきだろうか。流石に、独断でみーちゃんの本名は「美弥」で、実は六年前に召喚された勇者でしたーってカミングアウトする――のは却下だ。
下手をすれば、結構重要な部分の国家情報を漏えいする事になりかねない。
そうだ、ここは慎重に言葉を選んで誤魔化すしか――
「……私はユウ君の幼馴染で勇者」
「そうそう! みーちゃんは俺の幼馴染で勇者――って、いつの間に?!」
「ミリア?!」
「……ん。呼ばれた気がして参上」
いつの間にか、二人の間には勇者の格好をしたまま、必死にユートの隠そうとしていた己の事をカミングアウトする美弥の姿があった。
――つまるところ、ユートの比較的些細な努力は一瞬の内に水の泡と化したのである。
次章への伏線の為の話でした。
レティアの過去については、次章にてもう少し深く掘り下げようかと思います。
……そして次回。修羅場が――あるかもしれません(*´ω`*)
今回も読んでいただき、ありがとうございました!




