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第五十九話 訓練場確保と隣人

 邂逅が唐突なら、急転も唐突だ。


「では、自分はここでお暇とさせていただきます」


「えっ、リカルドさん、もう帰るんですか?」


「えぇ、自分はこれから色々と別件が詰まっています。国王様がユート殿に私を帯同させたのも、ここへの案内役というだけの事ですから」


「そ、そうですか……」


「まぁ、ユート殿も頑張ってください――死なない程度に」


「リカルドさんまで何なんですか、それ?!」


 そんな俺のツッコミに対して、リカルドさんは何かを誤魔化すかのようにして笑うだけだ。こちらとしては一切笑えない状況なんですけどね。これ。

 結局その後、リカルドさんはそそくさとその場を去って行ってしまった。

 残されたのは、俺とエルフの男性の二人だけ。

 初対面の相手に、少し重苦しい感覚を覚える。


 だが、そんな事はエルフの男性には皆無だったようで、


「よし、坊主」


 そう俺に声をかけつつ、エルフの男性は一本の剣をこちらに投げ渡した。


「えっ――って、うわっ?!」


 しかもその剣は鞘にも入れられておらず、刃がむき出しのままの状態だったのである。

 咄嗟に柄の部分を掴み取ったので事なきを得たが、下手をすれば俺の体に剣が突き刺さるという、ある意味でシュールな絵が完成するところであった。


「あ、あのですねぇ! いきなり刃をむき出しにしたままの剣を投げ渡さないでください」


「あー、わりぃわりぃ」


 俺の文句も何のそのといった様子のエルフの男は懐から葉巻を取り出し、火属性魔法を使ったのか先っぽに着火して煙を吸って――吐いた。


「よし、ってわけで、まずはお前さんの現時点での実力を見せてもらおうか、坊主」


「何が『ってわけで』なんですかねぇ?! あと、俺には「ユート」って名前が――」


 そのあまりの適当な態度に、思わず俺がエルフの男に詰め寄ろうとし――何か嫌な感覚を覚えて足を止めた。距離にして、エルフの男からおよそ二メートル半と言ったところだ。


 直後、何か鋭い物が風を斬る音が鳴る。


 視線を下に下げる。

 俺の首筋には、一本の剣が付きつけられていた。とは言っても、剣先と俺まではおよそ五十センチの空白がある。

 エルフの男がいつの間にか背中に吊り下げていた鞘から剣を抜き、俺に向けていたのだった。


「ほう、俺が完全に剣を抜く前にそこで止まるか。なるほどな。あの暴れ馬に『近接戦闘の才能がある』って言わせるぐらいの事はある……か。流石、転生者っていった所か?」


 そう呟きつつ、俺に視線を向けるエルフの男。その目を見た途端、体中から汗が噴き出すような感覚を覚えた。


 どこまでも冷静で。


 どこまでも論理的で。


 それでいて、どこまでも野性的なその視線。その眼光。


 そして、同時にこの人は俺を試していたのだ。と、遅れながらに悟る。


 俺が今いるところとは全く別次元の世界にこの男はいる。そう余すところなく俺に感じさせる。


 だが、同時に『それがどうした』とも思う。

 ここは俺がつい二か月前までいた地球とは全く違う世界。俺と住む次元が違う人間が何人いたところで不思議じゃない。

 そう考えると、途端に冷静になった。汗が噴き出るような嫌な感覚も鳴りを潜める。真正面から、エルフの男の視線を見つめ返した。


 そんな俺を見て、男は面白い物を見つけたといった表情を作り、


「よし、気に入った。てめぇの面倒、俺が見てやるよ。てめぇの名前を言え」


「ユートです」


「分かった、ユートだな。俺はゴドバルト・エイシャンテッラ。Sランクの冒険者だ」


 そう言い、片足のエルフの男――ゴドバルトはニヤリと笑う。

 自らをSランク――ドラゴンとも張り合える存在だと公言するのに驚愕している俺に対して、


「俺の訓練はキツイぞ? 覚悟しろ気を抜くな――さもなくば、死ぬかもしれねぇからな」


 そんな不吉な言葉と共に。





 さて、これで晴れてSランク冒険者であるゴドバルトを師として得たわけだが、一つ問題が浮上した。

 訓練場所の確保だ。


 元々師匠は王城の中庭で訓練を付けるつもりだったらしいのだが――

 そこは訓練に明け暮れる騎士や兵士たちで溢れかえっていた。流石にこの中で激しい訓練をするのは不可能だ。師匠曰く、彼の訓練は下手をすれば大けがにつながると言った物らしい。


 そして、国王様もさすがに急な訓練場の確保までは手が回らなかったらしく、


「申し訳ない。出来るだけ早く手配するよう努力しているのじゃが……」


 と、とても忙しそうな様であった。

 まぁ、元々はこちらから出した要望なのだ。師匠を紹介してもらっただけでも有難い。


「師匠、他に訓練を行えるような場所に心当たりはないんですか?」


「まぁな。訓練を付ける場所としての条件を満たせる場所は王都には他にはなくてなぁ……。王都近辺も少ないながらも魔物が出現するから、あまり長時間滞在するには向かねぇし。ユート、お前の方にこそ心当たりはねぇのか?」


 ちなみに、師匠が言う訓練に最適な場所としての条件は


・ある程度以上の広さがあること

・人があまりいない所

・魔物が出ない所

・周りに魔法などの流れ弾が行ってしまっても問題ないように対策が講じられている所


 という事らしい。

 王都はその大部分に人が住んでおり、そもそも満足に十分以上の広さを確保できている広場というのが殆どない。なので、王都には訓練に適している場所が無いといえる。


 となれば、後、俺が知っている魔物が出現しない場所と言えば、グリモアの街の中という事になるのだが――


「……あ、あります。心当たり」


 一つだけ、思い浮かぶ場所があった。一度だけだが行った事のあるあの場所。あそこなら、訓練を付けてもらうには最適かもしれない。


「よし、じゃあ、そこへ行くか」


 そう言い、俺にその場所へと案内させようと急かす師匠。いや、何か師匠、少しテンションが上がってませんかね? 俺の背筋がブルッと震える感覚を訴えているんですが。


 ……まぁそれは気のせいだと思っておくとして。

 師匠の許可も取れたことだし、早速その場所へと向かおう。


 あ、でも、その前にそこの所有者に許可を貰っておいたほうがいいよな、絶対。

 という事で、まずはあそこに向かわないと。


 ――グリモアの街。冒険者ギルドに。

 




「――それで私の元へ来たというわけか」


「突然の事ですいません」


「全くだ」


 俺の謝罪にグリモアの街のギルドマスター――アリセル・クレイヤは溜め息を付いた。

 そして、俺の横に座る人物――師匠へと視線を向け、


「それにしても、ユートが突然駆け込んで来たかと思えば、あなたを連れてくるとはな」


「まぁ、そこは腐れ縁のなせる業なんだろうよ」


「だれが腐れ縁だ」


 師匠の物言いに、アリセルが少し眉をムッと歪ませる。

 しかし、次の瞬間にはいつものクールな表情に戻っていて、


「で、ユート。今回訪ねてきた用件は私の家の庭で訓練をしたいから、その許可を貰いに私の元まで来た――という事だな?」


「正にその通りで」


 一切の違いが無いアリセルの言葉に、自分勝手というか急な願いであることは分かっているので、少し恐縮しながら返事を返す。

 そんな俺の様子にアリセルは再びため息をつき、


「まぁ、庭を貸し出すのは吝かじゃない。私はギルドの長だ。冒険者が自分の力を高めようとするのはこちらとしても歓迎することでもあるしな……ただ」


「ただ?」


「その男に教えを乞うのなら、それ相応のリスクは必要だ。例え、お前が転生者で勇者の幼馴染であろうと、その男は死ぬ気でお前を鍛えるだろう。下手をすれば、本当に死にかねない程にな」


 ――それでも、その男を師とするのか?

 そうアリセルは俺に問うた。


 俺の答えは決まっている。

 そもそも、ここに来る前、さんざん本人からその事を言い聞かせられたのだ。半端な想いでやるなら止めておけ、と。

 だけど、今まで強くなることを怠ってきた俺が急激な成長を見込めるとしたら、この師匠についていくしかないのだと思う。それほどの器量と経験をこのエルフの男は備えている。


「はい、寧ろ望むところです」


 そうだ。たった一人のちっぽけな意地を張り通そうとしているんだ。

 その過程が平坦で平穏な道であるわけがない。その事は、とっくに思い知らされた。

 だったら、今その険しい道を選ばないでいつ選ぶ?


「……どうやら、今のお前は梃でも動きそうにないな―――――――誰だ?!」


 その瞬間、アリセルと師匠の纏った空気が一変した。

 瞬時に二人が立ち上がり、睨みつけるのは廊下とギルドマスターの部屋を隔てているドア。


「―――っ!」


 そのドアの向こう側で、誰かが驚愕して息を鋭く吸う音が聞こえた。


 ――誰かがこの会話を聞いていた?!


 二人に遅れながら、俺もその事を悟る。

 直後。


 ガタンッ!


 そんな音を立てて、


「す、すいませんでした!」


 と、一人の女性の声が響き渡り。

 ドアの向こう側にいた気配が素早く遠ざかっていくのが分かった。

 その人物が発したのであろう、聞き覚えのある女性の涙でくぐもった声に俺は思考を停止させた。


「ま、待て!」


 一方でアリセルと師匠はドアを開け、廊下の様子を覗く。

 そしてアリセルは未だにソファーに座ったままの俺に視線を向け、


「ユート、お前は何をボーッとしているんだ!」


「えっ?」


「『えっ?』じゃない! 早く、彼女を追いかけないか! 彼女はお前の話を聞いて、少なからずショックを受けているはずだ。だから、早く!」


「ですが、俺はこれから――『いいから早く!』――はい、分かりました。今すぐに!」


 有無を言わさないようなアリセルの言葉に、思わず背筋を正して返事をし、俺は部屋を飛び出した。


「ユート、俺は先に行ってるから早く用事をすませてこい! 隠し事で女を泣かせる奴は、俺の弟子である資格はないからな!」


「はい、分かりました、師匠!」


 師匠との用事を後回しにしようとしているにも関わらず、当の師匠はそれを気にした様子も無く激励の言葉をかけてくれる。


 俺はその事に感謝しながらも、ギルドの建物を出た。


「――レティア、どこだ?」


 もしかしたら、自分のせいで傷つけてしまったのかもしれない隣人を見つけるために。












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