第五十八話 強くなる理由
今回から、所謂修行パート。今回から三話ぐらいはその導入部分って事で。
「それは本気かね?」
先ほどまでの少し弛緩した空気から一転、真剣な表情に変わった国王様。
こちらの真意を測るかのように、俺の眼を真っ直ぐに見つめてきた。
「えぇ。本気です」
男に二言は無いのである。
「ふむ、それは何故じゃ? お主は調合師なのじゃろ。戦闘能力を身に着ける必要が無いのではないか? 理由を教えてもらえるかの?」
力が欲しい理由……か。
何だろう。
確かに、俺はあの時に自分の弱さに嘆いた。
みーちゃんに助けられ、みっともない姿を見せた自分の事を恥じた。
今まで呑気に過ごしてきた自分を殴りたくなった。
……うん。理由はいっぱいある。
「みっともなくて、弱くて、何も知らなかった自分を変えたいと思った……からですかね」
これだ。これが今、俺の中で燻っている感情だ。
弱いのは嫌。かっこ悪いのは嫌。無知なのは嫌。
簡単に言えばそういう子供みたいで、単純な考えだ。
笑われてもしょうがない。俺の言った事は、聞く人が聞けば薄っぺらく感じてしまう物なんだろうから。特に、一国の長として俺とは比べ物にならない程の経験を積んでいるはずの国王様なら尚更だ。
だが、
「良い!」
……え?
国王様の口から出た言葉。それは、俺が考えていた物とは正反対の物であった。
思わず目を丸くしてしまう。
そしてそんな俺を見て国王様が、
「おや、どうかしたのかね、ユート殿。間抜けな面構えになっておるぞ?」
「い、いや……俺自身、今の理由じゃ薄っぺらい気がして――」
国王様からの問いにしどろもどろになりながらも答える。
「フハハハハ――」
国王様は如何にも可笑しいといった様子で笑った。
それは直ぐに止まり、少し優し気な表情を浮かべた国王様が俺を見つめる。
「理由に薄っぺらいなど関係はない。大事なのは、その理由をいつまで持ち続けられるかなんじゃよ」
「理由をいつまで持ち続けられるか……?」
「うむ。勿論、理由は大きければ大きい程。深ければ深い程。持ち続けることは容易になる。何故ならば、そこにそれ相応の責任が発生するからじゃ。それは容易に捨てることを困難としているわけじゃな。じゃが、ユート殿の言う『薄っぺらい』理由ではそこまで大きな責任とはならん。それは、例えそれを捨てたとしても、被害が少ないからじゃな。じゃから、『薄っぺらい』理由は心の弱い人間ではすぐに捨ててしまう。それから目を背けようとする」
しかし、と、国王様は続ける。
「例えそれが『薄っぺらい』理由でも、『大きな』理由でも、それらが人を動かす原動力であることに変わりはない。その気になれば『薄っぺらい』理由の為に『大きな』理由を食い破ることだってできる――じゃから、理由は最後まで持っていた者勝ちなんじゃ」
それが例え、この世にとっての害悪になるような事でも。何度叩き潰したところで、それらが「理由」を持ち続けたままならば、それらは何度でも蘇るんじゃ――と国王様は苦笑を漏らした。
「それにの、ユート殿は自分の言った事を『薄っぺらい』と評したが、その『薄っぺらい理由』で世界最強の一角にまで上り詰めた者もおるんじゃぞ?」
そう言って、国王様が視線を向けた先は、少し照れた様子を見せる駿。
って事は、駿もかつて、俺と同じ理由を国王様に答えたんだろうか。
あと、駿は世界最強の一角なんですね。納得です。
「そういう訳じゃ。ユート殿の言った事は嘲笑の対象にされるようなことでは無い。寧ろ、その言葉を常に自分の心に留め、ひた向きに向き合う――そんな誇るべき物だとわしは思う」
「……はい……ありがとうございます」
何故だろう。景色が少しかすんで見える。
……べ、別に、国王様の名言に心打たれて感動泣きしてるわけじゃないんだからね!
「まぁ、とりあえずじゃ。ユート殿の要望は理解した。可能な限り、お主を強くして見せよう」
「ありがとうございます」
と、そこで今までの様子を見守っていたリカルド騎士団長が顎に手を当てながら、
「ふむ、しかし、どうしましょうかね。現在、彼を指南する教官クラスの衛士は戦争前という事で全員予定が詰まっています。私も彼を指導する余裕はありませんし」
「僕はそもそも誰かの指導をした事が無いからね……」
リカルド騎士団長に同調する駿。
そんな二人を見回して、何か思いついたような国王様が「そうじゃ」と皆の注目を集めた。
「それならば、ゴドバルトに任せてはどうじゃろうか。つい先日、城に来た時には何もする事が無くて暇だと言っておったし、あやつ自身はあの痛手じゃ。今度も王都の防衛に力を貸してもらうことにはなるじゃろうが、エスラドに乗り込む部隊に組み込むこと訳でも無いじゃろう」
「あぁ……」
「まぁ……」
「いいんじゃないでしょうか」
国王様の提案に、少し躊躇いつつも結局は同意する面々。
えっ?! 何?!
「……ユウ君、大丈夫。夜は私が面倒を見てあげる」
「それ、どういう意味?!」
だから、そんな恐怖心を煽るような事を言うなって!
てか、女の子がそんな意味深なことを言うんじゃありません!
「ここ……ですか?」
「えぇ」
三十分後。
俺は例の「ゴドバルト」さんが住んでいるという場所にリカルド騎士団長の付き添いでやって来ていた。
で、その場所が大いに問題があるんだが……ここ――というか、これってテントだよね?
うん。それなりにデカくはあるが、何処からどう見てもテントである。しかも、そのテントがある場所も問題だ。なんと、王都のすぐ外の森の中なのである。
いやいやいや。おかしいだろ。
曲がりなりにも、王城に呼ばれるくらいには権力や知名度がある人間が王都の壁外でテント暮らし?
ファンタジーにしても、ビックリ仰天過ぎるだろ!
そんな俺のツッコミにも、返ってくるのはリカルド騎士団長の苦笑だけだ。何だか虚しい気分。
「少し待ってていただけますか?」
「あ、はい」
俺に一声かけ、リカルド騎士団長はテントへと引っ込んだ。
その次の瞬間。
――ゾワッと、何か途轍もない威圧感をテントの中から感じた。それは、駿やアルバスが放っていたものと比べてもあまり変わらない。とりあえず、アルバスの時に感じた「殺気」ではないようなので、ホッと溜め息。
それでも、気が抜けない。威圧感自体はリカルド騎士団長がテントに入ってからすぐに小さくなっているが、まだはっきりと感じられる。
腹の上に餅つきの臼を乗せているような感覚。
辺りに潜んでいたらしい鳥や獣たちが威圧感を感じたのか、慌てて音を立てて去っていくのが分かった。
……本当、なにがどうなるんだろうか。ものすごく心配である。勿論、ここで背中を見せて逃げる気はサラサラ無いのだが。
そんな事を考えつつ、待つことおよそ五分。テントの入り口が開いて、リカルド騎士団長が顔を見せた。
「ユート殿、お待たせしましたね」
「い、いえ」
そもそも、今回こっちに来ることになったのは俺の要望が原因なのだ。リカルド騎士団長が謝る理由も無い。
「ほう、これまた変わり種の坊主じゃねぇか」
そんな声が聞こえてきたのは、リカルド騎士団長のすぐ後ろから。
そちらへと視線を向けると、丁度一人の男性がテントから這い出てくる所だった。
身長はそこまで高くない。170センチ少しの俺とそこまで変わらない程度。
唯、そんな男性には左足が付いていなかった。それを補うためか、まつば杖を地面に付いている。
年齢は30代後半といった所だろうか。いや、レティアやファニールさん、アナ姫殿下や王妃様みたいに耳が尖っているので、エルフ族なのだろう。とすれば、実年齢はもう少し上なのかもしれない。
「で、リカルド。俺に鍛えてほしいっていう奴はこの坊主か?」
「えぇ」
公爵家の次期当主であり、ストレア騎士団団長でもあるリカルドさんに対して、大きな態度で話しかけるエルフの男性。リカルドさんの方も、それを気にした様子は見せない。
王都では無く、王都の外に設置したテントで生活しているといい、あの尋常じゃない威圧感といい、その実態の予想が付かない。
――一体、彼は何者なんだろうか?
なんやかんやで色々と遠回りしたような気がしますが、ようやく師匠とユートを引き合わせられました。
予定では、今頃はもう今章はほぼ終盤だったはずなのですが……何故ここまで長くなってしまったんだ。解せぬ。
――今回も読んでいただき、ありがとうございました。
次回もできるだけ早く、そしてできるだけ長いものを更新したいと思います(*´ω`*)




