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第四十八話 日常の終わりの非日常

*サブタイトルに特に深い意味はありません

「はぁああああああああ!!」


 渾身の力を込め、右手に装備したナイフを薙ぎ払った。

 そのナイフの刀身が目の前で剣の鞘を悠然と構えているエルフの男――通称・師匠の首筋を捉えようと、その身に迫る。

 だが。


「まだまだだな」


 そんな言葉を残し、師匠の体が忽然と掻き消える。

 力を込めた一撃を呆気なく回避され、重心がぶれ、体勢を崩してしまう。

 さらに、いつの間にか真横に回っていたらしい師匠が、こちらに向けて剣の鞘を振り下ろそうとしておるのが、視界の端っこで確認できた。

 次の瞬間、右肩に大きな衝撃。


「――ぐっ?!」


 その衝撃に耐えきれず、左に吹っ飛ばされる。

 数メートル地面と平行に飛び、更に地面を転がる。

 視界が二転三転し、口には地面の砂が入り込んだ。

 やがて、数メートル地面を転がったところで、ようやく勢いが止まった。

 だが、ずっとここに留まっているわけにはいかない。


「――っ!」


 こちらへ物凄い勢いで接近してくる師匠の気配を感じ、咄嗟にそこを飛び退く。

 体のすぐ脇を音速並みの速さで通り過ぎていく鞘に、額に冷や汗がにじみ出る。


「――って、絶対、今の当たったら死にますって?!」

「あー、大丈夫、大丈夫。ユートなら避けるって信じてたからな」

「絶対嘘だっ?!」

「そんなことねぇって」


 カラカラと笑いながら、尚も剣の鞘を振り続ける師匠。心の中で文句を言いつつも、それを紙一重で何とか躱していく。

「ブンッ!」と、すごい音を立てて耳元を鞘が通り過ぎたりして、その都度、反射的に目を瞑りそうになるが、それだけは気合で我慢する。ここ数日間の特訓の成果だ。


「ユート、むやみやたらに躱しているだけじゃダメだ。せっかく高いAGI(スピード)があるんだから、次に繋げるための回避をしねぇと」


 そう師匠は言うが、はっきり言ってそんな余裕は全くない。今も、ここ最近急激に伸びた俊敏さと、ようやくスキルレベルが二ケタ台に突入した剣術スキルの補正を受けて、ギリギリで躱している状況なのだ。というか、そもそも俺自身、ステータスのスキル構成的に見れば後衛職なのである。


「がっ――!?」


 一瞬の隙を突かれ、鳩尾に強烈な一撃を貰う。

 再び吹っ飛ばされ、地面に後頭部を強かに打ち付けられる。

 しかし、師匠はある程度手加減している為か、それだけで済んだ。師匠がもっと力を込めていたら、俺の頭はザクロみたいにはじけ飛んでいたかもしれない。


 そんな事を考え、肝を冷やしながら、師匠が再び鞘を振るのを感知する。

 その場で跳ね起き、右手のナイフを師匠の振りかぶった鞘の下を滑らせるようにして、強引に鞘の斬撃の下を掻い潜った。頭の数センチ上を鞘が切り取っていくのを肌に感じながら、なんとか師匠の背後を取る事に成功する。


 そして――嫌な感じを抱き、瞬時に後ろへと飛び退る。

 次の瞬間。「ブンッ!」という風切り音を立てながら、空間を上下に(わか)つ剣の鞘が俺の腹数センチ先を通り過ぎた。

 もし、あの時に咄嗟に後ろへ飛んでいなければ、俺の体は真横に吹っ飛んでいただろう。


「よし、今の一連の流れは良かった。それじゃあ、もう少し速度を上げてみっか」

「ちょ、ちょっと待ってください?! 流石にこの状況からスピードアップはきつ過ぎ――」


 剣の鞘を振るう速度を上げようと申し出る師匠を、全力で止めにかかる。

 どうやら師匠の中では、今の俺の背後を取った行動が「次を見据えての回避」だったらしいが、あれは本当に偶々だ。今すぐもう一度同じことをやれと言われても、やれる自信は一切ない。寧ろ、先ほどの様に肩や鳩尾などに一発貰って吹っ飛ばされるだろう。

 そんな思いで必死に抗議する俺の様子がおかしかったのか、師匠は少し笑った。


「お前なぁ。俺は片足が無いっていう強烈なハンデ付きなんだぞ?」

「それも、常に体が浮いてるっていう状況ならハンデにはならないんじゃないですかね?!」


 そう、師匠には片足が無い。なので、いつもは松葉杖をついて生活している。だが、その戦闘スタイルは独特で、その片足が無いというハンデを帳消しにするために魔法で常に空中に浮いていた。師匠が最も得意とする「風属性魔法」と「空間魔法」を使っているらしいが。とりあえず、誰も真似できないような高等技術である。ということだけは確かだった。

 あのみーちゃんでさえ、師匠の真似は不可能なのだとか。


「だがな、いつまでもそう言っているわけにはいかない……だろ?」

「――っ!」


 師匠の言葉をきっかけに、あの時聞いた話。そして、()()()の事が脳裏に浮かぶ。


 そうだ。俺は今、強くならなくちゃいけないんだと、気を引き締める。

 ニーナの為。俺の我儘に付き合い、稽古をつけてくれている師匠のため。俺の事を「足手まとい」と言い切ったあいつを見返すため。何より、そんな俺の背中を押してくれたみーちゃんのため。


 俺は強くならなくてはいけないんだ。


「……師匠」

「何、ユート」

「やっぱ、スピードアップを頼みます」

「元からそのつもりだ」


 今はとりあえず、時間が惜しい。もう、俺に弱音を吐いてる暇なんてない事を改めて意識する。

 俺の返事を聞いた師匠の雰囲気が、一段と刺々しい物へと変わる。

 どうやらこれも「訓練」の一環らしく、強者の発する「殺気」に慣れるためらしい。

 とりあえず、強くなれるのならどんな事でもいい。どれだけ壁にぶち当たろうとも、どれだけ周りから笑われようとも、死ぬ気でやり遂げてみせる。


「俺はもう、ここで立ち止まるわけにはいかないんだっ!」


 心の中で改めて決意を固め、師匠へと向かって獲物を振り下ろした。



◆◇◆◇◆



 時は少し戻り、アルバスたちにボコボコにやられて目を覚ました時に戻る。

 自分の部屋で目を覚まし、みーちゃんと言葉を交わした俺は、リビングへと移動した。


「やぁ、目が覚めたのか」

「やー、おはよう」

「――って、何で二人が我が物顔で俺の家で寛いでんだよっ?!」


 そこには、ソファーでコーヒーのような飲料を飲み、物凄くリラックスした様子の勇者二人(駿と雅)

 そんな二人の様子に、思わずツッコミを入れてしまう。


「いやー、だってここ、結構、居心地がよさそうだし……ねぇ?」

「いや、「ねぇ」って……まぁ、別にいいんだけどさ」


 みーちゃん達には危ない所を助けてもらった借りもあり、こちらとしても強く出られないので、結局はこっちが折れた。

 うーむ、何だか周りに流されまくってる気がするな。

 ……あ、そういえば。


「ニーナはどこにいるんだ?」


 先ほどから、ニーナの姿だけが見当たらない。神様が皆無事だとは教えてくれていたけど、詳しいことは話してくれなかったからな。怪我とかは無かったのだろうか。

 そんな俺の質問に駿が答える。


「あぁ、あの魔王の娘なら、この家に泊まった時に使ったっていう部屋に寝かせてあるよ。怪我も無いし、少し気を失ってるだけみたいだから、その内、目を覚ますんじゃないかな」

「そうか。良かった……って、ニーナが魔王の娘だって知ってたのか?」

「ついさっき美弥に教えてもらったばかりなんだけどね」


 まぁ、それもそうだよなぁ。ダンジョンマスターの部屋で助けられた時点でその事は話しておかないと色々と都合が悪そうだし、当たり前なのかもしれない。


「それじゃあ、ユート」

「ん?」


 唐突に話しかけてきた駿。

 その眼光はとてつもなく鋭かった。


「美弥が王宮に戻って来て、僕達が救出に向かうまでの間、何があったのかを教えてもらえないかな?」

「あ……あぁ、分かった」


 いつもと違う雰囲気の駿に戸惑いつつ、アルバスとミジェランたちに襲撃された時の状況を思い出し、それを三人に説明した。

 時には三人から投げかけられる質問に答えつつ、アルバスたち二人と交わした会話なども同じように説明する。


「あとは……報告することと言えば、終始ニーナの様子がおかしかったって事か」

「確かに。それは僕も感じてた」

「私もー」

「……ん。何かものすごいショックを受けたような表情をしていた」


 俺の言葉に、勇者三人も同意を示した。


「そうなると、やっぱり、ツバサが調べてきた内容は事実なのかもしれないね」

「……確かに」


 何やら俺以外の三人で確認し合っているようだが、俺に理解できる内容では無かった。今度はこちらから質問を投げかける。


「えーと、俺はそのツバサって奴が誰なのかは知らないんだけど、そいつが調べてきた内容って――」


 そんな俺の質問に答えたのは、駿でも雅でも、ましてやみーちゃんでもなかった。


「その事については、私がお答えします」


 その返事が聞こえてきたのは、俺の真後ろ。リビングと廊下を繋ぐ扉の方からだった。


「……ニーナ?」

「はい、ユートさん、皆さん。おはようございます」


 そこにいたのは、何やら静謐な雰囲気を漂わせているニーナだった。






今回は区切りのいいところで切ったため、短めでした。

次回から、二章のある意味で「本編」に入ります。


今回も読んでいただき、ありがとうございました。

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