第四十七話 深まる謎
今日、更新できない予定でしたが、なんとか訂正できたので、遅めですが更新します。
ここは――どこだろうか。
目を開け、唐突に視界に入った景色を見て、俺はそんな疑問を抱いた。
どうやら今現在、俺はどこかに倒れているらしい。
倒れたままでいるのも何なので、身を起こし、周囲を見回した。
すると、そこに広がる光景に、どこか見覚えがある事に遅れながらに気が付く。
辺りに広がるのは、まるで漂白剤で洗ったばかりのシーツの様に真っ白な地面。それも、かなりフカフカしている。寝心地はとてもよさそうだ。
そう、その光景はまるで、自分が雲の上に立っているかのような――。
……って、ちょっと待て。
「ここ、転生前に来てた場所じゃねぇかっ?!」
そうだよ。道理で覚えがあるはずだ。
「おー、ようやく気が付いたかの」
「――っ?! か、神様ぁ!?」
「うむ、久しぶりじゃの。元気じゃったか?」
そう言って、後ろから声をかけてきたのは、何を隠そう、この世界の神。通称、神様である。って、そのまんまだな。これ。
俺が突然の神様の登場に驚き、言葉も出ないで絶句していると、当の神様は、顎から生えている長い真っ白な髭を右手でいじりつつ「フォッフォッフォ」なんて声を上げて愉快な笑い声を上げた。
「まぁ、君の事はここから覗いていたから、大体の事は分かっているのじゃけどな」
「さっき、調子を聞いていた意味ありませんよねぇ?!」
……うん。やっぱこの神様、どこか適当だな。
「そんなことは些細な事じゃよ」
あ、何か、俺の指摘が流された。
まぁ、確かに、今現時点のこの状況に比べたら些細な事は間違いないんだけどさ。
「とりあえず、今から、君をここに呼んだ理由について話さないといけないのでな」
「呼んだ? 神様がですか?」
俺のこの質問に「うむ」と頷く。
「君は、わしの手違いによって、異世界に転生したじゃろ?」
「えぇ、そうですね」
確か、街中で落石を起こさせてしまったとかなんとか。
「そんな感じで、こちらの影響で異世界を渡ってしまった者達は一定時間置いた後に一度、カウンセリングのような物をする決まりがあっての。今回はその為にここに呼んだんじゃ。勿論、ここに呼んだのは意識だけじゃから、君の体の方はちゃんと息をして存在しておるから、安心するがよい」
「そうなんですね」
そう言って軽く神様の言葉を流した俺だが、内心では「良かったぁ」と思い切り胸を撫で下ろしていたりする。
また死んで、ここに人生終了しました的な感じでやって来てしまったのではないかと、頭の片隅で考えていたからだ。
なんたって、気を失う直前まで、俺は大量出血の大けがを負ってたんだからな。みーちゃんが魔法をかけてくれていたとは言え、心配になるのもしょうがないと思う。
俺がそんな事を考えていると。
「と、言うのは建前で」
何か、神様が爆弾発言を口にし始めた。
「建前? えっと……それは、どういう事で?」
「勿論、君の事をカウンセリングする為に呼んだというのは変わり無いのじゃ。しかし、本来、カウンセリングはもっと後――それこそ、一年後辺りに行う物。それを前倒ししてまで君をここに呼んだのには他にも理由があっての」
なるほど。つまり、俺を今、呼ばざる負えなかった理由があると。
それはつまり――。
「俺が気を失う前に遭遇した他の転生者について、ですね?」
「その通りじゃ」
やっぱりか。
予想されたその返答に、俺は自身の頬が無意識の内に固くなるのを感じた。
◆◇◆◇◆◇◆
「んぅ……ここは――俺の部屋か」
しばらくして。
俺は自分の部屋のベッドの上で目を覚ました。
気を失う前、俺はダンジョン最奥部、ダンジョンマスターの部屋で、突如としてそこに侵入してきた聖国ミコイルの秘密部隊員、「アルバス」と「ミジェラン」の二人と戦い――一方的に攻撃され続けて負けた。それも、実際に戦っていた相手はアルバスの一人だけで、もう一人――ミジェランは、ただ俺とアルバスの戦いを見ていただけだった。
一対一での戦いで一方的に蹂躙された俺は、惨めに地面に這いつくばることしか出来なかった。
もしあの時、ギリギリ勇者達が間に合っていなかったら、俺は今頃、生きてはいなかったかもしれない。いや、実際にそうなっていただろう。
そして、動きがフリーズしていて、一切の身動きが取れなかったニーナを奴らに連れ去られていたに違いない。
だが、実際にはそうならず、みーちゃんをはじめとした勇者三人に助けられた。
その後に気を失い、その夢の中で神様に、神様達の決まりごとに違反しない範囲で色々な話を聞かされた。
この世界で起こっている事。
俺が気を失ってしまった後、何があったのか。
そして何より、この世界の転生者の事。
俺と対峙した時、笑い声をあげたアルバスはその後、自分の事を俺と同じ「転生者」だと言った。そして、同胞と会うのはこれで五度目だとも。
つまり、アルバスが知る限り、今、この世界には転生者が俺を含めて六人いる。
更に、俺の考えが合っていれば、その中の俺以外の転生者はミコイル側についている可能性が高い。勿論、これは勘によるものが大きい。だが、少なくとも、ミコイル側に転生者が複数付いている事はほぼ確実だろう。そうでなければ、アルバスが「僕ら」と表現した事の説明が付かない。
神様も、完全にこの世界の事全てを見渡すことは出来ないらしく、その事についてはあまり説明できることは無いと言っていた。自分が送った転生者も、どれぐらいの数がユグドラシルで生活しているのか、覚えていないらしい。その反面、俺の事については転生直後から暇つぶしとして覗いていたためにずっと追えていたらしいんだけど。――って、それ、プライバシーの侵害なんじゃぁ……。まぁ、男だから別にいいけどさ。
ちなみに、神様は自分が送り込んだ転生者達が色々と暗躍していることを知って、かなり責任を感じていたみたいだ。
別れ際に、あの世界の事を頼む。なんて言っていたぐらいだし。
まぁ、できる範囲で頑張りますと返事しておいたから、俺の方でも頑張ってみよう。
――っと、このままずっとベッドに寝転がってるわけにもいかないか。
そう思い直した俺は、ベッドから降り自分の体を見下ろした。
「……にしても、こっぴどくやられたな」
気を失う前から服も変わっているし、その服の下には何重にも包帯が巻かれている。どうやら傷そのものは完全に塞がっているようで、痛みは殆どない。
「さて、神様に大体の事は教えてもらってるけど……どうするか」
みーちゃん達三人にお礼を言いたいし、駿にあるお願いをしたいし、ニーナの様子も気になる。
その三択で悩んだ結果。
「まずは、お礼を言ってからだな。やっぱり」
一番目を選択する。
あれだ。やっぱ、感謝するのって大事だし、それを伝えるのは早い方がいいだろうし。
よし、そうと決まれば、早めに駿たちを探すか。今、三人はどこにいるんだろう。その前に、今はあれから何日たってるのだろうか。そこら辺、神様から聞いとくべきだったかな。
バタンッ!
ん?
突如、扉が勢いよく開く音。
その音に吊られ、俺が扉の方へと視線を向けると。
「ユウ君……!」
「みーちゃん……」
そこには、瞳を潤ませたみーちゃん。
俺の幼馴染であり、俺が誰よりも守りたいと思っている少女。
その服装は、気を失う前に見た、高価そうな戦闘服そのまま。
そんなみーちゃんは、気が付くと、俺のすぐ近くまでやって来ていて、俺の体をペタペタと触って傷の具合を確かめていた。
確認は直ぐに終わり、顔を上げたみーちゃんは、安堵したような表情を見せる。
「……良かった、傷はもう塞がってるね」
「あ、あぁ。これも、みーちゃんのおかげだよ。ありがとう」
「……ううん。私は、ユウ君を助けたかったから、死なせたくなかったからそうしただけ。礼を言われるには及ばない。私の初めてを貰ってくれたらそれで良い」
「本当にあり――って、年頃の女子がそんなこと言うんじゃねぇ?!」
不意打ち気味に差し込まれたみーちゃんのボケに、俺は反射的にツッコんでしまうのだった。
……うん。もうね。何もかもが台無しだよっ!
◆◇◆◇◆
聖国ミコイル某所。
暗い暗い、とある場所。
誰も立ち入りそうにない。そんな不気味な場所で、三人のローブは顔を合わせていた。
「ほらよ。今回の調査内容だ」
そう言って、一人のローブが対峙するローブへと一枚の紙を手渡す。
その人物のローブは所々煤を被っていて、その顔が垣間見えている。
そこから見えるのは、黒い髪。黒い瞳。黒い首輪。攻撃的に映る表情。――それは、間違いなくアルバスである。
「へぇ、まさか、ストレアの所のお嬢様がダンジョンを作るとはね……まぁ、予想できていた事だけど。それでも、予定よりもかなり早いなぁ」
そして、アルバスから渡された紙を見つめ、「どうしよっかなぁ……」と呟くローブの男。その視線は、紙に記された情報の更に先へと移った。
そして、その視線は僅かに難色を示すものへと変化する。
「えぇー。もう、勇者に姫様の事を気づかれちゃったのか」
「まぁ、魔法使いの奴に関しては、少し前から知ってたみたいだけどな」
「で、その理由が、ここに書かれている転生者……と」
「あぁ。しかも、その転生者が、どうも前世で小さいころの魔法使いの勇者の幼馴染だったらしくてなぁ。転生者の野郎にちょっかいかけたのが俺だって知りやがった結果がこれだ」
そう言って、紙を読むローブに自分のローブを見せつけるアルバス。
それを見たローブの男は、口に手を当てて腹を折り曲げた。
「くくくっ……いや、それは災難だったね」
「違いねぇ。……ま、その分、過激な戦いが出来たから良かったけどねぇ」
「お、やっと戦闘の興奮は収まったかい?」
「うん。なんとかね」
ローブからの質問に答えたアルバスは、攻撃的な表情が鳴りを潜めている。
まるで、直前のアルバス本人とは別人のような変わり身。しかし、そんな事には慣れているのか、ローブの男はアルバスとの会話を一旦切り上げ、もう一人のローブの人物――ミジェランへと話を振った。
「で、ミジェランの方は、勇者・雅と戦闘したらしいけど、何か変わったことはあった?」
「いえ、私の方からは特に何も」
「そっか」
ミジェランの返答を聞いたローブの男は、心底つまらなそうに話を切り上げる。
それでも、いつまでもいじけているわけでは無く、しばらく俯きながら何かブツブツと呟いて、やがて結論が出たのか、視線を再びアルバスとミジェランの二人へと戻した。
「それじゃあ、2人はしばらくは待機って事で」
そして、二人へと次なる指示を発令する。
しかし、アルバスはこの指令に納得が行かなかったのか、文句を言おうとして――ローブの男の言葉に遮られる。
「これは、聖王様直属のご命令だ。異論は認めないよ?」
「はいはい。分かりましたよ」
「そうしてもらえると、こちらとしても助かるね。僕自身に戦闘力は皆無だから、アルバスに暴れられると、収拾がつかなくなっちゃうしさ」
そう言って、ケラケラと笑い声を漏らすローブの男。
それを見て、アルバスは「チッ」と不満そうに舌打ちをした。
「何が、『戦闘力が皆無』なんだろうねぇ。君ほど、大量虐殺を得意とする人物はいないというのに……ね、『操者』?」
「くくくっ……さぁ、どうだろうね?」
アルバスの指摘にも、ローブの男は笑い声を崩さなかった。
「……とりあえず、僕達はしばらく休むって事でいいのかなぁ?」
「うん。そうしてくれてもいいよ」
「了解。それじゃあねぇ」
そう言い残し、アルバスはその場を去っていく。
「それじゃあ、僕も戻るとするかな。……ミジェランも、休める時に休んだ方がいいよ」
「(コクン)」
ローブの男はミジェランに声をかけると、闇の奥へと消えていく。
その場には、ローブを深くかぶったままのミジェランだけが残された。
そんな中、彼はあたりを見回し、誰もいない事を確かめると、頭を覆っていたローブをはぎ取った。
目元まで覆う、少し大きめのローブ。その中に隠されていた素顔が露わとなる。
そして、現れたのは。
黒髪、黒瞳の幼さを感じさせる風貌の青年。
アルバスと同じように彼の首に巻かれた真っ黒な首輪がとても異質な存在感を放っていた。
そんな青年は、ローブの首もとへと手を突っ込み、首からぶら下げていたらしいペンダントを引き上げる。
ペンダントの先は丸く加工された金属が取り付けられており、その金属を二つに割る形で、中には一枚の写真が挟まっていた。
その写真に写っているのは――どこか気品を感じさせる幼い少女。そして、今よりはほんの少し若い、ミジェラン自身。
そんな写真を眺め、青年は憂いの表情を浮かべる。
「……姫様。私は――俺は、どうすればいいんですか……?」
一人、ぽつりとつぶやいた独り言は、誰にも聞き遂げられることなく、闇へと溶けていった。