第四十六話 強くなりたい
一部描写を削りました(2016.10.09)
風の盾が俺の胸の前に顕現される。
その盾は、俺の胸に食い込もうとした短剣の刃を食い止め、はじき返して見せた。
突然の現象に流石のアルバスも驚きを隠せなかったようで、彼の表情が少し驚愕に変わった。
そして、そんなアルバスに突貫する影が一つ。
「覇ァッ!」
そんな雄たけびと共に、突っ込んできた影がアルバスを切り付ける。
銀閃が煌めき、綺麗な放物線を描く。
十分に勢いと威力が乗ったその斬撃を、アルバスは少しめんどくさそうな表情を作りながら短剣で受け止め――吹っ飛ばされた。
埃が舞う。高い金属音が鳴り響く。
そして、その後に残ったのは。
「ユート、大丈夫かい?」
煌びやかな片手直剣を握った駿だった。
「か、かふぅっ」
駿の質問に、「何とかな」と答えようとするも、器官がぶっ潰れているので、掠れた声しか出てこない。早々に、駿の質問に答えるのは諦めた。
「あはは。何だかとっても大変そうだね」
そう思うなら、俺に質問すんじゃねぇよ。危うく酸欠になるところだったじゃねぇか。
少し、心の中で毒づいてみる。
そして、そんな俺の傍に、視界の外から気配が近付いてくる。
「ユウ君、大丈夫?」
そんな、普段の雰囲気からは考えられない程に切羽詰まった声色で俺をのぞき込んできたのは、何か強そうな装備で身を固めているみーちゃん。
その顔は、今にも泣きそうなほどに心配そうな表情をしていた。
――あぁ、俺はまた、この幼馴染に助けられて、心配をかけてしまったのか……。
心の中をそんな後悔の念でいっぱいにしつつ、みーちゃんに頷いて見せる。
勿論、体の方は大丈夫なんかじゃない。ついさっきまではアドレナリンかなんかの影響で痛覚が鈍くなっていたが、今はそれが切れてきたのか、段々と痛覚が覚醒し始めている。体中がバッキバキに痛い。
それでも、表情だけは「大丈夫だよ」と言う風に見せようとしていたのだが。
「……嘘。とても痛いくせに」
俺の強がりは、幼馴染にはばれていたみたいだ。すぐに、嘘を指摘される。
(やっぱり、みーちゃんには、隠し通せないか……情けないな、俺)
自嘲気味に、そう心の中で呟く。
「……待ってて、今、回復魔法をかけるから――深淵を除き、安らぎをもたらす聖なる光よ、安らぎを以て、人らを癒す母なる神々よ、その癒しの波動を以て、彼の者に新たな活力を、その大いなる力を以て、我に聖母の片鱗を『メガヒール』!」
上級回復魔法『メガヒール』。その回復力は、中級回復魔法である『ハイヒール』の十数倍にもおよび、体の欠損もかなりの確率で回復させられるらしい。
ただし、その性能の代わりに、消費するMPも半端な量では無い。神様から貰った特典の影響でMPの消費が三分の一で済む俺でも、三回行使するのが限界だろう。そんな魔法を、みーちゃんは惜しげも無く使った。
魔法の詠唱を行ったみーちゃんの手のひらが光り、俺の体へとその光が移る。暖かく、どこか柔らかいその光が傷を癒していき、体中を蝕んでいた痛みが急速に引いていく。
数拍の後、光が消えた俺の体は、傷一つない元の状態へと戻っていた。
所々破けている服だけが、先ほどの自分の有様をはっきりと今に伝えている。
「聖なる光よ、彼の者に、血の恩恵を『ブラッドヒール』」
再び、みーちゃんが魔法の詠唱を行う。
体に血が戻ったからだろうか。体温が少し上がったように感じた。
「……はい、これで大丈夫だよ?」
そう言って、俺の顔を覗きこんでいるみーちゃんは、どこかホッとした表情を浮かべていた。それは、数秒前の泣きそうな物とは、全く違う正反対の表情。……正反対のはずなのに、今の表情が、どこか今でも泣きそうに見えるのは俺の目がおかしいのだろうか。
そんな事を考えながら、状況を把握するために辺りを見回す。
まず、駿が吹っ飛ばしたらしいアルバスは……もうすでに立ち上がり、好戦的な視線で駿を刺し貫いていた。どうやら、奴は獲物を変更したらしい。
一方、アルバスと正対している駿は至って静かだ。アルバスの細かな動きにまで気を配り、俺と、俺を介抱しているみーちゃんにアルバスの意識を向けないようにしている。
そして、二人のすぐ近くでは、こちらも、二つの影がお互いの動きを観察していた。
そのうちの一つは、白いローブを着て、フードを深くかぶったミジェラン。そんな聖国ミコイルのエリート特殊隊員と対峙するのは、和服を着て、刀の鞘を腰に差している雅。雅の後ろには、庇われるようにして座り込んでいるニーナの姿も確認できた。どうやら、上手く保護してくれていたようだ。
だが、そのニーナの様子はやはりどこかおかしい。
先ほどまではアルバスと決死の思いで対峙していたため気が付かなかったが、ニーナは、ローブで素顔を隠したミジェランに視線を向けたまま、何やら小さな声で。
『嘘……なんであなたが……』
と、呟き続けている。
これがどんな事を意味するのかはさっぱりだが、どちらにせよ、あのミジェランという男がニーナに何かしらの形で関わっているのは、ほぼ確実だろう。
そんな事を考えていると、唐突に、自分の思考に靄が掛かったような感覚に陥る。
それと同時に、体が重くなる。それに抗おうと体を動かそうとしてみるが、腕どころか、指一本さえ動かせそうになかった。
俺の様子に気が付いたみーちゃんが、優しく俺の頭を撫でる。
「……ユウ君、あまり無理はしちゃダメ。あれだけダメージを負っていたら、体が休養を取ろうとするのは当然だよ。疲れもたまっているはずだから、今は体を休めて」
「で、でも……っ!」
もう、これ以上、この幼馴染にみっともない姿を晒したくない。
強大な敵の前で這いつくばることしか出来ないような醜態を見せたくない。
そんな思いで、俺はまだ大丈夫だと、みーちゃんに訴えかける。
そして、みーちゃんはそんな俺を見て一言。
「……頑張ったね」
「えっ?」
かけられた意外な言葉に、思わず間抜けな声が漏れ出た。
そんな俺の様子を見て、みーちゃんは「うん」と大きくうなずいた。
「……ユウ君は、とても頑張ったよ。再開した時は、自分よりも強い相手に対して、固まることしか出来なかったユウ君が、あのアルバスを睨みつけていた。そんな事、誰でもできるわけじゃない」
そんな、みーちゃんの言葉。その一言で、俺の心の中に溜まっていた色々な物が流れていくような気持になる。だけど、それと同時に別の「何か」が心に伸し掛かってきた。
「だけど、俺は……」
確かに、みーちゃんの言った通りなのかもしれない。
俺は、ゆっくりながらも成長をしているのかもしれない。
俺は、心の中で「何か」を頑張ったのかもしれない。
それらは、誰にでも出来ることではないのかもしれない。
――でも。
「それだけじゃ、足りないんだ」
そう、何もかも。
俺という存在を構築している全てが叫んでいる。
力。知識。他にもいくらでも。
とりあえず、何もかもが俺には足りていないのだと。
頭の中で、さっき、アルバスに一歩的に虐げられていた惨めな自分の光景がよみがえってくる。
例えば、目の前でアルバスと対峙している駿。勇者の証である、装飾の施された聖剣を構える青年。
未だに、対峙してお互いの間合いを測っている段階だが、少なくても、彼はアルバスに一方的にいたぶられているわけじゃない。
「おらおらおらおらぁ! さっさとかかってこいよ!? いつまで俺を待たせる気だよ!」
「そっちがあまりにも隙なく構えるから、突っ込んでいけないんだけどね」
視線の先。アルバスの怒声に対し、涼しい顔でそう言い返す駿。
「そうかよ……それじゃあ、こっちから行かせてもらうぜぇっ!」
そう叫び、上体を低くしたアルバスが視界から消え去る。
そして。
「――フッ!」
駿の右腕が振り向きざまに彼の後ろの空間を薙ぎ、いつの間にか駿の後ろへと回り込んでいたアルバスの短剣の刃を甲高い金属音と共に跳ね返した。
「いいねぇ、いいねぇええええええ!!」
鋭敏。繊細。そんな言葉を超越したかのような反応を見せた駿に、アルバスのテンションも上がっていく。
そこからはコンマ一秒以下での戦い。
「あぁあああああああああああ!!」
「はぁああああああああああ!」
咆哮を上げながら、二つの気配がぶつかっているという事だけが読み取れた。
そこはもう、俺という弱者には到底高すぎる次元の剣舞。
いかに俺が弱いのか。いかに俺がちっぽけな存在なのか。そんな事をありありと思い知らされる。
――と、そんな俺の心の内を読まれていたのか。
「……ユウ君」
突然、グイッ、と、みーちゃんに両頬を挟まれて、視線をみーちゃんの目をのぞき込むような形で固定される。
「……ユウ君は、これからどうしたいの?」
「それは……」
そんなの、決まっている。
一方的に蹂躙されるのを終わりにしたい。
なにより、この大切な幼馴染を守りたい。
幼馴染に助けられるだけなんて、もっての外だ。
――だから。
「俺は、俺は――強くなりたい」
心の内の渇望を、明確な言葉にする。
そして、それをきいたみーちゃんは。
「……うん、分かった」
そう言って、大きく頷いた。
「……ユウ君がそうしたいのなら、私は止めない。もし、ユウ君の目指す場所が果てしなく高いのなら、私も力を貸す」
「みーちゃん……」
何だろう。この感覚。
熱くて、胸の奥が――心が焼けそうな。それでいて、どこか心地がいいこの感覚。
どこまでも行ける。どこまでも頑張れる。そんな気持になる。
「ありがとう」
「……うん」
交わす、短いやり取り。
俺たちの間で幾度となく繰り返された物。
だけど、今回の「それ」は、今までの中で一番心の内をさらけ出せた。そんな気がする。
そしてやってくる、再びの眠気。
今度の眠気には、とても抗えそうになかった。
あっという間に眠りの中へと引きずり込まれそうになる。
それはみーちゃんにも分かったのか、優しい表情で俺に微笑んだ。
「……ユウ君、おやすみ」
そんな言葉を聞きながら。
俺の意識は闇に閉ざされた。




