第四十五話 絶望の果てに
前回に引き続き、少し鬱な内容。あと、少しグロ表現があります。
*剣術、体術、五感に関係するスキルを無くしました。(2017/3/28)
右側から気配。
俺は殆ど反射的に、腰から短剣を抜き放ち、剣術スキルによる補正も総動員させて、飛び退りながら敵の斬撃を回避した。だが、完全に回避したと思っていた斬撃は、浅く胸を切り裂いている。
瞬間、胸から噴き出す鮮血。
「ぐぅっ! ――『ハイヒール』! 『ブラッドヒール』!」
そこから血が噴き出し過ぎて、致命傷にならない内に回復魔法で傷口を治療する。
「『フレイムアロー』!」
おまけで、射出速度に優れた炎の矢を生み出し、アルバスとミジェランの二方向へと射出した。
「疾ッ!」
しかし、それらの矢は全て、二人に回避される。
「君、結構近接戦闘の才能はあるよぉ。なんたって、僕の斬撃を受けて、未だに立ってられるんだから。……まぁ、それもここで僕に殺されるから、今後は生かされることは無いんだけどね!」
「好き放題言ってくれるよな、おい」
「グフフ……戦闘中のそういう軽口、嫌いじゃないよぉ。やっぱり、気持ち良くて激しい戦闘には、色々と前座が必要だからねぇ」
何か、卑猥な言葉になってるような気がするが、それは全力でスル―しておく。
勿論、俺がこうやってこいつに話を振っているのにも、色々と訳がある。
一つは、みーちゃん及び、駿や雅がこっちに来るまでの時間稼ぎをする事。
自分の力不足を嘆いたばかりで勇者達に頼るのもちょっとあれだとは思うが、ここは彼らに任せる以外に方法が無い。もうそこら辺は、思い切って割り切るしかなかった。
そして、二つ目の理由が、アルバスとミジェランのステータスを覗くことにある。
敵を倒すにしても、逃げるにしても、時間をかけて援軍を待つにしても、相手の力量を測ることが何よりも大事だからだ。……この際、俺がそのいずれかを達成できるのかという問題は横に置いておく。
俺は、半分無駄だと理解しながらも、出来るだけ自分が鑑定を使っているのを悟られないようにして、二人のステータスを覗いた。
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アルバス
ヒューマン
Lv93
MP:1297/1297
STR:943
DEF:918
AGI:1141
INT:419
スキル
「隠蔽」「鑑定」「リジェネレイト:Lv81」「限界突破」「AGI鋭化」「風属性魔法:Lv63」「アイテムボックス」
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ミジェラン
ヒューマン
Lv102
MP:1915/1948
STR:793
DEF:698
AGI:843
INT:1253
スキル
「空間魔法:Lv99(スキルレベル上限)」
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そして、敵のステータスを覗いた俺は、心底後悔した。
最早、俺のステータス値との差があり過ぎて、まともに戦える気がしない。何か、根底にある物すべてをへし折られた気分になる。
ちなみに、そんな俺のステータスは現在、以下の通りだ。
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ユート
ヒューマン
Lv19
MP:290/290
STR:87
DEF:82
AGI:208
INT:93
スキル
「アイテムボックス」「隠蔽」「鑑定」「全状態異常耐性:Lv5」
魔法スキル
「無詠唱」「魔法才能全」「魔力効率上昇(大)」「魔法複合」「火属性魔法:Lv15」「水属性魔法:Lv32」「闇属性魔法:Lv20」「調合魔法:Lv41」「風属性魔法:Lv9」「地属性魔法:Lv7」「回復魔法:Lv12」「光属性魔法:Lv9」「蒸気魔法:Lv3」「地盤魔法:Lv3」「回復特化調合魔法:Lv10」「接続魔法:Lv2」「空間魔法:LV4」
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ダメだ……勝てる気がしない。
そもそも、レベルだけ見れば、勇者よりも上。ステータスも勇者達に迫っている。そんな二人に、戦闘ド素人で、レベルもステータスも圧倒的に低い俺が一矢報いる姿さえ想像できなかった。
諦めたら、そこで何とやらという名言以前の問題である。
「これは、本格的に不味いかもな……」
背中を、噴き出した汗が流れ落ちていく。
幸い、何故か敵は、俺を殺すことに執着して、ニーナに危害を加えようとするそぶりは見せていない。それに、ミジェランの方も、アルバスに釘を刺されているからか、俺たちの戦闘に介入しようとはしてこない。
だが、それらの事を吟味したうえでも、俺の圧倒的不利は歪めない。
そして、今現在、アルバスは自分の「鑑定」で俺のステータスを見ているのか、こちらを黙って見つめていた。
「グフフフ……アハハハハ!」
突然、俺と対峙していたアルバスが、体をくの字に折って笑い始める。
「……何がおかしい」
「グフフフゥウウウ……いやいやいや。まさかこんな所で、同胞に会えるなんて、思いもしなかったからね」
「俺が、お前の同胞?」
何言っているんだ、こいつは? 訳が分からない。
「おやおやおやぁ? 僕が言ってる事が分からないって顔してるねぇ? 君は何なのかな? おバカさんなのかな?」
「だから、どういう意味なんだよ」
「うーん、説明するのも面倒だしなぁ……うん。論より証拠。これ、見てみてよ」
少しイラついた反応を見せてしまった俺を「グフフ」と笑いながら、アルバスは自身のローブをはぎ取った。
宙に白いローブが舞い、今まで見えなかったローブの中身が露わとなる。
「なっ……?!」
そして、その中から現れたのは――。
「黒い髪……」
そう、黒い髪――黒髪の少年だ。
顔のつくりは、明らかにこの世界の物では無い。
背はあまり高くない。体も、どちらかと言えば貧弱に近い。そんな細い体の中で、首に巻かれている極太のチョーカーがやたらと異質に映った。
そして、何よりも、その黒い髪。
この世界の住民は、多様な色の髪を持っている。
それは、赤色だったり、茶色だったり、金色だったりと、それはもう様々なのだが、みーちゃんに聞いたところでは、唯一、黒い髪を持つ者だけは殆ど生まれてこないらしい。
その理由は幾つか考えられているが、みーちゃんは空気中に存在する自然界の魔力が関係しているのではないかと考えているようだ。
だが、その人物が、「この世界」に居ても、元々は「別の世界」の人間だったとしたら、話は別だ。
それはつまり、「召喚者」そして、「転生者」。
だからこそ、この世界で黒い髪は異質な存在であり、同時に、巨大な力を持った強者として見られることがある。ちなみに、俺はそういうめんどくさいのを避けるために、いつもは『闇魔法』で髪の色を変えていた。
そして、そんな黒髪を持つアルバスは、俺の事を「同胞」だと言った。
という事は――
「お前も、転生者……なのか」
「ピンポーン! 大正解! まぁ、もっと言うと、僕ら全員が転生者なんだけどねぇ」
「『僕ら』って、まさか――」
この時、俺の頭の中に浮かんだのは、途轍もなく恐ろしい考え。
「アルバス。そろそろ片を付けてください」
だが、それを確認しようとしたその時、俺の言葉は今まで黙りこくっていたミジェランによって邪魔をされてしまう。
「えぇ、もう時間? 全く、しょうがないなぁ。あぁ、一応聞いておくけど、君――ユート君は僕達の方に来る気は無い? つまり、ミコイル側に付かないかって事なんだけどさぁ」
「そんなの、お断りだ」
「だよねー。うん。何となく分かってた。いやさ、転生者を発見したら、出来るだけ仲間に引き込めって聖王のおっさんに言われてるから。でも、俺にとっては仲間を増やすよりも、人を殺す方がよっぽど楽しいから、断ってくれて嬉しいよ!」
断られた方が嬉しいとか、どんな後ろ向きな誘いなんだよ。
「それじゃあ、ミジェランから催促も来てる事だし、その後ろのお嬢さんをさっさと連れて帰らないと、俺たちが死ぬような思いをしちゃうからねぇ。痛いのは嫌だし、さっさと君を殺らせてもらうよ?」
その時、周りの時間が凍ったように俺は感じた。
「ぐぅっ?!」
次の瞬間、腹に大きな痛み。更に、瞬きするほども無い後に、今度は背中に大きな衝撃を受ける。
「うぐ……かはっ!?」
喉の奥から、鉄臭い物がせり上がってくる。――吐血。
無意識の内に腹に手をやると、手のひらに多量の血液が付着した。
「一体、どうなって……」
何をされたのか、自分がどうなったのか、一瞬理解が追い付かなかった。
「グフフフゥウウウウ……すごいすごいすごいすごいすごいすごい………すっげぇ! この攻撃を食らっても、まだ意識を保たせられてんのかよ!?」
と、そこで響く、不愉快なまでに陽気なアルバスの声。その声は興奮の為か、口調が荒くなっている。
(攻撃? 俺が攻撃を食らった? いつ?)
再び頭の中を駆け巡る、答えの出ない疑問の文字列。それらが思考を埋め尽くそうとした時、唐突に、上半身全体に激痛が走った。
「あぐぅううううう⁈」
息が途切れる。集中力が乱れる。腹がねじれる。
死ぬ。死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……!
激痛の正体を確かめるため視線を下に下げると、自身の腹から鮮血が吹き出し、服を真っ赤に染め上げていた。胸のあたりも何かが突き刺さっているように痛い。もしかしたら、肋骨が折れているのかもしれない。
更に、俺はいつの間にか地面に横たわっており、後ろで庇っていたはずのニーナが、目の前、数メートル先でフリーズしている。
いつの間にか、俺はアルバスに吹っ飛ばされ、壁に激突させられていた。その事をようやく思考が理解する。
「くぅっ……は、『ハイヒー――っ!」
再び回復魔法で治療しようとした所で、腹に衝撃。「ゴキゴキッ」と体の中で何かが折れる感覚を味わいながら、今度は空中に蹴り上げられる。
「あがっ! ――っ!?」
壁では無く天井に叩きつけられ、そのまま落下。体全体に『G』がかかり、なんとも言えない吐き気までもが併発した。――そして、地面に激突。
「うぅ……かはっ!」
吐血。また吐血。吐血吐血吐血吐血吐血。
もう、何回血を吐いたか分からないぐらいに、地面を赤い液体で染め上げる。
意識が朦朧とする。まるで、自分の意識が綱渡りをしているみたいな感覚だ。
いつ落ちるか、いつ踏み外すか分からない。落ちれば、踏み外せば、そこで「死」が決まる。そんな感覚。
そして正直な所、許されるのなら、このまま足を踏み外してしまいたい。
腹が、胸が、背中が、頭が、体の隅々が悲鳴をあげていた。神経を伝い、体中が痛覚の大合唱を行っている。
だが、俺がここで落ちるわけにはいかない。踏み外すわけにはいかない。気を失うわけにはいかない。その意地にも似た、小さな思いだけが、今の俺の意識を辛うじて繋いでいた。
「すげぇなぁ、おい! 天井から叩きつけられて、未だに意識があるぜ、こいつ!」
「彼は転生者なのですから、それぐらいのしぶとさは当然でしょう」
「ま、それもそうだな」
「それよりも、痛めつけるのはほどほどにして、早く彼を始末してください。あなたが、色々とおかしな性癖を持っている事は重々承知していますが、待っているこちらとしてはたまったものではないんですよ? それに、早く姫様を回収して聖王に通達しなければ、短気な聖王への対応が面倒です」
「あぁ分かった分かった。もう少し、こいつの絶叫を堪能したら、切り上げるからよ」
ミジェランとアルバスの会話が途切れ、アルバスの物であろう足音が、一歩一歩近づいてくる。
「ぐっ……『ハイ――ゲホゲホッ!」
三度、回復魔法を行使しようとするも、器官が詰まってむせた。
「あー、もう、ダメダメ。お前、今はもう肺がぶっ潰れてる状況なんだよ。そんな状況じゃ、声なんて殆ど出せねぇって。いくら『無詠唱』が使えるからって、魔法名を言えなきゃ、詰みなんだよ。詰み」
そんな言葉を頭の上からかけられ、胸を踵で踏みつけられる。
「がっ……あぁああ!?」
肺から、ただでさえ少ない酸素が、根こそぎ押し出された。
「そうだそうだ! もっと喚け!」
そのまま、ゲシッゲシッという音を響かせ、連続で踏みつけられる。足蹴にされる。まるで、俺は弱者だと俺の体に擦り込ませるかのように踏まれ続ける。
「げふっ」
――悔しい。
「がぁっ?!」
――敵の前で這いつくばることしか出来ない、惨めな自分が悔しい。
「……っ!」
――恨めしい。
「……あぐっ!」
――力が無い、弱い自分が恨めしい。
そんな、最後の最後に滲み出てきた、自分に対しての怒り。
その感情は、いつしか、一つの感情に変化する。
『強くなりたい』
それは、とても単純で、かつ分かりやすい物。理不尽に抗い、己や周りを守らんとする為の絶対的条件。
昨日まではぼんやりとしか無かったそれが、今日、俺の中で、明確な欲求として生まれ落ちた。
そして、その欲求に呑まれるうちに、弱気だった気持ちや、敵に対しての恐怖心が薄れていく。
やがて、精神の興奮と共に、俺の体の中をアドレナリンが駆け巡りめたのか、先ほどまで激痛に蝕まれていた胸や、今も踏みつけられ続けている腹の痛覚が鈍くなる。
体は相変わらず動かせない。俺は、唯一自由に動かせる、「視線」で、足掻きとばかりにアルバスを睨みつけた。
「けっ、死にかけのくせして、憎たらしい顔すんじゃねぇか。……ま、どちらにせよ、思ったよりも盛大に時間をかけちまったけどこれで終わりだ。精々、最後まで激しく喚いて、喘いでくれよ?」
黒い瞳に狂気の光りを宿したアルバスが、己の短剣を大きく振りかぶり、振り下ろした。
俺の胸に迫るその剣先は、容易く俺の胸を突き破って、心臓を抉る事だろう。
数瞬後には体を襲うであろう激痛。しかし俺は、目をつぶらない。カッと目を見開き、最後の最後までアルバスを睨みつける。
「嵐よ、われの前に盾の加護を『ストームシールド』!」
そして、アルバスが振りかぶった短剣が俺を貫こうとしたその時。
再び、あの時と同じように、その声が俺を守った。
という事で、ユート君の心境が多少変化しました。
……まぁ、自分でも少し、今回は酷いなぁと思うような箇所があるので、ちょこちょこ修正していけたらなとは思っています。
*あくまで可能性の話ですが、再来週かその次の週に、一週間毎日投稿ができるかもしれません。
ということで、今回も読んでいただき、ありがとうございました。
次回で鬱展開からは脱却すると思います。