第四十四話 異変と狂気
恐らく、今回のサブタイトルが今まで一番まともです。(笑)
今回は多少、鬱展開です。なので、あとがきに今回の話の要約的な物を載せておきます。そういう展開が嫌いな人はそちらをご覧ください。
*主人公のステータスを一部変更しました。死にスキルという事で、「鍛冶」を無くしました。
*一章のラスト辺りを大幅改稿中です。再来週あたりには、終了する予定です。
「こいつらは、あの時の……」
ニーナが慌てた様子で見ていたモニターを覗くと、そこには、先日、グリモアの街の裏路地で見かけたローブの二人組が映っていた。
今も、彼らはローブのフードを深めに被っており、その素顔を見ることは出来ない。その様はダンジョン内部の薄暗さと相まって、怪しい雰囲気を醸し出していた。
「……ユウ君、こいつらの事、知ってるの?」
「あ、あぁ。みーちゃんにも話しただろ? この前、グリモアの街の裏路地でで見かけた――」
「か、彼らは、グリモアの街にいたんですか⁈」
「あ、あぁ……俺が見かけた後、すぐに『転移』で、どっかに行っちゃったんだけど……どうしたんだ、二人とも? そんな、青い顔をして」
「……これは、かなり不味い状況」
「……?」
この時、俺以外の二人の表情は、どこか青ざめていた。
どちらも尋常では無い慌てようであるのは間違いないが、その慌て方はどこか違うようにも見える。
だが、今はそんな事はどうでもいい。そんな事よりも、今のこの状況を理解する事の方が余程大切だ。
「不味い状況ってのは、どういう意味なんだ?」
「……この二人は、聖国ミコイルが有する特殊部隊。しかも、多数存在する特殊部隊の中でも、特に優れた五人で構成されたエリートチームの一員で、ユウ君の言葉を頼りに考えるなら、この二人は、『ミジェラン』と『アルバス』。ユウ君から話を聞いた後、国王にも報告して、秘密裏に調査させてたみたいだけど……まさか、その包囲網をかいくぐって、まだこの近辺にいたなんて」
「こいつら、ミコイル側の人間だったのか⁈」
「……ん。エリートチームは、それぞれ高い戦闘能力があって、特に、アルバスの戦闘能力は、駿にも匹敵するレベル」
「なっ……!」
嘘だろ⁈
雅と協力してたとは言え、ドラゴンを瞬殺した、あの駿と同じレベルとか……正直、信じることが出来ない。
「……信じられないかもしれないけど、これは真実。実際に一年前、駿とアルバスが直接戦って、引き分けてる」
「そんな奴が、何でこんな所に……?」
「……恐らく、狙いはニーナ。ニーナの足取りを追って、ここまで来たんだと思う」
何となく予想はしてたけど、やっぱりそうか。でも、どこからその情報が漏れたんだ?
ニーナがここにいる事は、俺とみーちゃんしか知らないし、以前に二人を見かけた時は、俺でさえその事を知らない状況だったはず。……いや、そういう状況で情報を得られるからこその特殊部隊なんだろう。
敵の事を認めるのは少し癪だが、ここは、相手が一枚上手だったという事だ。
しかし、これは参ったな。奴らが、どんな目的を以てここに来たのかは分からないが、2人がミコイル側の人間である事を考えるなら、穏やかに済むような話じゃないだろう。
何か、大変な事が起こると考えた方がいい。
しかも、敵は、ドラゴンを瞬殺できる駿に匹敵するというアルバス。更には、そのアルバスには届かないものの、かなりの実力があるらしいミジェラン。
みーちゃんの話を聞くからには、『転移』を使うのはミジェランのようだが、これも厄介な所だ。いざという時にさっさと転移で逃げられてしまうかもしれないし、逆に、一度退けられたとしても、『転移』による奇襲を常に警戒しておかなくてはいけない。
そして、もうすでに、この近辺には『転移』をするための『マーキング』をされているかもしれない。
「くそっ……!」
考えれば考えるほど、問題点がボロボロと出てくるこの状況に、俺は思わず歯噛みをした。
と、その時、みーちゃんがポケットから何かを取り出した。
それは、俺にも見覚えがある……というか、俺自身もアイテムボックスの中に収納してある指輪であった。
確か、ローブの二人組を始めて街中で見かけた時にアリセルから貰った、通信用の魔法道具だったっけ? いつの間にか、量産が進んでいたんだろうか?
俺がそんな事を考えている間に、その指輪に嵌められた青い宝石を一度押し込み、内蔵された魔法を発動させ、みーちゃんは誰かと話し始める。
「……駿?」
『あぁ、誰かと思ったら美弥じゃないか。どうかした?」
「……緊急事態。新出のダンジョンの近辺に、ミコイル側のエリート部隊が出しゃばってきた」
『――っ! ……で、敵の人数は?」
「……二人。だけど、その二人は『ミジェラン』と『アルバス』」
『やっぱり、彼らだったか……それにしても、よくこんな早くに二人を発見できたね? 王国の諜報部隊でも、未だに発見できてないのに』
「……ん。その理由は後で話す。とりあえず、今から迎えに行くから、準備を整えて待ってて」
『分かった。雅にも、そう言っておくよ』
「……了解」
話が終わったらしいみーちゃんが、指輪の魔法を解除し、こちらへと体の向きを変えた。
「……という事で、私は、今から王都に行って、駿たちを迎えに行ってくる。ユウ君とニーナは、ここで待ってて」
「で、でも――」
突然の宣言に、動揺した俺は、俺もみーちゃんに付いていくと伝えようとする。
「……お願い。ここでユウ君が来ても、足手まといになるから」
だが、それを遮ったみーちゃんは、どこか寂しそうな表情を浮かべながら、はっきりと俺に告げてきた。
「――っ!」
「……じゃあね」
みーちゃんはそう言い残し、『転移』を発動させて、俺の前から消えた。
「……くそっ!」
胸の中を、何か、モヤモヤとしたものが這い上がってくる。
心の奥底では、俺だって理解している。
勇者とミコイルの二人との戦いの場に俺がいた所で、何も出来ることなんてないってことぐらい。
もし、俺がそこにいたとしても、勇者三人の足を引っ張る事しかできないってことぐらい。
分かってはいる。理性では理解している。
だがそれでも、いざという時に、大切な幼馴染の隣にいれないことがとてつもなく悔しい。神様に会った時、呑気に生産職のスキルを選んでいた自分がとても憎い。今の今まで、強さを手にしようとしていなかった自分に唾を吐きかけたくなってくる。
転生した時は、みーちゃんがこっちに来ているなんて知らなかった。
そもそも、俺はこの件に深くかかわる必要なんてない。
言い訳なら、いくらでも出てくる。
それでも、それらの事を差し引いても、俺の心はモヤモヤしたままだった。
あの時――ブラックドラゴンに強襲されたときも、俺は自分の力の無さを恨めしく思ったはずだ。自分の無力さを嘆いたはずだ。
それなのに、俺は今もこうして、自分の無力さを嘆いている。
そんな自分が忌々しい。
「くそ!!!!!」
一喝。そして、地面に拳で怒りをぶつける。
地面は柔らかいカーペットが敷き詰められている為、握った拳に傷はつかない。それでも、衝撃や反動は、余すところなく、拳を伝って体へと返ってきた。
受けた衝撃は、返ってきた反動は、全身を駆け巡ってやがて消えていく。
「……ユートさん」
「あ――悪い、ニーナ。急に取り乱しちゃって……」
地面に怒りをぶつけたためか、少しだけ思考がクリアになった。
そうだ、今は自分の力不足を嘆いている時じゃない。そんな事よりも、何か自分に出来ることはあるはずだ。
無理やり思考をポジティブな方向へと持って行き、頭を不完全ながらも切り替える。
そうしておかないと、また、自分に対する不甲斐なさが再炎上してしまいそうだった。
「そうだ、一応、アリセルに連絡でも入れておくか……って、ニーナ?」
みーちゃんが連絡用の魔法道具を使った事から、アリセルの事を思い出し、元Aランク冒険者である彼女に連絡を入れようとした所、ニーナの様子がおかしい事に気が付く。
その表情は、ローブの二人組が映っているモニターを見つめたまま、恐怖や驚愕。そして、何処となく歓喜を滲ませたまま震え上がっていた。
何かおかしい。
その事は、彼女の様子を見れば一目瞭然だった。
「どうしたんだニーナ――」
そして、俺が声をかけようとしたその時――
『我を契約者の元へと運べ『同調転移』』
グリモアの街の裏路地で聞いた声で、その詠唱は俺の耳にも聞こえた。
刹那。
「――っ⁈」
突然、強烈な気配を感じた俺は、素早くニーナの手を引き、その場を飛び退る。
ステータスの補正の影響か、咄嗟の行動にもかかわらず五メートル程飛び、地面へと着地した後、首筋に違和感。しかし、それを確認している暇は無かった。
戦闘に関してはド素人のはずの俺でも「ヤバい」と感じる気配に、間髪入れずに視線を向ける。
そして、次の瞬間には、頭の中が恐怖によって塗りつぶされる。
一拍前、俺とニーナがモニターを覗いていた場所には、先ほどまで、そのモニターに映っていたはずのローブの二人組が存在していたのだ。
何故。どうして。どうやって。
あまりの驚愕に、意味の無い言葉だけが思考の海を羅列していく。
そんな俺の様子が滑稽に映ったのだろう。振り切った様子でナイフを握っていた、一人のローブが、ゲラゲラと笑いながらも俺に語り掛けてきた。
「ふぅん、あれを避けるんだ。君、戦闘技術はあまり無いみたいだけど、速さだけはかなりあるみたいだねぇ……って、んん? よく見れば、この前、僕達の事を覗いていた調合師君じゃないか。お久しぶりだね」
その言葉を聞いた俺は、何者かに心臓を掴まれたような感覚を覚える。
こいつが言っている事は、恐らく、あの時の事だろう。……ばれてたのかよ。くそっ。
「グフフフフ……。そんな風に思案に耽るのもいいけど、いいのかなぁ。そのままじゃ、君、大量出血でお釈迦になっちゃうよぉ?」
「ど、どういう……痛っ」
ローブの男から指摘されたことが理解できず、問い返そうとした所で、再び首に違和感。
咄嗟に首に手をやると、ベチョッと手のひらに、自身の首から吹き出ていた血がこびり付いていた。
「くっ……『ハイヒール』『ブラッドヒール』!」
ローブの男が言うような大量出血になるまえに、回復魔法で応急処置だけは済ませる。
完全には回復できなかったために痛覚がまだ残っているが、それは気合で押さえつけた。
――そして、敵の二人の前に立ち上がって、相対する。
「……ここに、何の用だ」
心臓が、途轍もなく煩い。はっきり言って、今すぐにここから逃げ出したい。
そして、本能で悟る。奴らに向かっていけば、それこそ、赤子の手を捻るかのごとく、俺は一瞬にして奴らに殺されるだろう。
何をしようとも、等しく無意味。肌を伝って嫌というほどに理解させられる圧倒的な戦力差に、背中から噴き出す冷や汗が止まりそうもない。
「グフフフ……。いいねぇ、いいねぇ、いいよねぇ、そういうの! こう、何て言うかな? 熱い展開、絶体絶命の危機! うんうん。分かるよ。そう言うのに憧れちゃう年頃なんだよねぇ」
俺の強がりで発した言葉に、ナイフを握ったローブは、狂ったようにナイフを持った腕を振り回しながら、興奮した様子で語る。
その間にも、その人物からは射抜くような視線が向けられていて、俺はその場に張り付けられている。
ナイフにこびりついていたのだろう、俺の血液が遠心力によって飛び散り、頬にこびりついた。
ダメだ。逃げ出したい。今すぐここから消えたい。
足がガクガクと震えそうになるのを根性だけで抑え込んではいるが、その均衡は今すぐにも決壊しそうだった。
俺のそんな内心を完全に見透かしたのか、ローブの奥で、奴が少しだけ口角を上げた……ような気がする。だが、次の瞬間にはそんな雰囲気も吹き飛び、奴の周りには、俺を蔑んでいるかのような冷たい気配が漂い始める。
「だけどさぁ、そう言う奴を見ると、唾を吐きかけたくなっちゃうんだよねぇ。そう言う奴に限って、自分の弱さを分かってるからさぁ。いざ、僕がそいつを殺そうとして本気を出しても、全然表情に変化が無いんだもん。……でも、君は良い表情で喚いてくれそうだねぇ。報告書にもあった通り、無詠唱やら色々出来るみたいだし、楽しみにしてるよ……あ、ミジェランは手を出さないで、そこで見守っててね」
「(コクン)」
隣の奴がミジェランって事は、このナイフ壊れ野郎はアルバスって事かよ。……考えうる中でも最悪に最も近い状況じゃねぇか。くそっ!
……でも、俺は今、ここから離れるわけにもいかない。
もし、俺がここから離れてしまえば、俺の後ろで茫然と座り込んでいるニーナに害が及んでしまうだろう。
――確かに、ダンジョン内は、死んでしまっても蘇生は可能だ。だが、ここ、ダンジョンマスターの部屋は、ダンジョンとはまた違う「次元」に存在している。なので、ここで死んでしまっても、ダンジョンと同じように転送されて蘇生されることは無い。ここでの「死」は、終わりを意味する。
また、俺がニーナと一緒に『転移』しようにも、それには、俺とニーナが密着に近い形で、それなりに精神集中することが求められる。奴らがそんな時間を与えてくれるとは思えなかった。
仮にニーナがダンジョンマスターの権限でここを離脱してくれるなら、俺も無詠唱の『転移』でここから逃げることも可能だ。しかし、ニーナは視線をローブの男たち――特に、ミジェランに向けたまま、フリーズを引き起こしていた。さっきからハンドサインやらなんやで、頻りに「ここから逃げろ」と伝えているものの、ニーナは一切反応しない。
一体、ニーナはどうしちまったんだよ!
心の中で忌々しく毒づくが、時間は無情にも流れていく。
「よぉし、それじゃあ、ミジェランの許可も取れたということで――」
そして。
「――喚きながら死んでよ」
ポツリとつぶやいたアルバスの体が急激に加速。その姿が一瞬で掻き消えた。
今回のあらすじ
ダンジョンマスターの部屋で、ダンジョン内のモニタリングをしていた、ユート、みーちゃん、ニーナの三人は、ダンジョン付近のモニターに例のローブの二人組が映っているのを発見する。
なんと、その二人は勇者にも匹敵する程の戦闘力を持つ、聖国ミコイルのエリート特殊部隊だった。
即座に、みーちゃんは勇者達を呼ぶため、王都へと転移する。
一方でユートは、肝心な時に幼馴染の力になれない自分を悔やむのだった。
……そしてそんな折、突如、残されたユートとニーナの前に、例のローブ達が姿を現した。
戦力差は絶望的。そんな戦いに、ユートは身を投じることになってしまう。
◆◇◆◇◆
最近、無性に筆が進むのが早い。
……もしかすると、近日中に一週間毎日投稿とかできるかもしれません。(。-`ω-)
という事で、今回も読んでくださり、ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします!