第四十三話 ダンジョンの運営を解説してたら問題が起きました
「まず、ダンジョンにおける、特異的な仕組みがどういう物なのかをおさらいしようか。二人とも、ダンジョンのどんな所が他と違う?」
俺のこの質問に、ニーナとみーちゃんの二人から、次々と答えが返ってくる。
「……安心安全の蘇生機能」
「死んだら転送されるという所でしょうか」
「……あとは、記憶消去機能とか」
「階層ごとに、色々な環境があるという所だと思います!」
「まぁ、大体はそんな感じだな」
二人が言った事は、全て正解だ。これらの事は一般常識として、そして、冒険者の基礎知識として広く知れ渡っていて、よっぽど世間から離れていない限り、殆どの人が知っている事だろう。
そして、今回、最も重要になるのが、みーちゃんが言った、『記憶消去機能』だ。
その理由を軽く説明すると。
まず、俺たちがいるこのダンジョンは、千階層という鬼畜の塊と言っていい階層の多さもさることながら、その一階層一階層ごとも、他のダンジョンより四倍は広いという、はっきり言って攻略不可能なダンジョンとなっている。
ちなみに、ここよりも圧倒的に狭く、階層数が少ない他のダンジョンでさえ、最深階層まで攻略された物は皆無なのだという。
さらに、このダンジョンに至っては、現時点で一番深く潜った冒険者パーティーでも、二泊三日の泊りがけでようやく十五階層に進めた程度だという事を考えると、このダンジョンの規格外の広さを分かってもらえると思う。
そして、ダンジョンの内部が広いって事は、それだけ人が一か所に固まりにくくなるという事。つまり、人口密度が薄くなるところが多くなるのだ。
また、ダンジョンには必ず、上下階へと降りるための階段が設置されている。行くときも帰る時も、冒険者は、各フロアに三つ、四つずつ存在する階段を使う事となり、必然的に、階段付近や、階段と階段を最短距離でつなぐ通路には冒険者は集まりやすくなるが、それ以外の場所――それこそ、階段からは大きく外れた、所謂『辺境地』には、地図をマッピングしていたり、ダンジョン内に時々置かれている宝箱目当ての冒険者以外は殆ど足を踏み入れない。
よって、その『辺境地』は、特に人口密度が薄くなる傾向にあり、俺がいつも罠を仕掛けて冒険者を仕留めているのも、この『辺境地』だ。
理由はいたってシンプルで、ひとつの冒険者パーティーを倒すために発動した
罠を、他の冒険者に見られる心配がないという所にある。
何故、発動した罠を、他の冒険者に見られないと都合がいいのか。
それは、単純に、ダンジョンに仕掛けられる罠の種類が、ある程度限られているからだ。
落とし穴や、矢が飛んでくるなどという定番の物に始まり、特定の魔物が寄って来たり、すぐ近くに大量の魔物が召喚されたり等、モンスターハウス系の物。全部合わせると、約三十種類の罠があるが、逆に言えば、俺たちが設置できる罠は三十種類ぐらいしかないとも言える。
また、仕掛けられる罠の内、二十五種類ほどは他のダンジョンと共通の物だったりするので、俺たちのダンジョンのみに配備されている罠についての情報はかなり貴重だ。
罠とは、相手の意表を突くからこそ効果を発揮するのであり、対処方法が知れ渡っている罠は殆ど役に立たない。
そして、それと同じ理由で、罠を仕掛けられた本人もその時の事を忘れてくれた方が良いという訳だ。これが、先ほどあげた、『記憶消去機能』の有用性となる。
しかし、人口密度の低い所にいる冒険者なら片っ端から倒していけばいいのかというと、そういう単純な話でもない。
今更だが、俺達の目的は、早く効率的に冒険者を倒していって、より多くのMPをダンジョンコアの中に溜めていく。という事にある。
だが、結果を急いで手当たり次第に冒険者達を駆逐し、死亡する冒険者の数が多いという事で、このダンジョンが「超難易度ダンジョン」だという印象を周りに植え付けてしまった場合、このダンジョンに挑戦する冒険者の数は急激に減っていくこととなるだろう。
死んでしまえば、一方的に冒険者達の損となってしまうからだ。
そうなってしまったら、結果的に冒険者から得られるMPは減少し、目標達成ははるか遠くの未来へと逃げて行ってしまうかもしれない。
つまるところ、罠を仕掛けるのも程ほどに。時には見逃し、時には倒して、間引きするような感じでMPを稼いでいきましょうというわけだ。
とは言っても、冒険者に罠を解除されたりとか、罠を避けられたりもするし、罠は一回仕掛けると、次の罠を仕掛けるまで五分ほど間を開けないといけないとか制約もあるから、そんな簡単な問題でもないんだけどな。
――と、俺はこれらの事を、二人に懇切丁寧に説明した。
「……流石、ユウ君。その昔、『夜の魔王』と名乗っていただけの事はある」
「ちょっ、それは待て⁈」
「……何で、待つ必要が?」
「今までの説明を聞いて、何で、『夜の魔王』と名乗っていただけの事はあるっていう話に繋がるんだよっ⁉」
ちなみに、『夜の魔王』とは、勿論、所謂「そういう事」では無く、小学生の低学年の頃、周りよりもかなり早めに中二病をこじらせていた俺が、自ら名乗っていたあだ名である。
だが、その事を知らないニーナは――
「ユートさんは、夜の魔王さんなのですか⁈ わ、私のお父さんと同じ立場の人なのですか⁉」
……うん。まぁ、純粋だからか、何か勘違いしてくれているみたいだな。
ただ、委縮して、いきなり土下座しようとするのは止めて欲しい。お姫様や王族が、簡単に頭を下げるものじゃありません。(みーちゃんに脅されている、ストレア王国の国王は除く)
「いや、ニーナ、それは――」
「……その通り。それも、最強の『夜の魔王』」
「さ、最強の⁈」
再び、特大の爆弾を投下するみーちゃん。……もう止めて。俺のライフはとっくにゼロよ。
くそぉ……もう今は、「右腕が疼くぅうウウウウ!!」とか、言ってねぇのに。
「……そう、ユウ君は『夜の魔王』の究極進化系。レベルは五百越え」
「そ、そうなんですかっ⁈」
「こら、そこ! 純粋な少女に、変な事教えてんじゃねぇ! そして、俺を化け物扱いしないで⁈」
「……ん。レベルは冗談」
「ニーナは本気にしてるから、止めてるんですけどね⁈ そして、究極進化系とか、『夜の魔王』とかは冗談じゃなかったのかよっ!」
「……あ、それも冗談だった。忘れてた」
「自分の発言に、責任を持てぇえええええええ!!」
俺のツッコミが、ダンジョンマスターの部屋へと響き渡る。
――その後、数十分かけ、俺はニーナの誤解を解いたのだった。
◆◇◆◇◆
しばらくたって、ダンジョンマスターの部屋には、空腹時にはたまらない、多様な料理の匂いが漂っていた。ようは、現在進行形で昼食を取っているのである。
今日の昼食のメニューは、メインにチキン南蛮。あとは、卵スープに、コッペパン。何か、どっかの給食の献立みたいになっているのは偶々だ。
また、今日は店の方は休業の日なので、ここでのんびりと昼食を食べていても何ら問題は無い。
いつものように俺が昼食を作り、「いただきます」の掛け声で昼食は始まった。
「……むぅ、ユウ君、痛い。そして、酷い」
そして、そんな昼食の最中、少しズキズキとするらしい頭を押さえたみーちゃんがいた。ちなみに、みーちゃんが頭を押さえている理由は、俺がみーちゃんの行き過ぎたボケに対して、鉄拳制裁を加えたからである。
そんなみーちゃんが、少し不満そうな視線と同時に、口でも俺に文句を言ってきた。
「どの口がいうか。どの口が……ってか、口に物を入れた状態で喋るな。お行儀が悪いぞ」
勿論、俺だってそう簡単には負けない。皮肉を混ぜつつも、みーちゃんに言い返す。
てか、あれは有罪だろ。有罪。かっこよく言うと、ギルティ。
「あ、あの……お二人とも、喧嘩は良くないと思います」
「……ニーナ。これは喧嘩では無い。所謂、SMプレイ」
「SMプレイ……ですか?」
俺たちの間に流れる雰囲気に不安を覚えたのか、ニーナが心配そうに口を挟んだ。だが、その後のみーちゃんの言った意味が分からなかったのか、首をかしげる。
「はいはい、そこそこ! いい加減に、ニーナに変な言葉を覚えさせるのは止めようね。しかも、全くSMの要素ないよね?」
「……そう?」
「……とりあえず、飯を早く食べてくれ。いつまでもそうやってると、飯が冷めちゃうぞ」
「……ユウ君の料理を一番おいしい状態で食べれないのは不服。だから、了解」
俺の言葉にみーちゃんは、ようやく口を噤んでくれた。
そのままみーちゃんは、少しニヤニヤとしながら、皿の料理を食べ始める。
ちなみに、みーちゃんがニヤニヤとしているときは、決まって、かなり機嫌の良い時だ。俺を思う存分いじって、満足した結果だろう。
俺はその事を少し不服に思いつつ、黙って料理を口に運んだ。
ある一定の平穏を取り戻した食卓は、どこか温かさを感じさせる。しばらくすると、俺の中にあった、みーちゃんに対する少しのムスッとした感情はどこかへ消え去った。それを感じ取ったらしいニーナも、安心した様子で料理に手を付け始める。
『おいしい料理は人を幸せにする』。
そんな名言を言ったのは誰だっただろうか。とりあえず、その人には賞賛を送りたい。
俺がそんな事をのんびりと考えていると。
「あ、ユートさん!」
突然、ニーナがどこか慌てた様子で、モニターを見つめながら俺に声をかけてきた。
それを受け、俺はニーナの見つめているモニターを覗くと――
――そこには、先日見つけた、二人のローブの男が映っていた。
今回はダンジョン運営方法でした。
次回は、少し色々とごちゃごちゃする予定。
という事で、次回もよろしくお願いします!




