第四十二話 絶望的ダンジョンへようこそ
『な、なんだよっ! このトラップは⁈』
人の絶望を誘うかのような薄暗さを見せる、ダンジョン。
そんな、地下の大迷宮のとある一角。
三階層という低階層にもかかわらず、人気が少ないその場所に、一人の青年の悲痛な声が響き渡る。
その声を発した青年は、彼のパーティーメンバーであろう、四人の冒険者と共に――行き止まりの部屋で多数のゴブリン達に包囲されていた。
『うわっ⁈ 気を付けろ、遠距離型ゴブリン達まで寄ってきたぞ⁈』
絶対絶命。
そんな不吉な言葉が、パーティーメンバー全員の頭をよぎる。
今までは、集まってきたゴブリン達が全て近接戦闘型だったため、彼らでも何とか対処はできていた。だが、そこに後方支援が得意な個体が加わるだけで、膠着状態だった戦況はがらりと変わる。
『ダメだ、完全に袋小路まで追い詰められ――ぐわっ』
まず、手始めに、唯一の後衛だった弓持ちの背の低い少年の胸に、ゴブリンアーチャーによって放たれた矢が突き刺さる。少年は膝から崩れ落ち、白い光に包まれて、その場から消え失せた。
『ショーン! くそっ、皆、出来るだけ離れ離れにならないように密集――ギャアアアアアァァァァァァ!!』
次に、弓持ちの少年がやられた事に動揺した短槍を装備した青年が、増え続けるゴブリンの物量に押しつぶされる。
『『『マシューーーーーーーズ!!!!』』』
多数のゴブリンの鳴き声が木霊するダンジョンに、残された三人の冒険者の悲痛な叫び声が響き渡った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
『『『マシューーーーーーーズ!!!!』』』
全千階層という、全冒険者に全力で喧嘩を打っていると錯覚してしまうほどに深いダンジョン。そのたった三階層目で、ゴブリンの大群に襲われている集団の悲痛な叫び声が、モニターを通してダンジョンマスターの部屋にも木霊した。
「よし、これで二人分のMPを確保と」
普通の人間ならば、どこかやるせない気持ちになるかもしれないその叫び声を、俺は、おやつとして焼いた自家製クッキーをついばみ、ホットミルクを飲みながら聞いていた。
俺は今、ダンジョンマスターの部屋で、ダンジョンを攻略しようとダンジョンへと突入して来た、五人組の冒険者のモニタリングを行っている――いや、すでに二人の冒険者は死亡されているから、残りの三人をか。
彼らがいるのは、第三階層の、未だに誰もがマッピングを出来なかった地帯。
ダンジョンの未踏破地域のマッピングをして、そのマッピングした地図をギルドまで持って行って報告すると、その成果に応じて報酬を得られる上、ダンジョン内では、ほぼ100%命を失ってしまう可能性が無いので、低階層の未踏破地域へと足を運ぶ新人冒険者は数多い。
俺が、今見ているモニターに映っている彼らも、そんな新人冒険者の内の一パーティーなのだろう。装備が明らかに貧相だった。
「――っと。全滅したか」
そしてついに、俺の視線の先のモニターの中、五人の中で最後まで残った盾槍装備冒険者が、ゴブリンウィッチの火属性魔法『ファイヤーボール』をその身に受け、力尽きた。
手元の時計を確認すると、冒険者五人を片づけるのに、ゴブリン達が擁した時間はおよそ五分。まぁ、冒険者五人の練度から考えると、概ね予想通りの時間と言えるだろう。
冒険者が消え、ゴブリンも獲物がいなくなったことで部屋を出ていき、袋小路だった部屋は、元の静けさを取り戻していく。
「ユートさん、ミルクのおかわりはいりませんか?」
「あぁ、頼むよ」
俺は、モニターの中で部屋から引き揚げていくゴブリン達を見ながら、お盆を持ったニーナに、空になったコップを手渡す。
ニーナは、ミルクを入れに、台所へと向かった。
改めてだけど。この部屋、何気にハイスペックだよな。台所どころか、風呂やトイレも完備してるんだからなぁ……もう、俺の家に泊まらずに、ニーナはここで寝泊まりすればいいんじゃないんだろうか。
まぁ、でも、昨日のニーナの様子を見る限りでは、紅蓮聖女の面々とも楽しくしてたみたいだし、多少食費が増えるのも、今の稼ぎなら全く問題にもならないか。
それに、ニーナは、今まで一人でこのだだっ広い場所に住んでいたんだもんな。昨晩の「あれ」はそんな状態の中で少しずつ蓄積していった、孤独感とか色々な物が原因になってるんだろう。それらをニーナの中から取り除いてやりたいし、現状では、このままニーナには家で寝泊まりしてもらう事にするか。
俺が台所へと向かうニーナの後姿を見やりながらそんな事を考えていると、ニーナと入れ違う形で、みーちゃんがひょっこりと部屋に姿を現した。
――そう。俺とニーナで本当の事を白状したあの後、あろうことか、みーちゃんが自分もダンジョン運営を手伝うと言い始めたのだ。
ニーナはそれでも良かったみたいだが、俺としては、勇者としての仕事はやらなくてもいいのかよ、とツッコまざる負えない状況なわけで……。俺がその事を指摘すると。
『……王は脅しとくから大丈夫。万事解決』
何故か誇らしげに、みーちゃんはそう胸を張ったのだった。……俺が絶対に、みーちゃんに逆らわないと心に誓った瞬間である。
そして、やっぱり王様が不憫すぎてヤバい。今頃、ベッドで泣きまくってんじゃないだろうか。
ちなみに、王を脅しても万事解決にはならないと思う。寧ろ、国家問題になると思いました。
「……ユウ君、ホットケーキを焼いたから、食べてくれる?」
「あ……あぁ」
いつの間にか、俺のすぐ近くまで寄って来ていたみーちゃんに声をかけられる。
「……ユウ君、どうかした?」
「い、いや、地球にいた頃は料理なんてしなかったみーちゃんが、いつの間にか料理が出来るようになってて、少し驚いた」
ちなみに、みーちゃんが地球にいなかった時に料理をしなかった理由としては幾つかあるが、一番大きかったのは、俺がいたからなんじゃないかと思う。
当時、俺とみーちゃんは家族ぐるみでの付き合いがあって、お互いの両親は共働きだった。なので毎晩、俺がみーちゃんの家に行ったり、俺の家にみーちゃんが来たりして、俺が二人分の晩飯を作って二人きりで食べていた。
それ以外の家事は二人でこなしてはいたものの、俺は絶対に、みーちゃんを台所へ立たせるという事はさせなかった。……ぶっちゃけ、当時のみーちゃんは絶望的ではと思うほどに、料理のセンスが無かったのだ。チャーハンにわさびを入れたり、味噌汁にコチュジャンとか豆板醤入れたりなどは、まだ救いようがあったが、ホットケーキにからしを入れた時は、俺がそれを何も知らずに食べて、思わず吐きそうになったことを覚えている。
そのころと比べれば、今、食べているホットケーキは偏見抜きにしてもかなり旨い。
何より、ふつーに甘い所が良かった。
確かに、まだ生地が少し硬かったり、火が少し通りきってない等、改善の余地は残っている。それでも、みーちゃんは、俺が知らない所で確実に成長を遂げていたのだ。
「……む。それは当たり前。いつまでも、あの頃の私では無い。日々、レベルアップしてる」
「物理的な意味でも、レベルアップしてるけどな」
そのせいか、今のみーちゃんには、喧嘩したら勝てる気がしない。それどころか、こっちは灰にされそうな気がする。
「まぁ、とりあえず、みーちゃんのホットケーキ、とても旨かった。ありがとう」
「……ん。ユウ君にも褒められたし、練習したかいがあった」
そう言いながら誇らしそうに胸を張るみーちゃんの表情は、どこか満足げ。その光景がどこか微笑ましく、愛しく思えてしまった俺は、いつの間にか、昔の様にみーちゃんの頭を優しく撫でまわしていた。
「……はう」
思わず、といった感じで、みーちゃんの口から溜め息が漏れる。
こんな年にまでなって頭を撫でられているためか、羞恥で頬を朱に染めたみーちゃんは、とても美しい。無意識で手を動かしながらも、俺はその美貌に釘付けとなってしまっていた。
みーちゃんは可愛い。それは、小さいころから分かりきっているはずだった。だからこそ、小学生時代は、そんなみーちゃんの傍にいる俺が、他の男子から仲間はずれにされていたんだろうし、それは、当時の俺も何となく理解していた。
しかし、今は、その時とは少し違う。
六年間、その長い時を俺とは違うこの世界で過ごしてきたみーちゃんには、どこか凛々しさと言った力強さを感じられる。
ただ、みーちゃんが成長して大人っぽくなったからなのか。
それとも、異世界に召喚されて勇者として活動を続けた結果なのか。
はたまた別の理由があるのか。
それは、今の俺には分からない。
一つ、言えることがあるとすれば、そんな成長を遂げたみーちゃんは「綺麗」だという事。そして、そんな成長を遂げた今でも、このような反応を見せてくれる彼女をとても「愛おしく」思えてしまうという事だろうか。
とりあえず、今は、こんな何気ない時間がとにかく短く感じる。
心の奥底で、みーちゃんと少しでも長くいたいという気持ちが何処となく大きくなっている事を日に日に感じていた。
「……ユウ君、顔赤い」
「そ、そうか?」
いつの間にか、俺の中にも恥ずかしさが生まれていたのだろうか。
みーちゃんの言葉に誤魔化すようにして笑い、手を頭からどけた。
いつまでも、こうしている暇は無い。本当はもう少し、触り心地の良いみーちゃんの髪の感触を楽しんでいたかったが、それは許されない。
「……あ――残念」
何かみーちゃんが小声で呟いていたが、俺は、それを無視して、再びモニターを視界に収めた。
モニターには、幾つもの光点が蠢いているダンジョンの1~5階層の地図が映し出されていた。
モニターの地図の中で細かく動いている光点は四種類あって、
白……非戦闘時の冒険者
赤……戦闘時の冒険者
黄……非戦闘時の魔物
青……戦闘時の魔物
という色分けとなっており、一目で各階層の詳しい状況が分かるようになっている。
「ユートさん、ミルクをお持ちしました」
「あぁ、ありがとう。そこに置いておいてくれるか?」
「はい!」
ニーナが運んできたホットミルクで一息つく。
砂糖を使ったのか、ほのかな甘みが口の中に広がった。
ちなみに、この牛乳、家畜化されている牛型魔物、『ホルステイン』から搾取された物だ。
本来なら凶暴な物が多い魔物だが、この魔物は比較的温厚な性格をしていて、それなりに辺境の地であるグリモアでは、この魔物が家畜として飼われているのは良く見かける光景である。
閑話休題。
しばらくミルクを飲んで休憩を終えた俺は、ニーナやみーちゃんと共にモニタリングを行いながら、色々な事を手ほどきしていた。
ついさっき知った事だが、このダンジョン、殆どすべての条件を、ニーナまたはダンジョンマスターであるニーナが認めた者によって操作できるらしい。
それは、罠しかり。出現する魔物の種類や量しかり。採取できる素材しかり。
とりあえず、ダンジョンに関する事ならば、目の前に表示されているモニターを操作すれば、一瞬で変更可能なのだそうだ。
ただし、ダンジョンの内部構成や地形は変更できない。
まぁ、元々、ダンジョンの地形をいじるのは色々と問題が起こりやすいため、変更するつもりは無かったので、特に問題は無いだろう。
「あの、ユートさん」
「ん? 何?」
と、そんなこんなで順調に――とは言えないかもしれないものの、それなりのペースで冒険者を葬り、ダンジョンコアにMPを貯めていた時、ニーナがいかにも「質問があります」的な表情で俺に話しかけて来た。
「ユートさん、先ほどから罠を設置して、冒険者の皆さんを倒していかれていますが、罠を設置しているのは、人通りが少ない所が多いですよね? どうして、もっと人が多い所に設置しないんですか?」
「うーん、それを説明するには、ダンジョンの仕組みの意味や活用方法を考えないといけないんだよな」
「ダンジョンの仕組みの意味や、活用方法……ですか?」
「……それって、どういう事?」
話の内容が気になったのか、みーちゃんも話に混ざってきた。俺は二人に、うん、と頷き、話を続ける。
今回は区切りが良かったので、ここで一旦区切ります。(決して、時間に間に合わなかったというわけじゃないです! ←ここ重要)
次回は、ユート君による、効率的なダンジョン運営方法の講習会的な感じになると思います。
……そして、ユート君の新たな一面も?!
という事で、読んでいただき、ありがとうございました(*´ω`*)
次回も宜しくお願いします!




