第四十話 ニーナの心
第一章の登場人物紹介1を加筆……というか、紹介人物を召喚者、転生者のみから全体へと増やしました。
暇な方は是非。
夜。
紅蓮聖女のメンバーや、孤児院の餓鬼たち、更には今日から半強制的に同居することとなったニーナやみーちゃん達に晩飯を作り、手伝うと申告してくれたみーちゃんと明日に売るポーション類を調合し終わった挙句、さらに色々な用事を終わらせた俺は、心身共にすっかりと疲れ切っていた。
シャワーを浴びて今日一日の垢を落とし、俺は二階の階段わきにある自分の部屋へと入り、部屋の窓際を占領しているベッドへとダイビングヘッドを決める。
「チャームシープ」という、羊型のDランク魔物の体毛から作られているベッドが優しく俺を包み込み、ダイブの衝撃を吸収した。
「はぁあ、つっかれたぁ……」
ベッドへと沈み込む体。
口から洩れる吐息。
そして、無意識の内に自分の肩を揉む今の俺は、傍から見ると、おっさん臭さが天元突破している事だろう。
だが、今の俺にそんな事を気にかけている余裕はない。
今日という日があまりにハード過ぎたからだ。
本来、今日は、軽くダンジョン攻略をするだけの簡単なお仕事。という日になっていたはずだった。
しかし、蓋を開けてみれば、一国のお姫様に半分誘拐され。国同士の諍いに半分巻き込まれ。代理ながらも、ダンジョンマスターへと成り。いつの間にか、同居人が二人増えていた。
「って、こう考えてみると、俺、よく今日無事だったよなあ……」
改めて今日という一日を思い返し、ため息を一つつく。
うん。俺、この世界に転生してからトラブルに巻き込まれまくってるような気がする。……まぁ、勇者であるみーちゃん達の方が、よっぽど色々な事に巻き込まれてるんだろうけど。
俺がそんな事を考えていると。
「あの、ユートさん」
寝室の扉の向こうから、声が発せられた。
その声はどこか儚げで、幻想的ですらある。
この声は……
「ニーナ……か?」
「はい。少し、心細くなっちゃって……少しの間だけ、一緒にいてもらってもいいでしょうか?」
「えっと……まぁ、一緒にいるぐらいなら別にいいけど」
「ありがとうございます……では、失礼します」
ドアノブが回され、扉が静かに開く。
その先には、ネグリジェを纏った、扇情的な格好をしたニーナが――
「――って、ブフッ⁈」
「ど、どうかされましたか⁈」
「い、いや。ニーナ、俺は一応男なんだから、もう少し格好に気を付けてほしいんだけど……」
「えっ……格好? ……っ⁈ は、はぅ……!」
俺の照れ隠し半分の指摘に、ようやく自分がいかに大胆な格好をしていたのかを理解したらしいニーナが、その頬を真っ赤に染めて、身もだえ始めた。
その動きは思いの外激しく、その急激な動きによって、ニーナの平均よりは確実に大きい胸が激しく揺れ動いており、更に俺は顔を赤くしてしまう。
やっぱりニーナって、天然なのか。そして、結構、着痩せするタイプだったのか……
頭の比較的冷静な部分でそんな事を考えつつ、部屋に備え付けられているクローゼットの方まで移動し、中から一着のコートを取り出して、それをニーナの方へと放った。
「と、とりあえず、それを着てくれ……」
「は、はいぃ……」
ニーナから顔を背ける。
特に意味は無い。何故なら、ニーナは、着替えるわけでもなければ、服を脱ぐわけでもないからだ。これはあくまで、俺が無意識の内にした、反射的な行動であり……いや、女子が無防備な様子で服を持ってたら、なんだか色々と変な気持になっちゃうんだよ。
元オタクの妄想力もとい、想像力をなめんな。
そんな俺の意思という名の言い訳をくみ取ったのかは謎だが、ニーナは顔を背けた俺に気にすることなく(恥じらうという意味では気にしていたみたいだが)、俺が渡したコートをネグリジェの上から羽織った。
「シュッ」という、この状況下では些か艶めかしすぎる音を意識的に無視し、数秒にも満たない、それでいて、色々と心苦しい苦行に耐える。
やがて、俺の後ろで小さく動いていたような気配は消え去り、それを確認して後ろを振り向いた。
そして。
「ユート……さ…ん……」
「どうしたんだ、ニーナ……?」
向けた視線の先。コートを羽織った少女の肩は、何かに耐えるように、小刻みに震えていた。
その様はまるで、深く生い茂った山の中、親鹿とはぐれてしまった小鹿のようで。
今にも消えてしまいそうな気がして。
――次の瞬間、ニーナは俺の胸の中へと飛び込んできていた。
腹の中央に少し大きめの衝撃を感じて、飛び込んできたニーナを支えきれず、俺は腕の中のニーナと一緒になってベッドへと倒れ込む。
胸の上で震えているニーナが、ビックリするぐらいにか弱く、そして、小さい。
「……ニーナ、一体どうしたんだ?」
「……はぃ。突然すいません」
「何か、怖い事でもあったのか?」
「(フルフルフル)」
何があったのか問いかけるも、ニーナは何もないとばかりに、首を横に振るだけ。
だが、突然俺の部屋に来て、肩を震わせながら俺の胸の中にダイブしてきたこの少女に何も無かったなど、考えずらい物がある。
(……うーん、これはあれか? 何かあったのはあったけど、実際に人に言う時に尻すぼみして、いざという時に言えなくなっちゃうという)
これは、俺にも心当たりがある。
例えば、俺が学校で孤立していた時。その事を、いざ、親や教師に相談しようとすると、途端にそれが言えなくなってしまうのだ。
これは、よっぽど酷い体験をした際に引き起こされる、心の病気の一種だとテレビで聞いたような気がする。
恐らく、ニーナは今、そのような状況に陥ってしまっているのだろう。
「ニーナ。俺は君じゃない。だから、何があったのか。何を恐れているのか。そういう事を話してくれないと、俺には分からない。勿論、ニーナには本当に何もそういう事は無かったのかもしれない。だけど、昼にニーナから聞いた事を考えれば、ニーナはとてもつらい経験をした……俺にはそう思える。無理に話してくれとは言わない。このまま、俺が一緒にいていればニーナの中に巣くっている「何か」が消えてなくなるんだったら、俺は喜んでそうする」
あえて、無理強いはしない。
俺の経験から言ってしまえば、これは、一度乗り越えてしまえば、ある程度は症状が軽くなる類の物だ。少なくとも俺はそうだったというのが正解なんだけど。
とりあえず、そういう類の場合、他人から無理強いをされると、途端に症状が悪化する場合がある。ソースは俺。
だからこそ、俺はニーナに無理強いはしない。したくない。
「でも、ニーナはいつかは「それ」を乗り越えなくちゃいけない。それはとても辛いことかもしれないし、その過程で心細くなったり、自分がどこにいるのか、どこに向かっているのか、分からなくなったりもすると思う。
出来れば、俺はニーナが「それ」を乗り越える手伝いをしたい。……ダメか?」
これはあくまで、俺自身の、しかも、こことは全く違う、「地球」という世界で培った考えだが、人というのは、大小差があれども皆、少なからず何かしらのトラウマやら嫌な思い出やらを持ち合わせている。
俺で言うなら、イジメや孤独といったものがそうだし、ニーナにも、この様子を見ている限りでは何かしらあるのだろう。みーちゃんにもそういったものはあるだろうし、いつも笑みを絶やさない、温厚そうに見える駿にも何かあるに違いない。
そして、生きている間に、皆、その出来事を色々な方法で乗り越えようとしていくのだ。
無様に足掻いてみたり。
二度と思い出さないように記憶の奥底に封印したり。
誰かに助けを求めたり。
逆に、自分だけの力で解決したり。
かと言って、別に、その出来事を確実に乗り越える必要は無い。時間は自分の状態に関係なく無情に過ぎていくからだ。時には、その時間が出来事を忘れさせてくれることもあるだろう。
だが、それでは完全じゃない。
それでは忘れただけであって、「解決」したわけじゃない。
忘れただけでは、ひょんな事からそれを思い出し、再び心を締め付けることになりかねない。
その痛みは俺が自分で経験しているし、その「痛み」に耐える苦痛だけは理解しているつもりだ。
「な……なんで……」
その時、ニーナはぽつりと呟いた。顔は下を向き、掠れたような、涙を堪えているような小さな声だったが、一切の音が無いこの部屋に置いて、ニーナの声は良く響いている。
「なんで、なんで、なんで……!」
それは、心の奥底に無理やり押し込められていた、ニーナの感情。
「なんで、なんで……どうして、私がこんな目に遭わなくちゃいけないの⁈ 国民の事を第一に考えて、皆の為に国を治めていたお父さんが、そんなお父さんを献身的に支えていたお母さんが、私たちを支持して国の統治に協力してくれた国民たちが、どうしてこんな目に遭わなきゃいけないの⁈ どうして、皆、死ななきゃいけなかったの⁈ 分からない、分からないよ……」
この世界特有の、それぞれ色が違う四つの月が夜空から見下ろしている中、今はただの少女が己の感情を吐露し、爆発させる。
「敵に追い掛け回されて。私一人だけが逃げ延びて。後ろでは味方の兵士達が殺されて。叫び声や絶叫が絶え間なく聞こえてきて。私に付いてきた人も、私を逃がすために囮になって。一人、また一人ってどこかへ消えて行って。ねぇ、ユートさん、どうして私は逃げ延びたの? どうして、私だけが生きているの? どうして、私だけ死んでいないの?どうして、私だけ――っ⁈」
その時、俺は思わずニーナの頭を抱き、胸に引き寄せていた。
ニーナは、突然の出来事にビックリしたのか、体が強張っている。
しかし、俺がそのまま優しく頭を撫でていると、落ち着いてきたのか、次第に俺の胸に体重を預けてくるようになっていた。
「……大丈夫。大丈夫だから」
「うぅ……うぅ……うぇ」
やがて、ニーナの口から嗚咽が漏れ出る。
服が胸を中心に濡れていくが、そんな事は気にせず、俺はニーナを撫で続けた。
◆◇◆◇◆◇◆
「さ、先ほどは、いきなり飛びついたり、叫んだりしてしまい、申し訳ありませんでしゅた⁈」
しばらくして。完全に落ち着いたらしいニーナが、土下座して俺に謝っていた。
「えっと……うん。ニーナの気持ちや感情やらは俺もなったことがあるし、あまり気にしなくても――」
「いいえっ! それでもです⁈ こ、こんな取り乱してはしたない姿をユートさんに見せてしまうなんて……あわわ……と、とりあえず、すいませんでしたぁあああああああ⁉」
「お、おい、ニーナ⁈」
ついに羞恥心が限界に達したのか、顔を真っ赤にしてどこかへとすっ飛んで行くニーナ。
俺はそれを茫然として見送る事しかできなかった。……いや、恐らく、自分の部屋に帰っただけだと思うんだけど。
「……とりあえず、寝るか」
やることが無くなってしまったので、さっさと寝よう。
明日からは店や調合以外にも、ダンジョン経営という厄介ごとをこなさなくちゃいけない。休める時には休んだ方がいいだろう。
俺は、そのままベッドへと潜り込むと、すぐに意識を手放した。
――ニーナが部屋にいた間中、廊下からこちらを伺っていた視線に気が付くことも無く。
「……ん。ユウ君、今回は許す」
最後が少しホラーっぽくなってしまいましたが、問題ないよねっ!
という事で、今回も読んでいただき、ありがとうございました(*´ω`*)
そして、マジックライフ、2.000.000PV突破しました! あざます!
これからも、宜しくお願いします!




