第三十五話 ダンジョン攻略3
鈍く光る剣筋が、ダンを切り裂こうとその身に迫る。
だが、それを向けられた当の本人はなんてことないかのように、それの軌道上に自身のハルバードをすべり込ませ、受け流すようにして弾いた。
交わる剣線。
鳴り響く金属音。
そして、悪臭を放ち、特徴的な緑色の体を驚愕で膠着させる魔物――ゴブリンソードマンが右手で握っていたかなり錆が目立つ鉄製の両刃直剣は、魔物の手を離れ、空中へとその剣身を投げ出していた。よく見ると、その両刃直剣は半ばからへし折られており、真っ二つとなっていた。
ダンジョン特有の岩盤のような壁に、地面へと突き刺さらず弾かれた錆だらけの剣の落下音が木霊する。
所謂、「武器破壊」。
そしてそれは、戦闘中における明確な優劣が決することを意味する。
「はあああああああ‼」
無論、それを見逃すダンでは無い。
ダンはゴブリンソードマンが驚愕で動けないと見ると、即座に前傾姿勢を取り、緑色の体の懐へと入り、己のハルバードの重さをも利用して魔物の首に勢いよく叩きつけた。
――そして、終。
首を刈り取られた魔物は、恐らく自分がどうなったかさえも理解できないまま、その命を呆気なく散らす。
「ゴトリ」という音に視線を向ければ、躰から綺麗に切り離された緑色の顔が緑色の液体を付着させた状態で地面を転がっていた。
「よっ、お疲れ様」
たった今戦闘を終え自身の得物を腰の鞘に差したダンに、整った顔に微笑を浮かべながら近づいたノエルが労いの言葉をかける。
現在、俺たちがいるのは第三階層。昨日、ノエルとダンがダンジョンを探索した際、やむなく引き返すこととなった階層だ。とはいえ、本来、この階層に出現する魔物は俺やダン、ノエルが後れを取るほど強くは無い。
では何故、昨日ダンとノエルはこの階層で引き返しざるおえなかったのか。
それは、彼らが『彼ら二人だった』という事にある。
ダンとノエルはどちらも近接戦闘型。勿論、一部例外はあるものの、基本的には近接戦闘型は飛び道具――遠距離での攻撃手段を持たない。
そして、そんな遠距離での攻撃手段を持たない二人。そんな二人を弱者の立場ながらに苦しめたのが、三階層初出の魔物、「ゴブリンウィッチ」と「ゴブリンアーチャー」だ。
ゴブリンウィッチは読んで字の如く簡単ながらも魔法を使えるゴブリンで、他のゴブリンとは違い、薄汚れた三角帽子をかぶっているのが特徴だ。
そして、ゴブリンアーチャーは弓を装備したゴブリン。外見は通常のゴブリン達とあまり変わらない。
この二匹が何よりも厄介なのは遠距離から攻撃を加えることが出来るという事。そんな魔物が近接戦闘が出来る「ゴブリンソードマン」や「ゴブリンランサー」、「ゴブリンシーカー」などと群れを成せば、厄介極まりない。
近接戦闘型のゴブリン達が敵を抑え込み、彼らが危険になれば後方から魔法や弓が飛んでくる。拙いながらもある程度連携が取れたその攻撃は、近接戦闘型であるダンとノエル二人だけでは少し対処が難しい攻撃だろう。
ノエルが壁役として敵を抑え込み、トウヤがその後ろから飛び出て攻撃を仕掛ける。そうすればある程度は敵にダメージを負わせられるだろうが、それでも、後方で待機しているウィッチやアーチャーに攻撃を届かせるのは難易度が高い。
だが、今日は二人だけじゃない。俺が一緒に付いて来ている。
後方火力である俺が二人のパーティーに加わることによってもたらされる一番大きな恩栄は敵の後方火力に直接的に攻撃を加えられるところにあり、それによって二人の負担を軽減することが可能だ。
目には目を。歯には歯を。後方火力には後方火力を。と言うわけである。
「よし。魔石も回収できたしの、次々狩っていこうぞ!」
「あーもう。ダン、分かったからそう騒ぐなって。まずは、魔石をアイテムボックスに収納するから、こっちに寄越せ」
「ふむ。それもそうじゃな」
そうしてダンを促した俺は、回収したばかりの魔石を受け取り、アイテムボックスへと収納した。既にアイテムボックスの中には、サイズは極小のみだが、魔石が二十個以上集まっている。
時価価値としては銀貨二十枚以上。これだけ集めれば、三人で三等分で分けるとしてもかなりの額となるだろう。
「結構、魔石が集まってきたな」
「あぁ。だが、まだまだ稼ぐぞ」
「当たり前だ」
ノエルもダンもまだまだやる気は十分の様。
これは、俺が渡したスタミナドリンクでちょくちょく体力を回復しているためだろう。
このスタミナドリンクには、五百ミリリットルあたり三分の一本分のローポーションが溶け込んでいる。薄くなったローポーションは傷の治りが早くなるという効果を失ったが、体力が回復するという効果はそのまま残っているため、手軽に水分補給しながら体力が回復できるのだ。ちなみに、ローポーションの味は苦々しくて飲みにくいが、このスタミナドリンクは柑橘系のフルーツの果汁を混ぜてあるため、かなり飲みやすい物になっている。
――と、話が逸れた。
とりあえず、スタミナドリンクに関しての感想はダンジョンを無事に脱出した時に聞くとして、俺は二人を促してダンジョン三階層の奥へと進んでいく。
今までの階層はダンとノエルが昨日踏破していたので、地図を見て、迷うことなく階段までたどり着くことが出来た。だが、ここからはダン達も来たことが無い場所となっているので、手探りで地図をかき込みながら進んでいくこととなる。
ちなみに、全冒険者達が書いた地図を統合すると、この三階層のマップ踏破率は大体三割程度ということらしい。四階層も大体それぐらいで、一階層は八割。二階層は六割程度は踏破されているのだとか。
だが、これが五階層になると、一気に踏破率は下がってしまう。
その理由は色々とあるのだが……まぁ、今のところは俺には関係ないか。まだしばらくは五階層まで下りる気はないし、ダンとノエルもそう言ってたからな。
と、俺がそんな事を考えていると。
「ユート。やっとお前の出番だぞ」
ノエルが前方に注意を向けながら、俺に戦闘態勢を取るように勧告。
俺がノエルの視線を追い、前方を伺うと、五匹から成るゴブリンの群れがこちらへと近づいてきている所だった。
そんな五匹の内訳は、ソードマン二匹、シーカー一匹、アーチャー一匹、ウィッチ一匹という、ある意味で理想形。つまり、バランスの取れた群れ。
……って、これは流石にダンとノエルの二人だけじゃ対処しきれないよな。今までは後方火力が無かったから二人だけで戦闘してたけど、今回は俺も混ざるか。
俺は心の中でそう呟きながら、アイテムボックスから小杖を取り出し、右手で握る。
この小杖には、小さいながらも魔石が先端にはめ込まれていて、僅かに装備者の放つ魔法の威力――つまり、装備者の「INT」を底上げする効果がある。
ゴブリン達も俺たち三人に気が付き、後方火力であるウィッチが魔法を詠唱し始める中、前衛のソードマン二匹とシーカー一匹に加え、アーチャーも己の得物を前に掲げた。
『『ヒノタマヨ、ハジケトベ』ファイヤーボール』
次の瞬間にはウィッチの詠唱が完成し、その手から火属性初級魔法「ファイヤーボール」が放たれる。
だが、ゴブリンウィッチはゴブリンという種族の特性上、INTは人間である俺たちよりも少し低い。
そして、そんなゴブリンウィッチが放った真っ赤な火の玉は野球ボールほどの大きさでこちらへと向かってきた。
「ウォーターボール‼」
俺は、そんな貧弱な魔法(とは言っても、野球ボールほどのファイヤーボールでも当たればそれなりに怪我は負う)を、火属性に対して相性のいい水属性魔法――ウォーターボールで相殺する。
――――――――――ッ‼‼
二つの魔法がぶつかることによって引き起こされる衝撃。髪の毛を攫うような風。
トウヤとダンの二人は、そんな中、敵を殲滅せんとゴブリン達へ突貫していく。
『ギシャアアアアア‼』
勿論、ゴブリン達もそんな二人を指を咥えて見ていたわけでは無い。
ソードマンは両刃直剣を。シーカーは短剣を。
各々が装備した武器を携えて、ダンとノエルの二人を迎え撃った。
そして、そんな二人と三匹を補助するような形でアーチャーとウィッチ、俺の、それぞれの後方職が近接戦闘の隙間を縫って遠距離攻撃を飛ばす。
俺は近接戦闘型であるソードマン二匹とシーカーの相手をダンとノエルの二人に任せ、アーチャーとウィッチの二匹を相手取る事に決める。
『『ヒヨ、ソノミヲヤトナセ』ファイヤーアロー』
再び、ウィッチによる魔法の行使。しかも今度は、隣のアーチャーとの同時攻撃。
――だが、俺には特に関係ない。
俺には、スキル「無詠唱」による高速での魔法連続発動がある。
「ウォーターアロー‼ ウィンドブレス‼」
二回連続の魔法の発動によって、ウィッチとアーチャー、どちらの攻撃も相殺させる。
それを見た二体のゴブリンは、慌てて詠唱に入ったり、次弾を弓に番えようとするが、それらは如何せん遅すぎた。
「ロックガトリング‼」
俺はウィッチとアーチャーがもたついている間に、地属性初級魔法「ロックブラスト」を「無詠唱」で発動。
俺の中の魔力――「MP」が小杖を介して空気中に放出され、一瞬の内に無数の石の礫が生成された。――その数、三十は下らない。
まるで銃の弾丸のような形状をした石の礫は、一拍置いて、二匹のゴブリン達へと射出される。弾丸に酷似した、その礫たちは目で追う事さえも難しいほどの速度を以て、二匹のゴブリン達の体に深々と突き刺さった。突き刺さった礫は、ゴブリンの体に無数の風穴を穿つ。
ガトリング砲で撃たれたように体中を穴だらけにしたウィッチとアーチャーは、悲鳴や呻き声を上げる暇も無く、呆気なくその命を散らした。
――体を灰にしながらというおまけ付で。
「――あ、やり過ぎた……」
どうやら、無数に発射した礫が、ゴブリン達の体内の魔石を打ち砕いしてしまっていたらしい。
だが、それに気が付いたところで、今となっては後の祭りだ。
ダン達の方も戦闘は終わったようで、俺の多少後悔を含んだ呟きは、静かなダンジョン内に木霊するようして溶けていった。
◆◇◆◇◆◇◆
ダンジョン第三階層。セーフティールーム。
俺とダンとノエルの三人はそこで腰を下ろして休憩を取っていた。
セーフティールームとは、ダンジョンの中に、三階層ごとに一つ設置されている休憩場所の事で、このセーフティールームの中では魔物は生まれないし、外から魔物が入ってくることも無い。これも、未だに解明されていないダンジョンの謎の一つだ。
「あー、腹減ったなぁ」
ノエルが腹を押さえながら、空腹を訴える。
その言葉に促されるようにして左手の腕時計を覗くと、時刻は丁度十二時を回った所。
「んじゃあ、ここで昼飯にするか」
昼飯にはちょうどいい時間なので、俺は特に気にすることも無くアイテムボックスの中から今回の昼飯のために用意した、「マンモスカウ」という、マンモスなのか牛なのかはっきりしろと言いたくなる魔物の肉で作ったハンバーグを取り出す。無論、ソースもお手製だ。
「はいよ。今朝作って、すぐにアイテムボックスの中に入れたからまだ熱々のままだ。冷めないうちに食べてくれよ?」
「おう!」
「相変わらず、ユートは料理が上手いな。一家に一人欲しいくらいじゃ」
「何だよそれ! 人を家電みたいに言ってんじゃねぇよ?!」
「ハハハ。冗談じゃ」
と、そんな何気ない会話を繰り広げつつも、昼飯の準備は着々と進められていく。
――その時、俺は首筋辺りがチリチリと、何か違和感を訴えている事に気が付いた。
「――っ?!」
咄嗟に後ろを振り向くが、そこには何もない。
首に手を当てて異常がないか調べるが、表面上は何も問題は無いようだった。
(――気のせいか?)
「おい、ユート。どうかしたか?」
俺の突然の行動にノエルが声をかけてくるが、「何でもない」と返す。ノエルは「そうか。何か気になることがあるんだったら、俺たちに言ってくれよ」と言って、視線はそのままで、俺に何かを促すように視線の質を変えた。隣を見ると、ダンも同様に俺に何かを催促するようにこちらへ視線を向けている。
……あ、そういう事か。
「えー、ゴホン。――んじゃあ、いただきます」
「「いただきます」」
俺の合掌に続くようにして、ダンとノエルの二人も手を合わせる。
そしてそのまま、三人で昼飯を食べようとしたその時。
――突如として、俺の足元が発光を始めた。
「―――――――――‼」
「―――――――――‼」
それを見たダンとノエルが、慌てた様子で俺に何か言っているが、何も聞こえない。
懸命に体を動かそうともがくが、俺の体は金縛りにあったかのように、一切の行動が出来なかった。
次第に発光はその大きさを強めていき。
ついには、俺の視界は原因不明の光りで満たされた。
そして、唐突な意識の途切れ。
――最後、俺が見た物は、自分の手の中にある自家製のハンバーグが入ったままの容器だった。
ようやく、ダンジョン攻略は終了。
次回から物語の急展開が……あるのかな?(;´・ω・)
……と、とりあえず、次回もよろしくお願いしますっ!




