第三十四話 ダンジョン攻略2
今回はダンジョンの性質や魔石、その他もろもろについての説明回。
ノエルは止めを刺したリトルゴブリンから己の得物を引き抜いた。それと同時に地面に沈むリトルゴブリンの死体。それから噴き出した緑色の血が地面に二つ目の水たまりを作り出す。
戦闘にかかった時間はほんのわずか。つまり、それだけダンとノエルの技巧が卓越したものだという事なのだろう。まぁ、ダンはともかく、ノエルのギルドランクはDだし、Dランクになるためにはギルドで戦闘試験を受けなくてはいけないらしいから、戦闘技術が高いのは当たり前なんだろうけど。
「二人とも流石だな。瞬殺だったじゃないか」
「まぁ、これぐらいの魔物じゃ、手こずるわけにもいかないだろう」
俺の賞賛に、当たり前だろと返すノエル。だが、その顔には薄らと笑みが浮かんでおり、まんざらでもない様子だ。それはダンも同じな様で、ノエルと同じような表情を浮かべている。
「ま、それもそうか……おっと、そういえば、二人に渡しておきたいものがあったんだっけ」
そう言って、俺はアイテムボックスの中から二本の透明なペットボトルのような容器を取り出す。
この容器はとある樹木の樹液から生成されるらしく、地球のペットボトルに似た特性を持っている。だが、熱には弱く、大体六十度以上になると溶けてしまうので、取り扱う際には注意が必要だ。――とは、この容器を買った雑貨屋のドワーフのおっさんの言葉。
そしてそんな容器の中には、薄らと緑色に着色された液体が入っている。
「ユート、それは一体何なんだ?」
「あぁ、これはな、スタミナドリンクってやつだ。俺が作った」
「「スタミナドリンク?」」
おうおう何だよ。いきなり二人して大きな声出しやがって。耳が潰れちまうじゃねぇか。
「あぁ、そうだ」
「む……スタミナドリンク? そりゃ何なんじゃ? わしには、ただの緑色の液体にしか見えん」
「まぁ、単純に言えば飲むと体力も回復できる飲料ってところか。ちなみに、味はフルーツ風味にしてあるから飲みやすさも保証するぞ」
俺はそう二人に説明しながら、取り出した二本のスタミナドリンクを二人に投げ渡した。
「それは二人に渡しておくから、疲れたり喉が渇いた時に飲んで感想をくれないか? 今度店で売り出す予定だから、値段を決める際の参考にしたい」
「おう、そういう事ならありがたく貰っておくわ」
「……アルコールが入ってない事は少し残念じゃが。有り難く貰っておくわい。とりあえず、魔石を剥ぐかの」
そう言って、ダンは腰から刀身が短いナイフを取り出すと、それをゴブリンの胸元に突き刺した。そしてそのままゴブリンの胸を開いていく。
ナイフが突き刺される度にゴブリンの神経が反応して「ビクッ、ビクッ」と痙攣のような動きを見せる。それははたから見ると気持ち悪いことこの上ないのだが、実際はそうも言ってられない。何せ、ダンジョン内で生まれた魔物は大抵の場合、胸に魔石を所持しているのだ。
先に説明した通り、魔石は利用価値や使用用途が多い。だが、それを入手できるのがダンジョンの魔物だけという事もあって、使用用途である需要に対して、絶対的に供給――つまり数が足りていない。あればあるだけ、取れれば取れるだけ欲しいというのが現在の魔石市場の現状なのだ。
「ま、んじゃあ、俺も解体作業しましょうかね」
そして俺はノエルと共に、もう一匹のリトルゴブリンから魔石を取り出した。すると、二匹の魔石が無くなったリトルゴブリンは跡形も無く消え去ってしまう。
これがダンジョン内で生まれた魔物達の大きな特徴の一つで、魔石が取り出された魔物はその姿を跡形も無く灰へと変えてしまう。なので、討伐部位が欲しい場合は魔石を取り出す前に魔物の体から採取しておく必要がある。
ちなみに、この性質を利用してダンジョン内の魔物と戦闘する際は直接魔石を狙う事も有効な攻撃手段となっている。胸にある魔石を狙って一突き。これだけでどんな強敵も一瞬で灰に変えることが可能だからだ。
リトルゴブリンから取り出した魔石は大体手の小指の第一関節くらいまでの大きさ。見た目は黒曜石と酷似していて、ダンが言うからには、これ一つで銀貨一枚はするというのだから、いかに魔石の需要が高いのかが伺える。
また、魔石の大きさは今は小さいが、下の階層に行くにつれて魔物からとれる魔石の大きさも大きくなっていき、その分価値も跳ね上がっていくらしい。
なるほど、ダンジョン探索が人気なわけだ。
命の危険は無し(勿論、けがをした状態でダンジョンから出ればそれは消えずにずっと体に残り続けるのだが)、更にいつもより多くお金を稼げるとくれば、皆がこぞって行こうというのも頷ける。
とは言え、そんなダンジョンにもいくつかデメリットは存在している。
まず一つ目。
ダンジョン内――というより、ダンジョンで生まれた魔物を相手しても、一切レベルは上がらないという事。
この理由は諸説あるが、そもそもレベルを上げるためには『命をかけた』やり取りが必要ではないのかという事。つまり、死んでも蘇生できるというダンジョンの中では『命を懸けていない』ってことで、レベルが上がらないのではないかというのが、現時点で一番有力な説らしい。
まぁでも確かに、ただでさえ死ぬことが無いという事で自分よりもレベルが上の魔物と戦いやすくなっているというのに、それで普通にレベルが上がるんじゃ、レベル上げが容易になってしまうからな。
そして、二つ目のデメリット。
それは、死んでダンジョンの入口へと転移させられた場合、直前のダンジョン探索の記憶――それこそ、ダンジョンに突入してから生命活動が停止するまで――が消されてしまうという事。そしてその際、ダンジョン内で採取した各アイテムや魔物の討伐部位、魔石が全て消滅してしまうおまけ付だ。また、地図を書いていた場合、それもダンジョン突入前の状態に戻ってしまう。
つまりは、ダンジョンで死んだ場合、殆どすべてがダンジョン突入前の状態に戻ってしまうという事だ。ちなみに、「殆どすべて」と表現したのは、ダンジョン内で使用した消耗品――ポーションや携帯食料等――や摩耗、半壊、全壊した各装備品は突入前の状態には戻らないからである。
なので、言ってしまえばダンジョン内での死は一方的に冒険者達の損となってしまう。という事で、いくらダンジョン内で死んでも蘇生可能だからと言ってダンジョン内で簡単に諦めて死ぬような冒険者はいない。
そして三つめ。最後のデメリット。
それが、ダンジョンで死んだ場合、復活後はMPが0になってしまう事。
まぁ、これは前二つのデメリットに比べればそこまで悲観するようなデメリットじゃない。精々、MPローポーションを一、二個程消耗する羽目になるだけだし、元々MPを消費しない前衛職なら全く苦にならないデメリットだからだ。
何より、これによって魔法職がより多くMPローポを消費することになれば、俺を始めとしたポーション屋的には売り上げが上がってウハウハだ。忌避するどころか諸手を上げて歓迎するまである。……売り上げが上がり過ぎて、調合で忙しくなり過ぎた場合はそうでもないかもしれないけどな。
とりあえず、以上がダンジョンにおける冒険者達側のデメリットとなる。
「よし。ユート、ノエル。そっちは魔石の回収終わったのか?」
と、自分の分の魔石回収を終えたのか、ダンが意識をこちらに振る。その手には俺が回収したのとほぼ同じ大きさの紫色の魔石が握られていた。どうやらダンの方も問題なく回収できたようだ。
ちなみに、今回は魔物の討伐部位の回収はしていない。何故なら、今回倒した魔物――リトルゴブリンを始めとしたゴブリン族の討伐部位「○○ゴブリンの腰布」という、ゴブリンが例外なく腰に巻いている布には基本的に利用価値が無く、討伐依頼を受けた時の討伐証明という価値しか無いためだ。……というのも、ゴブリン族は先も言ったが、とりあえず「臭う」。そして体が大きいほどその傾向は強く、ゴブリンキングぐらいになれば、その臭いはある程度離れていても分かってしまうのだという。
そして、それほどまでに体臭が酷いゴブリン族。そんな彼らが常に身に着けていた腰布も同様の臭いを放っていたりする。そんな布、進んで使う者はまずいないだろう。そういう理由から、ゴブリン族の討伐部位だけはギルドでも買取りをしていなかったりするのだ。
なので、森などでゴブリンと遭遇しても、戦闘を回避するか、戦闘をして殺しても死体は一切手を付けずに放置するというのが一般駅な冒険者の常識だったりする。
「あぁ、こっちの魔石も回収は完了だ」
まぁそんな訳で、ゴブリンから魔石だけを抜き取った俺は、ダンが回収した魔石も預かって、それらを俺のアイテムボックスの中へと収納する。俺だけが見えるアイテムボックスの中に入っているアイテムや道具の一覧表に「魔石(極小)×2」という表示が加わったのを確認した俺は、その表示を念じることによって消し、二人に視線を投げた。
「よし、ユート。魔石はしっかり収納したか?」
「勿論。そもそも、間違えようがない」
「ハハハ。それもそうか……それじゃあ、さっさと三階層目指して進むか」
そう言って、ノエルとダンが先へと進む。俺は彼らの背を追うようにして二人についていった。
――それから、約三時間後。
地図を確認しながら魔物の相手もこなしつつ、ダンジョンを進んでいた俺たちは、二階層へと進み、更に三階層へと降りる階段へとたどり着いたのだった。
次回は戦闘メインとなる予定。そしてその後は……まだ内緒という事で。
とりあえず、ダンジョン攻略は次回で一旦終了となります。
多分、次回の更新は不定期更新枠で水曜か木曜辺りに更新できると思います。