第三十話 ダンジョンに潜れなかった俺はしぶしぶ地獄のお店経営を覚悟しました
その日、ギルドに集まった冒険者達は、一つの話題で持ち切りとなっていた。
――ダンジョン、発見される。
その情報は瞬く間に町中に広がり、人々を震撼させた。
冒険者が歓喜で狂乱し、町民は期待の声を上げ、商人は新たなビジネスに舌舐めずりを繰り返す。
それはまるで、一つの祭りの様だった。……いや、彼らにとって、最早、これは「祭り」なのだ。
新たな街のシンボル。そして、これから発展を遂げるであろう町に期待して、あちらこちらで笑い声が絶えない。
そしてそんな中、冒険者達はダンジョンへと繰り出すべく、早急に準備を整え始めた。
それは、武器の新調であり。パーティーメンバーの募集であり。クランへの勧誘であり。そして、消耗品の補充である。
――つまり、大多数の冒険者達がユートのマジカルショップへと押し掛けたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
勇者三人が王都へと戻り、一人で朝食を食べた俺は、今現在、地獄の様な忙しさに身を焦がしていた。
「回復レベル5のローポを三本頼む」
「はい! 合計で銀貨三枚と銅貨九枚になります……はい、確かに」
「こっちは、レベル7のローポを二本と、レベル7のMPローポを四本頼むわ!」
「少々お待ちください……合計で銀貨十二枚になります……それでは、丁度、お預かり――」
「レベル4の毒薬を三本お願いします」
「――少々お待ちを!」
――訂正。
今の状態は『地獄の様』ではなく、正しく『地獄』そのものだ。
ギルドを通じて、みーちゃん達によって昨日発見されたダンジョンの事は、グリモアの町を拠点としている冒険者全員に知らされた。
『誰が、どんな目的で作ったのか。それどころか、人工物なのか自然に発生したものなのかさえも不明』――これは、俺が昨晩に読んだダンジョンに関しての指南書に記されていた記述だが、そのような謎が多い場所であるが故に、ダンジョンの中には価値ある資源も多い。
また、これも同書に書かれていた事だが、ダンジョン内で生み出される魔物は、地上に生息している同種よりも強力な個体が殆どだ。それらから取り出される素材は高品質である上、ダンジョンで生み出される魔物だけが体内に持っている「魔石」は魔法具を作ったり、使用する際の動力源になっている事から、ダンジョンの魔物の素材、魔石はどちらもそれなりの値段で取引される。
つまり、ダンジョンに潜ればかなり儲かる。
その上、ダンジョンの中では、死んでしまっても蘇生が可能なので命の危険は無い。――まぁ、ダンジョンに出てくる魔物が強力だったり、ダンジョン内の罠が見つけにくく、そして厄介な効果を持っている事から、中級者~上級者じゃないとダンジョンをまともに探索することはできないのだが。
とりあえず、ある程度の実力さえあれば、ダンジョンから得る収入だけで生活することも十分に可能だ――と、ここまでは、今まで見つかっていたダンジョンでの話。
今回グリモアの町付近で見つかった七つ目のダンジョンは、少し事情が違うようだ。
というのも、昨日の調査の際、勇者三人は少しだけダンジョンに潜ったらしいのだが、一階層~四階層ぐらいなら、駆け出しの冒険者のステータスでもパーティーを組めば十分に対抗できるぐらいの難易度だったらしい。つまり、今回発見されたダンジョンは初心者でも探索可能。勿論、この情報もギルドを通じて全冒険者に通達されている。
それらの事を知った冒険者――特に、未だに駆け出しの域を出ない新人冒険者達は、その殆どがすぐにダンジョンへと挑戦することを決めた。そして、冒険者というのは、依頼にしろ、魔物の狩場にしろ、「早い者勝ち」という感性が非常に強い。それは、冒険者をやっている時期が長い人ほど顕著で、ポーション類が売り切れることを危惧した冒険者達が、今現在、このようにして俺の店に押し寄せたという事である。……まぁ、それでも、ちゃんと後に買う人の事も考えているみたいだけどな。
ちなみに、先ほど、ここ最近個人的に仲の良い男冒険者に話を聞いたところ、俺の所以外のポーション屋もそれなりに繁盛しているようで、特に資金が少ない新人冒険者に結構ローポが売れているらしい。それに対して、今俺の店に来ているのは、少し資金に余裕がある冒険者――ギルドランクで言うと、Dでも上の方以上の冒険者が来ているみたいだ。それ以外の、F~Dの下の方の冒険者は他の店に行っているという事らしい。
まぁ、そうなるのも当然か、と、俺は心の中で呟く。
俺の場合、他のローポ屋とは違い、「調合魔法」という魔法が使える。それによって、俺の方が他の店よりも効果が高いポーションが作れるし、その分、他の店のローポよりも少し値段を高めにしている。そうすることによって、初心者は他の店。そして、少し実力が付き、資金的にも余裕が出てきた場合は俺の店へと、他のポーション屋との棲み分けを確立させているのだ。
俺たちポーション屋にとっては、それぞれがある程度納得する売り上げが出せて(ギルドランクD以上の冒険者は、この町全体の冒険者に対して四分の一程しかいない)、冒険者達からすれば、自分たちに合った効果のポーションが売り切れ無しで買える。生産者、消費者、みんながお得な、正にWIN―WINな関係だと言えだろう。
――とは言え。
「こっちは、麻痺薬三つ!」
「レベル7のローポ三つ頼む」
「ユート! レベル4のMPローポを五つだ!」
「俺の安らかな快眠のため、睡眠薬をくれ!」
「あー、こっちは――」
「ねぇ、こっちも――」
(全ッ然、対応が追いつかねぇぇぇぇええええええ!!)
――流石に、これは地獄過ぎるだろ?!
俺は心の中である意味嬉しい悲鳴を上げつつ、殆ど気合だけで客を捌いていく。最早、お客の声を聞いたら、無意識の間に体が動いてる勢い。そのせいかは分からないが、俺が昨晩の内に調合しておいたのも含め、カウンターのケースの中に並べていたポーションたちが目に見えて急激にその数を減らしていく。
――このペースだと、今日はいつもより早く今日の販売分を売り終えてしまうかもしれないな……。
俺はそんな事を頭の片隅で考えつつ、他で別の事を決意しながら、ポーションを流れ作業ように売り捌いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
結局、この日はお昼の十一時前にローポを始めとした商品全てが売り切れ、午前の営業は終了した。いつもは午前の営業が終了するのは十二時を過ぎてからだという事を考えると、やはり早めに売り終えてしまった事になる。
この後は、午後の部として、ダンジョンから帰ってきた冒険者達から、使用済みの瓶や、ローポの原料となる薬草等を買い取るため、十五時くらいからまた店を開ける予定だ。
という事で、今の俺は所謂お昼休憩中。いつもは自分の家でのんびりとしていたり、本を読んだり、体力に余裕がある時はお隣の孤児院に顔を見せてちびっ子達の相手をしていたりするのだが、今日は違った。
「はぁ……マジで、疲れた」
そう呟いて、俺は力尽きたようにしてテーブルの上に突っ伏した。午前の鬼のような忙しさのせいで、最早、指一本動かす気力さえ湧き上がってこない。
「……燃え尽きたぜ」
もう、灰になってしまいたいと切に願う。……勿論、冗談だが。
「ユート君、今日はお疲れみたいだね?」
そのままテーブルの上に突っ伏していると、近くまで寄ってきたユリさんにそう声をかけられた。相変わらずポニーテールが似合いすぎる綺麗な彼女は、現在、手に料理を運ぶためのお盆を乗せている。――そう、今、俺は、久しぶりにエイルの宿の食堂へとやって来ているのだった。
やっぱり、ユリさんの笑顔は今日も眩しいです。
「……はい。今日は朝から忙しすぎて……」
「あー、なるほどね。ダンジョンが見つかったから、ユート君のお店にお客さんがいっぱい来たんだね……」
「まぁ、そんな所です」
まぁ、実際には、徹夜気味でポーションを調合しまくってたのも俺が疲れ切っている理由なんだけどな。特に訂正する必要も無いから、黙っておくけど。
「そういえば、今日のメニューはどんな感じですか?」
「およ? ユート君がうちで食べるなんて、久しぶりだね?」
すっかり腹を空かせている俺の言葉に、ユリさんが以外そうな表情を作る。
「はい。もう、今日は、自分で昼飯を作る気力がどうしても湧かなくて……」
「あはは……まぁ、そんな時は美味しいものでも食べて、リラックスしないとね! はい、今日のメニュー」
「ありがとうございます」
一言、ユリさんにお礼を言い、メニュー表を受け取る。
しばらくそれに目を通して、俺は「今日のオススメ!」と書かれた料理――「ミッツマ・ン・クラブの香草焼き」というメニューを注文した。
「それじゃあ、少しだけ待っててね!」
そう言い残すと、ユリさんは奥の厨房の方へと姿を消した。恐らく、ここの厨房を取り仕切っているというユリさんのお母さんへと注文を伝えに行ったのだろう。
俺はそんなユリさんの後ろ姿を見送りながら、ひと時の静寂に身を預ける。
普段、エイルの宿の食堂は昼食時ともなれば、一旦町に帰ってきた冒険者達が昼飯を食べる為にここに来て、かなりの活気に包まれている。だか、今日は冒険者達の殆どがダンジョンへと赴いている為か、俺以外には子供連れの家族三人くらいしかいない。俺を含めた四人のみが存在する食堂の雰囲気はどこか落ち着いていて、少なからず俺にリラックス効果を与えるかのようだった。
――あぁ、やばい。眠たくなってきた……。
そんな雰囲気に晒されていたからか、ジワジワと俺の意識は眠気へと委ねられていく。
(料理が来るまで、少しだけ眠ってようか……)
そんな事を考え、俺が瞼を閉じようとしたその時。
「あれ? ユート君?」
店の入り口の方で聞き慣れた声が発せられた。
高いソプラノで、まるで俺の意識に直接響いてくるかのようなその声は、俺の意識に覆いかぶさっていた眠気を吹き飛ばす。そして、俺は瞼を開いた。
「あぁ、レティアか」
そこにいたのは、赤髪のエルフ、レティア。
お隣の孤児院を経営していて、クラン「紅蓮聖女」のクランマスターでもある女の子……いや、年齢は23らしいから、「女の子」という表現が合っているかは分からない。まぁ、見た目は15とかそこいらだから、女の子でもいいか。
閑話休題。
「どうしたの? ユート君がここにいるなんて、珍しいね?」
「あぁ、今日はどうしても自分で昼食を作る気力が湧かなくて、ここに食べに来たんだよ」
「ふぅん……そういえば、今朝、結構な数のお客さんがユート君の店に来てたけど、そのせい?」
「お察しの通りだ」
「確かに、あれはとんでもない人数だったからね……おつかれさま」
レティアはそのまま、俺の対面の席に腰をかけた。
そこへ、ユリさんが手のお盆に料理を乗せた状態でやってくる。
「あっ、レティアちゃんだ!」
「ユリちゃん、こんにちは!」
「うん、こんにちは!」
やけにユリさんのテンションが高い。レティアはそんなユリさんとテンション高めで挨拶を交わした。つーか、二人って知り合いだったのかよ。俺がそう二人に聞くと。
「うん! レティアちゃんとは、暇なときは一緒にお買い物に行ったりとかしてるよ」
「へぇ」
「あっ、それよりも……はい、注文の品だよ」
ユリさんはそう言うと、俺の目の前のテーブルに、料理が盛り付けられた皿を置いた。
「えっと……ユリさん?」
しかし、俺はその皿に乗っかっている物を見て、思わず顔を引きつらせる。
何故なら――
「何?」
「この、人の手の形をした、緑色の物体が「ミッツマ・ン・クラブ」……ですか?」
――その物体があまりにもグロテスクだったから。
……いや、いつも思うんだが、何でこんな見た目の料理を今日のオススメとかで提供してるんだろうな。最早この謎、世界七不思議に入るレベル。
「うん、そうだよ。まぁ、それはあくまで「ミッツマ・ン・クラブ」の鋏なんだけどね……まぁ、とりあえず食べてみてよ」
そう言うユリさんの目がどこか怖い。
「ほら、早く喰ってみろよ?」と言わんばかりのその眼光と言葉に促されるような形で、俺は人の手の形をしたそれを持ち上げる。「ミッツマ・ン・クラブ」の鋏は、普通の蟹と同じように硬い甲羅で覆われているようで「ガチャリ」と硬質な音を鳴らした。
「そ、それじゃあ……いただきます!」
そして、俺は覚悟を決める。
一言、簡潔に食事前の挨拶をした俺は、見た目は完全に人の手も同然な鋏の一部分――人間の指で言う親指に当たる部分を掴み、それを引きちぎった。
見た目は緑色の人の親指――だが、その中身は真っ白い蟹の身。そんな不思議でグロテスクな光景が俺の目の前に出現する。しかし、俺は少し忌避するような自分の心を押さえつけ、その親指状の蟹の甲羅の中に詰まった身にかぶりついた。
「……旨い。……普通に蟹だ」
刹那。俺の口の中に広がるのは、日本にいた頃に何度か食べたことがある蟹の旨みと、この身を調理する際に使ったのであろう、香草の仄かな、それでいてちゃんとした良いアクセントになっている香り。
その、感動的ですらある奥深い味に思わず漏らした俺の言葉は、真摯に俺の気持ちを表していた。
「ふふん、そうでしょ? 私も、ここのミッツマ・ン・クラブの香草焼きは大好きなんだぁ。実を言うと、今日このメニューが出るって聞いたから、ここに食べに来たんだよね」
俺の対面に座ったレティアが、俺の言葉を聞いてどこか自慢げにそう語る。
そして、レティア自身も「ミッツマ・ン・クラブの香草焼き」を注文した。
「はいはい。相変わらず、レティアちゃんはこればっかりだね」
「いいでしょ、別に。だって、これが何だか気に入ってるんだもん」
「あー、もう。分かった分かった。すぐに持ってくるから、待っててね」
そう言うなり、再びユリさんは奥の厨房へと引っ込んでいった。
食堂の席には、俺とレティアの二人だけが残される。
ちなみに、俺は二人が会話している間中、一心不乱に人の手の形をした蟹鋏にかぶりついていたので、皿の上にはもう殆ど料理は残っていない。
すっかり腹も膨れ、満足気味な俺はレティアに話しかけた。
「そういえば、レティアは紅蓮聖女の奴らとダンジョンに行ったのか?」
「うん。今朝行ってきたよ。私とノエルとヨミの三人でね」
「へぇ、何階層まで潜ったんだ?」
「うーん、私は午前だけで切り上げちゃったから、二階層までかなぁ。ノエルはダンと午後も潜るって言ってたから、もう少し奥まで進むかもしれないけどね」
「なるほどな、そう言えばダンって斧とかハルバードを使うんだっけ? 後衛職がいないから大変そうだな」
ノエルは盾と槍装備のタンカーで、ダンは前述のとおり。二人とも前衛職のはずだ。そもそも普通、パーティーは三人~四人で組み、前衛職二~三人、後衛職一~二人という内訳になることが多い。そこを前衛職二人だけで挑むというのだから、苦労は何倍にもなるだろう。ま、「ダンジョン」という、蘇生可能な特殊な場所だからこそ、そんな無茶も出来るんだろうけどな。
「そうだね。でも、そんな事を言うんだったら、ユート君が一緒に行ってあげたらいいんじゃない?」
俺の言葉を受け、レティアが苦笑気味にそう提案してくるが……
「んー、今は無理だな。しばらくは店の切り盛りで忙しいだろうし」
「あ、そっか」
「あぁ、今は猫の手も借りたい状況だからな……本当はダンジョンから持ち帰られるであろう新素材を使った調合とかもしてみたいんだけど、その時間さえ取る事が出来なさそうだし、悠長にダンジョン探索をしている暇はもうしばらくは無いだろうな……」
そう言い、俺はこめかみを押さえつけるようにして苦渋の表情を作る。
今更ながら、あの地獄のような忙しさが脳裏にフラッシュバックしてきたのだ。いくら一時的なものとはいえ、もうしばらくあれが続くのかと思ったら、単純作業を何よりも得意とする俺でも鬱になるというものだ。……あー、やばい。こっちの世界に来てから、苦労人的なポジションが板についてきてしまったような気がするなぁ。
「ねぇ、そんなに大変なら、私がユート君の店を手伝おうか?」
俺の状況を見かねたのか、レティアがそう提案してくれる。
「あー、手伝ってくれるのはありがたいんだけど、いいのか?」
「うん。どうせ、ユート君の店はお隣さんだし、孤児院の方は皆がローテーションを組んで見てくれるだろうしね。それに、ユート君にはポーションの面で融通してもらったり、孤児院の子供たちの相手をしてもらったりしてるからね。これぐらいのお礼をしないと私の気が済まないよ」
「そうか……それじゃあ、お願いしようかな」
「うんっ! 頑張るよ!」
そう、レティアは嬉しそうに微笑んだ。
と、そこに、ユリさんが手のお盆にレティアが注文した「ミッツマ・ン・クラブの香草焼き」を乗せてやってくる。
「はい、レティアちゃん。これ、注文の品ね」
「ありがとう、ユリちゃん!」
「そういえば、今さっきユート君と何か話してたみたいだけど、何を話してたの?」
「あぁ、それはね……」
そう前置きしたレティアが、ユリさんに今話した事の一部始終を説明する。
そして、それを聞き終えたユリさんは「フムフム……」と何かを考えるようにして頷き――
「ねぇ、ユート君。私もユート君のお店のお手伝いをしたいんだけど、いいかな?」
――……何ですと?!
第一部の始めの方でユートの店は一人で経営しているという描写がありましたが、そこは修正しておきました。
誤字報告ありましたらお願いします。




