第二十八話 俺の幼馴染とギルマスが修羅場過ぎる
えっと……とりあえず、状況確認だよな。
晩飯の準備をしていたら、突然アリセルがやって来て、俺が今日の昼間に見た奴らの事を話すことになって……そして、それがひと段落した 途端、アリセルがおずおずと指輪を差し出してきたと。
………。
………………。
………………………。
いや、マジで訳が分からないんですけどっ?!
いきなり指輪を差し出されて、どんな反応をしろと?! ていうか、アリセルは一体何を考えているんだよ?!
あれか? プロポーズか? ……いや、無いな。うん。
「え……っと、ギルマス、これは……?」
無理やり心を落ち着かせた俺は、アリセルの差し出す指輪を指差し、そう聞く。
「…う、うむ。それはだな……」
「それは……?」
「き、君へのp―――「バンッ!」――誰だ?!」
アリセルが肝心な所を言おうとした瞬間、突如としてリビングと階段を繋ぐ扉が勢いよく開け放たれた。
突然の乱入者に、咄嗟に俺とアリセルは臨戦態勢を取る。
そして、開け放たれた扉の方へと振り向いた。すると――
「……む、私のユウ君センサーに出ていた反応が消えた」
いつもは綺麗にセットされている黒髪から一筋のアホ毛が飛び出し、それを見て意味不明な事を呟いているみーちゃんがそこにはいた。
「ちょっと、美弥?! いきなり走り出して、どうしたのよ?」
「あ、ユート、ただいま」
みーちゃんの後ろから、駿と雅の二人も顔を覗かせる。
「……あ、ユウ君、ただいま」
「お、おう……お、お帰り」
色々と疑問はあるが、とりあえず挨拶は返しておく。
いつの間にか、みーちゃんの頭の上で飛び出していたアホ毛は、きれいさっぱり無くなっていた。……いや、マジでさっきのアホ毛、どんな事になってんの? 静電気……にしては、さっきのアホ毛、「ピコンピコン」とし過ぎてて、何かに反応しているかのようで、まるで生き物みたいな感じで気持ち悪かったしなぁ……はっ?! まさか、何かがみーちゃんの髪の毛に憑りついて……!
と、俺がそんなアホな事を考えている内に、みーちゃんがアリセルに気が付いたようで、その二人の間で謎のやり取りが始まっていた。
「……あなたは確か、この町のギルマス?」
「そういう君は、勇者ミヤじゃないか。何故、ここに? 王都の方から、特に連絡は無かったはずだけどな?」
「……それより、あなたが手に持っている、その物体は何?」
アリセルの追及を躱しつつ、みーちゃんがアリセルがその手に握っている指輪を指差した。……その表情はどこか怖い。何故か俺までもが跪いてしまいそうになるその迫力に、アリセルは顔色一つ変えず、言葉を返す。
「これか? 見て分からないか? 指輪だ」
「……それをどうしようと……?」
「決まっているだろう? ユートに渡すんだよ」
淡々と、みーちゃんの質問に答えていくアリセル。
そんなアリセルが、そう言った次の瞬間―――
「……っ! 排除するっ!」
―――突如、みーちゃんの周りからどす黒いオーラが発生する。……いや、比喩とかそんなんじゃないから!
って、そこ! 「またまたー、大げさに言っちゃって~」的な事を言うんじゃない! 一回、この状況を、この迫力を体感すればわかる!
……とまぁ、心底どうでもいいことを考えていた俺だが、勿論、この状況を指をくわえて見ていたわけじゃない。
家で猟奇的殺人が起こるのなんて真っ平ごめんだし、何より、この二人がここで暴れた場合、半径五十メートルくらいは最終的に焼け野原になってそうで怖い。
という事で、俺は全力を持って二人の衝突を阻止することにした。
「待て待て待て!」
「……む。何?」
突然の俺の横槍に、少し機嫌を悪くしたのか、みーちゃんが不機嫌そうな声色で口を開いた。
「いきなり排除とか、物騒な事をしようとするなよっ?!」
「……これは、ユウ君の今後の事を考えての苦渋の決断……」
「絶対違うよね?! それ、一瞬の内に即決してたよね!?」
「……ユウ君のためを思っての決断なの」
「俺の為を思ってくれるのは嬉しいんだが、本当に俺の為を思ってるなら、この場での排除とかは止めてくれっ! 色々と問題があり過ぎるからっ!」
「……ん。ユウ君がそう言うなら、しょうがない」
俺の必死の説得に、ようやくみーちゃんから溢れ出していた黒いオーラも鳴りを潜める。
どうにか危機一髪で、この辺りが焼け野原になることは免れたようだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
何とかみーちゃんを落ち着かせた俺は、今、アリセルや勇者三人と共にリビングの対面式のソファーに腰かけて、それぞれから話を聞いていた。
「で、ギルマス。この指輪は何なんですか?」
俺のこの質問に、左隣に座ったアリセルが「うむ」と頷いて答える。
「これは、最新式の通話魔法具でね。最近、ミツバシの方で開発された試作機なんだ」
「へぇ、あのミツバシ社長の所で……」
「あぁ、奴はああ見えて、魔法道具の開発においてはかなりの腕を持っているからな。その道では知らない奴はほとんどいないんじゃないか?」
「……ん。ミツバシの名前は王都でも有名」
「マジか……」
アリセルの説明を補足する形で、俺の右隣に座ったみーちゃんも口を開く。
あの、ずんぐりむっくりで、ちょっと黒いドワーフがねぇ……いや、ドワーフは指先が器用だって言うから、不思議でも何でもないか。
「で、そんな試作機を、何故、俺に?」
「ここに来る前、アリッサから話は聞いていたという事は言ってただろ? それで、君の安全のために用意して来たんだよ。これがあれば、一部の例外もあるが、即座に連絡を取る事が可能だからな。もし仮に、ユートが例のフード達やその関係者達に襲われても、これがあれば直ぐに駆けつけることも可能だろう。……ちなみに、この試作機は私も付けている」
そう言って、アリセルは自身の左腕を持ち上げる。その薬指には、例の指輪と同じデザインの指輪が光っていた。
「……? フードの奴ら?」
そんな中、俺の右横に座っていたみーちゃんが呟く。
「ユート、フードの奴らって、いったい誰なんだ?」
みーちゃんに続き、駿が口を開く。
そういえば、まだ勇者三人にはこの事を話していなかったような気がする。てか、さっき帰ってきたばっかだから、話してない。
「あぁ、実はな――」
俺はそう前置きすると、勇者三人に今朝見た事を手短に話した。
「ふーん。それは確かに怪しいね」
俺の話を聞いて、雅が背もたれに体を預けつつ、呟く。
「……確かに、怪しい」
「そうだな……王都に帰ったら、上の方にも報告しておくよ」
雅に賛同するかのように、みーちゃんと駿も口々に意見を示した。
そんな中、アリセルが再び俺の方に体を向けると――
「それでは、ユート、これをできるだけ嵌めておいてくれ」
そう言って、アリセルは俺の左腕を掴み、俺の薬指にその指輪を嵌めた。
――すると突然、俺の右隣から不吉な呪文が……
「煉獄よ、嘆きの雨をも枯らし、硝煙の息吹を吹かし、極熱の大火を持って、その先の絶望を顕現せよ、あぁ絶望とはまさにこの事、解き放たれるこの業火は、われの敵を焼き、われの目の前に無の境地を炙り出すだろう、われが望むは真の獄――」
「――って、みーちゃん、待てっ!?」
あまりに長い詠唱に、俺は全力でみーちゃんを止めにかかる。
魔法は、詠唱の節の長さと威力や効果がほぼ比例している。そして、その詠唱が二節しかない初級魔法「ファイヤーボール」や「ウォーターボール」でさえ、弱い魔物なら一発で殺せるだけの威力を持ってるのだ。こんな所で、今みたいな長い詠唱の魔法を使われては、マジでこの辺りが焼け野原になりかねない。
……てか、ほぼ自殺行為だぞ。マジで。
そう、心の中でみーちゃんに盛大にツッコミを入れつつ、俺はみーちゃんの方に向き直って説教を始める。
「あんな長い詠唱の魔法をここでぶっ放すとか、一体、みーちゃんは何を考えてんだよっ?!」
「……大丈夫、あれ、詠唱が完了しても発動しないようにしてたから、何も問題は無い」
「どちらにせよ、物騒すぎるだろ!」
「……ん。ユウ君がそう言うなら、今後は控える」
「あぁ、そうしてくれ……」
俺は、みーちゃんの言葉にそう返し、「はぁ……」とため息を一つ突く。
今日だけで数えきれないほどのツッコミをしてしまったせいか、異様に頭が痛い。
「あはは……ユート、お疲れみたいだね」
「駿、お前、絶対にみーちゃんが本気で魔法を発動させないようにしてたの、気が付いてただろ?」
「まぁね」
「なら、どうして何も言ってくれなかったんだよ……」
「だって……ユートと美弥のやり取りを見てる方が面白かったし」
「お前、絶対に楽しんでるだろっ! 俺の不幸を!」
「うーん、私も二人のやり取り、面白いと思うけどね」
「雅、お前もかぁ!?」
勇者二人は、結構薄情ものでした。
俺がそんな勇者二人によって、けっこうでかい精神ダメージを受けていると、唐突にアリセルがみーちゃんに話を振り始めた。
「そういえば、勇者ミヤ」
「……ん。何?」
「さっき聞きそびれていたんだが、お前たちは何故、こっちに来ていたんだ?」
「……ん。ついこの前、この辺りの魔力溜まりに異変が確認されたから、その調査」
「ほう……この辺りの魔力溜まりと言うと、東の森の奥の崖の所のか?」
「……ん」
アリセルの質問に、みーちゃんは首を縦に振って肯定の意を示した。
「それで、調査結果は?」
今度は、俺がみーちゃんにそう質問をぶつける。
すると、みーちゃんは勇者二人とアイコンタクトを取る。その視線を受けて、駿が目をつぶって何やら考え込み始めた。
どうやら、二人に「話してもいいのか?」と聞いているようだ。……まぁ、三人は国の調査依頼を受けてやって来ているみたいだからな。個人で解決しても良いような問題じゃないんだろう。
しばらくして、少し考え込んでいた駿が目を開けて口を開いた。
「別に、言ってもいいんじゃないかな。どうせすぐに国中にこのことは知らされるんだし、この近辺の人たちに知れ渡った所で、大差ないだろうしね」
「……ん。了解」
駿の言葉を受け、みーちゃんが再び、視線を俺とアリセルの方へと戻す。そして、ついにその口から、調査の結果が伝えられた。
――曰く、「ダンジョンが生まれていた――」と。
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