第二十二話 されど雨の日は勇者と語る
今回は少し短めです。
今日は、外は生憎の雨。
こんな日は、一部を除いて、魔物の活動は鈍くなる上に視界も悪くなるので、魔物討伐に出かける冒険者は晴れの日よりも極端に少なくなる。
そのため、雨の日は俺の店にやってくる冒険者も少なくなるので、雨の日は何かと暇だ。
日本にいた時なら、こんな暇な日でもゲームとかで時間を潰せたんだが、この世界には娯楽と呼べるものが本当に少ない。なので、俺がやる事と言えば、反復作業のようにポーションを調合するか、よりよい品質のポーションの調合方法を研究するか、はたまた、趣味の料理をするか。
まぁ、つまりは、殆ど生産系のことしかしていない。
元々、生産職に求められる「単純作業の反復」は、俺の特技の一つではあるものの、流石にそれが続けば、それに飽きてくるというものだ。ここ最近は、生産作業がマンネリ化しつつさえある。
――そんな日々の中にずっといたからだろうか。
――俺は今、いつもは自分以外は誰も通すことのない店の二階にある居住空間に、二人の少女と一人の少年を招き入れている。
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「――で、そんな訳で、俺が調合に成功したポーションがこれだ」
そう言って、俺は目の前の机の上に、三日前に調合したポーションを複数個置いた。
「……ん。……確かに、本物のポーション」
その内の一つの小瓶を持ち上げ、「鑑定」で中の緑色の液体を調べたのであろう、みーちゃんが俺に一つ頷いた。
「ははは……君が色々と見た事のないスキルを持っていたのは知っていたけど、まさか、こんな事が出来る規格外だったなんて、思ってもいなかったなぁ」
そして、目の前。俺と対角線上になるような位置に座っている駿が、呆れているような、それでいて、どこか賞賛しているような口調で呟く。
「まぁ、確かに、俺はある意味で規格外なのかもな。……自分でも、何が出来て、何ができないのかが分からない所があるし」
駿の言葉にため息を交えつつ、返す。
「確かにねぇ。魔法スキルを自由に組み合わせて新しい魔法を使えるなんて、反則も良いところだし」
「……ん。……まさにチート。……私の今までの努力を否定された気分」
「しょうがないだろ。まさか、このスキルがこんなに希少で、それでいてこんなに強力な奴だなんて思わなかったんだよ」
駿の隣に腰かけた雅の言葉に反応し、みーちゃんは愚痴を零すが、俺が何とか機嫌を取ろうと声をかけた。情けない声が俺の口から漏れ出る。
確かに、俺は既に、この「複合魔法」に多くの場面で助けられている。
例えば、ドラゴンとの戦いでは、もし、このスキルで創造した魔法が無ければ、勇者三人が駆けつけてくるまで時間稼ぎなんてできなかっただろう。本来なら、ものの数秒で切り刻まれていたか、灰になっていたはずだ。
……って、考えれば考えるほど、俺のスキルってチートだよな。
みーちゃんの話では、勇者である自分たちも「魔法複合」なんてスキル、聞いた事も無かったっていう事らしいし。なんか、将来的に変な事に巻き込まれそうでヤバい。
「なぁ、みーちゃん」
「……ん。何?」
「もし、俺のスキルが周りにバレて広まったら、俺はどうなるんだろうな」
「……うーん……実験動物とかにされる?」
「いやいやいや! 流石に、そんな物騒な事には――」
物騒なみーちゃんの言葉に、俺がそれはないだろ、と、つっこみを入れようとする。
「あー、でも、あの大魔導士さんだったらやりかねないわね」
「――何だとっ?!」
しかし、それは、雅の恐ろしい一言でへし折られた。
つーか、その恐ろしすぎる「大魔導士さん」って誰?! それ、「大外道士さん」の間違いじゃね? 人間を実験動物にするとか、どこのナチスだよ。
「あはは……多分、大丈夫だよ。……多分」
「何故、二回も『多分』と言った?! 全然、安心できないんだけどっ?!」
てか、駿。そんな困ったような表情で、苦笑いを浮かべないでくれ。まじで安心できないから。
「……とりあえず、ユウ君のスキル――特に「魔法複合」と複合で作った魔法、そして「魔法才能全」はできるだけ隠蔽で隠しておくこと。……後は、できるだけ「鑑定」を持っている人とは、信用できる者以外には接触しないで」
話を纏めたみーちゃんが、心配そうな目で俺を見つめる。
「あぁ、分かった。――心配してくれてありがとう。みーちゃん」
相変わらず表情の変化に乏しいみーちゃんだが、俺の事を心から心配してくれているのは伝わってきたので、お礼を言いつつ、みーちゃんの頭を撫でた。
「はぅううう……」
昔やっていたように、髪を梳かすような形で頭を撫でると、みーちゃんが目を細めて吐息を漏らした。
ショートボブのみーちゃんの黒髪は本当にさらさらしていて、触り心地がいい。
俺は、しばらくみーちゃんの髪の毛の感触を楽しんだ。
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その後しばらく、俺たちは何気ない小話に花を咲かせた。
俺がどうやって転生したのか。転生した後、どんな事をしていたのか。そして、店の繁盛具合。はたまた、勇者達が六年間、どんな生活を送っていたのかとか、これまでに倒してきた魔物の話など。
しかし、不思議と元の世界の話は出てこなかった。それどころか、勇者達はその話になる事を避けていたように思う。なので、俺も、あえて地球の事について話すことはしなかった。
それに、勇者達はどうかは分からないが、少なくとも俺はあの世界に帰ることはできないのだ。今更、そんな故郷の話をした所で、そこにいた友達や家族の事が恋しくなるだけだ。……あ、俺、友達はいなかったわ。
……まぁ、とりあえず、帰れない場所を恋しく思ったって無意味なのは一目瞭然。何より、今、隣には幼馴染のみーちゃんがいる。この世界で出会った人たちがいる。
今の俺にとっては、彼らとの思い出の方が大切になりつつある。
だから、今の俺に過去の事を考えてクヨクヨしている暇はない。
俺はそんな事を考えつつ、勇者三人に今まで聞いていなかった事を質問した。
「そういえば、三人は今日は何でこっちに来たんだ?」
みーちゃん達三人は、今朝、突然俺の元へとやって来た。
三人はいつもはグリモアの町から遠く離れた王都にいるはずだし、グリモアの町と王都はそう易々と往復できるような距離じゃないはずだ。
なのに、彼らはこちらへとやって来た。
そう考えると、何か用事があると考えた方が自然だ。
俺のそんな考えを見透かしたのか、駿が口を開いた。
「実は、ついこの前、この辺りにある『魔力溜まり』に変化が起こったらしくてね。僕たちはその調査に来たんだよ」
「『魔力溜まり』? 何だよ、それ」
俺のこの質問に答えたのはみーちゃんだ。
「……『魔力溜まり』っていうのは、自然界に存在する魔力が偏って集まっている場所の事」
「へぇ。で、この辺りにあるそれが変化したって、どういうことだ?」
「……分からない。……丁度一週間前、この辺りの魔力溜まりが大きく「波打った」ていう報告が上がった。それだけ。……だから、詳しい事は今から調査しに行く」
「危険とか……そういうのは無いのか?」
「……ん。……ユウ君が未来の妻である私を心配するのは当たり前だけど、大丈夫。……これでも、六年間勇者をやってきたから。……さっき話したドラゴン十体に囲まれた時よりかは遥かに安全」
「俺をからかうのは止めて欲しいし、安全を判断している基準が絶対的におかしいような気がするんだが、まぁ、とりあえずは大丈夫みたいだな」
「それに、調査に行くのは美弥一人だけじゃないからね」
「うん、そうだね!」
駿の言葉に雅が賛同する。
まぁ、確かに、勇者三人なら、(表面上だけ見れば)一般人である俺が心配するのもおこがましいか。
この前アリセルから聞いた話だと、勇者は一人一人の力が正に「一騎当千」らしいからな。その事はこの前、自分の目でも確かめている。あれだけ、俺が足止めにさえ苦戦していたブラックドラゴンを文字通り瞬殺だったしな。あの時は、不思議とドラゴンの方が哀れに思えたぐらいだった。
ここにはいない、みーちゃんが毛嫌いしているという他の勇者達三人ならともかく、駿と雅なら、みーちゃんを安心して任せることが出来るだろう。
日本にいた時の趣味が、友達がいなかったからと言う理由で人間観察だった俺が言うからには間違いない。
「そうか。二人とも何度も言うようだけど、みーちゃんの事、よろしく頼む」
「……やっぱりユウ君、過保護」
そんなこと言ってもやっぱり心配なんだよ、みーちゃん。これはしょうがないんだ。と、俺は心の中で呟く。
そして駿と雅、何故、微妙に生暖かい目でこっちを見るんだ。




