第十七話 討伐戦vsドラゴン
ドラゴン。
日本でのそれは、空想世界の産物でしかなかった。
ドラゴンなど現実には存在せず、一国の姫がそれにさらわれることも無ければ、それを倒そうとする勇者なども同様に存在しなかった。
だが、その地上最強の爬虫類は、この世界―――ユグドラシルでは確かに存在している。
それは、恐怖の象徴、討伐ランクSの化け物として。
討伐ランクSの魔物と言えば、現在、世界中にも十人といないSランク冒険者でも三人以上でかからないと討伐はまずできないだろうという、天災と称される類の存在だ。
奴らが現れると町は壊滅し、国お抱えのエリート騎士団でさえ再起不能の一歩手前まで追い込まれるような打撃を受けてしまう。
もはや、ここにいる人員だけでは対処しきることはできないのではないか。
そんな絶望的で現実的な威圧感を目の前の漆黒のドラゴンは纏っていた。
体色は凶悪なまでの黒。まるで、影のようなその体は軽く十メートルはあるだろうか。さらに、その牙が垣間見える大きな口の端からはちょろちょろと青い焔が漏れ出していた。
あまりのその恐怖に心臓がうるさいくらいに暴れる。ドクドク。ドクドクと。
周りの冒険者達も俺も、誰も動こうとしない。……いや、動けないといった方が適切か。
奴の前ではいくら神様から力を貰っていようと、今の俺では圧倒的な弱者だ。それが嫌と言うほど理解させられる。
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ブラックドラゴン
Lv169
MP:3400/3400
STR:2562
DEF:2410
AGI:987
INT:3203
スキル
「崩壊の青焔」「風爪」「強者の威圧」「超回復」
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―――勝てない。殺される。
俺がその巨体を鑑定し、本能的にそう感じた時、唐突にブラックドラゴンがその凶悪なフォルムをした咢を開けた。開けた口の中に何かエネルギーのようなものが集まっていくのが見える。
次の瞬間。
ゴオオオオオオオオオ!
そんな音と共に、俺のすぐ右横、十メートルほどの所を真っ青な光線が通過していった。
「……え?」
俺は一瞬の出来事に茫然と間抜けな声を上げる。
咄嗟に光線が通過した場所に視線を向ける。だが、もはやそこには何も存在しておらず、唯々下草が焼けた跡が残っているだけ。
さっきまでそこにも確かに幾人かの冒険者達が存在していたはずだ。でも、彼らはもういない。それどころか、いたという痕跡さえ残っていない。
そこで、俺は悟った。
彼らはもう殺されてしまったのだと。ドラゴンの無慈悲な一撃の前に、跡形も無く。痕跡を残す事さえ許されずに。
俺の背中に戦慄と冷や汗が走る。
もし、光線がもう少し左にずれていたら……もしかしたら跡形もなく消えていたのは彼らでは無く、俺自身だったかもしれない。
それを実感すると同時に、またブラックドラゴンはその咢を開ける。再び、その奥にはエネルギーのようなものが集まっていく。
―――まずい! またあれが来る…!
その事を俺以外にも、かなりの数の冒険者が感じたのだろう。
次の瞬間には、周りにいた冒険者達は蜘蛛の子を散らすようにして逃げ始めた。
右に。左に。後ろに。
とりあえずドラゴンからできるだけ距離を取ろうと、みんな必死に。
しかし、そんな中、俺とレティアは未だにその場から動くことが出来ないでいた。
(動け! 動け!)
心の中で必死に自分の体に命令するが、まるでいう事を聞かない。圧倒的強者、圧倒的恐怖の前に俺の体は完全に委縮してしまっていた。
「ユート君」
その時、そんな声と共に俺の左の掌が温かい物に包まれた。
「……レティア?」
その正体は、俺の右手を包んだレティアの左手。
レティアは左手で俺の右手を握ったまま、その視線はブラックドラゴンの方に向けられている。
そして、彼女の表情は
―――憎悪で満ちていた。
「……っ!」
今までに見たことも無いレティアの暗い表情に俺は思わず息を呑む。
しかし、レティアはその表情を一瞬で引っ込めると俺の方に一瞬だけ視線を向け――
「大丈夫だよ。……あいつは私が殺すから」
その言葉は俺に向かって放たれた物であるはずが、まるでここにはいない誰かに向けられているような気がして……
―――俺の左手を離して、ブラックドラゴンへと一直線に向かっていった。
「…っ! レティア!」
俺が咄嗟に叫ぶも、彼女は止まらない。もう、彼女の目には化け物しか映っていない。
レティアはその掌に火属性魔法、「ファイヤーボール」を詠唱して出現させると、その火の玉をブラックドラゴンの咢に向かって放つ。すると、その火の玉はありえない速度を持って咢の中に着弾。そこに蓄えられていたエネルギーをその場で爆発させた。
「GYAAAAAAAAAAAAA!」
自分の攻撃でダメージを受けてしまったせいか、ブラックドラゴンは怒りがこもったような禍々しい咆哮を上げて、レティア個人に向けてその鋭くとがった爪を振り下ろす。
だが、未だにレティアとブラックドラゴンとの間には50メートルほどの距離がある。さすがに、その爪がレティアに届くことは……
俺がそんな事を考えていると、次の瞬間、ブラックドラゴンの爪の攻撃が「飛んだ」。
緑色の軌跡を残し、爪の斬撃を飛ばしてきたのだ。
「っ! レティア! 避けろ!」
咄嗟に俺はレティアに叫ぶ。
だが、当のレティアは斬撃をよけようともせず、むしろ、その斬撃へと突っ込むかのように真正面から向かっていった。
そして、ついにレティアへと斬撃が食い込もうとしたその瞬間、斬撃の軌道が変わって、斬撃自らレティアを避けた。
「はっ?!」
あまりの非常識な光景に俺は瞠目した。
その後も、第二第三と放たれた飛ぶ斬撃が、まるで反発し合う磁石のようにレティアを避けていく。
「一体……どうなって……―――「それが彼女のスキルだからだよ」―――ッ?! ギルマス…!」
俺の呟きに答えるように横からひょっこりと姿を現したのはアリセルだった。
「レティアのスキルっていっt―――」
「おっと、今はそう言う質問は受け付けないぞ?」
俺がアリセルに「彼女のスキル」とはどういうことだと質問しようとすると、途中で言葉を被せられる。
「それよりも、今はレティアの援護を優先するぞ」
「援護って、どうすれば?」
「ユートはできるだけブラックドラゴンの行動を封じてくれ。私はその間にレティアをこっちに引っ張り戻してくるから……それじゃあ、頼んだぞ!」
「えっ?! ちょ、ちょっと! いきなりあんな奴の行動を封じるなんて―――」
「大丈夫だ、ユートにならできる!」
俺のいきなりの仕事に対する動揺にどこか焦った雰囲気のアリセルが再び言葉を被せた。
彼女は一言「大丈夫だ」と言い残すと、レティアの方に向かって突っ込んでいった。
突然突っ込んだアリセルにも爪の斬撃や口から吐き出す火の玉が容赦無く襲い掛かるが、アリセルはそれらを全て見切って、何かに取りつかれたようにブラックドラゴンを剣で攻撃しているレティアに接近していく。こういう身のこなしは流石ギルマスと言った所か……アリセルは元Aランク冒険者だったらしいしな。
だが、ある程度ブラックドラゴンに接近すると、当然攻撃の弾幕はより増えていく。ついに、アリセルはその場に留まって飛んでくる斬撃や火の玉を集中して対処しなくてはいけなくなった。
ちなみに、未だにレティアは無傷。すべての攻撃が彼女をよけているからだ。そのため、彼女はブラックドラゴンの足元にまで接近し、防御は完全に捨てて、片手剣でドラゴンの足をめった切りにしている。
「あるいはゴブリンキングならなんとか足止めなりなんなりはできたかも知れないが、流石にあれは無茶ぶり過ぎるだろ……」
俺はそう呟きながらも、無詠唱で魔法を発動していく。
最早、体の硬直は解けた。目の前で女の子二人が(どちらも二十歳は超えているが)化け物相手に近接戦闘を仕掛けているというのに、俺だけ逃げるというのは流石に格好が悪すぎる。そんな糞みたいなプライドが俺の体の硬直を解していたのだ。
発動する魔法は蒸気魔法「ミスト」。
本来ならば地盤魔法の「マッドプール」を使いたいところだが、あれは敵が地面に足を付いていないと効果は無いし、それ以前に俺を中心とした半径10メートル以内にしか底なし沼を作ることが出来ない。という事で、こっちは却下。
俺はブラックドラゴンの周りをターゲットとしてミストを複数回発動させる。
すぐにブラックドラゴンの漆黒の巨体は真っ白な霧に隠れてしまい、ブラックドラゴンの視界を奪った。
そして、一瞬だがブラックドラゴンの弾幕が止む。
その間にアリセルはレティアの元にたどり着き、一向にドラゴンへの攻撃を止めようとしないレティアに一発鳩尾を食らわせて肩に担いでドラゴンの足元を離れた。
アリセルはレティアを担いだまま、すぐに俺の方へと戻ってくる。心なしか、彼女の息が上がっている気がする。……まぁ、さっきまであんな近接戦闘を行い続けていればそれも当たり前なんだろうが。
「ユート、助かった!」
「いえ、店の為ですから」
「そうか。それでは……もう少しだけ時間を稼いでくれないか?」
「それは、どれくらい?」
「一分稼げれば十分だ! …そうすれば、彼らが殺ってくれる……だから…頼む…!」
「了解です。彼らってのが誰なのかは気になりますが……まぁ、頑張ってみますよ」
アリセルにそう返した俺は、アイテムボックスからMPローポを取り出して中身を飲み干し、今度は少し離れた所に複数回、地盤魔法「マッドプール」を発動した。
すると、そこに三メートル四方くらいの底なし沼が現れる。
すでにブラックドラゴンはミストで発生させた霧を翼で風を起こすことで霧散させており、俺たちの方へと怒りの視線をぶつけて突進してきている。
よっぽど、さっきのミストの霧が鬱陶しかったらしい。一番初めに放った光線を撃つという選択肢さえ怒りで思い浮かばないようだ。
それを確認した俺はレティアを背負ったアリセルと一緒にその場を離れ、ダメ押しとばかりに再びブラックドラゴンをターゲットにして「ミスト」を発動。それによって視界を塞がれたブラックドラゴンは前も見えない状態になり、俺が「マッドプール」で作っておいた巨大底なし沼へと片足を突っ込んだ。
「GYAAAAAAAAOOOOOOO?!」
突然自分が沈んでいく感覚に驚いたのか、ブラックドラゴンは叫び声を上げ、足を引き抜こうとするが中々引き抜けない。それどころか、ついには両足とも底なし沼にはまりやがった。
―――ざまぁみろ。
しかし、それで行動を阻害できたのは精々二十秒。
ブラックドラゴンは突然翼を広げると、強風を発生させながら翼を大きく動かし始めた。
ドラゴンの体が宙に浮き、それによって両足を底なし沼から引っこ抜くことに成功した。
「GYUUUUUUUAAAAAAAA!!」
再び、怒りのこもったドラゴンの叫び。
その威風堂々とした怒気に空気が震え、振動や強風が俺にまで伝わってくる。
「くっ……!」
思わず目をつぶる俺。
「バカッ! 戦闘中に目をつぶるな!」
アリセルのその言葉に咄嗟に目を開ける。
そして、俺には見えた。
―――ブラックドラゴンが離れた位置にいる俺に向かってその爪を振り下ろしているのを。
俺に向かって、致死の飛ぶ斬撃が迫ってくる。
「……っ!?」
そして、再び俺を襲う硬直。
―――ダメだ……躱せない…
俺の心の中に絶望が音も無く広がっていく。
自身の体に「動け!」と命令するも、まるで自分の体じゃないかのように自分の体がいう事を聞いてくれない。
その間にも緑色の軌跡を残して斬撃は俺に迫る。
俺は……ここで…死ぬのか―――
ドガッ!
「……えっ?」
次の瞬間、俺の体は横に飛ばされていた。
ドスッ!
そして、横に何か大きな質量の物が落ちる音。
そちらに顔を向けると、そこには目をつぶったままのレティアが倒れている。
「うああああああああああああ!!!!」
最後に、横から聞こえるアリセルの悲痛な悲鳴。
俺はすぐにそちらに視線を移す。
「……あ……あ……!」
俺の口から言葉になっていない、うめき声のような音が漏れた。
そこには、背中から血を吹きだして今にも倒れようとしているアリセルの姿があった。
―――一体なぜ、彼女がこんな事に……?
―――いや、答えは分かりきっている。
彼女は俺をかばって突き飛ばし、代わりにドラゴンの斬撃をその身に受けたんだろう。
「お……おい! ギルマス!」
震える足を無理やり動かし、すぐにアリセルの元に向かう。
(ブラッドヒール! ハイヒール! ブラッドヒール! ハイヒール! ハイヒール! ハイヒール! ハイヒール! ハイヒール!―――)
一心不乱にアリセルに回復魔法を施す。
もう何回、回復魔法をかけたか分からない。
途中でMPが切れた。俺はすぐにアイテムボックスからMPローポを取り出し、中の赤い液体をあおる。
「GYAAAAAAAAAAAAA!!」
真横から、ドラゴンの咆哮と共に緑色の斬撃が再び俺を襲う。
そこで、丁度アリセルはつぶっていた目を開け、俺ににやりとどこか勝ち誇ったような笑みを向けてくる。
「よくやった。……私たちの勝ちだ」
そんなアリセルの言葉と同時に、どこからか、魔法の詠唱が聞こえてきた。
その声はどこか懐かしく、聞き覚えのある声で―――
「嵐よ、われの前に盾の加護を!『ストームシールド』!」
俺とアリセルの前に風の盾が顕現される。
その盾は俺たちに迫っていたドラゴンの斬撃を無効化し、霧散させた。
アリセルがやたらと男っぽくなってきてる……あれ?初めはこんな感じにするつもりは無かったのに……
そして、レティアもどこか狂人化。
この理由は後々分かってきます。(第三章にて分かる予定です)
それにしても、今回は全体的に描写が雑でしたね……ちょこちょこ修正入れていければなとは思っていますが……(ノД`)・゜・。
とりあえず、次回もよろしくお願いしますm(__)m
……あ、ストックが切れた