第十六話 討伐戦の朝はトラブル続き
次の日、俺を眠りから叩き起こしたのは切羽詰まったアリセルの呼び声だった。
「―――ト、ユート!いるか?」
「……ぅん、はい……俺なら、ここに」
あぁ、眠い。時計の針はもうすでに七時を指している。
昨日寝たのは21時だったから11時間は寝ていた計算。道理で体中がだるいわけだ。
いつもの睡眠時間の二倍ほどだったから、体がこんな長時間の連続した睡眠に慣れていなかったのだろう。
そして、横を見るとぐっすりと眠っていたはずのノエルの姿はどこにも無い。テントの外も結構騒がしくなっている事からもうノエルはテントの外に出ているんだろう。
俺は覚醒しきっていない頭を必死に動かしながら、上半身を起こした。
「すまない、入るぞ!」
そう言いつつ、アリセルはテントの入り口に垂れ下がっていた幕を押し上げて中へと押し入ってきた。
「ユート、すぐに来てくれっ!」
「……一体、どうしたんですか?」
「ついさっき、夜の巡回組の重傷者が運ばれてきた」
「……!分かりました」
「助かる。けが人は新しく設置したテントの中に寝かせている……私についてきてくれ」
俺はアリセルに連れられて、昨晩は無かったテントへと連れてこられた。
俺が中に入ると数人の冒険者が一人の眠っている見慣れた男性冒険者へと心配するような視線を向けていた。
おそらく、彼らは同じ班のメンバーだったのだろう。
何とも言えないような独特な緊張感が漂っている空気の中、俺とアリセルがやってきたことに気が付いた彼らは俺の方へと顔を向けた。
「ギルマス……!」
「あぁ、回復魔法師を連れてきた。……お前たちはご苦労だったな。とりあえず詳しい話を聞きたいから、隣のテントでアリッサに事情を話してくれないか?」
「わ……分かりました…」
アリセルに促されるようにして四人の冒険者はテントを出ていく。
一人。二人。三人。皆、倒れ込んでいる冒険者に一声かけていく。
そして、最後の一人。背中に片手剣を吊るした俺とそこまで変わらないような青年冒険者は俺と真正面に目を合わせると、バッと頭を下げた。
突然の事に俺が絶句しているとその青年は語り始める。
「頼むッ……あいつを助けてやってくれ……!あいつは、俺が気を抜いたばかりに突然襲われそうになった俺をかばって……クッ…!」
青年は涙をこぼしながら語る。
そんな彼の心境はいかほどなのか、俺には分からない。
責任を感じているのか、それとも……
いや、他人の思考が理解しようとするなんて、他人に対する冒涜だろう。他人は他人であり、自分は自分だ。そして、それぞれの「思考」というのは各々が所持しているトップシークレットのプライベート情報。これはいかなる立場の人間であろうと侵害されてはいけない物だ。
だから、今はこの青年がどんな事を感じていようと、俺がしなくてはいけないことはただ一つ。
「分かった。俺が全力で治療する」
俺がはっきりとそう告げると、青年は少し安心したのか少し表情を和らげて再び「頼む」と頭を下げるとテントを出ていった。
さて、ここからは俺の仕事。後衛支援職としての俺の仕事だ。
俺は気合を入れなおすと、横たわっている男性冒険者の横に座った。
そして、拙いながらも容体を一つ一つ確認していく。
―――息は……浅い。そして速い。少しつらいのか、額には薄らと汗が吹きだしている。
そして、ゆっくり動かして背中を上にしてみると、そこには何かに引っかかれたような傷跡が……その見た目はかなり痛々しく、今も血がにじみ出ていた。
とりあえず……止血だな。
俺は日本にいた時に参加した緊急救命講習の時の知識を頭の片隅から引っ張り出してけががひどい所に包帯を巻く。
アリセルは男性冒険者の怪我を確認した直後から深く考え込んでいる。
一体何を考えているのかは気になるところだが、とりあえず今は命を助けることが先決なので目の前の作業に集中することにする。
さて、無事に包帯も巻き終わったので、次は回復魔法をかけていく。
かけるのは、回復魔法「ヒール」の上位魔法、「ラージヒール」。そして、「ブラッドヒール」。
ラージヒールはここ三日の間に身につけた魔法で、ヒールのおよそ三倍ほどの効果を発揮する中級魔法の一つだ。
ちなみに、効果が高い分、消費MPも多い。俺の場合だと、一回のラージヒールで7もMPを持っていかれる。普通のヒールで消費するMPは3なのでお得と言えばお得なのだが。
俺が回復魔法をかけてやると、顔色が少しだけ良くなった……気がした。
これで俺に出来ることはすべてやった。
俺は最後に確認のために鑑定を使い、ステータスを覗いた。
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トウヤ
ヒューマン
Lv21
MP:60/60
STR:58
DEF:53
AGI:68
INT:48
スキル
「身体能力強化:Lv32」「双剣術:Lv8」「剣術:Lv41」「夜目」
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うん。
レティアの時みたいに瀕死とか状態異常的な表示は出てないな。応急処置はしておいたからこれから急激に悪化することも無いだろうし、しばらくはこれで様子を見た方がいいか。
「ギルマス、応急処置、終わりました。今は少しは状態は安定したので断言はできませんが、一番危険な状態からは抜け出せたと思います」
「そうか……それじゃあ、今のうちに食事を取るなりしておいて休んでいてくれ。もしかしたら、後で君の力に頼ることになるかもしれない」
「俺の力……ですか? まさか、何か問題が?!」
「詳しい事は確証が得られてから伝える。……だから、今はとりあえずいつでも動けるように準備していてくれ」
「……分かりました」
気になる事はかなりあるが、今はアリセルには話す意思はないようだ。
俺はアリセルに言われた通り、まだ食べていなかった朝食を取るために食堂代わりに使われている、周りよりも一回りも二回りも大きいテントへと向かった。
中には今も二十人ほどの人がたむろしていて、思い思いの場所に座ってパンやら炭火焼肉やら比較的シンプルな食事をとっている。その光景は日本の学校食堂や社員食堂にどこか近い物があり、俺は昨日の夕食でこの場所を気に入っていた。
そして、俺が食堂代わりのテントへと入ると、少し奥の方から俺を手招きして呼ぶ声が聞こえてきた。
「おーい! ユート君!」
その人物は大きく赤髪を揺らしていて、一目でそれがレティアだと分かった。
ちなみに、赤髪と一緒に彼女の大きめの胸も上下左右に結構揺れていたが、それは極力見ないように心がけた。俺、まじ紳士。
「こっちで一緒に食べようよ!」
「分かった」
俺はレティアに急かされるようにして朝食をギルド職員から受け取り、レティアの隣へと腰かける。
「おはよー、ユート君」
「あぁ、おはよう。……それにしても、朝から元気なんだな。お前」
「まぁ、朝の目覚めはいい方だからね」
「へぇ、そうなのか。俺は朝は滅法弱いからな……」
「あはは……ユート君、そんな顔してるもんねぇ」
「一体どんな顔をしてんだよ、俺は」
エリックの時もそうだったけど、この世界の住人は一体どんな目を持っているんだ?
「そういえば、さっきユート君、ギルマスに連れられて新しく建てられたテントに入って言ってたよね? ……一体、何をしていたの……?」
そう笑顔で聞いてくるレティアだが……何故か目が全く笑っていない。むしろ怖い。
俺の中の警報がここで返答を間違えるなと響いているので、一言一言言葉を選びながら今朝の出来事を説明する。
「レティアがなんで怒ってるのかよく分からないんだけど」
「私、別に怒ってなんかいないもん! ユート君がギルマスと何をしようが、私の知ったことじゃないし?」
「じゃあ、言動と行動を一致させてくれ」
何故、レティアは額に怒りマークを浮かべながら俺の頬をつねるんだ。
しかも、結構容赦ないし。
……まぁ、今はそんな事は横に置いておいて。
「とりあえず、俺はテントの中で今朝運ばれてきた重傷者の治療をしていただけだぞ? 元々、俺がこの討伐戦に参加したのも回復魔法が使えるからっていうのが理由だしな」
「えっ……? なんだぁ、治療してただけなんだ……。えへへ…少し慌てちゃったよ……」
「うん? 何で、レティアが慌てる必要があるんだ?」
「……っ!? な、何でもない!」
「……? そうか? まぁ、それなら別にいいんだけど」
それにしても、レティアって本当に感情表現が豊かだよな。
表情がコロコロと変わるから見てて面白いし、何より小動物っぽくて可愛い。
「何? 私の事ジロジロと見てニヤニヤしてさ」
「いいや、何でも無いぞ?」
「……まぁ、いいか。それよりも、ユート君が治療したっていう人ってどんな怪我を負ったの?」
俺を疑うようなジト目で見つめていたレティアだが、俺の反応が変わらない事を理解すると表情をいつもの感じに戻し、再び質問をぶつけてくる。
「あぁ、…背中に何か大きな奴にひっかかれたような傷が―――」
「ひっかかれた?」
「何だ? 何か問題があるのか?」
「いや、ゴブリンキングにそんな傷を負わせるような爪とかって生えてるかなぁと思って」
「……? ……そういえば、お前を襲ったゴブリンキングにはそんな爪とかって生えてなかったな」
それどころか、爪という物は存在していなかったような気がする。
「でしょ? 絶対に何かおかしいよ。この辺りに出てくる魔物でトウヤさんがそんな重傷を負うとは思えないし、ゴブリンキングではそんな傷を作ることは不可能……という事は……」
「何か、別の魔物がこの近辺にいるかもしれない……という事か?」
その時だった。
俺がレティアの言葉を引き継ぐかのように言葉を口にしたその瞬間。
『GYAOOOOOOOOOOOOOO!!』
突然、空気が震えた。
「……っ?!」
「何?! 今の声!」
俺とレティア、他の食堂のテントに残っていた冒険者達も先を争うようにして外に出る。
そして、声が聞こえてきたと思われる方を見たその全員が
―――絶望を覚えた。
「な……何なんだよ、あれは?!」
俺の隣にいた名前も知らない冒険者が恐慌気味に叫び声を上げる。
「「「………」」」
そして、その質問にはこの場にいる人間、誰も答えることが出来なかった。
俺たちが見た物、それは。
漆黒の体に大きな翼。そして強固な鱗を持った巨大な爬虫類。
―――こちらに鋭い眼光を向けている、ドラゴンだった。
次回はいよいよ戦闘回!
……とは言っても、特にチートで無双するわけではありませんが。