第十四話 討伐戦前の少し怪しげな集会
未だに少しだけ眠気がする中、俺はギルドへとやって来ていた。目的は依頼されていたローポとMPローポの納品。
そう、今日はゴブリンキングを討伐する予定の日だ。
俺は魔物討伐のために騒がしくなっているギルドへと入ると、すぐにカウンターへと向かった。そこにはいつもの可憐な笑みを浮かべたアリッサさんが待っていた。
「おはようございます、ユートさん」
「はい、三日ぶりですね。今日は頼まれていたものを納品に来ました」
「心得ています。……ギルドマスターが待っているので、少し奥に来てもらえませんか?」
「またですか?」
「えぇ……納品以外にも少し頼みたいことがあるとかで」
そう言い、少し申し訳なさそうな表情を作るアリッサさん。
だが、俺としては今回の依頼の報酬が自分の店をくれるという物で得をし過ぎている気がしていたので、この申し出は丁度いい物だった。これで、少しでも依頼内容の平等化が図れる。不平等な取引ほど、後味の悪いものはそうそう無い。
そんな事を考え、ひそかに心の中で安心しつつ、俺はアリッサさんに続いてギルドの奥のギルドマスターの部屋へと向かった。
……俺が奥に入る時、幾人かの男性冒険者が「リア充爆発しろ!」と囁いていたのだが、俺は全面的に賛成できると思いました。…って、あれ?みんなが俺を睨みつけているのは何故?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「俺が…討伐戦にですか?」
「あぁ、そうだ」
咄嗟の事に聞き返した俺の質問に至って真剣な顔でギルドマスターは頷き返す。
アリッサさんに連れられギルマスの部屋へとやってきた俺を迎えたのは、身軽な戦闘服に身を包んだ幼女……ギルドマスターだった。彼女の向かいに座り、話を聞くと、頼みたいこととは俺の討伐戦への参加らしい。
「でも、俺は冒険者ランクは未だFですよ?この討伐戦への参加条件はランクD以上の冒険者という事になっているはずですが?」
「そこはギルドマスターとしての権限でどうとにもなる」
俺の質問に堂々と胸を張って言い返すギルマス……だけど、悲しいかな。その胸は多少迫力に欠ける。
それにしても、ギルマス権限でどうとにもなるって……食権濫用だろ。それ。
俺はどうしていいか分からず、アリッサさんの方に視線を向けると、アリッサさんは諦観がにじみ出たような表情を作りながら首を横に振った。……どうやら俺に拒否権は無いらしい。
「…はぁ、分かりました」
「おっ!本当か?!」
「どちらにせよ、ポーションの納品依頼の補填として何かしなくてはいけないなとは思っていましたから。……で、俺は討伐戦で何をすればいいんですか?」
「あぁ、お前には回復魔法やポーションによるヒーラー役と、緊急事態で敵の目前で退却せざる負えなくなった時の敵の行動を阻害する役目を任せたいと思っている」
「ヒーラー役は予想が付いていましたが、二つ目の方は……俺に退却時に殿を務めろと?」
俺が少し不快感を露わにして聞くと、ギルマスはその幼い顔を一生懸命にブルブルと横に振って否定した。
「いや、断じてそう言うわけじゃない!退却時に、お前の魔法で魔物たちの足止めをしてくれるだけでいいんだ」
「つまり、退却する直前に蒸気魔法や地盤魔法で少しの時間足止めしてほしいという事ですか?」
「あぁ、その魔法で足止めできるのは一分が限界だろう……だが、実際の戦いでは、その一分が大きな意味を持つ。その一分を稼いでほしいんだ…本当はこんな役割、お前にだけは任せたくなかったんだが」
そう言って、悔しそうに、切なそうに顔を伏せるギルマス……そんなに俺、頼りないか?
そう見えてるんだったら、何となく傷つく。見た目幼女の女性に頼りなく思われてるって、結構精神的に来るものがあるよな…。
まぁとはいえ、俺は、この結構大事な役割を任せられてわけだ。実際に最前線に立って戦うわけでもないし、周りにはDランク以上の実力者たちが五十人も警戒に当たっているという。俺自身には危険が及ぶことも少なそうだし、やってみるか…。
「……分かりました。その役目、俺にやらせてください!」
「ほ、本当にか?!む、無理にやらなくてもいいんだぞ!?」
「今更何を言ってるんですか?この依頼はそっちから持ち掛けた物じゃないですか」
俺の返答に突然として興奮したように詰め寄ってくるギルマス。
「…そ、そうだったな!は、ははは……」
しかし、俺の言葉で我に返ったようで、から笑いをして場を誤魔化した。
…いきなりシリアスになったり、興奮したり、笑ったり。かなり忙しそうだな。ビタミン、足りてないんじゃないのか?白菜とか、トマトとか食べた方がいいぞ。…いや、白菜とかトマトとかにビタミン含まれてるのかなんて知らないし、そもそも、この世界に白菜とかトマトがあるのかさえも分からないんだけど。ヤバい。そんな事を考えてたら、白菜をたっぷりと使ったトマト鍋を食べたくなってきた。
「それではギルドマスター。討伐部隊が待っています。ギルドを出ましょう」
ずっと横で話を聞いていたアリッサさんの声で現実に引き戻される。
「そうか、分かった」
アリッサさんに促される形でギルマスは椅子から立ち上がる。俺もそれに続いた。
「それでは、ユートは作戦時には常に私すぐ近くを付いてきてくれ。何、心配はいらない。周りは実力者揃いの冒険者が固めているし、私自身もお前を守って見せるさ。ユートには指一本触れさせないよ」
そう言って、ニヒルに笑うギルマス。
幼女の外見なのに無駄にカッコいい事言うから、思わず惚れそうになってしまった。
って、幼女に惚れるって無駄に犯罪臭がすごいするよな。
俺はそんな事を考えて「俺はロリコンじゃない」と自己暗示をかける。
そんな間に俺とギルマス、アリッサさんの三人は、多数の冒険者達が待つギルドのロビーへとたどり着いていた。
俺たちが姿を現した途端、いくつもの視線がこちらに向けられる。
「みんな、そろっているか?」
ギルマスが集まった冒険者達を見渡しながら声を張り上げる。
「「「「「「「「「「おぉぉぉおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」」」」」」
そして、テンションマックスの状態で雄たけびを上げる冒険者達。よく見ると、所々に
「アリセルたん、超天使!!」
という文字が書かれた旗がはためいている。
「「「「「「「「「「アリセル!アリセル!アリセルゥゥゥゥゥ!!!」」」」」」」」」」
男冒険者達の口からは何度もギルドマスターの名前が叫ばれ、ギルド全体が大きく震える。よく見ると、その集団の中には「紅蓮聖女」のロリコン爽やかイケメン、ノエルも目を血ばらせた状態で存在していた。
そんなカオスな状況を見て、俺はこう思った。
新興宗教かよ…と。
いや、それ以外にどういう感想を持てばいいのかさえ分からない。横の幼女ギルマスはいつから教祖になったのだろうか。
そんな事を考えつつ、ギルマス―――アリセルの表情を伺うと、「……ぐっ!!」どこか羞恥をこらえたように目に涙を浮かべているのが分かった。どうやら、この状況はアリセルからしても本意ではないようだな。
俺が呑気にそんな事を考えていると、アリセルの限界は唐突に訪れた。
「お前ら、いい加減にしないかああああああ!」
周りの反応に耐えられなかったのか、ついに羞恥が限界を超えたアリセルは突如悲痛な声をあげると、ギルドに集まっていた男性冒険者へと手当たり次第に物を投げつけ始めた。
「いい加減にぃぃぃぃぃぃ!しろおおおおおお!」
そんな叫び声を受けて放たれた色々な物は「ブゥン!」というありえないような音を立て、その全てが男性冒険者どもの頭にクリーンヒット。
「うぐぅ!あり…がとうご…ざいます…ぅっ!………バタッ」
「アリセル…さまぁ!………バタリ」
直撃を食らった者達は口々に言葉残してその場に倒れ伏す……その顔はどこか満足げなのはつっこなない方がいいんだろうな…もう無視しとこ。
そして、そんな変態はすぐそこにも一人。
「お、俺は……あなたにぃいいい!忠誠をぉぉぉ!」
額が赤く腫れた状態のノエルが額を抑えながら地面に這いつくばりつつ、満足げな表情で心の声を漏らしていた。
あーあ、せっかくのイケメン顔が台無しだ。
「あんたはさっきから何を言ってるのよっ!」
ドガッ!
そして、そんなノエルの頭にいつの間にか横に接近していたレティアの手刀が突き刺さる。レティアから強烈な手刀を頂戴したノエルは目を白く染めて昏倒した。……せめて、彼に幸あらんことを。
気づけばギルドの中は地面に倒れ伏した変態と彼らの知り合いであろう冒険者達によって埋め尽くされていた。はたから見れば人が大勢倒れている、緊急な場面なのだろうが、その倒れている男たちが揃いも揃ってだらっとしたにやけ顔をしているので、緊張感などは皆無に近い。アリッサさんに至っては苦笑を漏らしている始末だ。
俺はそんな状態を見て、ただただ頬を引きつらせることしかできなかった。……こんなのが周りを固めてて、大丈夫なんだろうか?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
それからしばらくすると、アリセルは落ち着きを取り戻し、倒れていた冒険者達も順々に目を覚ました事でようやく場の空気が正常に戻った。
俺が「こんなのが本当に実力者揃いの冒険者たちなのか?」とアリセルに聞いたところ、「あぁ、それにこれはいつもの事だからな……」という事らしい。
それでいいのか、ギルドマスターよ。
「さて、ようやく私が話し始める雰囲気になったみたいだな? それじゃあ、思ったよりも時間が推しているから、手短に今日の予定や目的などをおさらいするぞ」
そう言って、アリセルは色々と冒険者達に説明していたが……俺は別に討伐隊に加わっただけで、その役割は裏方スタッフに様な物に近い。俺自身に関係する報告や説明は皆無に近かった。
唯一俺自身に関係する情報と言えば、この討伐隊に「紅蓮聖女」の面々が加わったという事だろうか。彼らはギルドランクはEのため、本来はこの討伐隊には参加できないのだが、ゴブリンキングと遭遇した所までの道案内役としてレティア、ノエル、ヨミが付いてくることになったらしい。
勿論、彼らは戦闘には殆ど参加しない。
緊急時に、けが人の回収をするぐらいなんだと。
そんな事を伝えている内に、アリセルによる今回の討伐戦についての説明等は終わった。
そして、最後にアリセルは一人一人の顔を見るようにして全体を見渡しながら告げる。
「お前たちは確かに強い。だが、絶対に油断だけはするな。この近辺にゴブリンキングが一体出現するだけでも珍しい事だ。しかも、それが今回は複数。何か異変が起きているのかもしれない。各自、何か気づいた事があったら私に伝えてくれ。いいか!」
『『『『『『『『『『おう!』』』』』』』』』』
アリセルの言葉にその場にいた五十名以上の冒険者が声を揃えて頷く。
それを聞いたアリセルは皆に頷き返し、こぶしをぎゅっと握って上に突き出した。
「それじゃあ、討伐隊、出発だ!」
『『『『『『『『『『おおおおおおおおおおおおおおおお!』』』』』』』』』』
ギルドに多数の声が響いてギルド全体が大きく震える。
そんな中、俺は言葉に出来ないような「嫌な感じ」を薄らと感じていた。
◆◇◆◇◆
ドシンッ!
地面が、大きな振動を伝える。
獣は皆震え、普段は凶暴なはずの魔物達も、今限りは大人しくして息を潜めている。
不気味なまでの静寂が、その森の中には広がっていた。
感じられるのは、時折伝わってくる大きな振動と、どこか危険な臭いを漂わせる『狂気』。
振動は刻一刻と大きく、狂気は段々と濃くなっていくのが、森の生物たちには感じられた。
『ギャアアアアアアアアアア‼』
轟いた咆哮が、森の木々を大きく揺らしていく。
いつの間に出来ていたのか、真っ黒な雨雲が、雷を発生させながら空を覆い隠していく。
その雷によって映った陰は、果てしなく大きなトカゲのシルエットをしていた。