第十二話 とある調合師の複合魔法
複合魔法、「スモッグ」の名称を「ミスト」へと変更いたしました。
「魔法を練習するための場所……ですか?」
「えぇ」
ギルドに付いた俺は目的達成のため、受付のアリッサさんにとある相談を持ち掛けていた。その相談とは、俺が魔法を練習するための場所の確保。しかも、他に人が来ないような所という条件付きだ。
というのも、どうやら俺はこの世界では珍しい、すべての魔法を使える存在、魔導士というやつらしい。俺はできるだけすべての魔法を使ってみたいし、魔導士は国から勧誘されまくるらしいので、周りに俺が魔導士であるという事は出来るだけ知られたくない。俺は自由気ままに異世界生活を楽しみたいからだ。
では何故、そもそも俺は魔法の練習をしようと思ったのか。それは、昨日のキングゴブリン戦の時に感じた、圧倒的な火力不足が主な理由だ。
俺のスキルは徹底的に後衛職としての構成をしている。念のために剣術スキルは取っているものの、やはり俺が戦うならば魔法を使うのが絶対的に効率がいい。がしかし、昨日の戦いでは奇襲であったにもかかわらず、俺の初級魔法はレベル差がかなりあったとはいえ、キングゴブリンの皮に少し傷を付けるので精いっぱいだった。
このままでは、近い未来に絶対に俺の魔法が通用しなくなってくる。そう感じた。そして、早く魔法のバリエーションを増やさないといけないとも。
俺のステータスは、AGIとMPは高めになっているものの、魔法の威力に関係するINTはそこまで高いというわけでは無い。今となっては、神様に能力を貰う時、INT倍化を貰わなかったことが悔やまれる。だが、そんな後悔は今となっては後の祭りだ。俺は、今ある自分の能力でこの世界を生き抜いていかなくてはいけない。
だからこその、魔法の反復練習。そして、新しい魔法の習得。これが、今の俺に課せられた急務なのだ。
「えっと……少し、ギルドマスターに相談してきますね」
「はい、よろしくお願いします」
俺の相談を聞いて、アリッサさんは奥へと引っ込んでいく。キングゴブリンの出現の為か、相変わらずギルド内は慌ただしい。
そういえば、キングゴブリンの討伐はいつになるのかな。
そんな事を考えながら待つ事、五分。
アリッサさんが幼女ギルマスと共に奥から姿を現した。
「やぁ、ユート」
「どうも」
出てきたギルマスと軽い挨拶を交わす。
てか、ギルマスは見た目は幼女なのに、口調は本当に男らしいから半端無い違和感を受けてしまうのは俺だけだろうか。
俺のそんなどうでもいい考えは当たり前だが本人には気づかれることなく。
「それじゃあ、今から私の家に行こうか」
「……は?」
ギルマスの口から、何やら衝撃の一言が発せられた。
「聞こえなかったのか?今から私の家に行くぞ」
「あの……私の家に行くって、…どういう…?」
「は?どういうって……っ!そ、そういう意味じゃないぞ?!わわわ、私はただ、お前に魔法を練習する環境をだな!」
「あ…そういうことでしたか」
何やら、顔を真っ赤にしながら叫びだしたギルマス。言葉遣いは男らしいが、意外と初なのかもしれない。
「そ、そういうことだ!じゃあ、いくぞ!……それとも、何か文句があるのか?!」
「いえ、人目に付かずに魔法の練習ができるならどこでもいいんですけど。それよりも、ギルマスの家に俺みたいなやつが行ってもいいんでしょうか?」
「本人がいいと言っているんだ。変な気遣いなどせずに、早く私について来い!」
「あ、はい……それじゃあ、アリッサさん。ギルマス、お借りします」
「はい……ギルマスも、『また』夢中になるのはいいですが、程ほどにしておかないと、いつもみたいに失敗しますよ」
「な……!今回は、そういう意味じゃないっ!」
アリッサさんと謎の会話をしたギルマスは、俺を引きずりながら逃げるようにしてギルドを後にした。
それにしても、最後の会話、どういう意味なんだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆
あれからしばらくして、俺とギルマスはメインストリートから外れてしばらく歩いたところにある、ギルマスの自宅へとやって来ていた。それにしても、幼女でもさすがギルマスといった所か。家がかなりでかい。そして、ゴージャス。
ギルマスの家はかなりの土地を所有しているようで、なんと使用人まで存在した。しかも、若い犬耳メイドさんだったから、かなり興奮した……勿論、顔には出していないけど。
そして、俺はギルマスの案内によって、家の裏側にある裏庭へと足を運んだ。どうやら、ここで魔法の練習をさせてもらえるようだ。
「さぁ、ここなら人も来ないし、好きなだけ魔法の練習をするといいぞ」
「ありがとうございます……でも、何故俺にここまでしてくれたんですか?」
「なに、魔導士であるお前の実力が気になっただけだ。それに、これまでもたまに、将来有望な奴はここで訓練することを許していたしな」
「へぇ、そういう事なら遠慮なくやらせてもらいますよ?…あと、俺がここで行った事は他言無用でお願いします」
「まぁ、お前は今まで以上に特殊なケースだからな。他の者には話さないようにしよう」
「ありがとうございます!」
俺はギルマスとの会話を終えると、野球のグラウンド程はありそうな裏庭の中心へと移動した。
「さて……今まで使ってなかったが、『魔法複合』!」
俺は気合を入れて、訓練を開始する。
今回、俺が使うのはスキル「魔法複合」。
これは、自分が扱える魔法を二つ以上合成させて、より強力な魔法を生み出すスキル。ただし、このスキルを使用するには、最大MPの二割を消費しないといけなく、その割合は合成させる魔法の数に比例して多くなっていく上、魔法を合成させるときにかなりの集中力を必要とするため、戦闘中に使えるようなスキルでは無い。つまり、非戦闘時にこれから使わなくてはいけなくなることを予想した魔法を作っておかなくてはいけないのだ。
ちなみに、今の俺の使える魔法は「火・水・風・地・回復・光・闇・調合」の八種類。この中から異なる二つ以上の属性を選び、それぞれの属性の魔法を鮮明にイメージしながら合成していく。
俺がスキルを発動させると、頭の中に無機質な声が響いた。
『どの魔法を複合させますか』
俺はその声に答えるようにして、強く「火と水」と念じる。
そして、火と水がまじりあうイメージを強く頭の中に思い浮かべる。
―――水が火によって熱され、沸騰する。沸騰した水はやがて水蒸気となり…
『―――蒸気魔法を取得しました』
しばらくすると、俺の頭の中に再び声が響いた。どうやら、魔法複合が成功したらしい。
その証拠に、俺の頭の中に新しく取得した魔法の初級の詠唱文だけが浮かんできた。
これら以外の魔法の詠唱文は、この魔法のレベルを上げないと分からないようになっているようなので、とりあえずは今使えるようになった魔法を発動させてみる。
「水滴よ、覆い尽くせ『ミスト』!」
俺が魔法を発動させると同時に、俺の周りから真っ白な霧が発生した。
その光景に、少し離れた所でギルマスが軽く息を呑んだような声がする。
ミスト―――蒸気魔法の中の初期魔法で、周りに濃い霧を発生させることが出来る魔法だ。その濃い霧は主に撤退時に効果的で、視覚によって獲物を捕らえる魔物や人間相手にはかなりの効果を発揮する…はずだ。
これがあれば、昨日のように強敵に出会ってしまった場合でも、生存率は高まるだろう。
さて、それじゃあ、次の魔法に移るか…
俺は再び、魔法複合と強く念じる。
『どの魔法を複合させますか』
再び頭に響いた無機質な声に、「地と水」と念じ、イメージを固める。
『―――地盤魔法を取得しました』
その声と共に、再び俺の頭の中には二、三の詠唱文が浮かんだ。
それにしても、この、今まで知らなかったことが突然頭の中に浮かんでくるこの感覚は何とも不思議だ。いつまでたってもなれそうもないな。
まぁ、今はそんな事は置いておいて。
「大地よ、拘束の足枷となれ『マッドプール』!」
頭に浮かんだ詠唱文のうち、一つを詠唱する。すると、俺のすぐ前の地面の地質が変化し、底なし沼のような泥に変わった。
マッドプール―――地盤魔法の初期魔法の一つで、半径10メートル以内の好きな場所の地質を変化させ、底なし沼に出来る。体重が重い者に特に効果を発揮する、という魔法だ。
これも、昨日のような場面では大いに役に立つだろう。
と、俺はここで、一度自分のステータスを覗いた。
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ユート
ヒューマン
Lv7
MP:68/122
STR:33
DEF:29
AGI:80
INT:40
スキル
「魔法才能全」「無詠唱」「アイテムボックス」「隠蔽」「鑑定」「魔力効率上昇(大)」「全状態異常耐性:Lv1」「魔法複合」「火属性魔法:Lv1」「水属性魔法:Lv9」「闇属性魔法:Lv7」「調合魔法:Lv11」「風属性魔法:Lv1」「地属性魔法:Lv1」「回復魔法:Lv1」「光属性魔法:Lv1」「蒸気魔法:Lv1」「地盤魔法:LV1」
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うーん。やっぱりMPの消費が激しいな…
どうやら、魔法複合で取得した魔法はMPを三消費するらしいな。それだけ有用性があるから別にいいんだが、できるだけ使いどころは見極めないと。
それにしても、取得した魔法が多すぎて、スキルの項目が見えにくくなってきた。何とかならないかな?
『―――スキル欄の整理を実行します』
は?
==========
ユート
ヒューマン
Lv7
MP:68/122
STR:33
DEF:29
AGI:80
INT:40
スキル
「アイテムボックス」「隠蔽」「鑑定」「全状態異常耐性:Lv1」
魔法スキル
「無詠唱」「魔法才能全」「魔力効率上昇(大)」「魔法複合」「火属性魔法:Lv1」「水属性魔法:Lv9」「調合魔法:Lv11」「風属性魔法:Lv1」「地属性魔法:Lv1」「回復魔法:Lv1」「闇属性魔法:Lv1」「光属性魔法:Lv1」「蒸気魔法:Lv1」「地盤魔法:LV1」
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おぉ!二つに分かれただけだけど、大分見やすくなった!
まぁ、だからどうした?って言われればそこまでの事なんだけどな。
それより、魔法複合はかなり有用なスキルだってことが理解できた。
これから、余裕がある時は積極的に魔法を複合させていった方がよさそうだな。
とりあえず、今日はMPが減ってきたし、欲しかった効果の魔法の習得もできたし、これぐらいで引き上げるか……
「おい!ユート」
「何でしょうか?」
魔法の訓練を終え、引き上げてきた俺にギルマスが声をかけてきた。
「お前がさっき使った魔法……「魔法複合」ってやつを使ったのか?」
「えぇ、そうですよ。……それが何か?」
「…いや、私が見たことなかった魔法だったからな。気になっただけだ」
「そうですか。…とりあえず、さっきも言いましたが、今日の訓練の事は他言無用でお願いしますね?」
「あぁ、分かっている……ただ、こちらの願いも受けてくれないだろうか?」
「まぁ、俺に出来ることなら」
「そうか!ありがたい。では、今日から三日後に行われる、キングゴブリンの討伐戦までに、君自作のローポーションとMPローポーションをそれぞれ百本ずつギルドに納品。頼めるか?勿論、報酬は多めに出す」
「えぇ、それぐらいなら大丈夫ですけど…俺が調合した奴でいいんですか?討伐戦中に使うつもりなんでしょ?」
「あぁ、お前が作ったポーションは回復レベルが高いと評判だからな」
そう言って、面白い物を見るような笑みを浮かべるギルマス。どうやら、俺が露店でポーション類を売っていた事を知っているようだ。耳が早い事で。
「そうですか……そういう事でしたらいいですけど。それで、報酬と言うのは?」
俺が納得し、そう聞くと。
「え…えっと…」
何故か顔を真っ赤にしてモジモジし始めたギルマス。さっきまでの堂々とした印象と相まって、外見相応の可愛い様子に思わずぐらっときそうになった。
「ほ、報酬は…私と…」
「…?」
「私とのお付き―――」
「ギルドマスター!」
その時、突然、ギルドマスターの後ろから声が響いた。次の瞬間には「ガシッ!」「あぁ?!」ギルマスの頭が何者かに捕まれ、持ち上げられてしまっていた。
「アリッサさん?!」
「アリッサ?!」
「ギルドマスター……あれだけいきなりは失敗しますと言っていたのに、あなたと言う人は…はぁ…」
掴み上げたギルマスを見ながら、心底億劫そうにため息を突くアリッサさん。それを見て、ギルマスは頭に来たようで…
「何だよ!私だって―――」
「はいはい。文句は帰ってから聞きますから……あぁ、ユートさん」
「……あ、はい?」
「ポーションの報酬ですが、あなた専用の店の贈呈という事でいいですか?」
「…はい?」
俺は一瞬、アリッサさんが何を言っているのか、よく分からなかった。
え?俺、ローポーションを調合して納品するだけだよね?それで、店、一軒もらえるの?!おかしすぎない?
「あの、全然報酬が釣り合ってないような気が…」
「それでしたら、店二軒に―――」
「いやいやいや!逆ですよ!逆!俺が、得しすぎてませんか?!」
俺がそう叫ぶと、その声に答えたのはギルマスだった。…相変わらず頭をアリッサさんに捕まれた状態なので、どこか、野生のネコ科動物の子供を思い出す。
「いや、そんなことは無いぞ。ユート。私は、お前に調合師として多大な期待を寄せているからな。これはその期待の表れ、先行投資だと思えばいい」
「先行投資…ですか?」
まぁ、それならこの異常な待遇も分からなくもない。この町で調合魔法を使えるのは俺だけだし、他の町でも調合魔法を使える者は全体的に不足しているという。それに、いくら調合魔法士とはいえ、他にも色々なスキルを持っている俺よりも効率的に調合をできる人材は皆無に近いだろうしな。
「どうでしょう?ユートさん。この条件で引き受けていただけますか?」
「えぇ、そういう事なら。引き受けます」
俺がそう答えると、アリッサさんは安心したように胸を撫で下ろした。
「そうですか、引き受けてもらえて助かりました。…では、ポーション類は三日後、10時までにギルドの方へと納品をお願いします」
「はい、分かりました!」
「では、これで交渉成立ですね」
「で、ユート。まだ魔法の訓練はするのか?」
「いえ、MPが心許ないので、今日はこれで帰らせていただきます」
「そうか」
その後、俺は別れを告げるとエイルの宿へと戻った。
……さて、今晩は忙しくなりそうだ。
宿に戻りながら、俺は心の中でそう呟くのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
その後。ギルドのギルドマスターの部屋にて。
「ギルドマスター…全く。あなたと言う人は…」
「しょ、しょうがないだろ?!私だって、もう25歳。男が恋しいんだよ!」
「分かっています……ですが、いきなり年下の子を口説くのは悪手だと思いますよ?」
「ううっ…」
アリッサによるギルドマスターへの説教はこの後もしばらく続いた。
おやおや…?ギルドマスター…まさか…ね?