第百五話 たった一人の攻防
前話から早二か月、本当に遅くなりました。
今回の話は、この二か月間で書いた、その三分の二に当たる部分となっています。
何故、そんな中途半端な事になっているかといいますと、この百五話内に収めようと思っていた内容が思ったよりも膨らんでしまい、かなり長いものとなってしまったから。
そして、そのせいで未だにその内容を書ききれていなかったから、という理由があります。
ともかく、僕の見通しが甘かったという事ですね。
次回からはこの辺りは気をつけていこうと思います。
「らあああぁぁぁぁぁあああああ!」
砲声する。
「付与『STR・DEF・AGI』!」
今度はこっちの番と言わんばかりに、俺は自身に付与魔法を掛けながら相手の懐に潜り込む。そして、薙ぎ払い。袈裟切り。タイムロスほぼ無しの二連斬。しかし、相手は上手く片手剣を使ってそれらの斬撃を受け流す。そればかりかローブは、攻撃を受け流され僅かに体勢を崩しかけていた俺の隙を突くように、鋭い突きを放ってくる。その狙いは――俺のわき腹か。
この体勢じゃ弾きを狙えそうにない。そんな場所を的確に狙ってきている。
「――ウオラァッ!」
口からそんな声を漏らしながら、俺は体を捻る。体のすぐわきの空間を片手剣の鋭く尖った刃が貫通していくのが分かるが、それを意に介さず、俺は体を捻った勢いを利用し、敵のこめかみ辺りを目がけて横なぎを放った。
不意を突いた一撃。普通なら、これで決勝するはずの必殺斬。
――だが、その不意打ちにさえも敵のローブは対処して見せた。ローブは自分の突きが躱されたと悟るや否や、すぐさまに剣を引き戻し、俺の斬撃を受け止めたのだ。
何たる戦闘技術。化け物か、と俺は心の中で愚痴る。
俺の攻撃を受け止めたローブは、そのまま剣を薙ぐ。半分空中に身を躍らせていて、踏ん張りが効かなかった俺は、弾き飛ばされる形で後退を余儀なくされる。
「くそっ―――!」
弾き飛ばされ、不安定になる体勢を何とか制御する。上下ごちゃ混ぜになる視界の中、空中で一回転し、俺は着地した。そして、すぐさま立ち上がる。
視線を前にやれば、俺を弾き飛ばしたローブがすでにかなり距離を詰めてきていた。
斬撃が来る。もう、殆ど情景反射に近い動きでそれを躱す。
その直後、俺の頬に汗が伝う。
けど、それは敵の斬撃をギリギリで躱したことに対してじゃない。理由は他にある。
つまるところ――見えた。
何がっていえば、退路側にいた、もう一人のローブだ。こっちに突っ込んでくる事なく、後方にずっと待機していた方のローブが、この薄暗い中では視界にとらえにくい風属性魔法を詠唱している。
発現しようとしている魔法は、その規模から考えて上級に分類される魔法だろう。
今はただでさえ目の前のローブの相手をするので手が一杯なのに、上級の魔法なんてぶち込まれれば、こちらが一気に追い込まれてしまう可能性がある。少なくとも、俺はノーガードで、恐らく俺のステータス値とそこまで変わりない奴の上級魔法を受けて平気でいられる自信は無い。
これか……と、俺は遅まきながらに敵の思惑に気が付いた。つまるところ、敵は時間稼ぎをしていた。バカ正直にローブの一人がこちらに突っ込んできたのは、俺を近接戦闘で仕留めるためでは無く、あくまでも囮。魔法を完成させるまでの三十秒ほどの時間を稼ぐために、俺の目を自分に向けさせるためだった。
そして俺は、敵の術中にはまった哀れな獲物ってところだろうか。
冷や汗が体中から噴き上がる。嫌な予感。頭の中で警鐘が鳴り響く。
(あの奥のローブに魔法を当てることが出来れば――いや、無理だ)
魔法を詠唱しているローブとの間にはそれなりの間合いがある。この激しい近接戦闘の最中、離れた位置に魔法を当てるなんてことは今の俺には出来ない。余裕がなさすぎる。
更に、助けも期待はできない。みーちゃんも今は別のローブ二人を相手に戦っている。
(――どうする? 一体どうすれば……?!)
退路は無く、たった一人で戦うという孤独感。精神的に追い詰められていく俺の思考が段々と空回りを始める。徐々に、目の前の戦いに集中しきれなくなる。
直後、背の高い方のローブが、俺のその意識の隙間を突くように、今までよりも一段と鋭い斬撃を浴びせてくる。丁度、右肩から刃が侵入してくるコース。それは何とかバックステップで躱すことには成功する。けれども、対応するのが遅れたために右肩を薄く斬られてしまう。
「くっ……!?」
右肩に鋭い痛みが奔った。けど、負った傷を気にしている暇なんてない。
背の高いローブが連撃を仕掛けてくる。まるで剣舞を舞うかのように無駄の少ない剣戟が上下左右、縦横無尽に俺を攻めたててくる。
そして、その最中、背の高いローブの動きが一段と速くなるのを俺は感じた。まるで、今までわざと動きを制限していたかのように。やがて、その速さは俺と同等――いや、俺を僅かに上回りはじめた。
一気に追い込まれる。形勢不利。
突然ベールを脱いだ背の高いローブの前に、強制的に受け手に回らされる。
宙を閃く刃。その奥で、今も尚、もう一人のローブは魔法を詠唱し続けている。
きっと、あの魔法が完成するまで、もう時間は僅かしか残っていない。
(ダメだ……目の前の敵で手一杯だっていうのに……っ!)
「くそ……がぁっ!」
ヤバい。このままじゃ――本当にマズい。でも、なんで。こいつらはアンデッドじゃなかったのか? アンデッドが作戦を立てる様な知能を持ってるなんて聞いたことが無い。
……クソッ。分からない。皆目見当もつかない。理解が出来ない……けど。
一つ、とにかくやらなくちゃいけない事があるとすれば、この状況をどうにかして切り抜けなきゃいけないって事。それだけだ。他には考える余裕なんてないし、きっと考えても分からない。
だから、落ち着け。落ち着け、俺。慌てるな。もう、ローブの魔法が完成するまで数秒ほどしか時間が残されていない。――ギリギリだ。崖っぷちだ。けど、こういう時こそ冷静に対処しろ。
敵の――背の高い方のローブの斬撃を躱しつつ、俺は自分の思考を落ち着かせるよう、心がけた。
――無駄な思考は排除する。その分を必要な思考へと回していく。限られた演算要領の中で本当に必要な事だけを処理していく。
――どこだ……。
この、雨あられと降り注ぐ斬撃を止める抜け道は。
絶対的不利な立場を覆す勝ち筋は。
何でもいい。何か、何か無いのか――
(……そうか……!)
そして、とある事に気が付く。その気付きに従って、俺は魔法を行使する。
狙いは、目の前。背の高い方のローブ。でも、ただ魔法で攻撃する訳じゃない。そんな事をしても、このローブに躱されるのが目に見えている。そもそも今は、最低限、この背の高い方のローブを数秒ほど足止めできるだけで良い。だから――
「『アースバインド』!」
濃密とも言える刃のやり取りの最中、俺の魔法が発現する。
地属性中級魔法『アースバインド』。周りの鉱物や土砂、岩石等の形状を変化させて、敵を拘束する魔法だ。同じ拘束を目的とする『ダンシングプラント』より魔力消費が多く、詠唱時間も長いが、その拘束効果はかの魔法の上を行く。更に言えば、俺にとっては詠唱にとられる時間は殆ど障害と成りえない。そして、目前の敵を的にするのなら、余裕が無くても多少強引に魔法を『当てる』ことは出来る。
だから、少し、ほんの少しで良い。たった数秒で良い。
(――そこで止まってろッ!)
俺が魔法を発動させるのと同時、敵の足元の大理石のような床が変形する。
硬い床がまるで粘土のように波打ち、その一部が背の高いローブの体を這い上がる。
ローブは突然の事に対処しきれないのか、大した抵抗も出来ずにその身を大理石のような鉱物によって拘束される。
しかし、敵もさることながら、次の瞬間には、そのステータスの高さに物を言わせ、強引に拘束を打ち破ろうともがき始める。その抵抗は激しく、今にも魔法による拘束が破壊されてしまいそうだ。
(――けど、これでいい)
元々、あんな動きをするような奴を、そう長い時間封じ込められるなんて思ってない。
たった数瞬。そのわずかな時間を稼ぐことができれば、それで良かった。それだけの時間があれば、俺は魔法を使うことが出来る。
俺は視線をもう一人のローブへ移した。
もう、後方に待機していたローブの詠唱していた魔法は完成する寸前だ。
今から相手に接近しても、きっと魔法が先に完成してしまう。この横幅が狭い廊下で上級の魔法を躱すのは至難の業だろう。
防御型の魔法を発動しても、後ろにいるニーナへの被害が怖い。魔力障壁で守られているとはいえ、絶対に安全とは言い切れない。
だから、俺自身が敵よりも早く魔法を放つ。
そして、形成途中の敵の魔法にぶつけ、相手の魔法を消滅させる。
それが、多分、この場における最適解。
相手に直接魔法をぶつけても詠唱の邪魔をできるとは限らないし、そもそも、相手はさっき、俺の魔法を弾いて見せている。それがどういう原理なのかはさっぱりだけど、相手を直接狙うより、魔法の方を狙った方がリスクが低いのは確実だ。
俺は手を前に掲げた。自身の腕を砲身に見立て、魔法が発現するイメージを頭の中で鮮明に思い浮かべる。体中の魔力を活性化させる。手先に魔力が集まっていくのを瞬時に感じ取る。――よし、行けッ!
「『サンダーボルト』ォッ!」
自らの腕に紫電が奔り、それが手先から放出される。
夜明け前の独特の暗闇を切り裂く雷光。眼にも止まらぬ電光射撃。
たった一瞬、閃光が飛翔し、敵が詠唱していた魔法の塊へと直撃する。
そして光が弾けるとともに、俺が放った魔法は敵の魔法を道連れにしながら消滅した。
魔法を唱えていたローブは自身の魔法が消え失せたことに動揺したのか、僅かに体を揺らす。
(――間に合った)
その敵の様を見て――俺の心の中に、少し、ほんの少しだけ安堵という感情が去来した。
それは、何てことは無い。
ただ、負けるかもしれない。死ぬかもしれない。そんな可能性を潰し、僅かながらに緊張の糸が緩んだだけ。決して緊張を途切らせた訳では無く、あくまでもため息を一つついた――それだけの事。
けれども、確実にその時、俺は警戒心をも僅かに緩めてしまっていた。
そして……その刹那。
――パリィン……と。
どこからともなく、陶器が割れるような破砕音が聞こえた。
(……何だ? この音……)
そう思った瞬間、視界の端にいた背の高いローブの姿が――突如として消え失せた。
魔法による拘束を破ったわけじゃない。少なくともあと数秒はその場に留めることが出来たはずだ。実際に、ローブを拘束していた魔法はまだ顕現し続けている。
ただ、その中に捕らわれていたはずのローブだけが綺麗さっぱりいなくなっていた。
(――えっ……?)
頭が混乱する。突然の出来事に、俺の思考が付いて行かない。
ただ、何かヤバいんじゃないだろうか。ここで何も動かないのはマズいんじゃないかという予感だけが頭の端っこの方を過ぎった気がした。けれど、何をすればいいのか分からない。突然、人が消えた。予備動作も無く、だ。この世界ならあり得ない訳じゃないけど、それでも少なくともここ、この場においてはあり得ない――あり得ない、はずだった。
けど、どうだ。その前提は覆された。よくは分からないけど、敵はこの場から消え去った。それが事実だ。――じゃあ、敵はどこに消えた?
「ユートさんッ! 後ろッ!」
「――――――ッ!」
ニーナの叫び声が俺の耳を突いた。
連続して、さっきも聞いた、『パリィン』という陶器が割れる甲高い音も聞こえてくる。
そして俺は、真後ろから何かが『揺らいだ』ような、変な違和感を感じ取った。
それは悪意じゃない。害意でも無い。ただ、今、俺の後ろに誰かいるのは確実だった。
(後ろかッ――――!)
俺はすぐさまその場から飛び退る。なりふり構わず体を前に投げ出す。
その最中、ちらりと後ろに目をやった俺には、奴――背の高いローブの姿ははっきりと見えた。ローブの内側にでも仕込んでいたのか、奴は今までの戦闘の中では使っていなかったナイフを抜剣し、それを俺のわき腹があった位置に突き出している体勢だった。もし、俺があのまま元の位置から動かなかったら――もし、俺が判断を一瞬でも遅らせていたら――十中八九、俺は背後から脇腹を刺されていただろう。
冷や汗が背中を伝う。
ギリギリだ。ギリギリだった。余裕なんてない。緊張を僅かにでも緩ませている場合じゃあ無かった。
(――クソッ……!)
体勢を立て直し、背後を振り返った俺はローブを睨みつける。
俺の背後にはもう一人、魔法を詠唱していたローブがいるけど、そっちは多分大丈夫だと思う。もし仮に、奴が魔法を詠唱し始めたとしても、今からならそれなりの時間はかかるはずだ。
だから、そんな事よりも目の前。背の高い方のローブが問題だ。
(こいつから、目を離しちゃいけない……)
こいつから目を離したら、俺は死ぬ。そんな確信が俺の中にはあった。
こいつはさっき、拘束していたはずの状況からその姿を消した。跡形も無く、予備動作さえも無く。ただ、その場所から消え失せた。そして、その次の瞬間には俺の背後に降り立っていた。
断言できる。そんな事を出来るのは、たった一つの方法しかない。
それは、空間魔法。それを使わなければ、こんな芸当はまず出来ない。
けど、この場において、空間魔法と回復魔法は使えなかったはず。それに、魔法の詠唱も聞こえてこなかった。だとしたら、どうやってこいつは空間魔法を使ったんだろうか。
使えないはずなのに。詠唱してないはずなのに。
……もし、そんな状況下でもこいつが空間魔法を使えるとしたら――俺に勝ち目なんてあるのか?
そんな疑問……そして『恐怖』にも似たナニカが俺の中で隆起した。
現時点で、この二か月で書いた分の、今回の話に含めなかった部分がストックとして残っているので、次回の更新は比較的早くにできると思います。
――これは決してフラグでは無いですよ?!
決して、更新がまた遅れるというフラグでは無いですからね?!(大事な事なので二回言いました)




