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吸い取る


 唐突に自らがエイリアンだと告白した男、いや青年はその姿のままで小さな台所に向かった。

 やかんに水を入れてコンロの上に乗せた。

 ガス栓を捻ってから点けた火は淡い露草色をしている。

 赤い方が熱そうなのに、とあやめはぼんやりと思った。

 実感が湧かないのだ。

 自分の容姿を自由に操れる人間が、そもそも人間ではなかったなんて。


 エイリアン、つまり宇宙人は何しに地球にやって来たのだろう。

 外国の映画のように地球を侵略するつもりなのかもしれない。

 見た目がぐにゃぐにゃになって変わる以外にも能力がある可能性もある。


「あやめ」


 エイリアンは初めてあやめの名前を呼んだ。

 感情が込もっていないような声。

 あやめがエイリアンの方を振り向くと湯気の立っているマグカップを二つ持っていた。

 その片方を渡されると、甘い香りが鼻を擽った。

 ココアだった。


「飲んで。疲れたと思うから」

「ありがとうございます……」


 あまり効果がないのは知っているのに、ふー、ふーと息を吹き掛けてから少しだけ飲んでみた。

 その熱さに顔をしかめたが、柔らかい甘さにほっとする。

 エイリアンはココアを一気に水のように飲んでいた。

 十数秒後に机に置かれたマグカップの底には、溶けきれなかったココアパウダーが残っていた。

「珈琲は牛乳を入れても砂糖を入れても苦い。紅茶は変な味がする。緑茶は渋い。温かい飲み物で一番美味しいのはココア。甘いだけだし」

「熱くないんですか?」

「喉が火傷した。でも、すぐに治るから大丈夫だよ」

「エイリアンだから?」

「そう。僕の体、多分一万度の熱ぐらいまでなら耐えられると思う。火傷はしやすいけど、すぐに再生するの」


 真新しいソファに青年が腰かけたので、あやめもその隣に座る。

 エイリアンだというのに、奇妙なまでに恐怖心が湧かない。

 映画のように酷い殺され方をしたり、実験体にされるかもしれないのに。

 怖いと感じられないのだ。

 麻痺している感覚に怯える事も出来ずにあやめは困惑した。


「おかしいと思っている? 僕が怖いって思えない事」


 エイリアンの言葉にあやめは恐る恐る頷いた。

 その直後、視界がぐるりと回って天井を映し出していた。

 押し倒されたのだとあやめはすぐに分かって、起き上がろうとする。

 だが、両手を頭の上で一纏めにされて掴まれているので上手く身動きが取れない。

 近付く青年の顔。

 降りてくるたんぽぽ色の髪があやめの頬を触れる。

 怖い。

 何をされるのだろう。

 さっきまで完全に消え失せていた彼への恐怖が蘇る。


「や、やだ、はなし」


 首を緩くするあやめの頬をエイリアンが右手の甲で軽く撫でる。

 すると、それだけで心を締め付けていた恐怖がどこかへ消え去った。

 エイリアンはあやめを起き上がらせ、右手を見せ付けた。

 掌の中心に黒い煙のようなものが吸い取られていくのが見えた。


「こうやって怒りとか憎しみとか悲しみとか恐怖を吸い取る力が僕の星の人間にはある。ずっとあやめの中にあった恐怖を吸い続けてた」


 怖がらせたくなかったから。

 エイリアンはそう付け加えてあやめからゆっくりと視線を逸らした。

 悪さをして親に怒られるのを待つ子供のようだった。

 その姿はあやめにとっては昨日までの自分のように見えて、彼を許してあげなければと考えてしまっていた。

 シャツの袖をくん、と引いてこちらを向かせる。


「あなたは今、こわいって気持ち吸い取ってる?」

「吸い取ってない」

「じゃあ、平気。私、あなたのこと怖いって思ってない。だから、大丈夫」


 エイリアンは目を丸くした後、また視線を逸らした。

 しかし、今度は再びあやめを見て口を開いた。


「ありがとう」


 あやめよりも大きいのに、年下のもっと小さな子供と話しているようだった。

 それに、ありがとうと言われるのが久しぶり過ぎて、あやめはどう反応していいか分からなかった。

 礼を言われただけなのに物凄く恥ずかしくなって、今度はあやめがエイリアンから目を逸らす。

 頬が風邪を引いた時のように熱い。


「風邪引いた?」

「ひ、引いてない」

「でも、顔が赤い。今から薬屋に行って薬買わないと」

「風邪じゃないから」


 立ち上がろうとするエイリアンの腕に抱き着いて止める。

 「でも」と引き下がろうとしないエイリアンにあやめは少し強い口調で言った。


「いい人の振りしなくても私逃げないよ」

「いい人の振り?」

「だって、私の体がほしくて世話係になったって……お母さんとお姉ちゃんが」


 姉の狂った笑い声が頭の中で蘇り、心臓がばくばくとうるさく騒ぎ始める。

 この男はあやめを五十万で買った。

 残りは体で構わないと言って、それ以上受け取ろうとしなかった。


 その不思議な力だって、兄達と同じ事をするために使うのかもしれない。

 あやめから恐怖や怒りを奪い取って、それから。


「あれは嘘。あの母親は最低の人間を世話係にしたがってたから、ああいう格好して、あんな事言った。そしたら、すぐに決まった」


 俯くあやめに触れて、不安を『吸い取り』ながらエイリアンが淡々と語る。

 どうして、そんな事をしてまで自分を引き取ろうとしたのか。

 そんなあやめの疑問に気付いたのか、エイリアンはそれも話してくれた。


「気になった。金に困ってないのに世話係に引き渡すなんてどんな娘なのかなって。

 でも、あやめは普通の子供に見えるよ。少し痩せてて顔色悪いけど、おかしい所なんてどこもない」

「おかしな所多分あるよ。だからお母さんにもお姉ちゃんにも嫌われてたの」


 エイリアンの手を縋るように握りながらあやめは呟いた。

 家族がしてきた事、家族からされた事を思い出しているのに、悲しみや恐怖が込み上げて来ない。

 きっと、手がまたあやめの負の感情を吸っているからだ。


「人間って」


 エイリアンがあやめをじっと見詰める。

 たんぽぽ色の髪に紫色の瞳。

 王子様みたいな見た目なのに人間ではない化け物。


「へんなの」

「エイリアンさんに言われたくない」

「エイリアンっていうのは種類みたいなので、僕エイリアンって名前じゃない」

「それじゃあ、何て言うの?」

「つばき」


 つばき。

 花のくせに冬に真っ赤な花を咲かせる椿の事だろう。

 エイリアンのくせに日本っぽい名前だった。


「あやめと同じ花の名前。お揃いだよ」


 それでも、つばきがほんの少しだけ嬉しそうに笑うから、あやめも何故か嬉しいと思ってしまっていた。

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